「ふうっ、やっと着いた。」二人を乗せた飛行機が空港に到着したのは、午前二時を回った頃だった。
「たった3、4時間乗っただけなのに、すっかり体が硬直しちまったよ。」
空港に降り立った途端、「う〜ん」と伸びをしながらそう言う進を、ユキはくすくす笑いながら振り返った。
「もしかしたら進さんは、コスモゼロのほうが楽だったりする?」
ユキの言葉に、進が大まじめな顔をして頷く。
「そうかも知れない。」
おととい、英雄の丘で結婚式を挙げたばかりの進とユキは、第一艦橋の仲間達からプレゼントされた新婚旅行に、この島へとやって来たのだった。
ホテルの一室に落ちつくと、ユキは持ってきたスーツケースを片付け始めた。
ここは東京から飛行機で3時間ほどのところにある南の島。
それ程遠い所ではないが、二人きりであればどこでも幸せなのは、世の新婚さんなら、共通の想いであろう。
この二人もご多分にもれず、そのなかの一組らしい。
「それにしても、何でこんな真夜中の到着なのかしらね?
ホテルに着いても、寝る時間なんて無いわよねぇ。」
「そう、眠るには時間が無い。まだ夜中で外へ出るわけにもいかない。
と、云うことは、この時間設定と云うのは、旅行会社の粋な計らい・・・ってことになると、僕は思うけどね。」
進は、クローゼットに洋服をかたづけているユキのところにやって来て、後ろから彼女を抱きしめた。
「あら、進さんたら、洋服が片づけられないわ。」
「ああ、その上着、今日また着るからそのままにしといて。それより、なあ、ユキ・・・。」
進はユキをひょいと抱き上げると、ベッドへと運んでいった。
「進さん、お願い。シャワーを・・・。」
「許可できません、生活班長。」
笑いながらそう言うと、進はユキの上に覆い被さって、その唇にキスをした。
「ユキ、愛してるよ。」
「もう、進さんたら・・・。」
・・・やはり、夜中の到着というのは、新婚さんにとって、シャワーさえ浴びる暇もないくらい慌ただしいもののようである。
外が白々と明けてきた頃、うとうとしていたユキが目を覚ました。
隣には、晴れて伴侶となった進が、気持ちよさそうに眠っている。
(もう、進さんたら、粋な計らい・・・なんて言ってたくせに。しっかり眠っちゃってるわ。)
ユキはその寝顔がとても愛しくなって、思わず彼の頬にキスをする。
と、眠っていたと思っていた進が目を覚ました。
「ああ、おはようユキ。」
「ごめんなさい。起こしちゃったわね。」
「いいさ。こんな目覚ましなら何時にかけてもらったってうれしいからね。」
そう言いながら小さな子供のようにベッドの中で伸びをする進を、ユキは幸せそうに見つめている。
(ホントにこんな進さんは、子供みたい。)
「なんだよ。にやにや笑って。」
「え?な〜んでもない。内緒。」
「よし!白状させてやる。」
進はそう言って、再びユキを自分の体の下に抱え込むと、キスの雨を降らせ始めた。
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「ほら、進さんが早く支度しないから遅くなっちゃったじゃない。」「何言ってんだよ。ユキだって楽しんでたくせに。」
「もう、意地悪ね!」
あれから再び「Don’t Disturb」モードに突入した二人は、朝食に遅刻し、今また島内観光の出発時間に遅れまいと必死になってホテルの廊下を走っているのだ。
「あ、あれだ。まにあったぞ。」
ホテルの玄関に待機している観光バスの近くには、まだ宿泊客たちが出発を待っていた。
しかし、やはり待っていたのは、このどうしようもない二人のことだったようで、進とユキが到着した5分後、ガイドの合図と共に、バスは早速島内観光へと出発したのだった。
最初に到着したのは、島の最北端にある岬だった。
ここは、戦争の末期、敵の捕虜になることを恐れた島民が、自ら死を選んで身を投げたと言われる場所だった。
バスに同乗しているガイドが、3世紀も前の戦争の様子を、まるで見てきたかのように観光客たちに語って聞かせている。
彼の話は、感情を交えることなく淡々としていたが、却ってそれが客たちの心を刺激したようで、あまりに悲惨なその状況に、彼らは言葉を失ってしまった。
しかし、岬から眺める景色は、そんな悲劇を感じさせることもなく、美しい様相を呈していた。
ユキは、ヤマトから見える、戦いの無い宇宙空間がとても静かだったことを思い出した。
ユキがふと気が付くと、すぐ横を歩いていたはずの進の姿がない。
後ろを振り返ると、彼が海を見つめているのが目に入った。
