その日、指令部ではちょっとした騒動が持ち上がっていた。先月、長官秘書の森ユキと結婚したばかりの古代進のもとに、小さな子供を連れた一人の女性が訪ねてきた。
しかも彼は、その女性の訪問を受けると、すぐさま彼女を伴って、指令部を早退してしまったのだ。
「一体あの女性は誰なんでしょうね?」
食堂では、指令部の情報通が、例によってうわさ話に花を咲かせていた。
「ああ、俺も見たこと無いな・・・。」
坊ちゃんの顔も曇っている。
「とにかくユキさんの耳には入らないようにしないといけないよな。あんなことが知れたら・・・。」
「でも、もう古代さんの周囲にいる人たちの間では、その噂で持ちきりですよ。指令部のマドンナと結婚したあの古代進に女がいた!?って。」
「そうなんだよな・・・。とすると、ユキさんの耳に入るのも時間の問題か・・・。」
南部の溜息が深い。
「何?お二人とも深刻そうな顔をして。何かあったの?」
その時、二人の頭の上から、当の本人、森ユキの声が聞こえてきた。
「ひぇぇぇっ!」
「ユ、ユキさん!」
「ど、どうしちゃったの?」
二人の驚きように、ユキの方が面食らってしまった。
「い、いえね、こいつの結婚式のことについて相談していたんですよ。なあ、相原。」
「そ、そうなんです。僕たちの式も、南部さんがセッティングしてくれるっていうもんですから・・・。」
「そう、で、それが進さんと、どういう関係になるのかしら?」
・・・二人が頭を抱えたのは言うまでもないだろう。
「ユキさんの方には何の連絡もないんですか?」
仕方がないので、ユキに一部始終を話して聞かせることになってしまった二人は、彼
女の反応を恐る恐る見守っていた。案の定、進からユキには何の連絡も入っていないらしい。
「ユキさん、思い当たることは無いんですか?」
「いいえ、無いわ。進さん、今日は定時に終わるから、外で食事しようって朝、言っていたくらいですもの。」
その時、ユキの携帯に、メールの着信を知らせるメロディーが鳴った。
「進さんだわ。」
「古代さん、何ですって?」
「『すまない。今日の約束は中止にしてくれ。帰りは遅くなる予定。』」
「それだけですか?」
「ええ、それだけ。」
南部と相原は顔を見合わせる。
「遅くなるって、その女性と一緒なのかなぁ?」
「ば、ばか、相原!」
相原の言葉にユキがふっと眉根を寄せる。
「あ、ユキさん。こいつの言うことなんか気にしなくていいと思いますよ。古代さんに限ってそんなことあるはずないんですからね。」
慌てて南部が取り繕ったが、すでに後の祭りだった。
「誰それに限って・・・って、一番当てにならない言葉なのよね。
ごめんなさい。行くわ。」
ユキはニッコリと笑って、手を振りながら席を立って行った。
しかし、その笑顔が凍り付いていたことに、二人はしっかりと気が付いていた。
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午後からのユキの仕事は、惨憺たる有様だった。
進の元を尋ねてきた子連れの女性とは、一体誰なんだろう・・・。
ユキは、今朝の進の言葉を思い返していた。
「ユキ、今日は外でメシ、食わないか?」
進は今、地上で、あるプロジェクトに参加していた。
しかし、そのプロジェクトも、残務処理を残すのみとなっており、それが済むと、あさって、しあさってと休みを取って、その次の日には宇宙へと飛び立つことになっていた。
「今日は定時にあがれるから、終わったらロビーで待ってるよ。ユキの方は大丈夫かい?」
「ええ、今日は長官が休暇を取っていらっしゃるから、私も定時であがれると思うわ。」
長い間すれ違いが続いた二人が、今日は久しぶりに外で食事をしようと話していたのは、つい今朝のことではなかったか・・・?
