5月5日(金)雪景色

二人ともゆっくり寝ていて,8時すこし前に起床.道を間違えたと思って引き返したりして町を出たのは10時をまわっていた.NEW MARONES LAKEのほとりには菜の花が咲いていた.ANGELS CAMPという所は等身大のおじさん人形がベンチに腰掛けていたりしてちょっとお洒落な町.道路の上を洗濯物の飾りがぶら下がっている.マーケットの片隅で遅い朝食をとる.こういう所で食べるのが一番おいしい.ここから東へ抜ける道もまだ雪で閉鎖になっていた.今回は伯父さんに詳しい地図をもらっているので迷うことも無く安心して道を選べる.
さらに北に進んで,JACKSONから東北に向かう道に入る.道はどんどん山の中に入っていって,両サイドの山は雪景色になった.海抜8000フィート.スキー場なのかリフトがみえる.道路はゆるやかに山を周って登ったり下ったり,道路わきに雪の積もっている所では幹線道路から分かれて入る道は雪のため行き止まりになっていた.KIT CARSON湖が凍っている.車を止めて思わず歓声をあげながら,そばまで下りていく.凍った湖と岸辺の雪と濃い緑の木々,その向こうに見える遠くの山の頂にも真っ白な雪.
目指すタホ湖の南端には5時ごろに着いた.夏には海水浴場になるのであろう,割合大きなリゾートの町らしい.泊まるにはまだ少し早いような気がして,湖の西側沿いにTAHOE CITYまで行く.7時,モーテル着.寒いのでエアコンのスイッチを入れたが,温度が華氏表示なのでよくわからない.摂氏華氏換算の公式はどうだったっけ.天気予報も華氏なので明日が寒いのか暖かいのか,ピンとこない.
5月6日(土)ギャンブルの町レノ

朝8時なつ子に電話する.日本ではバスジャック,老人殺しと,イヤな大事件が立て続けに起きているとのこと.金八先生の話をする.なつ子は元気そうであった.
タホを出て,ネバダ州のギャンブルの町レノへ向かう.ここでも道路と線路と川が並行して走っている.川べりで休憩していたら長い長い貨物列車がやって来て走り去って行った.道路の横を並んで列車が行く.車の方がスピードが速いらしく,列車を追い越していく.しばらく行くと川と線路が再び交差している.さっきの列車はここまでやってくるだろうか.車を降りてしばらく待っていると,来た来た.さっきの貨物列車に間違いない.私たちは子供のようにはしゃいで汽車との追っかけっこに夢中になった.

ネバダ州の手前,ルート80沿いにはギャンブルの町レノへ誘う大きな看板が並んで立っている.私たちは一気にはネバダ州には入らないで,1つ手前のVERDYへ降りてみた.荒涼とした土地.川の向こうに街並みが小さく見える.列車はここから遠く山の裾野の方へ向かって遠ざかっていった.

レノ,ギャンブルの町.町外れに車を置いて,歩いて様子だけ見に行く.派手な身なりの人が派手な看板の下を行き交う.レノがどんな所か様子を窺っただけで十分満足して引き返す.カリフォルニア州への境で,検問があった.レノからと言うとすんなり通してくれた.

ルート80をサンフランシスコに向け引き返す.昼食を食べに寄った町は月1回のお祭りで賑わっていた.フェイスペインティングをしてもらっている女の子,着飾って犬を連れて歩くおばあちゃん,ガラス細工やいろいろな出店が並ぶ.ビニールの岩登り競争には大人も子供も挑戦していた.

サンフランシスコに近づいたが,ベイブリッジが混んでいて,その手前から渋滞している.無理してサンフランシスコに着いてもモーテルを探すのが大変かもしれないので,ここでフリーウエイを降りて泊まるところを探すことにする.町の様子は看板などちょっとどぎつく,こわそうな感じだし,モーテルやレストランが無さそうなので少し引き返して,ALBENYという所に出る.バークレイの近くである.きれいな家が並んでいるが,町中の道は大渋滞.やっと見つけたモーテルもずい分前からもう予約で一杯だと断られた.大学が近いため学生の家族の予約が入っているらしい.2つばかり他のモーテルも紹介してもらったけれど,空いているかどうかはわからないという.道順も一度聞いただけではすんなりとは飲み込めない.引き返すのも渋滞で手間取る.と,先ほどNO VACANCYになっていたINNがVACANCYのサインに変わっている.きっと誰かが出ていったのだ.この際どこでもいいからと転がり込んだら,何かとってもひどい所だった.

