【 め ぐ り く る 星 に 

By 京 さ ん
 
 

7月に入り、僕は地上勤務を続けていた。

宇宙勤務より僕には向いていないだろう地上勤務は、僕自身は余り好きではない。

しかし、一応でも毎日僕と顔を合わせられる、と一緒に暮らす彼女は喜んでいるようだ。

(実際は、残業、泊り込みの方が多いのだけれど。それでも連絡がすぐつくところに僕がいるのが嬉しいのだと言ってくれる。)
 
 

その日、僕は司令本部の別館で山と詰まれた資料の中を、目的の資料を見つけるために数人の部下達と探し回っていた。

ガミラス、ガトランティスと続けて攻撃を受けたおかげで、司令本部内の資料はもう滅茶苦茶、何が何処にあるのかさっぱり、と言う状態になっていた。

「古代さん〜、本当にここに資料あるんですかね〜〜。」

その様を見ながら、僕に向かって情けない声を出したのは部下の津川だ。

「あのな、探すしかないだろう、見つからなきゃ一から始めになるんだから。

愚痴は言ってもいいが、手を動かせよ。」

「はぁーい。」

間延びした返答に思わず、苦笑をもらす。

この山を前にして愚痴りたいのは自分も同じなのでどうしようもない。

まったく人手不足はわかっているが、もう少し管理しておいて欲しかったよ。

何より、ファイルの形じゃなくてデータチップの形で保存しておいて欲しかった。はあ〜。
 
 

ばさばさ、ガザガサ・・・・。

しばらくだんまりを決め込んで、数人で探し回っていた。

が、突然僕の頭上の上から、妙な音が響いてきた。

はっとして見上げると、うず高く詰まれたファイルが崩れ掛けて今にも落ちてきそうだった。

「古代さん、危ないっ。」

親切にいうのなら、その前にその棚を押している手を引っ込めろ!

叫んだ津川の手は僕の頭上の棚の端をしっかりと押しやっていた。

そう叫ぼうとした僕の上から、無情にもファイルの雨が降り注いだ。

いかに運動神経に自信があるといえど、狭い通路の中、しかも周りはうず高く詰まれた資料の山ではよけるによけられない。

哀れ僕は直撃を受けてしまったのだ。
 
 

片方の棚に体を力いっぱい押し付け、頭を両腕でかばいながら、落下してくるものから体を守る。

そして、しばらく音が止むのを待った。

音が止み、頭をかばっていた腕をどけてソロソロと周りを見渡すと、周りはこれ以上はないほどの悲惨な状況になっていた。

埃が舞い散り、ファイルはバラバラ、見る影もないとは、このことだ。

あー、こりゃ誰が片ずけるんだ。

呆然と見やる僕に、慌てた様子の津川とその他の部下達が駆けつけ声を掛けた。

「古代さん、大丈夫ですか?」

僕は振り向き、津川に向かって声を荒げる。

「津川っ、お前あれほど慎重に探せって言ったろうが!」

「す、すみませんっ。」

縮み上がる彼を尻目に状況を確認する。

「崩れたのはこの一角だけか?他の箇所はどうだ。」

「一応、ここだけみたいです。」

「そうか。」

助かった、ここだけなら何とか片付けられるだろう。
 
 