そして、予定通り、ユキは定時に仕事を終了した。
進との食事の予定が無くなってしまった彼女は、一人でどこかの店に入る気にもなれず、まっすぐ自宅へと戻ってきた。
相変わらず進からの連絡は無い。
ユキの方から進の携帯に連絡を入れようとするのだが、返ってくるのは、無情にも、持ち主が電話に出られないと言う、乾いたメッセージのみ。
心配とイライラが交互にユキを苛む。
「もう、進さんたら、一体どうしちゃったのかしら・・・?」
ふと気が付くと、窓の外は、すっかり明るくなっていた。
「いつの間にか眠っちゃったんだわ・・・。」
ユキはソファから身を起こした。
時計が告げているのは、午前6時。
「進さん、とうとう帰って来なかったのね。」
大きな溜息と共にのろのろと立ち上がると、ユキは、シャワーを浴びるために、バスルームへと向かった。
そのあと、簡単な朝食を済ませ、着替えて出勤の支度を整えていたその時、リビングの電話が着信を告げた。
着信表示を見ると、進からだった。
急いで画面をオンにする。そこに、いつもと変わらない笑顔の進が現れた。
「おはよう、ユキ。」
「進さん!」
思わず口調がきつくなってしまう。
「一体どうしたの?全然連絡してくれないんですもの。心配しちゃったじゃない!」
「ごめんよ。今、中央病院にいるんだ。」
「病院?どうかしたの?」
『病院』という言葉に、思わずドキッとする。
「ああ、僕じゃないんだ。とにかく詳しい事は後で話すから、昼、食堂に来られる?僕がユキに合わせるから、出られるようになったら、連絡してくれないか?」
「わかったわ。連絡します。」
「僕はこのまま出勤するよ。じゃあ、その時。」
そこで通話が切れた。
(もう、進さんたら、せっかちなんだから。それにしても、病院だなんて、一体何があったのかしら・・・。)
未だスッキリしない面持ちで、ユキはマンションを後にするのだった。
「あ、こっちこっち。」
昼、ユキが食堂に行くと、大きく手を振っている進の姿が彼女の視界に飛び込んできた。
思わずユキの目から涙がこぼれ落ちる。
「あ〜らら、古代さん、新妻を泣かせちゃだめじゃないですか。」
その時、進の後方から、例の二人の声が聞こえてきた。
(あちゃ〜。ちょうど悪いところに・・・。)
周囲の人間が何事かと振り返る。
「おい、ユキ、こんな所で泣くなよ。お前達も、何だよ。随分と良いタイミングじゃないか。」
「そりゃ、事の真相を聞かなきゃいけないと思いましてね。
今日古代さんが出勤してるって聞いたから、来てみたんですよ。
我ながらグッドタイミングですね。」
二人が断りも無しに、進とユキに同席する。
「ちぇっ、何がグッドタイミングだよ。勝手なこと言いやがって。」
ぶつぶつ、ぶつぶつ・・・。
「そんなことより、進さん。一体どうしたって言うの?もう、心配したんだから。」
待ちきれないように、ユキが進を促す。
「わかってるよ。悪いと思ってるさ。」
「連絡ぐらいしてくれたらいいのに。」
「できなかったんだよ。」
「どうして?」
「だから言ったろ。病院にいたんだ。」
「どういうこと?」
進は昨日からの事情を話し始めた。
その女性が進を訪ねてきたのは、もう少しでお昼になろうかという時刻だった。
進が勤務する部屋に現れたのは、2歳くらいの男の子の手を引いた、自分と同い年くらいの女性だった。
「自分が古代ですが。」
進が名乗ると、その女性は、突然、目から大粒の涙をこぼし始めた。
「あ、あの?」
部屋の人間達の視線を背中に感じた進は、彼女を応接室へと連れて行った。
「えっと、あの・・・。」
「すみません、取り乱してしまって・・・。私、落合百合子と申します。
15年程前、古代先生に命を助けて頂いた者です。」
「古代先生って・・・ええっ?父ですか?」
百合子の話はこうだった。
彼女は幼い時、命に関わるような病を患い、大きな手術を受けた。
その時彼女の手術を執刀したのが、医師である進の父だったのだ。
「古代先生は、その後も本当に親身になってくださいました。
毎日のように私の病室に来てくださって・・・。
何でも、私と同じ年の子供さんがいらっしゃるとかで。
まるで父のように優しくして頂いたんです。」
進は思いだしていた。
当時、彼の父は、医師として、病院に勤務していた。
心配な患者がいると、何日も家に帰らないということは、しょっちゅうだった。
