1994年冬アメリカ
クリスマスの街とカナダへの小旅行

映画「ホームアローン」でクリスマスの街の風景を見た.町中がカラフルな明かりで彩られている.アメリカって映画の中だけでなく実際,クリスマスはあんな風なのだろうか.「アメリカのクリスマスを見たい」ということで,娘がアメリカにいるこの機会を逃さず再び出かけていくことにした.道路に雪がどっさり積もっているなんてことはないようにと祈りつつ.そして,娘の方では旅行社のおばちゃんと相談して,はるばる日本からやってくる両親のために小旅行を計画していた.
12月23日ロサンゼルス~ポートランド
夕方6時25分出発の予定が,機材到着の遅れで8時10分になったが乗り継ぎに余裕があったので問題なし.関空からロサンゼルスまで9時間6分の旅であった.日本時間で朝の5時35分,現地12時35分にロサンゼルスに着いた.快晴,気温23℃.沢山着ているので暑い.セーターも脱いだ.
正さんがトイレに行っている間,空港のソファーに座ってアイスクリームを食べていたら,長い髪を1つに結んだ若い女の人がブローチを2個,私が腰掛けている椅子の上に置いていった.見ると「I am DEAF…..for family…..X’mas」と書いてあった.どうしたらいいかわからずそのままにしておくと,しばらくして又だまってそのブローチを回収していった.正さんはトイレで,「困っている人のため」とアムネスティーの署名を求められ,署名すると今度は100ドル寄付してくれと言われたらしい.入れ替わりに私がトイレに行くと,私も同じ人につかまった.日本語の訴えも持っている.ロサンゼルス空港はとても広くて,日本人が一杯いて,そしてクリスマス前だから,こんな光景を沢山目にするのだろうか.
3時45分ロサンゼルスを定刻に出発.もう薄暗い.4時半には太陽は沈み,空は茜色.5時では真っ暗で何も見えなくなった.ポートランドに近づくと町の明かりがとてもきれい.曲がって走る幹線道路を除いて,町は整然と碁盤の目に並んでいる.暗いところは森か川だろうか.
今回の正さんは前より少しましな英語で話していた.隣の席の女性はポートランドのお兄さんを訪ねてクリスマスを一緒に過ごすらしい.紙袋2つに一杯のクリスマスプレゼントを持っていた.他にもクリスマスプレゼントらしい包みを一杯抱えた人たちが沢山この飛行機に乗り込んでいる.
そして今回の正さんは運転も前より少しましになっていた.車線変更が遅れて乗り継ぎを逃したり,City Centerの標識を読み落として行き過ぎたりしたけれど,前回と違って,今回は一緒に迷ってくれて一緒に考えてくれた.前回の時は,進んで,止まって,右,左,車線は右よ,と具体的に指示しないといけない程,運転だけに気をとられていたけれど,今回は「さっき**を通り過ぎたな」くらいは言ってくれるようになって大助かり.でも一旦失敗すると,ONE WAY,またONE WAY,戻ってくるのはパズルのようでやはり一苦労だ.「ちょっと考えたいから止まって」と言っても「後ろから車が来ているから止まれない」と喧嘩になる.思い出せば,前回はほんとに大変だったなあ.やっと右側通行に慣れたのかと思っていたら,頭の中で右と左をすっかり入れ替えて適応したようで,「次,右に曲がって」と言うと「OK」と言いながら左に曲がろうとしたっけ.
ガイドブックで決めていたリバーサイドインをやっとみつけてチェックイン.駐車場はガラガラ.クリスマスでホテルの宿泊客はほとんどいないようであった.川の見えるホテルのレストランで食事をしていたら,きれいにライトアップした船が3隻通っていった.白い馬がひく馬車が客を乗せて目の前の通りを行く.外へ出てみる.街は人通りが少なかった.客で込み合ったビアホールが一軒.9時ごろであったが,本屋さんが開いていた.