僕は足元に散らばるファイル達の間を縫うようにソロソロとその場を脱出した。

「やれやれだな〜。また、仕事が増えちまったけど。」

振り返りながら、そう呟いた僕に向かって声がかかる。

「古代さん・・・・・。」

「ん?なんだ。」

振り返った僕の前には、引きつった津川たちの顔があった。

そして、彼らの視線は僕の左腕に固定され、口元は引きつっている。

それに気づいた僕は、自分の腕を見やった。

すると・・・・・、

左腕の肘の部分から袖は破れ、そこから真っ赤な血が滴り落ちていた。

「げっっ!」

そうか、さっき頭をかばったのは左腕だった。落ちてきたファイルの角にでも当たって怪我したんだな。

全然気づかなかった・・・・。

邪魔になるからと、上着を脱いでいたのも仇になっちまったな。

ま、出血は酷いけど、見た目ほど酷くはなさそうだ。

だが、本人が落ち着いて怪我の状況を確認しているのに、きっかけを作った津川は自分が怪我をしたように真っ青だ。

まるで、ペンギンみたいに腕を上下させてバタバタしている。

「なに慌てている?これくらいの怪我、怪我のうちに入らんぞ。」

「なに仰っているんですっ!そんなに血が出ているのに。早く医務室へ行ってください。」

殆ど悲鳴のような懇願をしてくる。
 

「血がってな〜。」

しかし、呆れて津川に言い返そうとした僕に向かって、他の部下達も同じように言い募る。

・・・しょうがないか、こいつらは本部勤務で前線に出ていない連中だから。

「わかった。じゃあ行って来るけど、ここの片付けと資料探しちゃんとしとけよ。

特に津川、またおんなじことをするんじゃないぞ。」

僕は、きっちりと指示を残し、傷口を押さえながらそこを後にした。

しかし、この埃にまみれた格好はどうにかならないものかな?

左腕の付け根を自分の右手で押さえているものだから、埃を払いたくても思うように払えない。

まったく、こんな格好でいるところユキに見つかったら、また説教に違いない。

なるべく人に会わないような廊下を選びながら、医務室へと急ぐ。

大したことはない、と思っていたが、やっぱり時間がたつごとに、ビリビリとした痛みが訪れる。

「ユキになんて言えばいいんだろうな。」

資料が落ちてきて、よけきれなくて怪我をしました。なんて、事実だけどまるでコメディじゃないか。

脳裏に呆れ返る彼女の顔が浮かんできてしょうがない。
 
 

医務室に入ると、そこには数人の看護婦と一人の白衣を着た女性が楽しそうに談笑していた。

ドアの開く音で振り返った彼女らの視線が僕に集中する。

・・・・・どうも、こんな視線は苦手だ。

「あの、すみません。治療をお願いしたいんですが。」

「あら、いらっしゃい。」

白衣の女性がニコリと笑う。

・・・・いらっしゃいって、・・・・・セリフがちがわないか。

腕を押さえながら、場違いな言葉に戸惑っている僕に再びニコリと笑い診察室を指差す。

「すぐに行きますから、ちょっと待っててください。」

「はぁ・・・。」

僕は、素直にそれに従った。
 
 

僕が診察室に入るや否や、部屋の外から黄色い悲鳴が上がった。

古代さんよ〜、なんて声も聞こえてきた。

自分が有名人なのは承知しているけど、なんで医務室でまで名前を叫ばれなきゃいけないんだ。

やっぱり、この埃にまみれた格好が拙かったろうか?

好きでこんな格好しているわけじゃないけどなぁ。
 
 

程なく、先刻の白衣の女性が入ってきた。やっぱり彼女、医者だったのか。

でも、どこかで見たような・・・・・??

頭の隅で考えながら、少し会釈をして、抑えていた腕を差し出す。

消毒をしながら傷口を確認すると

「んー、ちょっと深いわね。縫っちゃいましょう。」

「は?これ位のキズなのに縫うんですか?」

「医者に反抗する気?」

「いえ、このくらいの怪我は慣れているので、出血さえ止まればいいんですが。」

「ほら、反抗してる。大人しくしていなさい。」

僕の言い分など、意にも介さずに彼女は看護婦に命じて機材を用意させた。

「ま、3針程度だから、我慢して頂戴ね。」

にっこり笑う顔が、ちょっと恐ろしい。

そういえば、ユキも治療をするときってやけに嬉しそうな顔している時あったっけ。
 
 

差し出した腕を固定され、チクリとした刺激が僕を襲う。

「男の子でしょ、我慢してね〜。」

なんて、一瞬顔を歪ませた僕に向かって楽しそうな声を掛けてくる。

あのな、僕をいくつだと思っているんだ!