そういえば、いつだったか、自分が担当している、進と同じ年の子供が危険な状態になったとかで、そのときも何日も帰って来ない日が続いていた。
しかし、ようやくその子の病状が峠を越したらしく、父が久しぶりに家に帰ってきた。
そして、父は、もう大きくなった進を無理矢理膝に乗せ、よかったよかったと、いつまでも彼の頭をなでていたのだった。
あの時は、訳がわからず、しかし、父の嬉しそうな顔に、進自身嬉しいと思った記憶がある。
「私、この度火星基地の方での仕事が決まったんです。
地球を離れる前に、どうしても古代先生にお会いして、あの頃のお礼が言いたくて・・・。
今こうしていられるのも、古代先生のおかげですのに、今までいろいろあって、なかなかお礼に伺うことができなかったので。」
「それで、僕の所へ?」
「はい。私が入院していた病院に尋ねても、もうわからないと言われてしまって。
その後、ヤマトに古代さんという方が乗っていらっしゃることを知りまして、それでは古代先生の事を何かご存じないかと思ってこうして失礼を承知でやって参りました。」
「ええ、それは多分父のことでしょう。それにしても、よく覚えていてくださいましたね。
父も喜びます。」
「あの、先生にはお会いできますでしょうか・・・?」
百合子はすがるような目を進に向けた。
「すみません。父は亡くなりました。」
「ええっ!?」
「13年ほど前、ガミラスの遊星爆弾で・・・。」
「そうだったんですか・・・。」
百合子はすっかり意気消沈してしまった。その目には涙さえ浮かんでいる。
その時、おとなしく遊んでいた彼女の子が、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、母の側にやって来た。
「ま〜ま、いたいいたい?」
母の顔をのぞき込んでしきりに話しかけている。
「大丈夫よ、将ちゃん・・・。すみませんでした。びっくりしてしまって・・・。」
百合子は子供に安心させるように話しかけると、顔を上げた。
「いいえ。あの、お子さんですか?」
「はい。将太と言います。この子のことも、先生に見ていただきたかったんですけど・・・。」
百合子は息子の頭をそっとなでた。
「あの、それでは、すみませんが、よろしかったら、先生のお墓にお参りしたいのですが、場所を教えていただけないでしょうか?」
「かまいませんけど、神奈川県の三浦なんです。」
進は申し訳なさそうに言った。
「そうですか。では電車で行きますわ。駅からはタクシーで行けば良いですよね?」
「いいですよ、そんなにして頂かなくても。あなたのお気持ちだけで十分父は喜んでいますから。」
進は慌てて言った。
「でも、火星に行ったら、今度はいつ帰ってこられるかわかりません。
なので、どうしても先生にお会いしたいんです。大丈夫です。
三浦なら、そんなに遠くはありませんもの。
古代さん、お忙しいところ、すみませんでした。では、これで失礼します。」
そう言って、百合子は、子供を抱いて立ち上がった。どうしても行く気らしい。
「それじゃ、僕が車でお連れしますよ。」
「いえ、そんな。電車で大丈夫です。古代さんにはお仕事もおありですし。
それに、これは私の事情ですから。」
「大丈夫、仕事は一段落したんです。
それに、そんなに小さいお子さんがいらっしゃるのに、電車は大変ですよ。
さあ、行きましょう。」
「あ、すみません・・・。」
「では、すぐ行きますから、ロビーで待っていてください。」
ユキに連絡が入ったのは、この時点だった。
「そうだったの・・・。それで、三浦半島のお墓に案内したのね。」
「うん。小さい子を連れて電車で移動するんじゃ大変かなと思ってさ。」
「へえ、古代さん、結構優しいじゃないですか。」
南部が横から茶々を入れてくる。
「何だよ南部、結構・・・って、どういう意味だ?」
「南部さん、古代さんは、女性と子供には優しいんですよ。知らなかったんですか?」
相原が追い打ちをかけた。
「なぁんだ。それ、俺のおかげ・・・ってやつじゃない。」
とどめは南部の得意そうな顔とこのセリフ。
「おい、南部、相原、けんか売ってるのか?」
進の口元がふるふると震えている。
「もう、三人とも、けんかは後にして頂戴。
それで進さん、じゃあ、どうして帰って来られないことになっちゃったの?
