●2004.6.26
『人が神性を自己に発見し、よくよくこれを思い、全く神人合一した状態においては、病も死も問題の外に置かれる。そして、その神性が発揮されればされるほど人は健康である。


●2004.6.25
『困難に際し、または怒りがこみ上げてきたとき、呵々大笑できる人は達人だと言われている


●2004.6.24
『科学とは、自然法則を謙虚に理解して、敬虔に実践証明することであり、正しい科学者とは、かくして人類の幸福に貢献奉仕する人のことであると思う。


●2004.6.23
『生きてるのは動いて生きてるんだから、動き方にも責任がある


●2004.6.22
『漢方は現代医学より、ものの考え方が一段高級である。現代医学は現症を見てそのメカニズムを探って治療しようとするが、漢方の現症の症候群を整理して、その発現のバランスを調整しようとする


●2004.6.21
『一道の達人は、人の体勢を見ただけで、その人の技を察するという


2004.6.20
『戦後、精神身体医学も躍進したが、人間としての尊貴は心の傷にある


●2004.6.18
『現代は検査の時代に入って精密検査が尊ばれる。もちろんこれは大切なことである。昔は、名医は患者が診察室に入って来ただけで診断がついたと言う。もちろん顔色や顔豹の変化、体臭も判別の手がかりになるであろうが、姿勢から見た直感も手伝っているに違いない。


●2004.6.17
『一方に偏せず中心と重心とが一致して、中心において全運動が作用・反作用に分解されるように体が使用されたとき、最大能率が発揮される

●2004.6.15
『気持のいいことすればいいってこと。これは極楽にいることでしょう。そういうふうにできてるってことが救いなんだもの。それを意識的に感ずれば感謝ができるですよ。それをみんなが気がつかずにいるだけの話でね。』

●2004.6.14
『病気だけ治す医学の時代は過ぎたというのに、生命の基礎を考えずに一部の一時限だけ見ていたのでは、どうにもならんではないですか』

●2004.6.13
『運動系の歪みは、力学的成因の他に苛烈なる環境とか、不自然なる栄養、異常なる思想、感情興奮とかによっても歪む』

●2004.6.12
『無意識の反応はバランス存続的に作動する。あらゆる動植物は皆そうしている』

2004.6.11
『東洋医学の古典には、「上工は未病を治し、下工は病を治す云々」(工は医の意)という言葉がある』

●2004.6.10
『生命体が自然環境に適応するということ、これは生命の至上命令であるから、この絶対原理は自然の救いになっているのである。』

2004.6.8
『研究が高度に緻密になって分析的になってくると、全体のバランスのことがとかく忘れられるようになるので、現代医学は大いに反省の要があり、東洋医学的な全体観をぜひ参考にすべきである。』

2004.6.7
『血圧の高い人は高枕が好きで、血圧の低い人は低い枕が好きだといわれるが、それもみな骨格の関係によるのである』

●2004.6.5
『足底に平均に全身の重力が分布している人は少ない。足底の表皮の厚薄程度は、よく重力の分布を物語っている』

●2004.6.4
『運動系の重要法則のうち力学的に考えてゆくと重力が問題になる』

●2004.6.3
『われわれの生活現象は全身の各器官の機能が全体として調和しているときに最も完全に営まれる』

●2004.6.1
『誰でも平常、物を見るのに両眼で見ていると思っているが、必ずしもそうではない。たいていは右眼一方を使って物を見ている。何か仕事をしようとしても、右眼でまず見て手が出てゆく。そもそも出発点に傾きができているわけである。』

●2004.5.31
『機械だって、油もやらず、調節整備もやらなければ疲れるだろう。故障が起きて、最後には壊れる。人間だってそうである。』

●2004.5.30
『歪みは連動の理によって、思わぬところに波及する可能性がある。』

●2004.5.27
『一番医者が困るのは、どんな検査をしても何も見つからず、患者からは体の変調を愁訴されるときだ。それをどうにかこなしてきたのが東洋医学的医者であり民間療法師だ。』

●2004.5.26
『自然体の骨格所持者(こんな人は万に一人もいない)には疾病成立の余地がないものと考えている。』

●2004.5.25
『赤ちゃんは母親が育てる。家族も手伝う。それは大人達だ。大人が何か間違いをしているんじゃないかと思う。』

●2004.5.20
『寝相は現在意識がなくても潜在意識が体重を利用して歪みのある運動系を整復調整している姿なのである。だから体重を適当にかけられないフワフワした床というものは感心できない。』

