Confusion 】

By  pufさん

(1)

彼女の髪が、肩にかかる。
背中に回した手に、力をこめる。

彼女が、顔をあげる。
長いまつげ。
白い肌。
赤く染まった頬。

その柔らかそうな頬に、手を伸ばす。

わ、なにやってんだ、俺!
よせってば。
おい、こら!!

彼女が目を閉じる。
その顔がだんだんと近づいてきて...

わ―――――!!!!!

ガバッ!

.......あ、夢か。
..........................

あー。
...俺は、相当やばいかもしれない。

おおとい、彼女を抱きしめた。

はしごから落ちてきた彼女を、受け止めただけなんだけど。
でもどうやら、必要以上に抱きしめていたみたいだ。

そのことに気がついたのは、1時間ぐらい後になってからで。
それ以来ついつい意識してしまって、まともに彼女と顔を合わせられやしない。

『メンテナンスしといてやるよ』と、彼女のコスモガンを預かってみたけど。
預かるときにも、ろくに目も合わさず最低限の言葉しかかわせなかった。

こいつが口きけたらなー。
彼女が怒っていないかどうか、どう思われてるのか、きけるのに。

彼女のコスモガンをメンテナンスしながら、馬鹿なことを思う。

本当は、そろそろ彼女にあわせてカスタマイズしようと思っているのだけど。
まともに話せない状況で微調整ができるわけもなく。
通り一遍の整備だけして、彼女に返した。

『はい、これ』
「ありがとう」
たったこれだけの会話なのに、緊張するやら肩が凝るやら。

ああ、情けない。

小さい頃、俺は泣き虫だった。
よく泣いては、母さんの膝に泣きついていた。
その時の暖かさは覚えている。

でも11のときに母さんが死んで。
中学からずっと訓練学校に入って。

女きょうだいもいなければ、誰かとつきあったこともない俺は、
女の子があんなにやわらかいなんて、知らなかったんだ。

昔、近所の赤ん坊を抱かせてもらったことはある。
やわらかくて、ぷくぷくしてた。

でも、そのやわらかさとは違う。
なんて言うか、やわらかいんだけどしっかりしていて。
守らなくちゃって思うけど、甘えさせてくれそうな気もして。
そのままずっとそうしていたくなるような、そんなやわらかさだった。

うちの班にも女の子は大勢いるけど、厳しい訓練にも男同様についてくる。
だから、あまり気にしたことはなかったんだけど。

あんなやわらかい体をして、それで戦うのか。
戦いとあのやわらかさとは、あまりにもかけ離れた遠いもののように思えて。

それに、今まで考えたことなかったけど。
俺たちの戦うガミラスの中にも、女の子がいるのだろうか。

大体あんなやわらかいものが腕の中にあったら、戦う気なんて失せるんじゃないだろうか。
戦争って、腕の中が空っぽの、寂しい男が始めたものなんじゃないだろうか。

それとも、それを守るために、やはり戦わなくてはいけないんだろうか。
 
 

(2)

「あ、古代さん。ちょうどよかった!」

当直明け。
いつもなら農園に向かうところなんだけど、彼女がいたらと思うとまだ気まずくて。
たまにはイメージルームにでも行ってみようかな、と足を向けたら。

生活班の、誰だっけ?よく彼女と一緒にいる子に声をかけられた。
確か前に、コンピューターの操作の仕方を教えたことがあるような気がする。

「今掃除していたところだったんですけど、ユキが倒れちゃったんですよ」
え?
あわてて部屋の中にはいると、彼女が青い顔でシートに横たわっていた。

どうしたの?
「え?やよいちゃん、何で古代くんが?」彼女の驚いた顔。
最近、こんな顔ばかり見てる気がする。笑顔の方が好きなんだけどな。

ちょうど、ここに来たとこだったんだけど。大丈夫?
「ええ、ちょっと立ちくらんだだけだから」
「ユキ、最近あまり眠れないって言ってたじゃない」やよいちゃん、と呼ばれた彼女の友達が言う。
寝てないの?
「平気、平気。それより何か見に来たんでしょう?何がいい?」
起きあがろうとしながら、彼女は俺に映像の希望を聞いているらしい。そんな場合か?

「ここじゃ休めないし、医務室に運んであげてくれませんか?」
困った顔をして、やよいちゃん?が言う。
「少し休んだから、大丈夫。それに古代くん、腕を怪我してるじゃない」
いや、怪我は別にもういいんだけど。

そう。
腕の怪我はどうってことない。
いつもなら、迷わず抱き上げるところなんだけど。
その、なあ。

俺が躊躇しているをどう受け取ったのか、彼女が立ち上がろうとする。 
「ちょっとユキ。無理しない方が良いわよ」

困った。

救助の際は、異性を意識しちゃいけない。(相手が恥ずかしい思いをしないように)
でも配慮はしなければいけない。(相手に恥をかかせないように)
そう習ったんだけど。

彼女を意識しまくりの今の俺に、抱き上げるのはちと辛い。
かと言って、このまま彼女に歩かせるのも気が進まないし。
他の奴に彼女を抱き上げさせるのは、もっと気が進まない。

...
そうだ。

あのさ、今気持ち悪いとか吐き気ってある?

