ballaがむしゃら親分のボヤキ,呟き,独り言・2004年版balla

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2004年、ボヤキ総括 ドカロッチと秘密の部屋より ('04.12.31記)

『もの思う月曜日』
さてさて、最近常々思っていることだが、やはり人生は好きな事を追求すべく生きた方がいいというのが、最近の俺の人生哲学。
「そんな戯言、まだ言ってんのかよ!」
そういう風に思っている人は、自分がやりたくもない事に人生の大半を費やし、自ら牢獄に足を突っ込んでいるようなことをしているのに未だ気づいていないと。。
へぇ〜、結構、過激じゃん。
ジャンジャン!

『もうダメっ』
休日前夜は、どう過ごしていいのか…
最近、頭を悩ましているのさ。
俺は結局、、、、、
誰をも幸せにできず、
誰をも不幸にしている。
か…?

『過労死1位は我が業界』
このほど、全国の労働基準監督署が03年度中に受理した過労による心的外傷後ストレス障害は、世代別にみると、30代が一番多く、職種別では、システムエンジニアや情報処理技術者などの専門技術職が一番多いんだってさ。
最近、色々なことを見るにつけ、知るにつけ、考えざるを得なくなっているのだけれど、
人生は何の為にある?
人生は誰の為にある?
人生は未来の安全の為に生きている?
で、今を生きていない?
もっと考えようぜ。
もっと大切にしようぜ。
自分の人生。
…。

『手早いCOOK』
手早い料理はお手の物
胡麻タレ水餃子、野菜炒め、チョチョイのチョイってつくっちゃうよーん。
ああ、作りすぎちゃったってことにならないように、気をつけなきゃね。

『サントリーホール』
今日は、会社を定時即行で上がって、六本木のサントリーホールまで行った。村冶香織とホセ・ガジャルトとのクラッシックギターの共演。
クラッシックと云えば昔、N響かなんかのオーケストラを観に行った記憶があるが、、。
単独演奏というものは、音が非常に小さいわけね。とくにギターはね。 あまり拡声器を使っているわけではなく、生の音の音量をそのまま聴かせる。
観客は物音一つ立てないように注意する。たまに誰かが咳をしただけでも気になるしね。
いやぁ~、それにしても村冶はなかなか大人になっていたなぁ。(観るところが違う。(笑))
昨日の演奏会で一緒に行った人のクラッシックコンサートに火をつけてしまった。今度は、ドイツ室内管弦楽団を観に行こうという話になった。
音楽って本当に素晴らしい、ですねー。

『七夕』
今日は七夕だ。
七夕はロマンチックだ。
七夕は好きな人と一緒にいるのがいい。 好きな人と、ほんのひと時だけでも過ごせるのがいい。
そして、“じゃ、またね。 ばいばい。”
と別れるのがいい。
そんな七夕の夜。

『拓郎、ステージ上でダウン』
今日は朝起きたとき、体が俺に呼びかけてくるのだ。
直感で、“今日無理して行ったら、体壊して風邪でも引くぞ”って思ったので、休んぢまったぜー。
で、なんと午後2時位まで爆睡してました。 フラフラ。 しかし結構体力復活!
夜からは中野サンプラザで吉田拓郎のライブへ行った。今年はもう行くのやめようと思っていたのだけど、松尾氏より知り合いが余り券があるので行きませんかと誘われて。
誘いは断らない主義なので。(笑)
そしたら、拓郎、本番中に貧血でステージ上でダウンしちゃったから、びっくりしたよ。
ステージは急遽休憩に入り15分後にまた再開。
開演7時。終演10時半。
3時間半も歌い続ける長いコンサートだった。
そのまま中野で午前0時近くまで飲んでいたら、電車なくなりました。
で、松尾氏に送ってもらったのだけど、家ついたら2時過ぎ。 そこから風呂入って寝たのは3時近く。(´ε`;)
結局、翌日また疲れています。(タオレソウダ)

『プラクティス』
はぁはぁ。
疲れているが、7日の為の練習をしに、スタジオに。。
なんで、こんなにまでして、練習するの?
そ、そりゃぁ〜、お客さんたちに出来るだけ、いい演奏を聴かせるためさ。
だから
だから
どうか、
観に来てください (;_;)
俺らはネ、「良かったよ。」
この一言が聴きたい為にやっているのだよ。(勿論、音楽そのものも、ずぅーと愛している)
でね、この一言を聴いただけで、今までの疲れも吹っ飛ぶ!んだよ。

『ライフワークを見つけなきゃ意味がないのだ』
今日は、珍しく天気が良かった。
見事な秋晴れだ。
天気によって、毎日の気分が左右されたりしないかい?
“今日は雨か〜、出勤するのが面倒臭いな〜” とか、
“いい天気だなぁ〜、こんなとこで仕事してるよか、外に出たいなぁ”とか。
そう思う人は、自分にとって、やりがいのある仕事をしてない人だにゃ。
もし、本当に好きな事を仕事にしてる人は、そんな事位では左右されないのですよん。
逆に金を払ったってヤリタイ事、と思ったら、その仕事は天職だ。天職を見つけだすのは、会社を変えた位じゃ、見付けられない。
たとえそれが条件のいい会社だとしてもねん。
自分は一体何がしたいの?
よ〜く
考えてみよう。
(つづく)

『いろいろと疲れはたまるが』
ま、それなりに、いいこともあるぜ。
皆さんはいつも自分のために生きてますか? それとも人のために生きてますか?
実はね、人間ってやつは、自分のためより人のためになにかをしたときの方が、パワーがでるらしいぜ。
い、以上。

来年も宜しく〜!


