ミズクラゲの初期生活史について

海洋プランニング(株)保田 章

1 クラゲという生き物について

 動物界は、体が単一の細胞でできている原生動物(亜界)と、多細胞の体をもつ後生動物(亜界)に二分されます。後生動物のうち海綿動物を除く他の全てをひとかためにして、真性後生動物と呼んでいる。真性後生動物の進化の道筋において、もっとも古い時代に脊椎動物と無脊椎動物に分かれたものの子孫が腔腸動物と呼ぱれるグループである。上皮組織と筋肉、そして神経系らしいもの(散在神経系)をそなえる最下位の動物である。腔腸動物というのはすこし古い呼称で、最近では刺胞勧物(門)と有櫛動物(門)のふたつに分けるのが普通である.分類的に示すと、次のようになる.

刺胞動物(門)  

ヒドロ虫類(綱)2700種
鉢虫類(網) 230種
花虫類(綱) 6100種
有櫛勤物(綱)(クシクラゲ類)80種

 普通我々が「クラゲ」といっているのは、ヒドロ虫類の浮遊生活世代(ヒドロクラゲ)、鉢虫類の浮遊生活世代(鉢クラゲ)、およびクシクラゲ類の総称である。イソギンチャク、サンゴなどの花虫類は固着生活世代だけで、クラゲは存在しない.
日本近海でみられるクラゲの種の数は、約200種といわれている。クラゲの研究は分類をはじめ、形態・発生・生理・神経・行動・生態などさまざまな分野から行われており、これらはMayer (1910),Kramp (1961),Russel (1970),Arai (1997)の大著によってまとめられている。ミズクラゲを研究した、故平井越郎(東北大学名誉教授)による全生活史の解明や、柿沼 好子(鹿児島大学教授)が光や水温変化の刺激によって人為的にクラゲを遊離させる方法を開発している。
国内におけるもっとも代表的な鉢クラゲ類についていえば、故内田 享(北海道大学名誉教授)とA‐G Mayerはつぎのような数字をあげている。日本沿岸38種、北来西岸7種、北米東岸23種、地中海15種。わが国の沿岸はクラゲの宝庫といえるのかもしれない。

2 クラゲのプロフィール

クラゲの体には 上皮筋内、神経といった組織はあるけれども、骨格はまったくないし、消化系循環系などの器官も整っていない。触手を活発に動かし、ヒドロクラゲや鉢クラゲの仲間は刺胞をつかって、またクシクラゲの仲間の多くは粘着紬胞をつかって、餌を捕らえ、口に送り込む。口はあっても肛門はなく(クシクラゲ類だけは例外で、小さな排出口をもっている)、消化管といえるのは袋状をした胃だけ、えさの残りかすはふたたびもとの口から排出される.
栄養分は放射状の胃水管系を通して、直接、体の各部に配分される。
 生活形としては、固着生活をするポリプ形と浮遊生活をするクラゲ形のふたつをとるものが多い。
 ポリプ形とクラゲ形の現れ方は、分類グループごとに違いがある。もっともポピュラーな鉢虫類は、小さなポリプ形と大きなクラゲ形の間で固着生活と浮遊生活の世代交代をするというのが、ごく一般的な図式である。ヒドロ虫類は、小さなポリプ形と、やはり小さなクラゲ形で固着・浮遊の世代交代をするもの、ポリプ形だけで過ごすもの、そのポリプも単体、群体様々であり、ポリプ形とクラゲ形が一緒になったような浮遊群体(たとえばカツオノエボシ)もあって、まさに千差万別である。クシクラゲ類は終生、クラゲ形だけで過ごす。
 息場所はほとんどが海水域で、クラゲ形で淡水に生活するのはマミズクラゲくらいのものである。ポリプ形で淡水性のものは、ヒメヒドラ、ヌマヒドラなど種類が多い.クラゲは遊泳力が弱く、プランクトン生活をしている。プランクトンとしては巨大なほうで、ミズクラゲなどの大群が漂着すると、漁網とか発電所や工場の取水口を塞いでしまい、大きな被害を与えることがある。刺胞の毒が強いカツオノエボシ、アンドンクラゲ、アカクラゲなどは人を刺すので嫌われている。クラゲのなかで人類の役に立っているのはビゼンクラゲ、エチゼンクラゲなど食用クラゲだけというのは、些か寂しい気がしないでもない。クラゲは海の生態系を構成する一員として、赤潮生物を食ベ、環境浄化に役立っているという一面もあるのだが。