手早く治療が終り、大げさなほどに巻かれる包帯を見ながら、僕は溜め息をついた。

まったく、仕事も終わっていないっていうのに怪我までするなんて今日はなんて日だ。

しかも、この目の前の女性はいい年をした僕を子供扱いしてくれるし。

こんな所に長居は無用だ。

包帯を巻き終わった看護婦が出て行くと同時に、僕は席を立った。

「ありがとうございました。」

そう言って後ろを向くと

「また怪我したら、来るのよ。進くん。」

進くんだぁ?見も知らない女性から名前で呼ばれる筋合いはない。

ユキでさえ、未だに古代君としか呼ばないのに。

思わず振り返った先の彼女は、面白そうに顔一杯に笑みを浮かべていた。

「なんなんですか?さっきから、人を子供扱いして、失礼じゃないですか。」

憮然と抗議する僕に向かって彼女は、カラカラと大きな声で笑い出した。

「なにが可笑しいんです。」

再び僕が抗議すると、不意に彼女は笑いを止め、真剣な顔になった。

「失礼なのは、進くんのほうだと思うけど。」

「僕の何処が?」

彼女は立ち上がると、頭一つ高い僕の前にズイッと身を乗り出した。

「この顔に、本当に覚えがないの?」

「えっ??」

僕はじっと、彼女の顔を見つめた。

年の頃は、30位、兄貴と同年齢くらいかな?髪はショートカットで快活そうだ。

身長はユキよりちょっと低いくらいで。どちらかというと美人の部類。

でも、このちょっと怖くて、切れ長の瞳どこかで見たことあるんだけど・・・な。

頭を悩ます僕の前の彼女が、わざとらしいほど、右手で顔を覆った。

その手の甲には、はっきりと浮いた1本の細い傷跡・・・・。
 
 

あれ、この傷跡って・・・・、確か・・・。

「あっーーーーっ!!貴姉ぇっ??!!」

その傷を見た途端、いきなり埋もれていた記憶が甦り、僕は大声で叫んでしまった。

そんな僕の頭をボカッと一つ殴り、

「やぁっと思い出したわね。この恩知らずの我侭坊主。」

腰に手を当てて僕を睨みつけてくる。

「な、なんで貴姉がここにっ?」

「ふふん、3ヶ月前からここにいるのよ。その前は中央病院に居たんだけどね。」

「・・・・貴姉が医者になってるなんて、思いもしなかったよ。」

「進君のお父様の影響よ。」

「とうさんの・・・・。」

「そう、それより、進君の方が意外よ。あーんなに大人しかったくせに今じゃあ泣く子も黙る鬼の古代なんだもの。」

「それは、」

「・・・進君、苦労したものね。おじさんたちが亡くなってから。」

僕の両親を思い出しているのだろうか、彼女が少し目を伏せた。

「・・・誰に聞いたの?」

「守君。ま、彼も立派になっちゃって、ホントあんた達兄弟は凄いわ。」

「兄貴には、もう会ったんだ。でも、僕には一言も貴姉のこと言ってなかったけど。」

ちょっと不思議に思って口に出すと、これまた平然と

「当然。口止めしといたんだもの。」

「何で?」

「そりゃあ、進君の驚く顔が見たかったからに決まってるじゃない。

驚いた顔って小さい時と変わらなくって安心したわよ。」

と、言ってバンバン遠慮なく僕の背中を叩いた。

遠慮なしの力で叩かれながら、

「貴姉こそ、乱暴なとこ全然変わってないじゃないか。」

「年頃の女性に向かって、その発言許せないわね。」

再び、僕の頭に向かって手を振り上げる。僕は寸前でよけて笑った。

「年頃の女性って、誰のことだよ。男より乱暴者だったくせに。」

「重ね重ね失礼な。よし、これからちょっと休憩取るから付き合いなさい。」

「いいけど、手短にしてくれよ。まだ仕事途中なんだから。」

僕は笑って、同意した。

場所を最上階のカフェテリアに移動し、僕達は思い出話に華を咲かせた。

彼女の名前は、上川貴子。29歳。

昔、三浦半島に住んでいた頃、僕の家の近所に住んでいた。

いわば兄貴の幼馴染だ。もっとも、いつも兄貴や男連中とつるんで遊んでいた彼女は、そのさっぱりとした気性のせいで女と言うより、男みたいだったけど。

じつは、僕はよく苛められた。(と本人は思っている。)