まず,オフィスの事務は若い男の子,締め切ったガラス越しの会話で,小さな穴からキーやカードをやりとりする.物置の片隅の駐車スペース.ドアはがたぴししている.テレビも電話もなし.コンセントは穴の開いたままでカバーがない.洗面台の脚が一本壊れている.シャワーにバスタブは付いていない.シャワーは使わないで寝ることにしよう.シャワーを使っていた正さんが湯が途中で水になるとか,わめいている.しかし,ベッドだけはふかふかしていたので,ぐっすり眠った.

5月7日(日)はじめてのあいにくの雨の一日,サンフランシスコ


早くモーテルを出たかったので,朝食もとらないですぐに出発.小雨だが朝の町はさわやかだった.このあたりの住宅は一軒一軒違っていてかわいい感じだが,アメリカにしてはきっと小さな家なのだと思う.車は道端にずらーっと並べられている.昨日,大きい道路はすごい渋滞だった.しかし,家の前の生活道路を通る車は1台もいなかった.私たちはうろうろしたせいもあって,結構中の道を通ったのだけれど,中の道を通って渋滞を抜けて行くという車は見かけなかった.今日は日曜日のせいか,広い通りも車が少ない.道端に車を止めて,バナナとオレンジとマフィンを食べた.

今日,ベイブリッジはすいすい通れた.通行料金$2.霧.橋は二階建てでサンフランシスコへ入る時は上側を通るようになっているらしい.来た時と何となく景色が違う.明日はもう日本に向かう飛行機に乗らなければならないので,とりあえずすぐに空港への行き方を練習する.大きな町は遠くの町に通じる大きな道路が交差していて,なかなか難しい.何度も失敗してやり直した.とりあえず元に戻るのは上手になったが,ずい分の距離を走ってしまった.間違って降りた所でガソリンを入れ,たまたま見つけたINNの空きを確認する.空港に近い所に泊まるのが一番の策のようだ.Car Returnの練習もして,ダウンタウンからでもこのINNに戻ってこられることを確認し,ここに泊まることに決めた.10時,チェックイン.部屋でコーヒーを飲んで少しくつろいでから,出かける.ダウンタウンで降りそこねて,又ベイブリッジに入ってしまった.さっきの所で右折すれば橋のすぐ前で戻れたかもしれない.長い大きな,しかも霧の中の橋を往復して帰ってくる.向こうへ降りてしまわなかったので,通行料金は片道の2ドルだけですんだ.

サンフランシスコの街の真中のユニオンスクエアの地下駐車場に車を入れて,歩いてまわる.サンフランシスコは急な坂道ばかりなので,車の運転には気をつけた方がいいとガイドブックにかいてあった.確かに坂はすごく急で,車はブレーキの音をきしませて,スリップしながら止まったりしている.雨にもかかわらずチャイナタウンはにぎわっていた.たくさんの種類の野菜が並んでいて,さくらんぼなどの果物が安い.活気に満ち溢れている.昼はここで四川料理を食べた.坂道は神戸のように一方向ではなく,正面も登り,右へも登りだったりして,地図を見ただけでは想像がつかないくらい複雑で,地下道が商店街になっていて,頭の上を又別の道路が横切っていたりする.
ノブヒル,ロシアンヒルといった辺りはきれいなマンションが建ち並び,急な坂道に作られた花壇の間を行く道は観光名所のようで,車が連なって下っていく.サンフランシスコの中でも高い位置にあって,坂道の向こうに広がる街を見渡すことができた.
ユニオンスクエアに戻って,この公園に面したデパートでお茶を飲む.Mom’sとかMacy’sとかいって紳士用デパートと婦人用デパートに分かれている.丹原の小母さんの妹である中山の小母さんへのおみやげに,ここで口紅を買った.何度も人に尋ねながらアンセルアダムスギャラリーへも行ってみたが,移転中で入れなかったのは残念であった.明日は5時起きで,帰途につく.