3 ミズクラゲの生活史

ミズクラゲの分類上の位置は、鉢虫網、旗目クラゲ目。学名はAurelia aurita(Linnaeus, 1758)である。鉢虫(Scyphozoa)というのは、そのポリプがスキフォス(ギリシヤのぶどう酒の杯)に似た形をしているのでスキフォポリプ(スキフォスを鉢と訳して、鉢ポリプ)と名付られたのに由来している.そのような形をしたポリプをもつ一群の動物が鉢虫類である。スキフォポリプから生まれたクラゲをスキフォ・メデューサ(鉢クラゲ)といっているが、その形は鉢とは関係がなく、皿、おわん、どんぶり、半球形など様々である。
ミズクラゲは目本の沿岸でもっとも普通に見られるクラゲである。世界的にも、北緯70゜の寒帯海域から温帯海域,亜熱帯,熱帯海域を越え,南アフリカ,オーストラリア南部の南緯40゜の沿岸域に分布し、世界中に最も普通に見られる種である(Kramp,1961; 安田, 1988)。沿岸に特有で、4〜5キロ沖では非常に少なくなる。英名はムーンージェリーフイッシュ(月のクラゲ)である。目(大眼点、小眼点)は傘のへりにぶら下がっている8個の小球(感覚器)に付属していて、明暗と光の方向がわかる光感覚器程度の機能しかない.
ミズクラゲの雌雄を簡単に判別するには、4本の(足のような)口腕の基部を見ればよい。雄はのっペりと単調であるが、雌はフリルがたくさんついて複雑になっている。ほかのクラゲでもみんな雌雄の別があるはずだが、その判定は難しい。なお、有櫛動物のクシクラゲ類だけは雌雄同体である。


4  ミズクラゲはどうやって殖えるのか

ミズクラゲの基本的な増殖のしかたは、つぎのようなものである。

@浮遊生活期−エフィラから雌雄のクラゲ(有性世代)に育ち、卵と精子の受精 という有性生殖によってプラヌラが生まれる.

A固着生活期−プラヌラから雌雄の区別のないポリプ(無性世代)が育ち、出芽によってポリプから、さらにポリプを生ずるという無性生殖の一時期を過ごす。

Bある時期になると、ポリプがストロビラ(横分体−ポリプの体が横に分裂し皿をいくつも重ねたような形になったもの)に変わり、おのおのが離れて、無性生殖的にエフィラが生まれる。

このように有性世代と無性世代が交互にくり返されるのを世代交代という。そこでクラゲといえば、整然とした世代交代しかないように錯覚してしまいがちであるが、実際はバリエーションがたくさんあり、クラゲたちはさまざまな方法で種族の維持に努めている。ここではミズクラゲを中心に、その一生をたどってみたい。

受精卵→プラヌラ

成熱した雄クラゲの精子は、口を通って、海中に放出される。いっぼう、成熟した雌クラゲの卵は、口を通って口腕基部のひだに無数にある小凹所(育房)に送り込まれ、その中で精子がくるのを待ち、受精する。
受精卵の大きさは直径0.2ミリ弱、育房のなかで発生をはじめ、原口と原腸をもち繊毛で覆われたプラヌラになって泳ぎ出す。育房で幼児まで育てるのはタツノオトシゴやカンガルーの例もある。

プラヌラ→ポリプ

プラヌラは長さ0.2ないし0.3mmのマクワウリ形をして、繊毛をつかって泳ぎ、早ければ数時間、遅くても4〜5日で、先端部を基質に押し当てるように、くるくる回りながら、やがて付着を完了する。固着したプラヌラは、反対側に口が開き、四本の触手が生えはじめ、3〜4日経つと杯(カップ)の形をして8本の触手をもった幼いポリプになる。
 一週問で触手12本、2週間で長大な触手、(口径0.75mm、高さ1.5mmくらい)16本が整い、その後、もっと大きくなる。

ポリプの増殖

ポリプは、足盤の根元のところから直接新しいポリプを出芽させたり、ストロンという水平に細く伸びた根の先端や途中から新しいポリプを出芽させたりして、盛んに無性生殖を行いコロニーを形成する。この無性生殖法に関する研究は,Gilchrist (1937),Chapman (1968),  Russel (1970)らが詳しく行っており,Kakinuma(1975) は無性生殖法として次の4方法を挙げている。