三浦半島なら、日帰りできるじゃない。」
ユキが三人をたしなめると、進は罰の悪そうな顔をして話の続きを始めた。
「もちろんさ。泊まるつもりなんて初めはなかったよ。でも・・・。」
「ありがとうございました。これで心おきなく火星へと行くことが出来ます。」
「こちらこそありがとうございました。
こんな遠いところまできて頂いて、父も喜んでいると思います。
じゃあ、行きましょうか。」
「はい、よろしくお願いします。将太、将太!」
墓参りを終えると、百合子は近くで遊んでいるはずの息子の名を呼んだ。
「さっきまであそこにいたと思うんですけど・・・。」
百合子の視線の先には、小さな遊び場所があった。
二人がそこへ行ってみると、疲れたのか、将太はすっかりベンチで眠ってしまっていた。
「寝ちゃったのね・・・。将太、お待たせ。行くわよ。将太。」
「ああ、起こさなくて良いですよ。僕が運びますから。」
そう言うと、進は将太を抱いて、車の後部座席にそっと寝かせ、落ちないようにシートベルトをゆるくはめてやった。
「すみません・・・。」
「いえ。さあ、行きましょうか。」
「はい、お願いします。」
進はキーを差し込むと、そっとアクセルを踏んだ。
眠っている子供を起こさないように・・・。
しばらくして進の車は東京シティへと戻ってきた。
百合子親子の家は、進達のマンションにほど近い、防衛軍の宿舎だった。
「ここでいいですか?」
「はい、結局家まで送って頂いて・・・。申し訳在りませんでした。」
「じゃあ、お元気で。」
「はい、古代さんも。」
百合子がそう言うと、進は将太を抱き上げようと、後部座席に身をかがめた。
「あれ・・・?」
「どうしました?」
「熱い・・・。」
「え?」
進が体をずらすと、百合子は後部座席にかがんで、将太の額に手を当てた。
「本当だわ。」
「もしかして、熱があるんじゃないですか?」
「ええ、そうみたいです。どうしよう・・・。」
「もう一度乗ってください。」
「ええ?」
「病院へ行きましょう。このままにしておくわけにはいきませんよ。」
「でも・・・。」
「いいから、早く乗って!」
進は車を中央病院の救急室へと向けた。
診察の結果、将太の高熱は風邪によるものだった。
しかし、脱水が進んでいたため、すぐさま点滴を施され、しばらく入院することになってしまった。
「落合さん、ご主人に連絡した方がいいんじゃないですか?
僕が電話してきましょう。」
進がそう言うと、彼女は静かに首を振った。
「主人は亡くなりました。あの人、ヤマトに乗っていたんです。」
「え?」
百合子の夫は、進が艦長として最後に就任した時のヤマトに乗艦していた。
その時ヤマトは、核恒星系の異変を調査するため、銀河系の中心部に向かって航行していた。
ところが、調査を終え、地球に帰還する途中、ディンギルのハイパー放射ミサイルによって不意の攻撃を受け、多くの犠牲者を出してしまった。
百合子の夫も、宇宙服の着用が間に合わず、命を落とした乗組員たちの一人だったのである。
「じゃあ、もしかして、機関部に所属していた落合和人というのは・・・。」
艦長としてすべての乗組員を把握していた進が、当時の記憶をたどっていった。
「はい、主人です。主人、機会を見つけて、古代さんに先生の事を話してみるよって言ってくれていたんです。でも・・・。」
「二人を置いて帰るなんて事、できなかったんだよ。」
「そうだったの。だから携帯電話が通じなかったのね。」
進はその親子に付いて、一晩を救急室で過ごした。
その後、朝になって、入院するために決まった小児病棟の病室へ、百合子と共に将太を送り届けてきたというわけだったのだ。
『なんだ、南部さん。古代さんの浮気じゃなかったんですね。』
相原が南部にそっと耳打ちするのを、進が当然聞き逃す筈が無い。
「あ〜い〜は〜ら〜!」
「あ、えっと、ユキさん、よかったですね。古代さんが無事に帰って来て。
じゃあ、俺達はこれで。」