俺の質問に、訝しげな表情で彼女が答える。
「...ないけど?」
なら、大丈夫だな。

じゃあ、ちょっと立てる?
「ええ」
友達の手を借りて、ふらつきながらも彼女が立ち上がる。

「な、何?」
向き合うようにして立つ俺に、彼女が聞く。

うわー。そんな目で俺を見上げるな。
さっき見た夢がよみがえりそうになる。

いけない、いけない。

えっとさ、天井を見てて。
「ええ?」
いいから。天井を見てろよ。

ああ、つい言い方がきつくなってしまう。
それでも彼女は、俺の言うとおりに天井を見上げる。

で、俺はちょっとしゃがんで。
よっと。


 


向き合うように、彼が目の前に立つ。

ばくばくばく。
うわー。静まれ、心臓。

「いいから。天井を見てろよ」
彼の言い方は相変わらずだ。ぞんざいで、ぶっきらぼう。

天井が何?と思いながら、それでも言われたとおりに見上げてみる。

ぐっ。
腹部に軽い圧迫をおぼえたかと思うと。
体がふわっともちあがった。

え?
ええ〜!?何これ?

「ちょっと苦しいだろうけど、医務室までだから我慢してよ」彼が言う。

これ、え?
かつがれてるの?私?彼の肩に?

「動くとぶつかるよ」って。
だって、ええ?

視界に映るのは彼の背中と足。床、壁、天井。
そして、やよいちゃんの驚いた表情。

...そりゃあ驚くでしょうよ。
私だって驚いた。

行き交う人の表情が見えなくてよかった。

医務室までの道のりが、遠い。

(3)

「こっだいさーん、これなーんだ?」
彼女を医務室に届けた後、気が抜けて展望台でぼーっとしていたら相原がやってきた。
何か手に持っている。

なんであいつは、人の居場所がすぐわかるんだろう?
不思議に思いながら、奴の手にしている物に目をやる。
と。

でえええええええええええええええええええええ!!!!!

お、おい、相原!なんでそんなもん!!

お前、あの、その、うわあああああああああああああああああ!!!

「艦内で事故があるとね、監視カメラの記録が僕のところに集まるんですよ。
知りませんでした?」
いや、それは知ってたけど。でもなんだってそんなものが。

奴が持ってきたのは、例の農園で俺が彼女をキャッチしたところの映像だった。
ご丁寧にカラーでプリントアウトしてある。
おひおひおひ。

「ちょうどね、発育の悪い区画を中心に記録するようにって、カメラの配置を変えたばかりだったんですよねー。なかなかよく映ってるでしょ?」

...たしかに奴の言うとおり、彼女の背中に回した俺の手までばっちり映ってる。
二人とも表情が映っていないのが、不幸中の幸いと言うべきか。

これ、誰かに見せたのか?
「いいえ。まだですよ」
はー、良かった。

「オリジナルは僕のパーソナルデータのところに、シークレットで保存してありますからね」
う。

相原...お前俺を脅迫してるのか?
「まさか。僕が命の恩人を脅迫すると思います?」極上の笑顔。
...そのにっこり、が怖いんだってば。

そうでないことを、願うよ...
「ふふん。これ、どうします?なんなら艦内中に配信してもいいんですけど?」
ハートマークがつきそうな勢いで、楽しそうに相原が言う。

馬鹿!!そんなもの流して、変に噂されたらユキがかわいそうだろ。女の子なんだから。
「...へーぇ」相原の目が丸くなる。

な、何だよ。
「古代さんって、女の子にやさしいんですねぇ」
俺は別に、そういうわけじゃ...
「それともユキさんにだけ、やさしいんですか?」
うぐ。

こいつも兄さんの仲間か?
俺をおもちゃにして、遊んでるだろ?

「まあ、いいや。僕、今のに感動しました。配るのはやめておきます。
ライバルを蹴散らすには、いい方法かなって思ったんですけどね」
蹴散らすって、あのなあ...勘弁してくれ。

「じゃあ、これは古代さんにあげます」と俺の手に写真を押しつけ、相原が去っていく。
これを、どーしろっていうんだ!

...ああ、もう。
知恵熱が出そうだ。

「あ、そうそう。一つ言い忘れました」奴が振り返る。
お、お前はコロンボ警部か?まだ、なんかあるのか。

「女の子を運ぶときは、肩にかつぐよりもお姫様抱っこの方が好評ですよ。
ユキさんはどう思ったか知りませんけど。じゃ、失礼しますね」
涼しい顔をして、奴が言い置いていく。

.....
なんで、そんなついさっきのことまで知ってるんだ?

相原 義一。
やさしくて繊細な奴で、以前ノイローゼになったこともある。
宇宙遊泳で地球に帰ろうとした、ある意味ヤマト一無謀な通信班長。

また何か悩んだりするんじゃないかって、心配してたんだけど。
最近はすっかり生き生きと仕事しているから、安心してたんだ。

いや、仕事していると思っていたんだけど。

はぁーっ。
あまりのことに、ためいきしか出やしない。

今度は俺をノイローゼにするつもりか。

...俺に、プライバシーはないのか?

肩に、かつがれた。

運んでもらっておいて、どうこう文句を言う筋合いはない。
彼は腕に怪我をしているんだし、その怪我だって私のせいなんだし。

でも。
肩に、かつがれた。

まるで米袋のように...

私、そんなに重いのだろうか???

ああ。
また、今日も眠れない。

ピコンピコン

『本日のデート時間:0』
『本日のデート回数:0』

相原の自室に設置されたカウンターが、出番を待ちながら光る。

このことを知っている者は、地球にはまだ誰もいない。


Fin.
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