彼女の言い分じゃ、余りにも大人しすぎた僕に喝を入れるためにやっていたんだそうだが、やられた本人にしてみれば、あの頃一番怖い部類の人間だった。

もっとも、面倒見がよくて優いとこもあったから、懐いていたけど。

彼女は、兄が宇宙戦士訓練学校に入ってから2年後に家の事情で引越し、それ以来連絡を取ることは余りなかった。

そして、両親を遊星爆弾で失って以来、消息はお互いぷっつりと途絶えた。

だから、十数年ぶりの再会だった。
 
 

「けど、本当に驚いたよ。まるっきり女性になっているからわからなかった。」

「またまた、失礼なことを言うわね。私の何処が女らしく無かったって言うわけ?」

「そりゃあ、全部。」

「そーゆー可愛くないこと言ってると、昔のこと全部ばらすわよ。なんせネタは山ほどあるんだから。」

「貴姉っ!」

僕は焦った。別にばらされて困ることはない・・・・ないはずだ。

けど、昔のことを知られるのは、やっぱり気恥ずかしい。特にユキには。

「ふふん。やっぱり困るのね。」

「・・・いじめっ子の性格は全然変わらないね。」

僕は全然の部分に思いっきり力を込めて言った。

「あら、可愛いからよ〜。進君が。」

皮肉をサラリと流され、僕はガクリと肩を落とした。

・・・・・なんで、僕の周りには強い女性しか現れないんだろう。

悪気はないのだが、ついついユキの顔が僕の頭の中をよぎった。
 
 