12月24日コバリス
オレゴン州最大の新聞オレゴニアンの創始者ヘンリー‧ルイス‧ピトックの屋敷,ピトック邸を訪れる.音楽室,裁縫部屋,寝室はいくつもあって,クリスマスの飾りがとてもきれいだった.
3時頃なつ子のカレッジインに着く.カメラの電池を買いに行くが,スーパーは大てい閉まっていた.テレビで広告していたPay Less Drugだけが開いている.しかし,リチウム電池は売り切れ.客のおばあさんに電池の売り場を尋ねられた.
日が暮れてから,なつ子の案内で町のクリスマスの飾り付けを見に行った.裁判所にも大きなツリーが飾られている.「飾り付けはお父さんのお仕事!お父さん危ないよ!気を付けて!」というのは梯子のコマーシャル.Fred Mayerで飾りのライトを2ドルか3ドルで売っているそうだ.なつ子もアパートの小さな窓をカラフルに飾り付けていた.なつ子のルームメイトは帰省していて,彼女の部屋を使わせてもらう.夕食は中華料理店,キンキンに行くことにした.クリスマスだけれども家で料理しないのか家族連れもいた.なつ子も私たちが来なければ寂しいクリスマスだっただろう.明日からなつ子の計画でカナダのバンクーバーからビクトリアへ小旅行に出かけることになっている.
12月25日ポートランド
ポートランドのホテル,リバーサイド-インのレストランは今日は閉まっていた.ホテルの駐車場に車を預ける.フロントのお姉さんはきっとアルバイトか何かなのだろう.尋ねても,自分のホテルのレストランが開いているのか閉まっているのか,何時から開くのか,近くのはずのアムトラックの駅への道順も,何も答えてくれない.一昨日夕食を食べたホテルのレストランのおじさんもアルバイトだったのだろう.正さんがビールのメニューを聞くと「今日来たばかりで覚えていないのです」と言って,紙切れを見ながら答えてくれた.大ていの人はクリスマスはやはり休みなのだ.ポートランドのお店もほとんど閉まっていた.フロントで教えてもらったレストランも9時半までということで,急いで食事に行く.
二人で川向こうの住宅街にクリスマスの飾りを見に行くことにした.今日は案内人がいないので,迷子にならないようにと言いながら行くと,偶然その通りに出た.両側の家が一軒残らず美しいデコレーションで飾られている.近くに車を止めて歩いた.ディズニーランドを行くようである.もっとすばらしいのは,その一軒一軒に人が住んでいてその住人がそれぞれに競い合うように我家を美しく飾っていることだ.家の屋根だけでなく,庭の木々も光っている.オルゴールの鳴っている木,部屋に明かりが灯されて大きく開いた窓からちょうどクリスマスツリーの美しい飾りつけが見える家,キリスト生誕を表す飾り物,屋根の上を行くとなかいのソリ,クリスマスツリーのそばを歩くと音楽が聞こえてきたりする.アベックや家族連れがぞろぞろ歩き,車の列が飾りを見ながらのろのろと続いていた.10時にホテルに帰る.橋を渡る前に川向こうから見たダウンタウンの明かりも美しかった.
夜4時半頃,部屋のドアの鍵をガチャガチャさせて開けようとしている音がして,びっくりして目が覚める.しつこくトライしている.なつ子?起きて隣のベッドまで行って覗いてみたら,頭まで毛布をかぶっているけれども,なつ子は確かに寝ている.何時だろう.起きて行ってドアのロックをもう一度確認する.誰だろう.どろぼう?強盗?どうしようと思ったが,もう一度ガチャガチャいってから静かになった.朝になってから,大事件とばかりなつ子に話すと,こともなげに言った.「きっと間違えたんよ.私も間違えてガチャガチャしたことあるもの」え?うそ!ほんとに恐かったんよ.