きっと、よくなる ('04.12.25記)

府中の森芸術劇場去る12月19日(日) 、府中の森芸術劇場にて、作家・本田健の著書100万部突破感謝講演会というものに出向いて行った。
ところで“本田 健”って誰ぞなもし?
皆さんは、『ユダヤ人大富豪の教え』という本を知っているだろうか。
日本版『金持ち父さん 貧乏父さん』とでも言おうか、所謂「幸せな金持ちになる方法論」なのだが、このベストセラーとなった本の著者が彼なわけなのです。
僕はこの本を偶然みつけて、なんとはなしに買って読んでみたのだが、ここ数年来の衝撃的な影響を受けてしまって、それ以来、そのエッセンスをもっともっと吸収しようと、彼の著作を次々と読みまくり、あっという間に全て読破してしまった。
アンケート等にもわりと答えていたりしていたので、俺の感想文のいくつかは、本田健氏のHPで紹介されていたりします。(別に探さなくていいよ。(笑))
まぁ、兎に角それだけハマったわけです。

さて。ある日の事、『著作の合計が100万部突破しました。応援していただいた皆様に、少しでもお礼がしたい!という思いを込めて感謝講演会を企画しました。約2000名の方をご招待です。』という内容の案内メールが届いた。
府中の森芸術劇場・大ホールは約2000名収容する。という事は会場全て貸しきって皆無料で招待するのかぁ〜、凄いなぁ〜、などと感心したりして、とりあえず応募をしてみたわけよ。
但し、あまり期待はしていなかった。
彼の講演やセミナーはどれも凄い人気で中々観られないらしかったし、なんと今回も応募総数8000名の申し込みがあったというのだ。 ムリだな、こりゃ当たらんな。と。
ところが嬉しい事に「抽選の結果、ご招待することになりました。」と後日、招待状の葉書が家に届いた。 僕は見事に4倍の難関を突破して、抽選に当たったわけだ。
運がいい。

さて、講演会当日。
プログラムは、1部と2部に分かれていて、前半はウォン・ウィン・ツァンというプロピアニストのコンサートから始まり、後半に本田健が講演会をする内容となっている。
先ず、ウォン・ウィン・ツァンだが、最近は、NHK教育テレビ「こころの時代」のテーマ曲を手掛けたりして、ずいぶんご活躍されているそうだ。
僕はその日、彼のメロディアスなピアノに魅了され、深い癒しを味わい、リラックスした状態となれて、とても幸せな気分になった。
実は彼の事は以前から知っていたのだ。なぜなら僕は彼と同じ瞑想を習っていて、上級プログラムの習得時に同じ会場に彼の姿を見たことがあるのだ。
(瞑想といっても、健保などにあるヨガコース等と同じで、単なるメンタルテクニックであって、宗教性はまったくないよ。とりあえず言っておくが。)
彼のその瞑想状態により一度無我の境地から引き出すインプロビゼーション(即興演奏)は非常に素晴らしいのだ。 それだけではなく、曲間で話すMCがまた大変良かった。まさに音楽を自分のものとし、ライフワークと呼べるようになるまでの経緯を語ってくれたのだ。これは為になったな。
前から一度聴きたいと思っていたのが、この様な形で実現出来て、とても嬉しく思った。
運がいい。

そして後半はいよいよ本田健氏の登場だ。 彼は本のカバーや裏表紙に自分の写真を一切載せたことがなかったので、こちらはどんな顔かもまったく知らなかった。 なのでこの日は、まじまじと拝ませてもらったよ。(前から6列目の席に座ったのだ)
結構若く(下手すると俺より若いのか?) 温和そうな感じの雰囲気。声は本の付録のCDで聴いたことはあったが、一人語りを録音したCDより、皆に向かって話す方が、威風堂々として言葉に説得力もあると感じた。
内容は、先ず、韓国に講演会やセミナーをしに行った時の事。(今なんと韓国でも、本が売れまくっているらしい。)
彼曰く、言葉や文化が違っていても、お金について考えていることや悩んでいることは、韓国人も日本人も、ほとんど一緒だったということだそうだ。
次に、人生を前向きに良くしようと、変えていくエッセンスなど。
そのいくつかを以下にご紹介しちゃおう。
●最大のピンチは、最大のチャンス−
最大のピンチというものは、その後の人生で最高の転機となることが多いと言う事。
●試練はご褒美をもってくる−
試練というものは、自分にその準備が出来た時にしか来ないらしい。 そして、その試練を乗り越えた後は、絶対自分にご褒美がやってくる。自分をひとつ成長させる。
●過去は変えられないけど、未来は自分で選べる−
過去をいくら悔やんだって、変えられないけど、未来はいくらでも自分の思う方向に変えられるという事を知ろう。自分のやりたい事や理想の姿を、ただ漠然と『夢』として考えているより、『予定』として前向きに考える方が、現実化しやすいと云う事だそうだ。
そして “2005年、きみの人生はきっとよくなる” と結んだ。
(なんだか、ここだけを抜き出すと非常に真面目な精神論っぽい事ばかりに聴こえるけど、会場は結構笑いの渦だった場面も多かった。)

講演終了後は、新刊本のエッセンスが詰まった小冊子や花が配られ、出口の側に本田健氏本人の姿もみえたので、人ごみの流れの中で、運良く彼と握手までしてしまった。
「ありがとうございました。」 彼に丁寧にお礼を言われた。
「ありがとうございました。」 と、僕も講演の素晴らしさにお礼を言った。


体の為す事には意味がある。 ('04.10.10記)