はぁ、と思いっきり溜め息をつき、紅茶を一口飲み込んだ。

ところが、

「ねぇ、森さんと結婚はしないの?」

いきなり、ついさっき思い描いた彼女の名前を出されて、僕は紅茶を吹き出した。

「何するのよ。もう。」

噎せ返っている僕に目もくれず、彼女は僕が吹き出した紅茶を、取り出したハンカチでふき取りながら、少し怒った顔をしていた。

「なんで貴姉が、彼女を知っているんだよ。」

「なに寝ぼけたこと言ってるの?あんた達は有名人でしょうが。それに、中央病院に私は居たって言わなかったっけ?」

「・・・・ユキと知り合いって、言わないよな。」

恐る恐る僕は確認する。

「顔見知り程度だけど、いい娘よね。進君にはもったいないわ。」

と、ウインクひとつ。おまけに

「守君が心配してたわよ。進が今ひとつはっきりしないから、同棲までしているのに彼女に申し訳ないって。」

兄貴の奴〜〜〜。余計な事をペラペラと〜〜。

「で、どうなの?」

「・・・・・色々あるんだ。・・・もうちょっと時間が欲しい。」

「森さんは納得してるの?」

「・・・・・待つって言ってくれてる。」

殆ど尋問のような質問に僕は渋々答えた。

心の中じゃ答えなくてもいいのに、と思いながら昔のクセが残っているのか、貴姉の口調に逆らえない。

「そっか。じゃあ、私が口挟む問題じゃないわね。」

もっと突っ込んだ質問をするだろうと身構えていた僕に向かって、急にあっさりと彼女は引いた。

「???」

「大人のあんた達が決めたんでしょう。だったら、口挟めないじゃない。ま、ちょっと確認だけしたかったから、ゴメンね。進くん。」

「貴姉・・・・。」

「けど、思いっきり待たせているんだから、その分きっちりサービスはしているんでしょうね。」

ぎくっ。

「サービスってなんだよ。」

「勿論、色々あるわよね〜。」

貴姉は意味深にニヤついている。きっと僕の顔は真っ赤に違いない。

しかも、なんだか訳のわからない汗まで出てきた。

そんな僕に向かって、ニツコリと笑うと

「ま、一番近いイベントっていうと七夕さまよね。進くん、何考えてるの?」

「は?」

七夕って、イベントのうちに入るのか?誕生日やクリスマスならわかるけど。

「その顔じゃ何にも考えていないわね。」

「七夕で、何かしろっいう貴姉の方が変だよ。」

「何言ってるのよ。

あんた宇宙戦士でいつも宇宙を飛び回っているんでしょうが。

まさに、逢いたくても逢えない織姫と彦星みたいなもんじゃない。」

「はぁ?そりゃいつもは、宇宙にいるけど一年に一度しか帰ってこないわけじゃない。

変なのに例えるなよ。まったく」

思わず憤慨して文句をつけた僕に向かって、彼女は真剣な眼差しを向ける。

「進くんはそう思っていても彼女の方は違うんじゃないの?」

「え?・・・・・」

僕はユキの顔を思い浮かべた、確かに僕が帰ってくるとき彼女は満円の笑顔で迎えてくれる、そしていつもまた無事に逢えて嬉しいと彼女は言う。

そして、僕が宇宙に戻るとき彼女は酷く寂しそうな顔を見せるときがあった。

僕の仕事だけれど、確かに、逢いたくても逢えない。

離れている時間はずっと短いけれど、それは確かに織姫と彦星のお話と同じかも知れない。

・・・・今まで、考えたこともなかったけど。

ずっと、黙ったままの僕の顔を今は優しい微笑みで貴姉は見ていた。

やっと、わかったのかって顔にも見える。

視線を上げた僕に、

「どう、私のアドバイスも中々のものでしょう。」

「貴姉らしくないというか、貴姉らしいというか評価に困るけどね。」

照れ隠しに、ついつい文句を言う僕に呆れたように

「口の悪い子ね。素直にありがとうっていえないの?」

「・・・ありがとう、貴姉。」

「森さんっていい娘だから、大切にして欲しいのよ。」

「近々、正式に紹介させていただきます。貴子お姉さま。」

ちょっと照れ隠しに僕はおどけて言った。僕のセリフに彼女は満足そうに微笑む。

「約束だからね。逃げるんじゃないわよ。」

「わかってるよ。だけど、彼女に変なことバラすなよ。絶対に。」

僕は思わず声を潜めてしまう。だけど、貴姉には通じやしない。

「あら、どのことかしらん。」

「貴姉〜。」

たまらず身を乗り出した僕に

「わかってるわよ。進君はかわいい弟みたいなものなんだから、その辺はわきまえるわよ。」

「・・・本当に頼むよ。」

そんなこと必要ないって思っていても、何度も念押しをしてしまうのは、やっぱり弱みを握られているからだろうか?

貴姉は、そんな僕に向かって「わかったから、進くんこそ約束は守りなさいよ。」と念押しをすると、時間だからと席を立った。
 
 
 
 

貴姉と別れて、僕は資料室へと戻りながら昔のことを思い出していた。

今思い返せば、両親を失う前の僕はとても幸せだった。

両親と兄と、親戚と、そして色んな友達が居て、その中に貴姉もいてくれた。

そして、あの頃が幸せだった分、突然無くした幸せたちがいとおしくて、悲しくて、僕はガミラスへ憎しみの炎を燃え上がらせた。

そして、ヤマトへ乗り込み結果的にガミラスを滅ぼしてしまった。

そして、次の戦いではガトランティスを滅ぼし、挙句の果てはその代償を払わせられるかのようにイスカンダルを救うことができなかった。

こんな僕に、彼女との結婚ができるのか?といつも悩んでしまう。

自分が、ユキに依存してしまっているのが痛いほど解っているから、僕から彼女と別れるなんて芸当は死んでもできない。

そして、そんな僕に向かって彼女はずっと僕の傍に居るからと気持ちを伝えてくれている。

・・・・僕はそれにずっと甘えっぱなしだ。

それを考えれば、確かに、その御礼に彼女にサービスしたって当然かも知れない。

(できるかどうかは、別問題だけれど。)
 
 