12月26日バンクーバー
雨.7時に起きてユニオン駅から2階建て列車アムトラックに乗り込んだ.座席の下に足台があってそれを広げてくつろぐ.あまりにゆったりしていて足置きに足が届かない. シアトル着12時45分の予定が,大幅に遅れて1時10分になった.シアトルのバスの乗り継ぎは1時だったので,どうしよう,どうしようとやきもき言っていたら,バスは私たちを待ってくれていたので驚いた.30分遅れの1時30分に出発.バスには話し好きそうなおじさんが運転席の横に座りこんで運転手さんと親しげに話している.どうやら,運転手の義理のお父さんで,バンクーバーに娘に会いに行くらしかった.途中でカナダに入国.一旦バスを降りたものの簡単なパスポートチェックだけだった.5時過ぎバンクーバー着.

町の明かりはまた一段と美しく,素敵に飾られていた.なつ子が予約してくれていたホテルに落ち着く.部屋に置いてあったパンフレットを見て,夕食はウエスタンレストランにしようと話が決まった.7時,レストランは閉まっていて,テーブルの用意だけ整っているのが見える.OPEN PM8:00と書いてあったので,ぶらぶらしてから8時に戻ってみると,明かりが消えていた.なんだ,今日は休みなのだ.クリスマスだからだろうか.仕方がないのでKing Bargerでハンバーガーを食べる.3人で13ドル,安上がりの夕食だ.依然雨.
12月27日バンクーバー~ビクトリア




なつ子は運悪くヘルペスが出たので一人ホテルに置いて,正さんと2人でグランビルアイランドに行くことにした.9時過ぎ,カナダドルに替えようと銀行に行ったがお休みだった.クリスマス休みだろうか.カードの窓口だけ開いている.バスに乗るのに1ドルがほしかったので,VISAカードで29ドルを出そうとしたが,2ドル単位の取り扱いしかできないとの表示が出る.自動機はコインの取り扱いができないのだろう.仕方なくそのままバスに乗る.やはり運転手さんにおつりはないと言われた.困っていると,運転手さんはお客に5ドルがくずれないか大声で聞いてくれた.5,6人いた乗客のうちの1人が両替してくれた.1人1ドル50セントなので2人で3ドルである.目的地はグランビル橋を渡ってすぐの所だ.橋が目の前に見えたので,急いで「次降ります」の合図のひもを引っ張ったら,橋の手前で止まってしまった.「I’m sorryもうひとつ次です」.橋の下の,川に出っ張って,道路が何重にも交差した地点でバスを降りた.運転手さんがトランスファーのチケットをくれた.90分以内に乗り換えると次の乗車賃は無料になる.道路の下をどんどん行くと,グランドビルアイランドの入口のサインがやっと見えた.工業地区だった島が再開発されて,マーケット,劇場が建てられたそうだ.雨,かもめがいる.
パブリックマーケットの野菜,果物,花,ハム,魚,どの店も生き生きしている.カシューナッツを売っている店のおじさんがにこにこして,一緒に写真に収まってくれた.細い人参,小ぶりで細長いトマト,うなぎの燻製,大きい鮭が氷に埋まっている.切り身の魚,たこ,調理した蟹.なつ子に5ドルの寿司パックを買う.ネットロフトというお店でおみやげの小物を買った.USドルはカナダドルに直すと1.3ポイントつまり,100ドルのトラベラーズチェックを使うと130ドルからおつりをくれるので,何だか少し得した気分になる.
なつ子の体調が悪いので予定より早い目にバスでビクトリアに行くことにした.4時,日が暮れてくると町の明かりが輝き始める.バスは港に向かって走り,Pacific Coach Lineでそのままフェリーに乗り込む.フェリーはとてつもなく大きく,バスはフェリーの中をかなり走って,一番前まで来て止まった.バスを降り,階段を上って行くと上の段もその上の段もまだ車の駐車スペースだった.5,6階がやっとフロアになっていて,レストランやスナックバーがいくつもある,緑の絨毯の上に客席がゆったり並んでいた.デッキに出ようとさらに上の段に上がると,子供の遊び場所があった.いろんな国の子供たちが滑り台をしたり,走り回っている.どの子も元気でかわいい.見とれているうちにフェリーはビクトリアに着いた.