9/18のライブが終わった後、風邪を引いてしまった。
まぁ、多少無理もしていたし、相当寝不足の状態も続いたので、そろそろ引くだろうなとは思ったが、ライブ前に引かなくって、いやいや本当に良かったよ。
(風邪を引いて、歌を歌うってのは、本当に辛いことだからね。)

で、結構ズルズルと鼻水や咳が続いて、シンドかったのだが、ここ数日で漸く治まってきたよ。
結構、虚弱体質(なロッカー(笑))なので、風邪はよく引くのだけれど、その「風邪」に対する僕の考え方は、ここ数年のうち、一変してしまったんだな。
その激変ぶりをちょっと述べてみようかと思う。
出来る限り薬を飲まないように注意しているんだ。ま、インフルエンザとかそうなったら別だけど。
要はその辺の見極めってやつも非常に大事なんだけどさ。
そもそも薬ってやつは、あくまでも対処療法なんだ。 これが「ウーム…」なんだよ。
熱が上がったら、解熱剤。 咳で苦しかったら鎮咳剤。 その他、菌をやっつける抗生物質 等など。
何の疑問も持たないで使っている人、これどうよ?
体の出すサインってやつにはちゃんとした意味があるんだぜ。
普段、人間の体ってやつは 自己にとって健全な成分以外のものを識別して排除する防衛機構が働いているんだよね。
いわゆる免疫機能ってやつだぁーね。。 体力が低下して、これが弱った場合、風邪なんかを引くわけなんだけど、そういう場合、体は病原菌と戦う為に、体温を上昇させて発熱させるんだね。
そうする事によって戦う体制を強化するわけだ。
それなのに、解熱剤によって熱を下げてしまうというのは理に反しているではないか?
また、そういうときは戦う意外の余計なエネルギーは使わないよう作用させる事もしているんだ。 普段のように腹一杯食って、その食物を消化するのにもかなりのエネルギーを消費する。 それだと細菌と戦う方に十分なエネルギーを使えないっちゅうことで、具合が悪いときは、食欲が無くなるのだという。だから「栄養価の高いものをぉ〜」と無理矢理摂る必要も ないわけなんだね。体がいらないとサインを送っているんだからね。
そして、戦ってやっつけた細菌たちは、鼻水や痰に包み込んで(場合によっては下痢などによって)、体外に排出しようとするのだ。
じゃあ、なぜ咳が出るのか?  肺に溜まった痰を取ろうとする行為なのだ。
体の為すべき事には、全て意味がある。 それぞれに立派な理由があるのだ。
だから、痰や鼻水はエライ、のである。
なのに、鎮咳剤や下痢止めなどを飲んで、それらを押さえてしまうというのは、どうだろう。 どうにも解せないのだな。 却って、治りにくくなるだろうし、いつまでも不要物を体に抱え込んでいくことになるよね。
抗生物質なんかも、(これこそは)出来る限り飲みたくはないね。
最初は効くかもしれないが、頻繁に使用して、慣れてしまうと、ウィルスはそのうち、抗生剤も効かない程、強い病原体に変異して成長してしまうことがあるらしいぞ。
コワイ、コワイ。

風邪そのものは悪いのか? 実はそうでもないらしい。 風邪ってやつは、普段相当酷使している人間様の体に、「ちょっとここらで休みなさいよ」と警告を発してくれる一つのサインであるという考え方を聞いたことがる。 普段、休むことを知らない超多忙な人でも、風邪を引いて熱が出たら、“今日は休もう”、“早く寝よう”、と活動を休止しよとするよね。
そうするよう、それでバランスをとるよう、体が仕向けた行為なのだと。
だから風邪を引く(引ける)事は極めて正常な表れであって、風邪すら引けなくなったら、それはもう重症なのだと。
なかなか斬新な考え方だせ。 だけど妙に説得力があるぜ。

皆さん、風邪は出来る限り、暖かい格好して睡眠をしっかりとって、自分の体で治そうぜ。


子供に ('04.08.18記)

2年前、俺も一端に人の親となった。
そこから更に2年前、予期せぬ突発的な病気で、俺は父親を亡くしている。
“父と息子”という親子の立場は、この数年のうちに(両方を同時に味わうことなく)逆転してしまった。

 俺の子供時代を振り返ってみるに、人生の節目節目で父親から助言を得たり、色々なことを学んだりした憶えは、あまりなかったような気がする。 父の生き方に影響を受けたわけでもないし、尊敬したこともなかった。(親父ごめんっと。)
だからといって別に嫌いだったわけではない。日常会話や、子供の頃のキャッチボールはよくした方だと思う。でも充実度が乏しいというか、どこか希薄な親子関係であったかもしれない。
周りの友人らにこの事を話してみると、「俺も親父とはあまり話をしないなぁ」などと似たような答えが返ってくる。
案外、こういう状態の“父と息子”というのは多いのではないだろうか。

 さて、そんな自分が今度は父親となったわけだ。これから子供とどう接していこうか。特に、明快な教育論など何も持たないけれど、出来れば父とは又違うタイプの関係を築きたいと思っている。
俺なりに考えていることが2つばかりあって、それを挙げてみたいと思う。