さて、問題はどうするかだ。

貴姉と約束してしまった手前、なかったことにするなんてできないし。

・・・どうせなら、何をしたらいいかまで、貴姉に聞いとけばよかった。

全然、思いつかない。

まあ、聞いたところで、「自分で考えなさい!」って一喝されるのが関の山だったろうけど。

気持ちのはっきりした貴姉の顔を思い出すと、まるで子供の頃に帰った気がする。

廊下をクスクス笑いながら歩く僕は、きっと変な奴なんだろうな。
 
 

資料室に戻ると、あらかたの整理は終わっていた。

「目当てのものは見つけたのか?」

周りの様子を観察しつつ、作業を続けている部下達に声を掛ける。

「・・・・整理はしましたが、まだです。」

消え入りそうな声で津川が報告する。

あぁ、これじゃ7月7日に家に帰れないかも知れないな〜。

僕は思いっきり、溜め息をつき自分も作業を開始した。
 
 

ようやく、目当ての資料を見つけ、その後の作業を開始したのはもう次の日になろうか、と言う時刻だった。また、連続で泊り込みだ。

僕は、多分眠っているのだろうユキを起したくなくて、電話ではなくメールで今日も帰れないことを連絡した。

これじゃ、ますますユキに顔向けできない。

なんとしても、早く家に戻れるようにしないとヤバイよな。
 
 

7月7日当日、ようやく早朝になって抱えていた仕事が終り、僕は仕事から解放された。

これで、ようやく家に帰れる。

ユキとは入れ違いになってしまうけど、僕は家へと車を向けた。

結局、彼女とはこの数日、直接顔をあわせることはなかった。

1度だけ、早い時間に電話をしたときに画面越しに顔をあわせただけだった。

ちなみに僕の怪我のことはすでにバレていて、画面越しに怪我を確認させられた。

その他の用事は、すべてメールで済ませてしまった。

これじゃ一体、何のために地球にいるのかわかりゃしない。
 
 

家に帰ると、僕はソファに身を投げ出した。

結局、何をするのかなんて考える時間も暇もなかった。

いくら七夕と言っても、このご時世、本物の笹の葉なんて手に入りはしない。

まぁ、七夕にこだわる必要もないとは思うけど。

こういうことを相談できるのなんて、兄貴かそれとも島、南部、相原くらいだけど、そんなことを相談したらまた連中のおもちゃになるのが目に見えている。

何とか、自分でと思うのだけどやりなれないことは、どうしても考えがまとまらない。

他に相談できる女性って言ったら、ユキのお母さんか、管理人の相田さんくらい・・・。

僕は、ガバッとソファから身を起した。

そうだ、相田さんに相談しよう。彼女なら口は堅いし、アドバイスも快くしてくれるだろう。

思いついたまま、僕は管理人室へと足を向けた。
 
 

夕方に近くになり、僕は今日は迎えに行くから時間を教えてくれ、とメールで連絡を取った。

彼女からの返信は、6時半頃になるからとあったので、その時間に合わせて僕は出かけることにした。
 
 

エントランスで車を止め待つこと10分、彼女が出てきた。

そのまま、黙って助手席に座る。

「お疲れ様」

そう声を掛けた僕に、彼女はちょっとキツイ瞳を向けてきた。

「??どうした。」

「別に。」

なんだ? ちょっと膨れっ面の顔をしている。仕事で失敗でもやらかしたのだろうか?