バスの席に着いて見ていると,船はまだ動いているのにもうデッキが開いて,目の前には海があった.大きなフェリーは手際よく接岸した.バスはそのままビクトリアのダウンタウンまで私たちを運んでいってくれる.町はクリスマスの明かりで美しかった.
8時,ホテルにレストランはなく,正さんと食事に出る.彼はビールの種類をいつもいろいろに変えて飲み比べて楽しんでいる.リバーサイドインではハニービール,ポートランドのレストランではブラウンビール,飛行機の中でキャリンを頼んだら,日本のキリンビールだった.
食事の後,町を歩く.州議事堂がライトアップされて夜空にくっきりと浮かび上がっている.とても大きな建物のようだ.川に映ったのが一番きれいだった.ダウンタウンは小じんまりしている.川沿いのエンプレスホテルのライトアップも美しい.
12月28日ビクトリア
ガイドブックの中からまわりたい所は4箇所に絞った.まず会館時間の一番早いミニチュアワールドに行く.そしてダウンタウンをかなり外れた丘の上にあるクレイダーロック城.建物は5階建ての塔の造りで上の階に行く程だんだんに狭くなっている.内装はりっぱな木調で,どっしりとした木彫りの椅子や大きな絵が飾られていた.昼食はクリームソースのかかったパイ.
昼食後,帰りのビクトリアクリッパーの乗り場を確認しようとして驚いた.ガイドブックの場所から港の対岸の方に乗り場は移動していた.大きな船,の隣の小さな船,これらしい.やれやれ.そしてさらに,なつ子が頼んだ旅行社のおばさんが書き間違えて,チケットはビクトリアからシアトルまでアムトラックとなっている.旅行社がこんな間違いをするなんて信じられない!しかし,アメリカの生活に少し慣れたなつ子は「これくらいあたりまえ,良くあることよ」なんて顔をしている.出国の手続きのためか50分前には来るようにと言われて,さらに時間が押し詰まってきた.あと2時間と少しだ.
WAXミュージアムでは,有名な人たちがそっくりその顔でずらりと並んでいた.エリザベス女王,チャップリン,リンカーン,ガンジー,シェークスピア等々.そして,見ないで通り過ぎたくなるような拷問の場面.ところが,「誰が拷問されるような悪いことをした人だと,この国で見なされているかということが重要なポイントなのだ」と解説の名前を確認しているなつ子を見て,我が娘ながらあっぱれと感心してしまった.
最後はロイヤルビクトリアコロンビアミュージアム.自然の歴史や人間の歴史の展示がすばらしい.中央にはみごとなトーテンポールが林立している大広間があって印象深かった.
ホテルの横を通り抜けて海に出る近道を行くと,クリッパーの港はすぐ前であった.もう人が並んでいる.税関の人は私たちを見て,「おみやげはありますか」と日本語で聞いてくれた.パスポートを見せただけで簡単に通れた.クリッパーは水上艇のような小さな船であった.外はもう真っ暗で町の明かりが見えるだけだ.港を出るとしばらくは揺れた.入り江になっているとはいえ太平洋につながる海である.シアトルまで2時間半,少し遅れて8時に港に到着,タクシーでホテル,ホリデーインへ向かう.なつ子は揺れるクリッパーの中でランチボックスを買って食べていた.彼女を部屋に残して,正さんとホテルのレストランへ行く.
12月29日シアトル~コバリス
Public Market.どこへ行っても市場はおもしろい.魚,野菜,小物,どれもその地方の顔をして並んでいる.音楽を奏でる人たちもいろいろ,楽器もいろいろである.板の上に弦をはって,それをたたいて音をだしている男女2人組がいた.マンドリンのような音色である.曲はカノンだった.他には,アルハンブラ宮殿の思い出を弾いていたギターのおじさんと,ドラムをたたいていた3人組.