1.母ポリプの基部からストロン(走根)が出芽し,走根の先端からポリプが出芽する方法(Stolon-Budding)

2.母ポリプの柱体部から直接ポリプが出芽する方法(Budding)

3.ポリプが両側に引き裂かれて2つに分かれる2分裂(Fission)

4.ポリプが移動した後に残る組織塊(Pedal disk or Cyst)

ポリプの数が増え、密生してくると、逞しい体つきのポリプは、しばしば周辺の発青不全なポリプを触手でつかんで食べてしまう。こうして程よく間引きが行なわれ、よく成長したボリプだけが揃ってくる。
 ポリプは再生力が非常に強く、組織、細胞が死滅しないかぎり再生し、もとの形態に戻る。Lesh-Laurie and Corriel (1973),Lesh-Laurie et a l. (1991),Hujer and Lesh-Laurie (1995)は特にポリプ触手からの再生をDNAレベルから詳細に調べている。

ポリブ→ストロビラ→エフィラ

自然の海でストロビラができる場合には、季節によってくびれの数に違いがあり、秋はくびれが5個以上、真冬は1個だけ、春になると2〜4個のものが多くなるという報告がある。
 くびれのできたストロビラは、コーヒーカップの受け皿を重ねたような形になり、触手は消失する。皿のへりには八枚の花ぴらを思わせる縁弁ができ、拍動している。間もなく皿は先のほうから一枚ずつ離れ、遊泳するエフィラとなる。直径約2ミリ、うす赤い八枚の縁弁を拍動させて泳ぐさまは、非常に愛らしい。 最後に、いろいろなクラゲの生活史のバリエーションを2・3紹介しておきたい。

 クシクラゲ類(有櫛動物)はすべて雌雄同体であり、ひとつのクラゲの体内に卵と精子ができる。受精卯はプラヌラを形成することなく、もっと発生の進んだ幼虫になって泳ぎ出す。ポリプ世代がない。
外洋で一生を浮遊生活で過ごすオキクラゲ(ミズクラゲと同じ旗目クラゲ目に属する)にも、固着生活を送るポリプの世代がない。親クラゲから放出されたプラヌラは、「→ポリプ→ストロビラ→」の過程をとばして、直接一個のエフィラを形成する。省略発生と呼ばれている。近縁のアマクサクラゲもいくらか似たような性質を示す。

 これに類似の現象はミズクラゲでもみられるという報告がある。これはHirai (1958),Kakinuma (1975)も確認しており、大型のプラヌラ(長さ0.5〜0.7mm)や比較的大型のプラヌラ(長さ0.28〜0.35mm)は、地物に一応固着するが、すぐに柄の付いた一個のエフィラ(全体がキノコのような形をしている)に変わり、数目後には柄を残してエフィラだけが離れて泳ぎ去る。残った柄は今度、ポリプに変態する。通常の発生過程であるプラヌラからポリプへの変態を省略し、プラヌラから直接エフィラへ分化する直達発生を記述している。Yasuda (1975),安田 (1979, 1988)は福井県浦底湾でのエフィラの出現はストロビラからではなく、プラヌラからの直達発生が発生源になっていると述べている。こうした性質が、ミズクラゲの大量発生する原因になっているのではないかといわれているので、注意して観察しているが、まだ実際に伊勢湾では見ていない。ミズクラゲの場合、どんな環境要因によってエフィラの直接発生が誘発されるのか、未だ解明されていない。

 タコクラゲやサカサクラゲ(根口クラゲ目に属する)は、ポリプの世代に普通の出芽もするが、時としてその芽が離れ落ちて、プラヌラのように泳ぎ出す。それはクラゲにはならないで、別の場所に固着してふたたびポリプに育つ。アンドンクラゲ(立方クラゲ目)の1種はポリプを高水温に移すと、たった2日ほどでポリプ1個が幼いクラゲ1匹に完全変態して、泳ぎ出すという報告がある。
アカクラゲ(旗ロクラゲ目)は、ポリブの世代に好ましくない環境に遭遇すると、小形化した(内容物が濃縮された状態の)ポドシストというものに変わり、11〜13ヶ月間も休眠してしまう。