1.『期待しない』
 なんで?と思った方もいるだろうか。
でもこれは決してネガティブな考え方ではないのだ。
 親の見栄や期待ってやつは、子供には結構プレッシャーになるらしい。
期待にあえて応えようとする義務感が生じてしまうということなのだね。
人は、もっと自分らしさ(才能や楽なやりかた)を発見し、本来の自分でないもの(周りの期待や見栄など)があれば、手放してあげなければいけないそう
だ。親に認められようと頑張ることをやめ、自然といろんなことを楽しくできるようになったら、それが理想的ではないかと思う。
 そもそも、親が子供に何かを望むのはおこがましい事なのだと、ある作家(たぶん五木寛之(笑))が言っていた。子供は、生まれてきてからスグに、親にいろいろと素晴らしいものを与えてくれる。ただ笑ったり、喜んだりするだけで、大人達は大きな幸せをプレゼントされているのだ。それ以上、望むのは寧ろ親の身勝手なのだと。
 今、この時期をしっかり記憶に留めておいて、いつまでも忘れないようにしたいと思う。

2.『反対しない。』
 人は誰でも夢を見る。子供が大きくなって、どんなに壮大な夢を言い出したとしても、俺は絶対に反対はしない。
 例えば、オリンピックで金メダルを目指す,歌手になる,大リーガー選手になる等、一見、才能と照らし合わせてみて実現は相当難しいだろう…、と思え るような事を言ったとしても、『無理だ』,『やめなさい』,『もっと堅実な道を選びなさい』等の否定的な言葉は決して言うまい。『頑張れ。応援して いるよ。』とだけ、言おうと決めているのだ。
 多分、我が子の心配を思い、進もうとする道を堅実な方へと誘導する親も多いのではないかと思う。親の言葉は子供にとってはかなりの影響力がある。
それによって、“所詮、夢なんて一部の特異な才能がある人にだけ叶えられるものだ”と自らの枠を制限してしまい、将来自分のやりたい事を成功できるかどうかの可能性すら試さないで諦めてしまうのではないだろうか。
 そうではなく、自分で決めたことは納得の行くまでやってみて、1度や2度の失敗でも簡単にあきらめずに、それを乗り越え、挑戦し続ける夢追い人にな って欲しいと、願っているのだ。
 なぜなら、正直言って自分の今までの生き方にも多分の反省があったし、さらに最近読んだ本田健さんの著書に書いてあった以下の言葉が俺の胸に突き刺さっていて離れないからだ。
 「人生は短いのだから、好きなことをやりなさい。リスクをおかして飛び込んでいきなさい。なぜなら、年をとって悔やむのは、何かをやったことより、 何かしなかったことの方だからだ。君は、自分の墓に、『リスクを怖がって何の失敗もせずに、退屈な一生を送った惨めな男ここに眠る』と書かれたいのか? それとも、『リスクをおかして自分の運命を切り開き、自らと多くの人を自由に、そして豊かにした誇り高き男ここに眠る』と書かれたいのかを決めなさい」

 こんな時代だからこそ逆に、世間の常識にとらわれず,思い通りに生きていって欲しいと願っている。
ぬぁ〜んて、ちょっと偉そうに述べてしまったけれど、果たしてうまくいきますかどうか‥。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
最近ではライブでの俺を真似て、ギター代わりに布団叩きを持って、およそ歌らしからぬ歌を大声で唄って、終わったら「パンプー!」(サンキューの意)と言ってギターを置く。 そんなオンステージを何回も繰り返し行うので、思わず笑ってしまった。
それじゃあと云う事で、先日子供用のウクレレを買ってやった。 布団叩きからウクレレに格上げだ。 相変わらず、オンステージは開催される。

俺は…父親としては失格かもしれん。 だけど何処に居ても、どんな時でもお前さんの事は見守っててやるぞ。


本物のロックは決して錆びはしないぜの巻 THE ROCK ODYSSEY 2004〜THE WHO初来日('04.07.30記)

去る7月24日、横浜総合競技場にて、THE ROCK ODYSSEY 2004を6人で観に行ったぜ。
以前観に行ったFUJI ROCKのように、このイヴェントは国内外から様々なアーティストが参加する夏のロック・フェスティバル、だぜ〜。
ナビゲーター役はジョン・カビラだったぜ。(それはさておき!)
24,25日と2日間行なわれたのだが、僕らの行った24日は、 朝の11時、LOVE PHYCHEDELICOで始まり、夜9時頃、AEROSMITHのステージで幕を下ろした。
とにかく、その日の俺の目的は『THE WHO』だ。
この偉大なロックバンドは信じられないことに今回が日本初公演なのだ。観に行かない手はない。
THE WHOといえば、古くは“ウッドストック”,“ワイト島”,“モントレー”等、
フェスティバル系のコンサートでは、どれも最大級の賛辞を浴びてきたスーパースターだ。
ところが、この日のトリはWHOではなく、AEROSMITH。
おいおい。 有り得ねぇ…。 (笑)
確かに、AEROSMITHも芸暦が長いし、ステージも素晴らしかったよ。
けどね、さらにその10年以上も前に結成された、このグループとは違うんだな。

さて、当日はオープニングのLOVE PHYCHEDELICOのステージから観たぜ。
彼(彼女)らの音楽はここ最近のJ-POPアーティストの中では、群を抜いてセンスがいい。
俺らは、今日の楽しみのひとつにしていたのだ。
“ホテル・ヴィーナス”の主題歌となった『EVERYBODY NEEDS SOMEBODY』で始まり、2曲目でいきなり、bOB DYLANの『LIKE A ROLLING STONE』を演りだした。
ほぉ〜。やるなぁ〜、という感じで聴いておったが、その後なんと、NEIL yOUNGの『ROCKIN' IN THE FREE WORLD』まで演リ始めたもんだから、 もう驚いてしまった。 おぉー!!っと盛り上がったね。 この前俺らがライブで演ったばかりの曲。本日のROCK ODYSSEYで、ニール師匠の曲を聴けるとは夢にも思わなかったよ。
その後、このクソ暑い会場にずっ〜といるわけにはいかず一旦退場。
チケットをリストバンドに変えて入退場は自由なのだ。
で、一緒に行った他の仲間の半分は稲葉浩志のライブが目的だったので、そのステージから再入場。
本日は、B'Zではなく稲葉浩志のソロだった。 出だし間違えて失敗しても、うまくいっても、女性がキャーキャー騒いでおり、うらやましい事この上ない。(何の話だ。笑)
しかし、P.Aがイマイチ良くなかったのが、ちょっと残念だったな。
ミキサーはもっとこの日の他の国外アーティストの「いい音質」をしっかり聴いて学んで欲しいものです。
兎に角、やたら音圧ばかりデカくて、各楽器の音が全然ヌケてこない。 日本人のミキサーってよくこういうミスするのよね。。