モノレールに乗ってシアトルのシンボル,スペースニードルに行く.東京タワーよりも高い184m.エレベーターで上まで登ると,海,山,町,その隣にビルと360°の眺望が開けている.みやげもの売り場で,コインを平たく延ばすマシンがあった.なつ子がサンフランシスコでやったと見せてくれた時には「何だ,ショウモナイことして」と思ったけれど,何だか自分もやりたくなって,ペニー2枚を延ばした.ペニーとクォーター2枚を入れると平たくなったペニーにスペースニードル,マウントレーニエ,キングドーム,シアトルの文字が印字されてでてくる.ショウモナイのに何故だか少しうれしかった.
さて次にアウトドアの店REIに行く.なつ子のスキーウエアとセーター,正さんはコールマンを買う.アメリカで買った「こんろ」なんて日本へ帰ったらちょっと自慢かもしれないし,なつ子もたまには素敵なセーターを着るのもいいだろう.
バスでホテルへ帰り,預けた荷物を出し,タクシーを呼んで,かなりぎりぎりにKING STATIONからアムトラックに滑り込んだ.列車は意外と定刻に出発.座席は3人別々であった.夕食はハズレ.ホットドッグと紅茶を買ったが,MINT MEDOLEYのミントの文字を見逃していた.コップの熱い湯にティーパックをつけると食事に不似合なこの臭.空いている席で食事を済ませてから自分の席に戻った.私の隣の席は小奇麗なおばあさん.ピアスをして,運動靴を履いて,本を読んでいる.思い切って「How far are you going?」と話し掛けてみる.シアトルに住んでいて,ポートランドの妹を訪ねていくところだそうだ.日本からというと一番に地震のことを尋ねられた.最後は「Happy New Year to You」と言い合って別れた. 8時過ぎポートランド到着.タクシーでリバーサイドインへ,預けてあったレンタカーに乗り換えてコバリス着12時.なつ子のルームメイトのベッドの背中に何か当たる物を感じながらもすぐに眠りに落ちた.
12月30日コロンビア川
朝8時.霜が降りていて車のフロントガラスは真っ白になっていた.タオルでこすりとって出発する.ここコバリスを流れるWillamette川がとても美しい.この川は北へ向かって流れ,ポートランドでコロンビア川と合流する.それ程寒くは感じないけれど,水たまりは凍っていた.川岸は一面に霜が降りて真っ白.まるで雪が積もっているように見える.川面からもやが立ち昇ってあたり一面,幻想的な景色が広がっている.鳥の群れがやって来て,また,飛んでいった.もちろん正さんは夢中で何度もカメラのシャッターを切った.
今日なつ子は12時から歯医者の予定が入っている.天気が良かったので,正さんと2人でコロンビア川へ行くことにしたのだ.アルバニーまで行ってから,銀行を見つけてVISAカードでお金をおろす.トラベラーズチェックも使い切ってしまって,手持ちのお金が一銭もない.200ドルおろそうとしたのに10ドル札で60ドル出てきた.1回に60ドルまでなのか.もう1回60ドルおろすと今度は5ドル札で60ドル出てきた?とりあえずガソリンを満タンにして,スーパー横のDELIで朝食のサンドイッチを食べる.紅茶は気をつけてアップルハーブティーを選んだが,ハーブの臭いがちょっときつかった.
一路ポートランドへ.よく晴れていて,Mt. HOODがよく見える.夏に来た時にも止まったView Pointが,川だけ見える何ということもない平凡な場所ではなく,実は,Mt. HOODがきれいに見えるすばらしいView Pointだったことが判明した.車で走るにつれ,広い牧草の向こうに小さく見えていたMt. HOODがだんだん近づいて大きくなってくる.ポートランドの手前でルート84を東に入ると,道路の正面に山が見えるようになった.カメラを向けると,前に大きなトラックがいてじゃまだったりする.すると正さんがそれと察して車線を変えてトラックを追い越してくれた.運転にもちょっと余裕が出てきたみたいだ.
