【 夜 想 曲 


(Music: みんなにないしょ さん 愛の夢 Liszt)
 
当てもなく街を歩いていた僕の目に、偶然目に留まったショーウィンドウの青い石のペンダント。

見つけた途端に(彼女に似合うかも知れない…)なんて 思ってしまい足が止まってしまった。

しばらくウィンドウ越しに覗きこんでいた僕に オーナーらしい男性が声をかけてきた。とても柔和な営業スマイルで

「どうぞ、手にとってご覧下さい」と。

何時もの僕だったら、きっと断っていただろう。

ジュエリーショップなんて、彼女へと贈るエンゲージリングを買いに行った時以来だ。あの時の僕は、無性に気恥ずかしくって、でも絶対にリングを買わなくてはならなくってかなり苦労したのだ。

そう、彼女に正式にプロポーズする為に…。

あの時は、真っ赤になって、汗を流しながら彼女に似合うだろうリングを選んだのだ。

頭の片隅で独り言を言いつつ、僕はカウンターに近寄りショーウインドウのペンダントを見せてください、と自然に声に出していた。

にっこりと微笑まれながら目の前に差し出されたペンダントを覗きこむ。
 

小さな青い石が、キラキラと光っている。

僕は、彼女の白くてほっそりとした首筋と胸元を思い出していた。

(やっぱり彼女の胸元にすごく映えそうだ。)

手にとって見ると、しゃらしゃらと軽い音をたててチェーンがゆれる。そして、青い石がライトの光を受けてキラキラ光る。

目の前にいる店員が何かを言っていたのだけれど、僕は何も聞いてはいなかった。

後から思えば、きっとこの石の説明をしていたんだろう。

けれど僕はただ、彼女の面影だけを思い出していた。
 

「これを下さい。」

自然、僕はこう言っていた。

綺麗に包装されたそれを片手に持ち、僕はその店を後にした。

歩きながら、僕はぼんやりとそれを見つめていた。

「 何で、買ったんだろう? 」 

「 彼女にとても、似合うと思った。」

「 だから買ったのか?」

「 たぶん そうだと…。」

「 本当に? 」 
 

二人の僕が、心の中で問い掛けあっていた。
 

今日は彼女の誕生日でもない、クリスマスでもない。

何の記念日でもない。

ただ、今日は天気の悪い 今にも雨が降り出しそうで冷たい風が似合うそんな日だ。

街中を歩いていても、身体中に寒さが染み込んでくる様なそんな日なのに…。
 

僕は古代進。

地球防衛軍所属の軍人。
 

正直、今 自分を持て余している。

ほんの3日前に宇宙勤務が終わり、今は地球にて休暇中。1週間取れた休暇だけれど、

いつもは、数日でも必ず一緒に過ごすはずの恋人は今 僕のそばには居ない。

長官秘書の彼女は、会議の為 僕とは入れ違いに月基地へと行ってしまった。

余りのタイミングの悪さに、彼女は全然悪くないのに、つい彼女に文句を言ってしまった。

当然、彼女は

「私が決めたスケジュールじゃないわ。いっつも地球にいないのはあなたの方じゃないっ。自分勝手もいい加減にして!!」

と、おかんむり。

勢いそのまま電話を切ってしまった。

そこで、僕が謝罪の電話でもすればいいものを、生来のプライドと意固地さが顔を出しそのままにしてしまった。

当然、それから彼女の方からの反応は無い。
 

冷静に考えなくっても、今回は(いや今回も?)全面的に僕が悪い。

仕事仕事で、彼女を何時もほったらかしにしているのは自分の方なのに、よくもまあ文句なんか言えたものだ。と自分でもそう思う。

彼女が怒るのも当然のことだと思う。

素直に謝りのTELを入れればいいのに。

「ゴメン 僕が悪かった。」

たったこれだけのセリフで済むのに。

―――意固地な僕が邪魔をする。まったく始末に負えない。
 

部屋にいても、いつも傍らにいてくれる彼女は留守なのだ、部屋で欝々と考えている自分自身も癪にさわる。

ひとり部屋にいても仕方ない、出かけよう。

綺麗に整然と新しく造られていく街を、当てもなく歩いていて偶然目にとまった青い石。
 

まさか、許してもらうために買ったのか?と 問う自分がいた。

歩きながら苦笑う自分がいる。

まさか? まさかな?
 