そして、次はついに…、待ちに待った『THE WHO』の登場だ。
ここ最近のThe Whoのステージはビデオ等で確認しているのだが、デビュー曲の《i CAN'T EXPLAIN》で始まる事が多い故、今日もそうではないかと予想をつけていたのだが、やっぱりその通り!!
おぉー!ピートだ。 ロジャーだ。2人ともずいぶん歳を取ったけど中々格好良いぞ。
おぉおー!、ピートが、腕をブンブン振り回して、ウィンドミル(風車)奏法をしているぞ!
そして間髪入れず2曲目に『SUBSTITUTE』!
おぉおぉ! 往年の名曲が今、目の前でバンバン演奏されてるぞ!
《BABA O'REILY》,《WHO ARE YOU》,《5:15》,《MY GENERATION》と更に続くTHE WHOの世界に、もうシビレまくりのビビリまくりよ。(笑)
さて、アンコール前、最後の曲は《WON'T GET FOOLED AGAIN》
あの有名なイントロがシンセサイザーから奏でられるや否や、もう会場は興奮の坩堝だぜ。
この曲が終わると一旦、ステージを去り、アンコールで再登場した最初の曲は…、あぁ!! このナチュラルサウンドの早いカッティングは?!!
《ピンボールの魔術師》だぁー!  かぁー、たまらん!
そして、《SEE ME FEEL ME》から《LISTENING TO YOU》と続き、ロックオペラ『トミー』の世界へ…。 懸命に歌うロジャーのボーカル。生で聴くと熱いものが込み上げてきたよ。
そして、最後の最後になんと信じられない光景を聴衆一堂は目にしてしまうことになる。
ピート・タウンジェントが、やりやがったよ!
今まで弾いていたギターを思いっきり、ぶっ壊しやがったよ! す、すげぇ!
デビュー当時から数年、WHOは他のバンドと差をつける為(というか目立たせる為)にステージ上で、ギターやアンプやドラムを最後に叩き壊すというパフォーマンスをやって、それが有名になっていたわけなのだが、歳も取ったし、バンドも不動の地位を物にしたし、も〜そんな事やる必要もなく、実際、ここ数十年はやってこなかった(はず。)
ところが、ところがだ! この日、日本初来日の為か?理由はよくわからないが、さっきまで使っていた、シルバーのストラトキャスターを足元のモニターに思いっきり叩き付けて、壊してしまったよ。
もうビックリだよ。とにかく信じられなかったよ。
だって、あのストラトはここ数年のライブで使っていて、ライブビデオとかでも観てたのだんだから。
それをここ日本、横浜総合競技場のこのステージで、ぶっ壊しやがった。
会場は、異様な盛り上りだよ。
最高だ! もう最高! この日ここへ来て、『THE WHO』のステージを体感できたことは、一生の宝物だ。
今年で結成40年を迎えたこのバンド。 40年前の楽曲は少しも古臭さを感じさせない。
まさに本物のロックだ。 本物の音楽は何年経っても、決して錆びる事はない。
Rock'n Roll is Never Die!


エコ野郎は行く('04.06.20記)

最近のプチボヤキの方にも書いたので、読まれた方もいるかもしれないが、俺はメーンバンクの通帳を思い切ってペーパーレスの『WEB通帳』というのに変えてしまった。
時代だやねぇー。 今やそんなシステムに移っていくのかねー。
元々、通帳なんかあまりマメに記帳しない方だった(というか記帳出来る時間帯にあまりCD機へ行けない)ので、偶に通帳をCD機に入れるとなかなか記帳が終わらず苛立たしい事この上ない。後ろは支えて迷惑千万、といった状態をその度に味わった。
その割には、残高以外は後であんまりチェックしないんだよね。

そこで、この『WEB通帳』だ。
パソコンや携帯電話で「アクセスする新しいカタチの通帳」ということで、自宅でも外出先のパソコンでも契約者bニパスワードさえ打ち込めば参照できる。
デザインは色など自分でカスタマイズできて、普通の取引情報の表示の他、カレンダー表示機能というものもあって、この画面にすると1ヶ月間で自動引落しがいつ行なわれているのかも再確認しやすいし、さらには自分でメモを残すことができるのだ。コイツは非常に便利だ。
さらには、色々な特典が盛り沢山。 WEB通帳に変えるだけで、まず500ポイントが付くのだ。
このポイントは、“インターネットバンキング” つまり、ネット上での振込みや振替などを行なう場合、振り込み手数料に使えるわけね。
そうなると振込み手数料は最大30%安くなるのだ。
更には、時間外の引出し時にかかる手数料がタダになってしまうというのも凄い。(但し、同じ銀行のATMと直提携のコンビにATM限定)