その目がいつになく鋭いことに、ユキの心が波を打つ。
(進さんのあんな怖い顔、ヤマトを降りて以来だわ・・・。)
ユキは恐る恐る進に声を掛けた。
「進さん、どうかした?」
「あ、いや・・・。何でも無いよ。さあ、行こう。遅れてしまう。」
そう言って、ユキの肩を抱いて何事も無かったかのように笑いながら歩き始めた進の顔は、もういつもの優しい笑顔だった。
幾度目かに訪れたのは、戦没慰霊の為に造られた、小さな公園だった。
進が足を止めたのは、そこに建てられた、小柄な観音像。
その観音像の表情はとても穏やかで、ユキにはまるで子供を慈しむ母親のように見える。
二人がじっと見上げていると、ガイドが近づいてきた。
「この観音像は、ガミラスとの戦いの時、遊星爆弾で消滅してしまったのですが、地下から戻った島民達の、たっての願いで再建されたんですよ。
そして、昔と変わらず今も、人々の平和を願ってここにこうして立ってくださっているんです。
そう、これからもね・・・。」
ガイドが立ち去っても、進はその観音像の前を、なかなか動こうとはしなかった。
その進の顔が、さっきとは違って、今にも泣き出しそうな表情をしていることに、再びユキの心は小さく波を打つのだった。
進達が訪れたこの南の島。
ガイドが言ったように、今は美しいこの島も、かつてガミラスの遊星爆弾で、あらゆる物が消滅してしまった。
以前は、この島のあちらこちらには、戦争に使われた大砲や戦車が残されており、戦いのすさまじさを物語っていた。
しかし、今では人々に語り継がれるだけとなってしまったそれらは、なおも島民達の心に深く根付いているのだった。
しかし、走り始めたバスの乗客達は、もう何事もなかったかのように、はしゃぎ始めている。
彼らの心は、既に次の到着地、ショッピングセンターへと向かっていた。
そんな中で、ただ一人、進は頬杖をつきながら、じっと窓の外を見つめている。
ユキは掛ける言葉も無く、そっとその姿を見つめていた。
先ほどから、ユキは、進の様子が気になっていた。
彼は、ツアーから戻って以来、すっかり押し黙ったままで、夕飯に選んだ和食の店でも、食事にあまり箸を付けている様子が無い。
ユキは心配になって、尋ねようとするのだが、それでも時折見せる彼の笑顔に、何となくはぐらかされたようで、結局のところ、何も聞くことはできなかった。
部屋に戻って、ユキがシャワーを浴びて出てくると、進がテラスでぼんやりとしているのが目に入った。
「進さん、何してるの?」
「ああ、ユキ。星が綺麗だなと思って。」
ユキがバスローブを羽織ってテラスに出てみると、進の言うとおり、空には満点の星が輝いていた。
ユキも進の隣で同じように夜空を仰ぎ見る。
「本当ね。宇宙でたくさんの星を見てきたけど、平和な地球で、こうしてみる星が一番綺麗に見えるわ。」
「・・・いつまでこうして星を見ていられるのかな・・・。」
進がポツリと言った。
「え?」
ユキが思わず進の方を見る。
「人類の歴史は、戦いの歴史なんだってこと、今日、つくづく感じたよ。
この星は、何世紀もの間、ああやって戦って来たんだ。
それなのに、未だに戦いは終わらない。戦場を、地上から宇宙に変えただけなんだ。」
「進さん・・・。」
「ユキ、あの岬を覚えているか?島民が身を投げたって云う。
僕はいつも自分が一番傷ついてきたみたいなつもりになっていたけど、その背後にいる人たちだって、たくさん傷ついていたんだよな。
彼らがどんな想いであの岬から身を投げたのかと思うと、本当にやりきれないよ。」
進は自分が今まで戦ってきた星空を見つめて言った。
「それからあの観音像。」
「ええ、とっても穏やかな顔をしてたわね。ママを思い出しちゃったわ。」
「うん、ガイドは平和を願っているって言ってたけど、あの顔、僕には違って見えたんだ。」
「?」
「まるで、戦い続けてきた僕を、困った顔で見ているようだったよ。」
「進さん・・・。」
「・・・なあ、ユキ。」
「・・・?」
「いや、何でもないよ。さあ、僕もシャワーを浴びてくるとするかな。」
何かを言いかけて止めてしまったまま、進は踵を返して部屋の中へと消えていった。
その彼の背中を、ユキはただ見送ることしかできなかった。
(進さん、一体何を言おうとしたのかしら・・・。)
「ねえ、ラウンジに行ってみない?」
ユキは、渋る進を誘って、最上階にあるラウンジへとやって来た。
窓際へと陣取ると、カクテルを注文する。
窓の外には遠くのホテルの明かりが輝いていた。