普段の自分の態度を思い出してみる。

普段の自分は若輩者の癖に、偉そうに人の上に立ち部下に命令をしている。

問題があった時は、口どころかつい手だって出してしまう。

上官に対しても納得できない事柄だと平気で食ってかかっている。

正直とんでもない人間なのだ。

僕を知らない他人から見たら、とても恋人とケンカしたからって、僕から謝って許してもらうなんて人間には思えないだろう。(もちろんヤマトの連中は別だ。僕がトコトン彼女に弱いのは、奴らには全部ばれている。)
 
 

風が強くなってきた。

足元をカサカサ音を立てて枯れ葉が舞っている。

冷たい風が僕の髪を揺らして過ぎていく。

僕の足は自然と人気を避け街中の小さな緑化地区に向いた。

―――― もうすぐ、冬だ。

キンと冷えた空気がもうすぐやってくる。

決して快適な季節ではないけど、僕は冬の空気が幼い時は大好きだった。

駆けていくと、耳がちぎれそうな位の冷たさが、好きだった。

どこか張り詰めた空気が好きだった。
 

……ただし、今は違うけれど。

そう あの時から僕は冷たい頬に触れるのが怖くなったのだ。

イスカンダルからの帰り、地球を目前にして起きたあの事件。

もうすぐ、帰れる。もうすぐ、この航海も終わる。

もう後は地球に到達するだけだと、浮かれていた僕に残酷にもそれは起きた。

思い出すたびに、心臓がえぐられるような気が今でもしてしまう。
 

・…あの時、さっきまで暖かだった頬から血の気がなくなり、優しく僕に微笑んでくれていた瞳と唇は固く閉ざされ、彼女はそこに静かに眠っていた。

ついさっき、医務室の前ですれ違ったばかりだったのに。

隠れてろって、僕は言ったはずなのに。

何故 君はここに居るんだ?

真田さんが何か言っていたけれど、僕には何も聞こえなかった。

渦巻く後悔ばかりが僕の理性を失わせていた。
 

ナゼ?コンナトコロニ キミハイルノ?

ボクハ カクレテロッテ イッタロ?

ドウシテ、ボクノイウコトヲ キイテクレナカッタノ?
 

駆けよりそっと抱き起こした彼女の白い首がガクリとのけぞる。綺麗で細い白い首筋が目の前に晒された。

彼女の身体から温かみが消え去っていくのを、僕の腕と身体ははっきりと感じ取っていた。

抱きしめた腕の中から、彼女のぬくもりは確実に無くなっていく・・・。
 

あの時の絶望。

どうすることも出来ずに、ただ彼女を抱き締め名前を呼ぶ事しか出来なかったあの時。

青白くなっていく彼女の顔を見つめる事しか出来なかったあの時。
 

叫んで 叫んで 後悔することしかできなかったあの地獄の時。

あの後の僕は、なにをしていたのかよく覚えていない。

ただ呆然としていただけだったのか? それともあんな時でも、偉そうに指揮を執っていたのか?