●2004.5.18
『良い姿勢はもちろん要求さるべきである。だからといって、もし一方の肩が上がり、首が一方に傾いていたからといって、そこを無理に、外目に正しいように矯正してはならない。不自然の自然である場合を考慮に入れてかからねばならない。』

●2004.5.14
『操体して一時体の調子がよくなっても生活の法則に背反すれば、いつでも落第する危険がある。操体道の原理を理解してホントに健康な尊い感謝の人生を楽しんで頂きたい。』

●2004.5.12
『真に生き甲斐のある一生をおくるためには、法則を識ってそれに順うきりない。』

●2004.5.9
『「ヤレヨ、やれば出来る」では無茶というものだ。原則に素直に従って練習すれば誰でも日常生活に必要な程度には出来るように天然の設計は出来ている。訓練とシゴキは違う。』

●2004.5.8
『動きには法則がある。これは人間が決めたものではない。欲張って無理して体をこわしている』

●2004.5.7
『人間は動物だから動くのはあたり前で、動けなかったら生きてゆけない。人間として生きてゆくためには上手にうまく動く必要がある。』

●2004.5.4
『くらしの秘訣は息食動想と環境との調和なり』

●2004.4.29
『よくばるな。間に合っていればいい。6〜7割でいい。』

●2004.4.27
『疲れて崩す姿勢は不自然の自然である。姿勢を崩すことによって、一部の疲労を休めておるのであることに同情しなければならない。』

●2004.4.25
『治療など下の下だ』

●2004.4.23
『キモチいいことすればいいんだ』

●2004.4.20
『人の痛いところがわかるのがプロよ。人の気持ちいいのがわかるのがプロよ』

●2004.4.19
『俺考えたんでネェんだ、そうなってんだから仕方ネェ・・・』

●2004.3.16
『肩だけ治すんだったら、肩をここに切っておいていけ。明日までに治しておくから』

●2004.3.15
『バルの言葉にろくな言葉がネエ。イバル、ヨクバル、ガンバル、シバル・・・』

●2004.3.14
『100点満点が目標じゃなく、間に合えばいい、60点でいい』

●2004.3.13
『みんなで仲よく、ドンドンあばれろ。だけど威張ったら最後、バチ当たる。まあ、あとは若い人たちで思ったことやってみでくれや。天然自然の法則だけは、何したって変わんネェんだから』

●2004.3.12
『まあ、ウソかホントか、やってみることだナ。キモチヨク動けば治るようになってんだから・・・俺考えたんでネェヨ、自然にそういう風にできてるんだ。まあ、野次馬根性があればのことだがネ』

●2004.3.7
『操体は西洋医学にも東洋医学にもないものだ。この操体はまさしく日本医学だ。この宝を世界の国の人々に健康輸出することが日本人の奉仕だ。』

●2004.3.1
『東洋医学の文献中、怒は肝を破り、喜は心を破り、悲は脾胃を破り、憂は肺を破り、驚きは腎を破る、とある。これをダイナミックに翻訳すると、その体勢をみよ、ということになる。』

●2004.1.28
『骨盤の歪みをつくらないためには、「男は褌を締めてかかれ」とか、「女は腰紐をきりっと締めよ」とか、昔から言われている。骨格は疲れると緩む。鉢巻、手甲、脚絆などは歪みを防ぐ役割をする。』

●2004.1.26
『一ヶ所に歪みが出来ると、これをカバーするために、系統的に歪みが波及することがある。逆に整復にあたっては、末端局部の処置が、遠隔の所にも、好結果をもたらす場合がある。』

●2004.1.20
『民間の治療師は他動暴力を用いて矯正するものが多いが、自動的無痛な合理運動をもって指導することも可能なのである。』

●2004.1.12
『ラジオ体操、美容体操、勿論結構であるが、あれは歪みの少ない人に与えるべきもので、程度のひどい人にはかえって害になることがある。』

●2004.1.9
『小学校低学年の虚弱児童を養護して体質改善をやるのにも、栄養や医療も勿論必要であるが、運動系の改善ということが大なる役割を演ずることを忘れてはならない。』