しかし、進は相変わらず暗い目をして、外の景色を眺めている。
「お待たせしました。」
そこへ、注文したカクテルが運ばれてきた。
「あ、ありがとう・・・あらっ?」
ユキの驚いた声に振り返った進の目に映ったのは、黒服を着たボーイの姿だった。
「ん?どうした・・・、ああ、お前!」
「どうも、古代さん。」
「な、南部ぅ!?」
そこにいたのは、日本にいるはずの、旧ヤマト戦闘副班長、南部康雄だった。
「ど、どうしてここに?」
「ここは俺の親父の友人が経営するホテルなんですよ。頼み込んでちょっとアルバイトを・・・。」
「南部、ちょっと聞くが、ここにいるのはもちろんお前一人だけ・・・だよな?」
しかし、進の睨み付けるような視線を物ともせずに、南部はしらっとした顔で答える。
「あれ、気づきませんでした?ほら、あそこ。」
南部が指したのは、カウンターの中でシェーカーを振っている、こちらは黒のベストを着た人物。
「さ、真田さん!?」
蝶ネクタイが意外とよく似合っている。
「それから、あそこ。」
少し離れた席では、相原と土門が客の相手をしている。
しかもその客は女性の団体。何やら二人ともモテモテの様子である。
「・・・・・。」
進は頭を抱えてしまった。
やがて南部の合図で、彼らは進達の席へと集まってきた。
「どうしてお前達がいるんだよ。」
「進さんたら。」
ふてくされる進を、ユキがなだめている。
「そりゃ、俺たちだって休暇ってものをもらう権利はあるでしょう?」
相変わらず南部は平気な顔だ。
「だからって、ここに来なくてもいいじゃないか。」
「古代さんこそ、そんなに嫌わなくたっていいじゃないですか。ねぇ、ユキさん。」
ユキは逆に、彼らの出現が心強かった。昼間のツアーですっかり意気消沈してしまった進を、どうしたらいいのか扱いかねていたのだ。
これでいい。彼らが元気づけてくれる・・・。
「最初からそのつもりだったんだな。まったく。」
そう口では言ったものの、彼の目が笑っているのに、ユキは胸をなで下ろす。
「おまけに真田さんまでそんな格好をして。」
「真田さん、黒服がすっかり気に入っちゃったみたいですよ。」
進の耳元で囁く南部に、真田がげんこつをくれる。
「ば〜か!面白がってるのはお前の方だろう!?」
「ばれたか。」
その様子に、一同がどっと笑った。ユキが隣の進をそっと見ると、彼も声を上げて笑っている。
(よかったわ。これで少しは気が紛れるといいんだけど・・・。)
酒が進んだ頃、土門が思い出したように言った。
「ねえ、真田副長。艦長、元気じゃないですか。」
「ん?何だ、土門。」
「いえ、この店にお二人が入ってきたとき、艦長が何だか元気が無いって話してたんです。」
「そうそう、喧嘩でもしたのかなって。」
ちゃかすように言う土門と南部は、進が黙って下を向いてしまったので、しまったと云うような表情を浮かべた。
「何か・・・あったんだな。」
真田の問いかけに、しばらく黙ったままだった進が重い口を開くまで、一同の視線は、進にじっと注がれていた。
「昼間、島内観光に行ったんです。」
進は、島民が身を投げた岬や、公園の観音像の事を一同に話して聞かせた。
「そうか・・・。それで?お前が考えているのは、それだけじゃないだろう?
やりきれなくなって、それで、どうしたんだ。全部言ってみろよ。」
進がチラリと傍らのユキを見る。
「なんだ、ユキがいると言えないことか?」
「あ、いや、そう言う訳じゃ・・・。」
ユキは黙って、うろたえる進の顔を見つめている。
「じゃあ、言ってみろよ。」
「古代さん、話してくださいよ。」
一同に促されて、進はポツポツと話し出した。
「真田さん、この世から戦争が無くなる日って、本当に来るんでしょうか?」
「・・・・・。」
「僕は、家族を持つことが夢でした。でも、今日この島を回って、思ってしまったんです。
人類はずっと戦争を繰り返してきました。そして、おそらくこれからも争いは絶えないでしょう。
だとしたら、こんな世の中に生まれてきて、果たして子供達は幸せなんだろうか。
こんな世の中に子供を送り出してしまっていいものなんだろうか・・・って。」
一同は、進が誰よりも家族を望んでいたことを知っている。
だから、その言葉が、その進本人からでたものだとは到底思えず、すっかり黙り込んでしまった。
そんな中、真田がゆっくりと口を開く。
「じゃあ聞くが、古代。お前は何のために戦って来たんだ?」
「え?」
進が顔を上げた。
「お前は、この地球を守りたくて戦ってきたんじゃなかったのか?