道路の左側にコロンビア川が見えてきた.大きくゆったりと流れている.昼になったので食事をしようと立ち寄ったが,店は閉まっていた.「ついてないね」の始まりである.正さんに今日の予定を説明して,クラウンポイントからが見所だというと,「クラウンポイントの標示ならさっき見たよ」と言う.クラウンポイントって何だろうと思いながら通り過ぎたそうだ.片方は今日これから何処へ行くのかあなたまかせで,片方はカメラに夢中,暢気な二人である.しかし,展望の良い所だと書いてあるので,引き返すことにした.ところが反対側からは入れないらしく,クラウンポイントの標示がない.Uターンしようとするのだが,出口がない.車はポートランドに向かって引き返している.北から南からフリーウエーが集まってきて交わるので一向に出口が見つからない.ほとんどポートランドかという所まで来てやっとUターンできた.今来た道を再びコロンビア川に向かう.スピードをあげる正さん.
川沿いのシーニックハイウエーループはルート84に並んで走るくねくねとした山道だった.クラウンポイントはとても風が強く,立っているだけでも飛ばされそうだ.太陽は傾いたまま時は過ぎていくので,景色は赤茶色をしている.川の色は緑色ににごって見えた.とうとう昼ご飯を食べそこねてしまった.山道を行くと両側に樹海が迫ってきた.森の木々で空は狭められる.この道はMt. HOODに続く道のようだ.すれ違う車も少なく,次第に登りになり,道の両端に雪が積もっているようになったので,深入りは止めることにして引き返す.
滝がいくつか流れていた.マルトノーマの滝はアメリカでは4番目に高く,189mある.滝の横に小道があって,アベックが手をつないで歩いていく.滝の上まで続いているようだ.時間をかけてかなり上まで登ったが,滝の落ちてくる所まではまだまだのようで,途中で引き返した.とことん行ってみたかったのだが,お腹も空いたし,くたびれたし,正さんは手をつないでくれるわけでもないし,日も暮れてきた.滝の下のかわいい小屋のレストランでやっと食事にありついた.
日暮れてコバリスに向けてひた走る.時間が遅いせいか,コインでは電話がかけられないと,レストエリアの人に言われた.カードしか使えないそうだ.盗難防止のためだろうか.5ドル札の両替を頼もうとしたが,トイレだけにする.なつ子が心配しているだろう.セーラムで泊まろうという誘惑を振り切って,ひたすらコバリスをめざす.夜10時,夏来た時に泊まったシャニコールインにやっと落ち着いて,なつ子に電話した.明日11時にリサに会う約束をしたそうだ.
12月31日コバリス~大晦日のポートランド
朝,コバリスのダウンタウンを散歩する.町中に大きな木があって,芝生の中に建つ家がどれもとてもかわいらしい.静かな素敵な町.
リサはラオス出身のなつ子の元ルームメイトだ.小学校にまだ上がらないくらいだろう,人なつっこいリーとその友達が,生まれたばかりのリサのベビーをまるで人形を扱うように抱っこしたり,ミルクを飲ませたりするので,見ていてはらはらし通しだった.私のカメラを貸してあげると,私たちを撮ったりテレビの上のマスコット人形を撮ったりして大喜び.何か聞かれたけれど子供の声は全く聞き取れない.「Are you rich?」と聞いてきたらしい.正さんが大きなカメラを持っていたせいだろう.
なつ子や友達と別れ,再びポートランドに戻った.大晦日の今夜をインペリアルホテルで過ごす.通りの喧騒,車の行き交う音,時折湧き上がる歓声が静かなホテルの部屋にまで聞こえてくる.明日は日本へ向かう飛行機の中だ.