僕は理由がわからないまま、車を発進させた。

しばらく、カーステレオからの音楽だけが車内に流れていた。

「・・・ねぇ、教えて欲しいことがあるんだけど。」

ちょっと、硬い声でユキが僕に呼びかけた。

僕は前方を見据えたまま、答える。

「なに。」

「・・・古代君と上川先生って、知り合いだったの」

えっ?と思った僕は、チラリとユキの顔を見た。なんだか妙に真剣な顔をしている。

「ああ、上川って、貴姉のことか。」

「貴姉?」

「子供の頃の知り合いでさ、兄貴の幼馴染。僕もかなり親しかったけどね。

この間、怪我したろう、その時、偶然再会して僕も驚いたよ。」

「おさななじみ・・・・。」

小さく繰り返す声が聞こえた。

「けど、ユキも知り合いなんだろう、そう貴姉が言っていたけど。」

「え?えぇっ、知り合いよ。だからちょっと不思議だったの。ゴメンなさい、変なこと聞いて。」

「別にいいけど、今度さ、貴姉にユキを正式に紹介するって約束したんだ。いいだろう?」

「もちろん。」

ちょうど信号に引っかかり、僕は車を止めた。改めて助手席の彼女を見やると、ついさっきまでの雰囲気はまったくなくなり、嬉しそうに笑っていた。

「なんだか変な奴だな。」

僕は肩をすくめて少し笑った。

その時、彼女がどうしてそんな質問をしてきたのか皆目見当もつかなかった僕は、まさか、僕と貴姉のことが司令部内で噂になっているなんて夢にも思わなかった。

本人にしてみれば、これ以上の笑い話なんてないのだけれど。
 
 

段々と日が落ち、茜色に空が染まっていく様を、運転をしながら僕は瞳に映していた。

この分なら今夜、織姫と彦星は1年に1度の逢瀬を楽しむ事ができるのだろう。

今日の僕とユキのように。

「ねぇ、どこにいくの」

家にまっすぐ帰るのだろうと思っていた彼女が、別方向に車を向けた僕に訪ねる。

「星が綺麗に見渡せるところにね。」

「星?」

「今日は七夕だろう、天気もいいし、ユキと一緒に星を見ようかなと思ってさ。」

僕のセリフに一瞬驚いたようなユキがいきなり笑い出した。

「なんだよ。」

笑われて、面白くない僕は抗議をする。

「あ、ごめんなさい。いつもとあんまりにも違うから驚いて笑っちゃった。」

「ユキも大概失礼な奴だな〜。」

まぁ、言われるのもいつもの自分の行動を振り返ればしょうがない。

今日だって、貴姉に言われなければ気がつきもしなかったのだから。

僕は、ただ苦笑を漏らすだけだった。
 
 

東京シティから1時間も走れば、まだ荒地のまま放置されている地域だ。

まだまだ、ガミラスやガトランティスの攻撃から地球は立ち直れてはいない。

この荒地が、どう変貌していくのか僕にはわからないけど、できれば緑の滴る大地として甦って欲しいと切望せずにはいられない。
 
 

僕は都市の明かりが届かない場所まで車を走らせ、夜空が見渡せる場所を見つけてそこに車を止めた。

かなり、車を走らせたので、まったくと言っていいほど他の車の姿は見えなかった。

僕は、車のヘッドライトを消すと、ユキを車外へと促した。

外は真っ暗な闇に支配されている。明かりと言えば空を彩る星の輝き、所々に設置された常夜灯のたよりない灯りだけだ。

「ここまで来ると本当に真っ暗ね。その分星が綺麗に見えて素敵だわ。」

夜空を見上げながら、感嘆したような声を上げるユキを横目に僕はこっそりとトランクを開けた。

音がしないようにゆっくりと。

しかし、開けたトランクからなんともいえない芳しい芳香が漂う。
 
 

車に寄りかかるように立つユキを背中から抱き締めた。

そして、耳元でささやいた。

「今年は織姫も彦星も満足しているだろうね。今の僕達と同じように」と・・・・。

そして僕は、日ごろの感謝を込めて彼女にそれを差し出した。
 
 
 
 

後日談。

数日後、僕は約束通りに貴姉にユキを紹介した。

もともと顔見知りだった二人は、たちまち意気投合し、同じ席にいる僕そっちのけで話を延々とする始末だった。

それを見ながら、僕はずーっと内心、貴姉が何を言い出すかと冷汗をかいていた。
 
 

そして、宇宙勤務に戻り、たまたま家に連絡をした時、何故かそこに澄ました顔の貴姉がいて、並んで映ったユキの顔が妙に可笑しそうだったのが、今でも忘れられない。

・・・・やっぱり、紹介なんて止めとけばよかった・・・・。
 
 
 

END
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