今この瞬間も、この地球上にはたくさんの子供達が生まれてきているんだ。お前が守ってきた、この地球にな。
それなのに、そのお前が子供を放棄するのか?お前にそんなことができるのか?」
「・・・。」
「俺はな、俺達の戦いを、これからの子供達に語り継いでいくことで、いつか争いの無い世の中をつくることができるんじゃないかと思っている。
古代、お前ならできるさ。そして、お前の子供ならきっとそれに応えてくれる。
なあ、ユキ、そうだろう。」
真田は、最後の言葉をユキの方を向いて言った。
ユキは、視線を進から真田に移すと、彼の顔をじっと見つめて、しっかりと頷いた。
「ええ、きっと。」
その自信にあふれた返事に、進がユキの方に顔を向けると、彼女は再び進の方に視線を戻して、ニッコリと笑った。
「いつになったら平和な世の中が来るのかなんてことは俺にもわからん。
しかしな、古代。諦めることだけはしちゃいけないんだ。
そんなことをしたら、死んでいった奴らに恥ずかしいだろう。そうは思わんか。」
「真田さん・・・。」
「そんなことを言ってるお前を見て、奴ら、きっとあの世でやきもきしてるぞ。」
「そうですよね。それでなくても古代さんたちがなかなか結婚しないんで、さんざんじれったい思いをさせてたんですからね。」
その時南部が横から入れた茶々で、一同に笑いが戻った。
進は照れたようにユキを振り返った。
その進の笑顔が、さっきよりも少しだけ明るくなっているのがユキにはうれしかった。
***************
二人が部屋に戻ってきたのは、12時を回った頃だった。
「それにしても驚いたわね。」
「ああ、まさかあいつらがいるとは思ってもみなかったよ。」
進はベッドに腰を下ろした。
「でも、楽しかったわ。」
「そうだな。それに、却ってよかったかもしれない。
あのままじゃユキにつまらない思いをさせてしまうところだったからね。」
「そうよ。どうしようかと思っていたんだから。少しは反省した?」
ベッドの傍らで、腰に手をあててそういたずらっぽく笑うユキを、進は思い切り引き寄せ、自分の隣に座らせた。
「はい、反省しました。」
「じゃあ、証明して。」
急に真顔になったユキは、進の首に手を回してそう囁いた。その声が少し震えている。
「ユキ・・・。」
「だって、心配したのよ。あなたがずっと元気が無いから。
その上、子供なんかいらないなんて言い出すんですもの・・・。
さっき言おうとして止めたのは、この事だったんでしょう?」
「うん・・・、ごめんよ。欲しくなかった訳じゃないんだ。ただ・・・。」
「わかってるわ。責めているつもりじゃないのよ。ちょっと驚いただけ。」
ユキはそう言うと俯いてしまった。
「僕は、いつもいつもふらふらして、ユキを困らせてばかりだな。」
「・・・いいじゃない。」
「え?」
「ふらふらしたっていいじゃない。手探りしながら歩いて行きましょうよ。
道を間違えたら戻ってもう一度探し直せばいいのよ。二人で歩けばいつかきっと見つかるわ。」
そして、ユキの瞳が告げる。
『あなたはもう一人じゃないのよ』
(そうだったね。また僕は忘れるところだったよ。)
進は、ふっと心が軽くなったような気がして、微笑んだ。
「ユキ、お願いがあるんだ。」
「なあに?」
「僕の子供、産んでくれるか?」
ユキがニッコリ笑って進に抱きつくと、二人はその勢いでベッドに倒れ込んだ。
「おっと!」
「もちろんよ。私はもうずっと前からあなたの子供が欲しかったんですもの。」
進はこの瞬間、切にユキとの子供が欲しいと思った。
ユキがいてくれるのなら、こんな世の中でも、自分を見失うことなくユキとの子供を育てていけるかもしれない・・・。
そして、そう思うと、まだ見ぬ自分の子供に愛おしささえ感じるのだった。
進は体を起こすと、ユキをそっとベッドに横たえた。
「ユキ・・・。」
「進さん・・・。」
ユキがそっと目を閉じると、それが合図だったかのように、進はユキをゆっくりと愛し始めた。
迷いを取り払った進の愛撫はこの上もなく優しかった。
ユキは思った。
この人は本当に苦しみや悲しみをたくさん知っている。だから臆病になるのかもしれない。
自分のような苦しみや悲しみを、愛するものたちに味わわせたくないと・・・。
ユキは傍らで眠る進の寝顔にそっと囁いた。
(進さん。そんなあなただからこそ、私はあなたを誇りに思う。
だから、今度は一人ぼっちで悩まないで、一緒にその答えを出していきましょうね。
だって、私たち、人生のパートナーになったんですもの。)
あの時、英雄の丘で誓った言葉が、ユキの脳裏に蘇ってきた。
『健やかなる時も、病める時も、
喜びの時も、悲しみの時も、
汝この者を夫とし共に人生を分かち合うことを誓いますか?』
『はい、誓います。』
Fine.