でもね、一番の利点というか、最大の効果は“環境にいい”ということなのだ。
現在、この銀行では、年間約800万冊(160t)の通帳を発行しているという話。これはA4サイズの紙に換算するとなんと約4,000万枚分!
だから紙を使わないWEB通帳ってやつは、“環境にいいこと”のひとつになるわけだぁーね。(受け売り)
どうだい? ひとりひとりの小さな努力が大きな力となって、この地球を守っていくのじゃぞ。
これは、決して大袈裟な事を言っているわけではないぜ。

最近、こと環境にいいことを提唱している俺の好きなミュージシャンやアーティストは結構いるぜ。
この前、久しぶりに歌を聴きに行った白井貴子さんなんかも自らを「エコ野郎」(笑)と言って、皆に地球の大切さを歌っているし、
あと、最大級の影響を与えてくれたグレイト・アーティスト『ニールヤング』。
彼も凄い。最近では,“環境に優しいライブツアー”として、大豆油とリサイクル・オイルを使ったバイオディーゼルで走るバスとトラックで各地を公演しているという。
石油を使用せずに北米の各地に物資が運搬できることを証明するという。しかも、環境を破壊することなくと。
「口だけじゃなく、実際に行動しなきゃ」と語ったあたりは素晴らしいよね。
僕はやっぱり、音楽のみならず彼の人間性がことごとく好きなのだなぁ〜。

あ、WEB通帳化から始まったこのお話は、結局はいつものようにニールヤングを絶賛して終わってしまったね。(苦笑)


テニスを楽しく始めたぜ。 ('04.05.11記)

最近、バレーボール倶楽部も人数があまり集まらず活動が儘ならない。
それに嘗てのような盛り上がりも勢いも無くなってしまった。
うーむ…。なんだかんだ云って一番楽しかった頃は、みんなで合宿に行った'94年頃じゃないかな。(10年も前か。。しばし感慨…。)
あの時の楽しい思い出はなかなか消えるものではない…。
はぁ〜。 バレーってやつは楽しい事は楽しいが、欠点は時々、突き指をする事ぞよ。 前回のバレー時にも久々に左手の人差し指を突き指してしまい、今、凄くギターが弾きづらいぜよ。 左手の人差し指はギター演奏においては結構重要なのだ。
嗚呼、モチベーションが少しずつ下がっていく…。

そこで! それに代わってというわけではないが、テニスをとうとう始めてみたよ。
そもそも中学時代、俺は軟式庭球部だったのだー。(今はソフトテニスって言うんかいな?)
まぁこの時はいわゆる部活特有のシゴキやらなんやらで楽しくテニスをしたという思い出が、ない…。
しかし、やっぱりスポーツというものは楽しみながら行なう、というところに本当の意義があるっ!
というのがここ数年の俺の理念なのであって、あの頃楽しく出来なかったテニス を目一杯楽しみたいと思ったわけね。 勿論今度は硬式で。
で、そう思って新しくラケットを購入したのが彼此2年近く前。(アハ)
昔に比べて ラケットの質が凄く進化しているのには単純に驚いたものだった。
中学時代俺様が使っていた、木製のラケットなんてもう何処にも見当たらないっす。(笑)
今や、カーボン、グラファイト、さらには形状記憶・超弾性合金のニッケルチタンなどなど。
持ってみて、びっくり。 当時の軟式のラケットより今の硬式のやつの方がずっと軽いんじゃないか。
僕が買ったラケットはYONEX『マッスルパワー5 オーバーサイズ』というモデルで、とにかく面がでかい!( 空振りしないわよ。)
素材は超高弾性カーボン+アルティマムチタン!(なんだか凄い。)
それがようやく今、日の目を見たと言う事なのじゃよ。(しかもなんと、もう今は製造終了! 進化の早さに驚。)

さてさて、今回行なった場所は稲毛海浜公園内にあるテニスコート。
久しぶりだから、疲れるかなぁと思っていたけど、いや〜楽しい楽しい。
周りから観たら、“それでもテニスかよ”って思われる程、下手っぴで、走り回って、てんで様になって なかったけど、本人達が楽しんでやっているのだから、それでいいのであーる。
そのうち、教本やらビデオやら買ってフォームでも研究でもしてみようかね。
俺は、直ぐにハマってしまう性質なんでね。 真剣にやればやるほど、今後、壁にぶち当たったりして悩んでしまう時もくるのだろうね。(笑)

最近はテニスコートの予約もWEBからできるようになったので便利だぜ。
まぁ、毎月抽選なのだけど、第3希望まで予約しておけば引っかかる可能性も大ってなもんさ。

これからも出来る限り続けていきたいぞ!と思う。
参加メンバー求む。(上手い下手問わず楽しみたぁ〜ぃん!という、そんな貴兄へ)


いつかの日記 part2 ドカロッチと秘密の部屋より ('04.04.27記)

マッサージチェアー
欲しいのに。金がない。
そりゃ、そうだ。
あれ、高すぎ。
で、
今日も、近くの電気屋へ。
ああ…。
揉みほぐしています。
最近の機種はすごい…。
ガッチリ肩つかみ揉み。。
本当に人にやられているよう。
うっとり。
夢見ごこち。
なら…。
毎日、来たらええやん!
 

