ベルリン    
 ベンドラーブロック    
 ベルリン中央駅近くのホテルに泊まる.シュプレー川沿いの緑深い道を行き,日本大使館のある一角に来るがベンドラーブロックがどこかわからない.通りがかりの紳士に尋ねるとスマホで調べて教えてくれた.ヒロシマ通りの向こうですよ.世界中,何と便利になったことだろう. 観光客は多いようで,中庭のモニュメントを入れ替わり訪ねていく.建物の中の資料館も見学.いくつものグループが部屋の中でガイドの説明を聞いている.1944年7月ヒトラー暗殺計画は失敗し,首謀者のドイツ帝国海軍大佐フォン・シュタウフェンベルクはこの中庭で射殺され,抵抗運動の関係者とその妻や子供までを含む約200人は強制収容所に送られた.自分の良心に従って戦ったこの抵抗運動は,ナチスの過去と批判的に対決する今日のドイツの原点である.  
 
ベルリン中央駅

シュプレー川 
 
   
 
ヒロシマ通り
 
ドイツレジスタンスメモリアルセンター
 
中庭のモニュメント
 
プレッツェンゼー記念館
   
 プレッツェンゼー監獄には1933年から45年まで反ヒトラー抵抗運動に参加していた市民が幽閉され,ここで2000人以上が処刑された. 記念館は実際,今,使われている監獄の一角を壁で囲って,一般に展示されているとわかった.周囲は広く,レンガの塀が続いていて,鉄条網も見えた.  
     
     
 フンボルトハイン公園の高射砲台    
 フンボルトハイン公園の緑地の木々は大きく茂り,全く見通しがきかない.この公園の北東の隅に高射砲台は残されているはずだ.公園の中には入り込まないよう,Sバーンの線路に沿って北東へ進む.たくさんの人が友だち同士でジョギングをしている.道の右手の茂みがだんだん高くなって,その上に何か建物らしきものが見える.これが砲台跡に違いない.尻尾の長くて大きいリスがチョロチョロしている.とてもすばやい.砲台の上までがジョギングのコースになっているようだ.砲台には鍵のかかった扉があって,決まった日に内部の見学ツアーがある様子だった.   
     
     
 テロのトポグラフィー(テロの地誌)    
ゲシュタポと親衛隊の本部があった所で,ベルリンの壁の一部をバックに資料が展示されている.意外にも大型のバスが何台も止まっていて大勢の人が見学に来ていた.新しく作られた資料館の中で,サンドイッチと紅茶の昼食をとる.ナチスの資料,ナチスの犠牲になった人々の写真が数多く展示され,大勢の人が見学している.絞首刑にされた人々,移送される人々,行列を作って移動させられる人々,ナチス親衛隊,ヒトラーの集会,有名な政治家が並んだ写真,etc.そこかしこでツアーガイドの話を聞く人々のかたまり.ガイドは熱心に説明している.  
 
テロのトポグラフィー,空には遊覧気球

資料館 
 
ベルリンの壁
     
 ユダヤ人犠牲者記念館    
 地下の展示室を訪れる.セキュリティーチェックがあった.りっぱな展示だ.英語のオーディオガイドを聞きながら回る.リタイアなので半額の一人2ユーロだった.入場料は無料.ユダヤ人犠牲者の一人一人の生活や経歴が紹介されている.家族との写真,収容所から収容所への行進,生き残った人の証言.  
     
     
 国会議事堂    
 国会議事堂は帝政ドイツ時代に建設され,ヴァイマル共和国に引き継がれた.1932年国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が選挙で第一党に選ばれ,ヒトラーが首相になった1933年に国会議事堂は謎の出火で炎上した.ナチスはこれを「オランダ人の共産主義者による放火だ」として共産党を非合法化し,ここからドイツの暗黒時代が始まった.戦後の東西ドイツ統一後,国会議事堂は大改築され,1999年から連邦議会議事堂として使用されている.  
 
国会議事堂
   
     
 ベルリンの街    
     
     
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