進のただならぬ雰囲気に、二人はそそくさと行ってしまった。
「まったく!さっきから黙って聞いてれば、言いたいこといいやがって。
浮気なんかするわけないじゃないか。なぁ、ユキ。」
「うふ、進さん、怒っちゃダメよ。あれでも、南部さんと相原さん、私たちのこと心配してくれたんだから。」
進はぽりぽりと自分の鼻を掻く。
「う・・・ん。まぁ、連絡しなかった僕も悪かったよ。とにかくそういうことだから。」
「そうだったの・・・。でも、不思議な事って、あるものね。」
「うん、彼女が僕の父さんの患者さんで、そのご主人がヤマトに乗っていたんだもんな・・・。人なんて、どこでどう繋がっているのか、わからないものだよ。」
「それで、これからどうするの?」
「うん、今日、もう一度病院に行ってみようと思うんだ。」
「私も一緒に行ってもいいかしら?」
「構わないけど・・・、いいのかい?」
「ああ、本当にすみませんでした。古代さんにはすっかりお世話になってしまって・・・。」
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終業後、進と共に病院を訪れたユキに、百合子はお詫びとお礼を述べた。
将太は、朝に比べて、随分元気になっていた。
「でも、よかったですね。将太くん、元気になって。」
「はい、おかげさまで・・・。」
話に花が咲いている女性二人を残して、進は将太のベッドに近づいて行った。
「将太くん、よかったなぁ、元気になって。」
将太は、「?」という顔で進を見上げた。
進が点滴のチューブに気を付けながら将太を抱き上げると、彼は嬉しそうな声を上げた。
「なあ、将太くん。僕は君に謝らなくちゃならないんだ。
だって、僕は、きみのパパを死なせてしまった張本人なんだよ。
でも、僕にはどうしてあげることもできない。だから、将太くん。
パパの変わりにママを頼むよ。僕からのお願いだ。」
進は、にこにこと自分に笑顔を向けてくれる将太に、そう話しかけた。
(こんな小さな子供から僕は父親を奪ったんだ・・・。)
自分が死なせてしまった部下の子供。
日常の忙しさを言い訳にして、あの時のことを忘却の彼方に押しやっていた自分に、父が引き合わせてくれたのだと、進は思った。
あらためて己の罪の深さを見つめ直させようと・・。
そして、彼は将太のその小さな体を、そっと抱きしめた。
一方、同い年のせいということも手伝って、ユキと百合子は、すっかり意気投合してしまい、進が宇宙へ行ってしまってからも、単身、百合子親子のお見舞いに、足繁く病院へと訪れるようになった。 ![]()
将太もユキに懐き、お見舞いに来た彼女が帰る時間になると、泣いて帰るなと訴える始末。
ユキもそんな将太がかわいくて、また次の日も病室に顔を出してしまうのだった。
そして2週間後、将太はすっかり回復し、母と共に、防衛軍の宿舎へと、無事退院していった。
それから一週間後。
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いよいよ百合子親子が火星基地へと赴く日がやってきた。
その日、地球に不在の進に代わって、ユキが百合子親子を宇宙港に見送りに来ていた。
「じゃあ、百合子さん。お元気で。またいつかお会いしましょうね。」
「ええ。ユキさんも、お元気で。古代さんによろしくお伝え下さい。」
「将太くんも、元気でね。」
将太は、小さい手を元気良くユキに向けて振った。
「ばい、ばい。」
百合子は何度も振り返ってユキに頭を下げながら、去っていった。
その後、進たちと百合子との間では、メールのやりとりが続くことになった。
その何年か後、進とユキのもとに、いつものように百合子から届いた何通目かのメールには、優しそうな男性と再婚した百合子と、彼との間に生まれた女の子と、小さかった将太が今では腕白そうな顔をして収まっている写真が添付されていた。
そして、そのメールを見る進とユキの傍では、小さな男の子がぐっすりと眠っていた。
Fine.