「古代くんのご両親に、ご挨拶に行きましょうよ。」英雄の丘で、今日結婚式を挙げたばかりの進とユキ。
明日は仲間からプレゼントされた新婚旅行に出発する予定になっている。
突然出かけることになった二人は、今、大慌てで支度をしているところだった。
「飛行機の出発時刻は21時55分、集合時間は19時55分ですって。
明日の朝早起きすれば、充分間に合うわ。
ねえ、行きましょうよ。守さんだって、あんなに私たちのこと、心配してくれていたじゃない。」
旅行のスケジュール表を見ていたユキが提案する。
「そうだな。この前行ったときから、随分経ってるもんな・・・。」
進が支度の手を止め、記憶をたどっている。
「きっと、守さんたち、待ってるわよ。」
「よし、そうと決まれば、明日は早起きだぞ。ユキ、さぼってないで支度しちゃえよ。」
「あら、失礼ね。さぼってなんかいないわよ。」
ユキがふくれっ面をして、ぷいと横を向く。
進は笑いながらユキの方へと近づいてくると、彼女の隣に腰を下ろした。
「ユキ、ありがとう。」
突然告げられた言葉の意味を理解できずに、ユキは彼の方に顔を向けた。
「だって、正直、君に言われるまで、僕は墓参りに行こうなんて、思ってもみなかったから・・・。うれしかったよ。ありがとう。」
進はもう一度ユキに感謝の言葉を伝えると、彼女にそっとキスをした。
「ユキ、今夜は眠らなくてもいい?」
唇を離した進が、ユキの耳元で囁く。
「もう、進さんたら。旅行の支度はどうするの?」
「僕の分はもう済んだよ。」
けろりとした顔で進が言う。
「大変、じゃあ私も早く支度しなきゃ。」
ユキがいたずらっぽく笑いながら、進の腕の中から逃れようとする。
「手伝ってやるよ。あとでな。」
再び進に唇をふさがれてしまったユキは、それ以上抵抗の言葉を発することができなかった。
そして次の日、二人は一睡もせずに、朝を迎えることになるのだった。
古代家の墓には、進の両親、兄の守、スターシャ、そしてサーシャが眠っていた。
「うわ、すっごいなぁ・・・。」
しばらく訪れることができなかったその場所には、あたり一面、草がはびこっている。
「よし、すぐにきれいにしてやるからな。」
しばらくしてユキがふと顔をあげると、進がぼんやりと墓前にたたずんでいるのが目に入った。
「古代くん・・・?」
「あ、ごめん。なんでもないよ。さ、終わらせてしまおうか。飛行機の時間に間に合わなくなっちまう。」
進はそう言ってユキに背を向けると、再び腰をかがめた。その背中がとても寂しげで、ユキは、進の方に近づいていくと、彼の背中をそっと抱きしめた。
草を摘む彼の手が止まった。
「父さんと母さんに、僕の奥さんになったユキを見てもらいたかった。
そして兄さんにも、ちゃんとユキと結婚することができたってこと、知ってもらいたかったよ・・・。」
進は背中を向けたまま呟いた。
少し寂しげな彼の心が、彼の背中越しにユキの中へと流れ込んでくる。
相次いで肉親を失った進。
やっと手に入れた幸せを共に喜んでくれる家族は、この世にはもういない。
「大丈夫よ、古代くん。きっとみんなが見てくれているわ。
あなたが幸せだっていうこと、ちゃんと解ってくれているから。」
進はユキの方を振り返ると、彼女の手を取って、立ち上がった。
「ああ、そうだな。ユキの言う通りだ。久しぶりに来たもんだから、何だか・・・。」
そう言って進はちょっと顔をゆがめると、いきなりユキを抱きしめた。
「古代くん・・・。」
ユキの肩で、進が声を殺して泣いている。
ユキには進がまるで親にはぐれた小さな子供のように思えてならなかった。
「僕は時々両親を恨むことがあるんだ。
僕の両親はユキも知っているように、遊星爆弾の犠牲になって死んだ。
だからろくな遺品も無い。残してくれた物と云えば、戦って罪を重ねていくこの僕だ。
おかしいよな、宇宙戦士になるってことは、自分自身で決めたことなのに。
それでも、罪を重ねるたびに、僕はこんな自分を産んだ両親を恨んでしまうんだよ。
僕は何のために生まれてきたんだろうって。
それに僕さえいなければ、両親も死なずに済んだかもしれない。
サーシャだって・・・。」
進は自嘲気味に言って、一つ溜息をつくと、今度は激しい口調で言い放った。
「両親を恨むなんて、お門違いもいいとこだってことはわかってるさ。
でも、時々何もかも嫌になってしまうんだ。
この世に生まれてきたことさえ、自分自身の存在さえ疎ましくなる!」
握った拳が震えていた。
ユキは進の震える拳を自分の両の手のひらでそっと包むと、笑顔で彼の顔をのぞき込んだ。
「でもね、古代くん、私はあなたのご両親に感謝してるわ。
だって、あなたのご両親は、私にとても大きな宝物を残して下さったんですもの。」
「・・・?」
「それはね、古代くん、あなたよ。あなたのご両親があなたを産んでくださったからこそ、私はあなたと出会えたの。」
ユキの声は、進の拳を包んでいるその手のように、彼の心をふんわりと包んでくれる。
進はふっと微笑んだ。
(ユキには叶わないな。何が、二人で幸せになろう・・・だ。ユキはもう十分僕を幸せにしてくれているじゃないか。)
「そうだな。ユキの言う通りかもしれない。だったら、両親を恨むどころか、感謝しなくちゃいけないよな。」
そう言って笑う進の笑顔を、ユキは愛しいと思った。
(進さん、自分では気が付いていないみたいだけど、あなたって、こんなにも優しい顔で笑うのよ。それはね、あなたのご両親が、あなたをそんな風に育てて下さったからなの。私、あなたのその笑顔、大好きよ。)
それから二人は、線香に火を点け、墓に手を合わせた。
「ユキ、ありがとう。君と出会えてよかった。」
二人の視線が静かに巡り会った。
「ううん、お礼を言うのは私の方だわ。進さん、生まれてきてくれて、ありがとう。」
そしてユキは、進の肉親たちが眠っている墓に向き直ると、もう一度静かに手を合わせた。
「お父さん、お母さん、進さんを産んでくださって、ありがとうございます。
守さん、スターシャさん、サーシャちゃん。私たち幸せになります。見守っていてくださいね。」
空に上っていく煙の行方を見送っていた進は、どこかで彼らが笑った様な気がするのだった。
Fine.