「濡れ衣」
俺は22才で独身。名前は河原井雄一。
この名前、知っているかな? もし知らないならガッカリだ。
なぜなら俺の職業は俳優。スターにあこがれ、スターになることを夢見てこの世界に入った。日本中にこの名前を知らしめるのが俺の願いなんだ。
スターを目指すぐらいだ、ルックスには自信がある。通りを歩いても目立つ存在だ。ただ大根なのが玉に瑕、と言うか致命傷。
しかし俺の演技が上達したことを立証してくれる出来事があった。
今朝、俺の安アパートへ、刑事が4人もやってきた。
「川原井さんですね、この4丁目で起こった事件はご存じですよね? その件でお聞きしたいことがあるので署までご同行願えませんでしょうか」
「ちょっ、ちょっと待ってください。事件は知っていますが、僕が犯人だというのですか?」
「それはまだ何とも。実は……」
最近、俺の近所で物騒な事件があった――強盗殺人事件だ。その犯人はまだ捕まっていない。
そこへ誰だか知らないが、俺が犯人だと警察に通報した奴がいたのだそうだ。
署へ連れられてからも、刑事とのやりとりはテレビで見るのとそう大差なかった。
「ご職業は?」
「売れない役者です。貧乏だし、強盗するには動機は十分ですね」
「まあまあ。あなたは目撃されたことに、何か心当たりはありませんか?」
「心当たりねえ……」俺は天井を見上げた。「それならありますよ」
「ほう……」
「――なにしろ私はあの事件の犯人だったのですから」
「なにっ!」
隅で記録を取っていた刑事も身を乗り出してきたさ。
「ははっ、刑事さん、早とちりしないで下さい。犯人とは言いましたが、私は『役を演じた』だけですから」
「えっ?」
「さっき言った通り私は役者なんです。そうか……そうすると、その目撃者ってのは、きっとテレビで僕を見たんだ。そうならどこかの主婦かな?」
「どうしてそう思うんです?」
「だって、私が出たのはお昼のワイドショーなんですよ。再現フィルムってやつです。その時間帯の視聴者層は限られてましてね」
「おやおや……」
取調室に笑いが起こった。
「いやあ、まったくその通りなんです。その目撃者というのはご老人……おばあちゃんなんですが、どうも証言が不明瞭なのでおかしいと思っていました。ボケちゃってるのかなあ。今回も逮捕ではなく任意でご同行願ったのはそれが理由でしてね。いやあ、これで納得だ」
昼前に俺は署から放免された。
しかし、こんな事になるなんて、自分で言うのも何だが、俺の演技力もまんざらではないらしい。上達したと言えるだろう。
あのおばあちゃんには困ったものだ――ボケてなんかいやしない。しっかり見てやがったんだな……
*****
婆さんに目撃されたのは気づいていたさ。しかし暗闇だったし、まさか俺とはわからないだろうと思った――うかつだったよ。
しかしあの番組はいい隠れ蓑になった。あの出演依頼が来たときには驚いたけどな。
「よう河原井、いい仕事をやろう。この役はおまえにぴったりだ。事件現場にも近いんだろ?」
なにしろ自分がやった犯罪を再現して自分が演じなきゃいけない。でも監督には誉められた。迫真の演技だとね……
演技が上達したおかげか、刑事をまんまとだますことはできた。しかし、再び捕まる日は来るだろう。今はその日が来るのを怯えながら待つしかない。
役者としては売れないままだったが、その時には、俺の名は全国区になるんだろうな……
おわり