「久しぶりの超能力」


 俺には超能力がある。
 誰が何と言おうとある。
 風邪をひいて休んで「ずる休み」だと言われても、休んだ本人に自覚症状があるのなら、それは風邪だ。誰が何と言えども風邪だ。自信を持っていい。

 俺にはその自覚がある。だから俺は超能力があると自信を持って言えるのさ。
 信じる信じないは勝手だ。あり得ないと決めてかかる者を説得するのは無理な事とわきまえてるさ。

 俺の超能力とは?
 俺は念じて人を殺すことが出来るんだ。簡単に言えば、直接手を下さずに人の生き死にを変えることが出来る……しまった、かえって難しくなっちまったかな?
 早い話、何の証拠も残さず人殺しが出来るのさ。
 完全犯罪なんて、小説の中では敏腕刑事か名探偵に覆されるものだが、俺の技は誰にも解決不可能さ。だって超能力だぜ。事実は小説より奇なりってね。
 どういう風にやるかと言うと、ただ念じるだけでいい。俺が「死ね」と念じると、相手は途端に具合が悪くなり、そして死ぬ。

 最初にこの能力に気づいたのは子供の頃だ。
 最初の犠牲者は俺の母親。
 「勉強しろ」とか「床屋へ行け」とか「テレビばっかり見るな」とか、とにかく口うるさい母親に「死ね」と念じてみたら、急に体調を崩して緊急入院さ。それが俺の最初の実践だった。
 実はそれ以来、俺はこの能力を封印してたんだ。

 だけど俺には今、殺したくなる上司がいる。俺の部署の課長だ。
 俺は真面目に働いているし業務成績だっていい方だ。たまには特別休暇ぐらいくれたっていいはずなのに、この課長は次々と厄介な仕事を俺に押しつけやがる。
 その課長はいつも言うのさ、「こんな仕事、君以外に誰がやる?」とな。

 その日は週末で、他の社員が休暇の過ごし方なんかを雑談しているときだった。課長はまたいつものセリフで休日をつぶす仕事を俺に持ちかけてきやがった――なぜ俺を選ぶ?
 その時はさすがにキレたので「死ね」と思わず念じてしまった。途端に課長は咳き込み、すぐその場に倒れ込んだ。
 久しぶりの超能力さ。
 それから会社は大騒ぎ。救急車を呼んで、担架で運んで、病院に付き添って、課長の家族を呼んで……

 でも待てよ。今ここで死なれたら、今以上に仕事が俺に回ってくる。怒りに気を取られ、そんな簡単なロジックに気づかなかった。うっかりしていたが、そんなことは避けたい。
 そこで俺は念じたさ。ああ、念じたさ。課長の体調が良くなるように、ってね。
 そう、子供の頃、入院した母親にしたのと同じように……

 あのときは「母を助けてください」って必死で願ったさ。だって母親が死ぬなんて自分にいい事なんか一つもあるワケがない。子供だった俺にも分かったことさ。
 しかし命を救う方は殺すよりもっと大変なんだ――もっと強く念じなくちゃならない。念じるだけで足りないときはお見舞いに行ったり神社仏閣にお参りにも行くのさ。そりゃ俺も必死さ。原因は俺にあるんだし。
 母親が退院して家に戻ってきたときには、交代で俺が寝込んだほどさ。

****

 課長も、この俺の『お祈り』の甲斐あってか症状が好転した。
 死なせずに済んだが、陰で俺がどんなに大変だったか知るはずもないだろう。
 しかし、見舞いに行ったときにベッドで枯れていた課長が言ってきた。
 「心配掛けて済まない。今後の課のプロジェクトは君に任せるよ。君の仕事ぶりなら大丈夫だろう」
 なんてこった、これじゃあまた仕事が増えちまう!
 「――それに聞いたよ、君の献身ぶりをね。泣かされたよ。君がこんなに人情家だとは知らなかった。信頼できるのは君だけだ……」

 全く、殺さずに済んで良かったよ。

 俺には超能力がある。誰が何と言おうとある。俺は念じて人を殺すことが出来るんだ。でも俺のこの能力は実践こそすれまだ一度も完結されていない。
 だから今ではそんな能力が本当にあるのかさえ疑わしくなってきた。それにこんな能力は使わないに越したことはないだろう。
 結局また封印だ。
 だけど俺はいつだって気にくわないヤツを殺すことが出来る。ただやらないだけだ。

 言っとくけど、これホントの話だぜ。信じる信じないは勝手だ。

おわり

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