五穀米
五穀米が体にいいというので。
なんとか食べたいと思ったのでー。
大麦、小麦、大豆と…。
あと、なんだっけ? (爆)
まぁ、よい。
まぁ、よい。
 

「五穀米その2」
五穀米の種類が全部わかったぜ!
ごこく【五穀】‥‥
代表的な 5 種の穀類。米・麦・粟(あわ)・黍(きび)(または稗(ひえ))・豆をいう。
のだそうだ。。
え?
だから何だって?
健康なんだからさ。。
皆で、食べようよ。。
(o^-^o)

Birthday
今日は、なんとニールヤングの59歳の誕生日だ。(03.11.12)
日本で迎えたわけだにゃ。
で更に、本日福岡で公演。なんか祝うのかな。
以前、誕生日当日のコンサートの時は、ステージ上でクレイジーホースの面々がBirthday Songを歌っていたけど‥。
今日もやるのかな…。

武道館2日目
今日は、ニール・ヤングの武道館二日目。そして日本公演の最終日でもあった。
今日でニールとお別れかと思うと、言いようのない寂しさに襲われる。
さて、二日目の内容だが前日と同じ二部構成。
一部はニューアルバム“グリーンデイル”のロックオペラ劇。
二部は往年の名曲。
で、今日はアンコールが、昨日より二曲多かった。
名曲『ライク ア ハリケーン』が演奏され、会場内はまさに『Hurricane Over JUDO Arena』となった。
もう圧巻!(@_@)
やっぱり彼はミュージシャンズ、ミュージシャンだぜ! また会いたい。(;o;)

空虚
あれだけ楽しみにしていたニールの日本公演が昨日で、終了してしまったので、本日はフヌケ状態。
一日中、寝てました。
今日は勘弁してください。

『俺たちの旅』〜30年後
今日は、『俺たちの旅』〜30年後を観た。
ボクは、嘗てこのドラマから人生の色々なことを学んだと言っても決して過言ではない。
以前、75年から1年間放映したドラマは再放送で何回も観たし、10年後、20年後の特番もしっかりと見た。
グズ六,オメダ,カースケの友情は変わらず厚い。
男女間の愛情よりも。。
今回、金沢碧演じるヨウ子が、亡くなったということで、回想シーンには、かなり泣けた。
いつもこのドラマを見ると、楽しさと優しさと、悲しさが一つになって、なんとも言い様のない感情がこみ上げてくるので、、、
たまらない。。
単に、フィクションドラマでは済まされないような感がボクにはある。
ああ、人生は、 ああ青春は、、
燃える陽炎か。。。

「どいつもこいつも節」
ったく〜、どいつも、こいつも、ろくなもんじゃねぇと、お嘆きの貴兄へ…。
他人に期待すぎると不平不満の嵐となってしまうので、要注意でしゅ。
そんな事を自分に言い聞かせてみても、あー、風が吹いているだけぇ〜。

「未来」
未来、どうなってしまうのだろう。
未来、結局、心は本当に求めるべき所へ向かおうとしているのであろう。
未来、いろいろなしがらみやら、世間の常識やら、その辺が純粋な心の叫びをどうやら邪魔するようだ。
未来、
ああ、どーなるのだろう

『野獣』
知り合いのライブを観に東高円寺まで出向いていった。
『野獣』というバンドなんだけど、このあまりに凄いライブに度胆を抜かれた。
奴らのエンターテイメント性は中々素晴らしかったぜ。
決して人並み外れて、演奏がうまいわけでもなく歌がうまいわけでもない。
けれど、そんな事は全然重要な事ではないのです。
どれだけ、客が楽しめるライブを出来るか? それこそが素晴らしいアーティストの条件なのです。
今日は、そんなことを考えてしまった日だった。


ああ、これでまたぞろ歳をとる〜 ('04.04.08記)

ああ、一年なんてあっと言う間に経っちまう。 本日をもってまたひとつ歳をとってしまった。
まだまだ自分じゃ若いと思っているが、世間一般で言ったら立派な大人…、なんていうのを通り越して、もう完璧な中年だよ。
まいったな。 俺はこんな状態で生きていていいのだろうか。。 
さて、本日は『裸の大将』で有名だった芦屋雁之助さんが亡くなったというニュースがありました。昨日の話らしいです。
僕の誕生日は、よく有名人が亡くなります。
ちょうど二十歳の時の誕生日には、アイドルの岡田由紀子さんがビルから飛び降り自殺をしました。
当然、僕の誕生日どころではありませんでした。 
そういえば、僕の大好きな吉田拓郎。 拓郎の誕生日は僕と非常に近いのだ。 4/5なのだ。 って事は3日前に、58歳!になったわけかー。
一の位はいつも僕と同じなので覚えやすいぜ。
今年の夏(7/24)は、拓郎はなんと“つま恋”でライブをやるね。 さて、行こうかどうしようか…。


ライブは斯く斯く成功した也。 ('04.04.04記)

昨日は、松尾一志&岡野竜一のジョイントライブであった。
数日前から僕は、風邪を引いていたので、それが結局治らず体調はあまり良くはなかったが、 それでも、いや、それだからこそ、昨日のライブは粉骨砕身頑張って演ったわけで、、そして本当に楽しかった。
3月の初旬から毎週火曜日の夜、松尾氏とスタジオ入りして練習していたのだが、 音楽の趣味もあってか、そして何より彼の音楽に対する真面目な姿勢が
一緒にやってて、凄いやる気を起させてくれて、いつも良いモチベーションが保てた。
兎に角充実した日々でした。
そんなわけで音楽談義についつい花が咲いてしまい、練習時間が少なくなってしまった、なんて日もあったけれど、それはそれで又楽しいわけさ。
で、昨日の本番を迎えたわけだけど、いつも以上に松尾氏のMCが冴えていて、 いい感じに会場がHOTとなって楽しいひと時を迎えられた。
曲目は、主に昔のフォーク、歌謡曲、そしてビートルズ。 詳しい事は後日、ライブレポートとしてまた別ページに設けるが、 途中、楽譜を倒したり、ギターを倒して、チューニング狂ったまま、次曲を演奏してしまったり等数々の失敗はあるけれど、 そういうのを含めて、お客さんも楽しんでくれたようだ。
まだまだ俺自身の演奏能力は発展途上なわけだけど、今回についてはハッキリ言ってしまおう。
何かの都合によりお越し頂けなかった方々、今回は少しばかり、観れなくて損をしたハズだぜっ。