沖田艦長の所へ伺ったのは、覚えている。

艦長は、僕に生きろ それが彼女の望みだったのだから、耐えて生きろ。とおっしゃった。

「……・はい わかりました。」

あの時は、そんな返事をしたような気がする。

でも、心の中で僕は叫んでいた。

( 僕は独りで生きたくなかった! 彼女と共に生きたかったんだ! 彼女のいないコレカラなんて意味無いんだ。 )と。
 

地球が視認でき、艦内がざわめき仲間達が走り出した時も、僕は不謹慎にも地球なんてどうなってもいい と思っていた。

あの時は自分の立場なんて忘れていた。艦長代理の重責なんて関係が無かったのだ。

彼女の眠っている部屋の扉を開き、深く深く眠っている彼女の頬に触れた時、余りのその冷たさに僕は我慢できず泣き出してしまった。
 

ほんの数日前には、地球についたら君に告白するんだ!なんて浮かれた自分が居たのに。

OKしてくれるかなんてわからなかったけれど、絶対に恋人同志になるんだ!と、勇んでいたのは自分なのに。

・…ここは、とても淋しいね。

とっても綺麗な君がここにいるのに。

何にもかわらない君がここに、いるのに。

やわらかい栗色の髪、小さくてかわいらしい顔、ほっそりした首筋も、華奢な肩も何もかわらないはずなのにね。
 

僕のこの絶望は何なのだろう。

そう 君のこころが いなくなってしまったから…。

一番 大事な僕が欲しかった君のこころが、去ってしまったから。
 

「神様の姿が見えない」と言った君を思い出す。

そうだね 僕にも神様なんて見えない。多分 一生見えないだろう。

僕から君を奪っていった神様なんて、見たくもないけれど。
 

抱き上げた彼女は、とても軽かった。

存在感は確かに腕の中にあるのに、羽根を抱きしめているかのように、とても軽かった。
 

彼女を抱き上げたまま、第一艦橋へと歩きながら、僕は ずっと彼女に話しかけ続けた。

彼女に聞いて欲しかったこと。彼女に聞きたかったこと。

口から自然に言葉が、溢れ出して止まらなかった。
 

絶対に君に伝えたかった言葉も。
 

僕の席に座らせた彼女を支えながら語り掛ける。

赤く光る星が、輝きを増しながら近づいてくる。  

「――――あれが僕達の地球だよ。」

帰りたくてしょうがなかった故郷の惑星だ。もう少しで帰りついた君の故郷の星だ。
 

語りかけながら 少し乱れた彼女の髪を梳く。さらさらして指から零れ落ちていく彼女の髪。まるで、僕から逃げるように。

そうやって僕から逃げてしまったんだね。君は・・…。涙が、こぼれ落ちていく。

絶望しかなかった僕には、デスラーの事など頭の隅にも無かった。

だから、光輝く光芒を見たとき、僕にはそれが彼女のいる世界への架け橋に見えてしまっていた。

まばゆく溢れる光芒の中、ただただ僕は彼女を抱きしめ続けた。

不謹慎にも「これで彼女に逢えるかも知れない」なんて思いながら。
 

光芒が撥ね返され、遥か彼方の空間での爆発が起こる。

何か起こったのかわからなかったけれど、自分の存在が変わらずここに在ることだけがわかった。

つまり、彼女を失ったまま生きていくのだと…。

本当にあの時の僕は、最低な奴だった。

喜び はしゃぐ皆を横目で見ながら、ため息をついてしまったのだから。

自分のことしか頭に無い最低な奴だった。
 

重い心のままに再び彼女を抱き上げ歩きかけて、僕は違和感を覚え立ち止まった。

ただただ冷たいだけだった彼女の身体にぬくもりを感じたからだ。

彼女の綺麗な顔を覗きこむ、変化が在るわけがない。

彼女のこころはここにはいないのだから。

奇跡を願うこころを自分で罵り嘲り、再び歩き出す。

けど……

今度は、腕にハッキリとした鼓動を感じた。立ちすくむ僕の腕の中で、ゆっくりと開かれていく彼女の瞳。

長いまつげがユラユラ揺れている。きらきらした彼女の瞳が僕をまっすぐに捕らえる。

固く閉じられたままだった唇が動き出す。さらさらの髪が僕の肩で揺れていた。
 

もう二度と聞くことが無かったはずの彼女の声が、僕の耳に響いた。

不思議そうな表情が一杯の彼女の顔が僕の瞳に映った。

