局地戦争

ベトナム戦争
1955年、アメリカの介入でベトナム共和国(南ベトナム)が立てられたが、これに対して自立と統一を目指す南ベトナム民族解放戦線が結成され、ベトナム民主共和国(北ベトナム)の支援を受けて、政府軍・アメリカ軍と戦った。
アメリカは1965年から解放戦線を支援する北ベトナムへの無差別爆撃(北爆)をはじめ、多数のアメリカ軍を南ベトナムに投入した。しかし戦局は次第にアメリカ・政府軍側に不利となり、また戦争反対の声がアメリカだけでなく世界中で高まったので、1973年ようやく和平協定が結ばれた。ゲリラ戦に悩まされたアメリカの敗退でもあった。
1976年に南北ベトナムは統一して、ベトナム社会主義共和国となった。

湾岸戦争
1990年、フセイン大統領が指揮するイラクは突如隣の国クウェートに侵攻しました。
クウェート側は事態を把握できず、ほとんど抵抗もしていない間に、その全土を支配下に収められてしまいました。
この事態に対して国連の安全保障理事会は、イラクを非難するとともに速やかにクウェートから撤退するよう強く勧告しますが、イラクは応じず、翌年、アメリカを中心とする多国籍軍は、「砂漠の嵐作戦(operation desert storm)」を発動して、湾岸戦争が始まりました。
空襲の様子はTVで世界各国に流され、まるでTVゲームを見ているようだったと聞きました。
続いて、地上戦が展開され、イラク軍は多数の捕虜を出して不利となり、フセイン大統領は、クウェート撤退を宣言しました。
そして、ブッシュ大統領が勝利宣言して、イラクは、クウェートへの賠償金の支払い、化学及び生物兵器のその差し押さえと大量破壊兵器の除去などの国連安保理全決議を受諾 して湾岸戦争は終わりました。