●2003.12.29
『体育とは一つの技能を練磨発達せしめるのが目的ではない。それはスポーツの要求するところであるかもしれないが、体育とは運動系全体が平均調和して発育することを目的とするものでなければならない。』

●2003.12.26
『自分の運命というものは自分の考え方一つにかかわる責任である。我病めりと、現象に執することも、我本来無病と観ずるも、その人の自由である。』

●2003.12.23

『愉快に幸福に暮らすには、生命本源の至善を信じ、光明をつとめて思念することが大切だと思う。』

●2003.12.15
『南無阿弥陀仏というのは、仏様、あなたと私とは一体であります、有難うございます、という意味だそうだ。これが、ほんとうにそう信じきれたら、恐怖感も、劣等感もあるまい。』

●2003.12.14
『人間一日の歩行が可能な距離を半径とする圏内の地域に育つ、その時節に応じた植物食をとることが食の原則ではあるまいか。生物はみなそのようにして食を求めている。』

●2003.12.12
『如何に力んでみても天地の間に、はさまった人間はその法則に随わなければ、栄えることが出来ない約束のもとに生まれているのである。』

●2003.12.7
『健康は自らの責任において勝ち取るべきものである。』

●2003.12.4

『生きるための絶対必須条件を最小限に絞ってみると、呼吸、飲食、身体運動、精神活動の4つとなり、これらは他人に代わってやってもらうことのできない自らの責任においてやらねばならない営みである。』

●2003.11.26
『病気は、外表、ことに骨格に現れる。骨格は連動装置だから、一ヶ所の不正は次々と全体に影響する』

●2003.11.20
『日本にはよいものは何でもある。皆が見逃しているだけのことで、有難いものが無数にある』

●2003.11.19
『制限されて苦痛な動きは、からだの方で止めてくれと言っているのだ。』

●2003.11.16
『昔々の診断学では、問診、視診、触診は常識だった。動診を一つ加えなさい。』

●2003.11.11
『現代医学はミクロの内ばかり見てマクロの人体基礎構造のもつ可能性を探る生理学に盲目だ。診断学に欠陥がある。』

●2003.11.10
『生命現象はバランスそのものだと言いきれるのではないか。アンバランスで生命現象は成立しない。』

●2003.11.9
『研究が高度に緻密になって分析的になってゆくと、全体のバランスのことがとかく忘れられるようになるので、現代医学は大いに反省の要があり、東洋医学的な全体観を是非参考にすべきである』

●2003.11.8
『我々は味覚に誘われて食を享楽と考える域にきている。これは一部は恩恵ではあるが、溺れると不謹慎になり、更に進めば堕落となり、自然にそむいた災害を身にまねくことになる』

●2003.11.5
『長生きする人は長息出来る人である』

●2003.11.4
『フォームの美しさと能率は一致する。能率の伴わぬ形の美は偽の美である』

●2004.11.2
『武道、諸芸、スポーツ、皆小指の効用を再確認されているのが愉快である。』

●2004.10.31
『体の重心が中心に近く、平衡状態に安定している時は、動作は一番能率的なのですが、重心が中心からズレるほど、能率は減り、体は崩れます。』

●2004.10.30
『患者は正直なもので、骨格が幾分でも自然体に近づけば、即刻に愁訴が軽減する』

●2004.10.29
『感情と骨格、更に性格と骨格には相関性がある。同様に疾病と骨格にも相関性がある』

●2004.10.28
『寝相といっても一概に馬鹿に出来ない。無意識に体重力を利用して、骨格の凹凸を調整しているのである』

●2003.10.27
『まあウソかホントかやってみな、ということだ。やってみないでケナシてもホメても意味ないよね』

●2003.10.26
『叱るより誉める。何か良い所見つけなくっちゃ。人のアラ探しするよりも、何か良い所を見つけた方が、見つけた当人も気持ちがいいし、された方も気持ちがいいですよね。要するに”気持ちがいい”ってことさ。』

●2003.10.24
『うまいものを食い過ぎるな』

●2003.10.23
『医者を必要とするのは人間の世界だけだ。山や野に住む動物たちや、アフリカのライオンなんかに医者はいない。』


●2003.10.22 
『○○病というものはない。バランスの失態なのだ。』




【操体語録】
※操体の創始者 橋本敬三先生の言葉を紹介していきます。