「古代くん ワタシ どうしたの?」と。

地獄から天国へとは、きっとこの時の僕を指すのだろう。この瞬間奇跡が起きたのだ。
 

大好きで大好きでたまらない彼女が目の前にいた。

彼女に二度と逢えないと絶望の淵にいた僕は、一足飛びに極上の幸せの中に立っていた。
 

彼女の細い体を力一杯抱きしめて、彼女のぬくもりを確かめた。

青白く冷たかった頬に自分の頬を摺り寄せ、さっきまでの頬とは違う感触を確かめた。あたたかい……

素直にそう感じた。そしてなんて僕はしあわせなんだろうと思った。

永遠に失ったはずの彼女が、腕の中にいる。

うれしくて 嬉しくて 僕は彼女を抱きあげて彼女の重みを腕に感じた。

彼女を抱き上げながら、彼女の顔を覗きこむと、にっこりと彼女が僕に笑いかけてくれた。

きらきらした瞳 長いまつげ 可愛い唇 僕の大好きな彼女だ。

なによりも、彼女のこころが帰ってきたのだから。嬉しくってたまらない。
 
 

僕の腕の中から、赤く光る地球を見つけた彼女がスルリ−と 腕を抜け出した。

窓辺に駆け寄る彼女の背中を見て 僕は彼女が帰ってきてくれたことを実感したのだ。

細いけれどすんなりとした背中を見て、僕は心底安心したのだ。

傍らに立ち、僕の肩に頭をのせかけてきた彼女の細い肩をしっかりと抱きしめ、彼女のぬくもりを感じた時、僕は再びし
あわせを噛み締めた。

―――――悪夢は醒めたのだ。

あの後 僕は彼女に告白をした。

彼女を僕の腕に抱き、まっすぐに彼女のきらきらした瞳を見つめながら

「大好きだ。 誰よりも愛している。」と

場所も何も考えず勢いだけで告白してしまい、そこに居合せた全ての仲間に聞かれてしまったのだ。

もうちょっとTPOを考えれば良かったのに、その時の僕は言わずにいられなかったのだ。

今 思い出しても恥ずかしくてたまらない

彼女も同様に思ったらしく、今でも時々怒られる。
 

「もっとロマンチックな告白して欲しかったわ」 と

でも、あの時「ワタシもよ」なんて返事を返したは彼女の方だ。

もちろん それも全ての仲間達に聞かれてしまったのだ。

だからTPOを考えなかったのは、僕だけではなく彼女の方もなのだ。

けど、あの告白シーンのことは一生、彼女からも 仲間達からも言われ続けるんだろうな。

後悔はしていないけれど。
 
 

………あの時の僕は素直だったな。

暮れかかった空を見上げると、少しだけ夕焼けが見えている。

明日は、今日よりは良い天気になるのだろうか?

今 彼女がいるはずの月は、今夜は見えるのだろうか?
 

今日は なぜか あの時の彼女のただただ青白く冷たいだけの頬の感触が思い出されてたまらない。

あの冷たい頬は、僕の絶望の象徴だったのだ。

もう二度とあんな思いはしたくない。あの絶望だけは二度と味わいたくはない。
 

だから極端な話 冬真近な空気に晒されて冷えた自分の頬を触るのもいやなのだ。

いつもなら、大好きな彼女が側にいるから 彼女の頬に自分の頬を擦り合わせてしまうのに。

そして、僕は彼女の存在に心穏やかになれるのだ。

なのに、彼女は今は宇宙の星の中。

いつもと立場が入れ替わっている自分がいやでたまらない。
 

どうせ逢えないのなら自分も宇宙の中を飛んでいた方が遥かにマシなのに。

ブツブツ独り言を言いながら、彼女の面影を思い出す。

僕だけに見せる可愛い笑顔でいる彼女。

仕事中のきりっとした彼女。

僕のところへ還ってきてくれたあの時の彼女。

怒り心頭で、電話を切ったあのときの彼女。

全部 僕の大好きな彼女だ。
 
 

謝罪のTELひとつで気が済むことなのにウツウツとしている僕は何なのだろう。

(誠意を持って謝れば、彼女は絶対に許してくれるのがわかっているのに。) 

あの時のように、素直になればよいだけなのに、全く自分自身に呆れ果ててしまう。

一体 いつから僕はこんな奴になり果てたんだろう。

どうして素直になれないなんだろう。

今でも、彼女のこと好きで好きでたまらないのに。
 
 

手の中のペンダントがカサリと音をたてる。

なぜ これが彼女に似合うなんて思ったんだろう?

