ゆ き か ぜ 】

〜 ヤマト Part 1 より 〜

 
ヤマトは滑るように宇宙空間を突き進んで行く。

窓の外に広がる暗黒の空間。生きるという行為を完全に否定する空間だ。

とてつもない何かが潜んでいる悪魔の棲家だ。

複数の人間がいるはずなのに、妙に計器の音しか響かなかった第一艦橋。

「・…古代。」

呼びかけられる。

「何でしょうか?」

自席にいた僕は振り返り抑揚なく応える。一瞬視線がぶつかりあう。

「………。」

呼びかけた人物が黙り込んでしまう。用があるから呼びかけたんだろうに。

不思議に思って凝視してしまう。

「いや 別にいい。」

言葉短かにその人は上の部屋へと上がっていった。
 
 

視線を感じて隣の人物を見やる。親友が僕を見ていた。

「なんだ?」

こちらから問いかけると、いや別に なんて返事を返してくる。

言いたいことがあるのなら、いつものように遠慮なく言ってくれば良いのに。と思う。

けれど、話をこちらからするような気分でもない。それ以上の問いかけがないのを良いことに僕は、視線を戻した。
 
 

視線は、第一艦橋の窓から見える宇宙を追っている。

けれど僕の心はそれを見てはいなかった。僕の脳裏に焼き付いているのは、タイタンの氷原での『ゆきかぜ』の姿だった。

ぼろぼろに傷ついた兄の艦。

氷の墓場にうずもれた兄の艦。これから永遠の時をあそこで過ごすのだろうあの艦。

振り払うことが出来ないあの墓標と化した艦の姿。
 

あの日から、既に数日が経っている。もうすぐ冥王星なのだから忘れなければとは思うのだが、なかなかうまくいかない。

すぐに頭の中にたった一人の兄の面影が現れる。

優しかった兄。

厳しかった兄。

そして僕を心から心配していた兄。
 
 

最後に兄さんにあったのは、僕が訓練生として火星に赴く前だった。

忙しい間を縫って兄さんは、僕のために時間を作ってくれたのだ。

たったの1時間だったけれど。

まさか、それが兄さんとの今生の別れになるなんてあの時は思いもしなかった。

兄さんはいつもどおりだったし、僕もこれから火星へ赴く事で気持ちが高ぶっていたのだから。

いつもと同じ兄弟の会話だった。

本当にたあいもない話で最初から最後まで終わってしまった。

あの時、もう少し真面目な話をしておけばよかったのかも知れない。

兄弟としてもっと踏み込んだ話をしておけば良かったのかも知れない。

……今更 いってもはじまらないか?
 
 

「 進  頑張れよ。 」

兄さんは、いつもいつも僕にそう言った。僕はそう言われるたびにわかってるよ、といつも言い返していた。

「 頑張れ 」 

兄さんはいなくなってしまった。 

僕にそう言ってくれたあの人は、もういないのだ。 

いつも僕をからかって、そして、いつも僕を心配してくれた兄さんは僕には手の届かない世界へと行ってしまった。。

「 頑張れ 」

僕はその言葉が好きだった。そう言ってくれる兄さんが大好きだった。

それが、年の離れた兄さんからの僕へのエールだったから。
 
 

あの日は、悲しさばかりが渦巻いて僕はたまらなかった。

艦長に「地球をゆきかぜのようにはしたくないな?」と聞かれ僕は「はい」答えたけど、それ以上は言葉にはならなかったのだ。

ただ手の中にある兄の遺品だけがやけに重くて、そして冷たくて。

早々に艦長室を辞して、第一艦橋へと戻ったけれど僕は仕事なんて手につかなかった。

平静を必死で装っていた。震えそうになる指先を意思の力で押さえ込んだ。

交替時間になって僕は逃げるように自室へと帰ったのだ。

本当は、早くひとりになりたかった。ひとりになって存分に泣きたかったのだ。

たったひとりの肉親を想って泣きたかったのだ。

膝を抱えて泣きたかったのだ。ちいさな子供のように・・・・。
 

……あれから数日が過ぎたのに。

極力 表には出さないようにとは思うのだけれど、単純なこの性格では難しい。

ふとした拍子に思い出してしまう。

今から思えば、自分が気がつくのだから、周りの人間にはバレバレだったんだろうと思う。
 

だが・・・・そんな僕でも気づいてしまった。

艦長が 島が 皆が僕を気遣ってくれているということに。

視線を感じて振り向くと、誰かが必ず僕を見ていた。

問いかけると 「いやべつに・・」 なんて みんな判を押したような反応をする。
 

最初は なんだ?と思っていたが、ひょんな拍子に僕は気づいてしまった。

皆が僕を心配してくれていることを。

僕の意固地な性格を知っているから、きっと皆 何も言えなかったのだろうと言うことに気づいたのだ。

僕がひとりで欝々としている間、皆は僕を黙って見守ってくれていたのだ。

何も言わないかわりに、温かい視線で僕を見守ってくれていたのだ。

……皆の優しさがとても、うれしい。今は素直にそう思える。
 
 

兄さんは僕の前からいなくなってしまったけれど、僕を心配し、気に掛けてくれる人がいなくなったわけではなかったのだ。

「 頑張れ 」
 
この言葉を近いうちに誰かが掛けてくれるかもしれない。

そうしたら 僕はきっと「わかっているよ」と答えるのだろう。いつも兄さんにそう返していたように。

「 頑張れ 」

僕はこれからもこの言葉をこころの支えにして生きていけるのだろう。

このやさしい仲間達に支えられながら、僕は頑張っていけるのだろう。きっと。
 
 
 


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