きらきら光る青い色が、彼女を思いださせたのは何故なんだろう?
 

考えても、答えなんて出てこない。わかっているのは、素直になれない自分がいるということだけだ。

すっかり陽が落ちた緑化地区から歩き出す。強くなった冷たい風が辺りかまわず吹きすさぶ。

ポツンとひとりでいる僕にまとわりつくように吹いている

誰もいないのを良いことに、僕は大きくため息をついた。

暮れて暗闇に包まれかける広い空を仰ぎ見る。

ペンダントをジャケットのポケットに押し込み、僕は家へと歩き出す。

電気のついていない暗い部屋は居心地がとても悪い。

いつもなら、部屋には彼女がいてくれる。そして、僕の傍で、にっこり笑ってくれるのだ。

それだけで、とても部屋が居心地よくなる。

そして僕は、安心するのだ。
 

だから、今回の彼女の出張がとても嫌だった。

冷たい風が吹いているから なおさら嫌だった。

小さな子供のように、彼女のぬくもりが欲しくてしょうがない。

側にいて欲しくってしょうがない。

…こんなこと恥ずかしくて彼女に言えやしない。
 

でも、言ったら どんな顔するだろう?

笑うだろうか?呆れるだろうか?

ひょっとしたら、愛想つかされるかもしれない?(そんなこと冗談じゃない!)

空を見上げる。雲が厚く月は出ていない。

彼女のいる月の姿が見えない。せめて、月の姿を見たいのに。

すっかり闇夜となった中、考えのまとまらないまま僕は宿舎に帰ってきた。

見上げた僕達の部屋は当然真っ暗なままだ。

ため息をひとつ吐き、エレベーターへと向かう。
 

「暗い部屋なんて大嫌いだ。」

辺りに人影は見えない、誰も聞いていないんだからと、口に出してみた。
 

「じゃあ、ほっつき歩いてないで明るいうちに帰ってくれば良いじゃない。」

いきなり聞き慣れた声が背後から掛けられた。

ギョッとして振り向いた僕の前には、ナント彼女がいた。

スーツケースを片手に立っている。

情けない独り言を聞かれてしまったのも手伝って、僕はパニクッてしまった。

「なっなんで、ここにいるんだよ?帰ってくるのは明日の筈だろっ!!」

「長官の予定が変更になったのよっ!それともワタシが帰ってきたらマズイ事でもあるのっ?!!」

間髪を置かず、ちょっとツンとした顔で彼女が僕に食ってかかってくる。

まだ、先日のことを怒っているのだろう。当然だ。

あの罪悪感を思い出した僕は、思わず言葉を失ってしまった。

いつもなら言い返してくるはずの僕が黙ってしまったことで、彼女の顔に?マークが浮かぶ。

「……何かあったの?」

問うてくる彼女の顔を見た途端 僕は、彼女を思いっきり抱き締める。

驚いた彼女の手から、スーツケースが落ちていく。

「??古代くんってばっ」

腕の中の彼女が身をよじらせ、離れようと身体を動かす。

そんな彼女を抑え込み僕は、僕の頬と彼女の頬をすりよせた。

あたたかい頬の感触が僕に伝わってくる。

あたたかい。

この時、僕は情けないほど、ほっとしたのだ。

次の瞬間、僕は腕の中の彼女を力ずくで押さえ込み、彼女の唇を奪った。

可愛くて、あまくて、僕を魅了してやまない彼女の唇。

最初、驚いて抵抗していた彼女もやがて僕のキスに応えてくれだした。

彼女の腕が僕の背中に回される。

時間を忘れるくらいの熱烈なキス。

どのくらいキスしていたのか、二人の唇が離れた時は二人の呼吸は乱れていた。

彼女の顔が真っ赤に染まっている。

きっと僕の顔も同じなんだろう。

とっくの昔にきていたエレベータの中に彼女を引っ張りこみ、再び抱きしめた。

彼女はおとなしくされるがままになっている。腕の中の彼女がとても愛しい。
 

ドアが開き、僕は彼女の肩を抱きしめたまま、部屋へと戻った。

部屋のドアを開け、暗いままの部屋の中を通りすぎて、ベッドルームへと彼女を引っ張り込んだ。

そのまま、ベッドに彼女を押し倒す。

何があったのか?と問う彼女の唇をふさいで、そのまま僕は彼女を求めた。

彼女のブラウスのボタンをはずし、現れた白い胸に僕は顔をうずめる。

とても、温かくとても良い匂いがする。

僕が恋しかった暖かさだ。

心配気な顔をする彼女の頬を優しくなでる。

何も言わずに唇を重ねて、彼女の体を辿っていく。

彼女の両腕が僕の背中にしがみついてくる。

そんな彼女の反応にほくそえみながら僕は考えていた。

――――何もありはしなかった。ただ、自分の意固地さが嫌で。素直になれない自分が嫌で。

ユキに側にいてもらえない僕自身が嫌いでしょうがなかったのだ。
 
 

腕の中で、穏やかに眠るユキの顔を見ていると、自然あの時のことが思いだされてくる。

ただただ青白く冷たいだけだった頬、二度と開かれないはずだった瞳、固く閉ざされた唇。

絶望の二文字しかなかったあの時。
 

今の僕はなんて幸せなんだろう。

僕の腕の中に 瞳の中にユキがいる。

僕の愛撫に応えてくれて僕が注いだ愛情以上の優しさをいつもユキは返してくれる。

そして、ユキのこころの中に僕がいるのだ。

あたたかいユキの頬に触れてみる。自然やさしい気持ちが沸いてくる。
 

そっとベッドから抜け出した僕は、脱ぎ散らかしたジャケットからペンダントの包みを取り出した。

どうしようかと、眠るユキの顔を覗きこむ。

疲れているのだろう起きる気配がまったくない。

包みを解き中のペンダントを取り出し、僕は手のひらに握りこんだ。

冷たい感触だったペンダントが、少し温かくなったのを確認し、僕は彼女のすんなりとした首にそれを飾った。

そして、頬にひとつキスをおとす。
 
 

カーテンを開け放し窓の外をうかがう。

昼間、天気は悪かったけれど、いつのまにか月が顔を出していた。

うす雲に隠れかけた月だ。

今日あそこに彼女がいたのだ。

今はここに眠る彼女が……

まるで、かぐや姫のようだ。

地球から月へと帰っていったかぐや姫。

月から地球へと帰ってきた僕の大切なユキ。
 

ベッドに腰掛けたまま、ユキの寝顔を見つめる。

すんなりとした綺麗な首筋に青い石が月の柔らかい光を受けて輝いている。

綺麗だ と思う。
 

―――― 明日の朝、ユキはどんな顔をするのだろうか?

驚くだろうか?

よろこんでくれるだろか?

それとも、怒るだろうか?

ちゃんと起きてるときに渡してちょうだい!たまには、ムードを大切にして。なんて言われるかもしれないな。
 

でも、きっと最後には僕のあの大好きな笑顔でにっこり笑ってくれるに違いない。

・・・…だから僕の明日朝一番の課題は素直になることだ。

「この前はほんとにゴメン。僕が悪かった。」と謝らなければ。
 
 

でも、許してもらうためにペンダントを贈ったのではないことだけは、ハッキリ伝えないといけない。

ユキの胸元で輝く石を見て、僕は気がついたのだ。

そう、青い石の輝きは本当に彼女に似合っていたから。

だから、僕は迷うことなくこの輝きをユキに贈ったのだ。

ユキを目の前して僕はハッキリとわかったのだ。
 
 
 

………結局 僕はユキにベタぼれなのだ。
 
 
 

end


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