国民に愛された人  ('04.03.22記)

先日、いかりや長介氏が亡くなった。享年72歳だそうだ。
若き日から長年、ドリフターズとして活躍し、近年では俳優として燻し銀の演技力をもって、 かなり観ている者を魅力しましたよね。
僕も、子供の頃からドリフの番組にはかなり夢中になって見ていましたね。
なんていったって、キャンディーズが相当好きだったからね。
で、殆どの人はあまり知らないと思うけれど、8時だよ全員集合が終わってから、 まもなく、いかりや長介氏は、『踊る大走査線』に出るより、何年も前に同じ刑事物に出演していたんだよん。
知っている人はいるかな?  タイトルは『ベイ・シティ・コップ』といって出演者は藤竜也,世良正則, 石川秀美(秀美ちゃんが連続物に出るなんて後にも先にもこれだけなんじゃないのか…?)等。
その中で、いかりや氏の役は彼ら型破りな刑事の上司で、黒ぶちの眼鏡をかけていつもガミガミ怒っている感じの役。
とても燻し銀とは、まだ程遠い、まるで全員集合のコントでドリフの面々を怒っている時の雰囲気、そのままでやっていた。
『踊る大走査線』の“和久さん”と比べるとあまりにも違うので面白いぜ。
もし、これが放送される事があったら、観てみるといいよ。
そんないかりや氏なのだけれど、彼はずっと音楽の事を考えていて、本当は真面目に音楽家として、 ベーシストとして、やりたかったというようなことを寺内タケシがインタビューで語っていたなぁ。
そういえば遺影はCM時のベースを弾いている時の渋く格好いい顔。
お通夜にはファンの人も詰め掛けて、3000人位集まったのだとか。それだけ国民全員に愛されたということでしょうか。
役者冥利に尽きるのじゃないでしょうかね。

はぁ〜、ところで本日は俺の親父の誕生日。生きていれば66歳か。
亡くなった時は62歳だったから、いかりや氏よりも10歳も若くして逝ってしまったんだなぁ。 サミシイものだ。 うーん。。


17年ぶりの来日 プリテンダーズ in JAPAN  ('04.02.14記)

とうとう待ちに待ったプリテンダーズのライブを観ることが出来た。キャー。
なんと17年振りに日本に来たらしい。 勿論、僕は今回が初めてであって、 この数少ない機会をうまく物にしたのは、ラッキーだと思っている。
チケットはなんと昨年の11月、ニールヤングのコンサートを観た日本武道館の会場にて購入した。
同じウドー音楽事務所が取り扱っていたわけなのね。
前々から俺は、クリッシー・ハインド(プリテンダーズのリーダ)の作る音楽のセンスの良さ、素晴らしさを高く評価していたし、 また女性ミュージシャンであそこまでギターを弾く“カタチ”が格好良く決まっているのは彼女ぐらいだろう、思っていた。
さてさて、今回のライブなのであるが、場所は渋谷公会堂。
俺は当日、会場に入るまでは日本のファンなんてあんまりいないのじゃないか?  客席はスカスカじゃないのか? 盛り上がらないんじゃないのか?など不安だったのだ。
ところが、そんな不安は完全に打ち消された。
彼らは素晴らしい、ステージをやってくれたのだ。
客はもうノリノリ。 ドラムスは初代プリテンダーズの時からずっといる、 マーチン・チェンバース。 彼のドラムは中々ダイナミックで素晴らしかったぜ。またお茶目で可愛らしかったぜー。
そして、なんと言ってもクリッシーハインドのあの素晴らしいボーカル。
今年、50歳を越えているとはとても思えない、“若さ”、“スタイルの良さ”、 昔となんら変わっていないじゃないかと、僕は驚いた。
彼らの代表曲はほぼ全て聴く事ができて大満足。
初のセカンドにしてオリジナル曲でヒットした『kids』,俺らのバンドでも何回か取り上げた『BACK ON THE CHAIN GANG』,途中バンド演奏を止めて、ジャズ風のノリに変えて楽しませてくれたヒット曲『Don't Get Me Long』,そして素晴らしいバラードの『I'll Stand By You』, アンコールのラストは『Brass In My Pocket』。
もう全てが、涙、涙もん、だったよ。


ライブレポート(ニールについては、書かねばならぬ。) ('04.01.29記)

気がつけば早いもので、年が明けて2004年。 しかも1月も終わろうとしている。
思えば、このボヤキのコーナーも昨年暮れから随分サボってしまったわけだぜ。
まぁ、その代わりと言っちゃあなんだが、プチボヤキというのをモバイル用のサイトで毎日欠かさず更新していたので、記憶を思い起こすのには凄い便利というわけだ。

さて、昨年から今年にかけては実にいろいろなコンサートを観に行く機会があった。 それはもう、千差万別だったよ。
以下にその行ったライブと簡単なコメントを掲げてみようと思いまする。

・TUBE:毎年恒例、真夏(8月)の横浜スタジアム
もうこのライブは何年連続行っている事になるのだろう。
最初はとてもボク好みのバンドではなかったので正直行くのが苦痛だった時期もあったが、毎年行っているうちに、慣れてしまった(笑)、
というかこのバンドの良さがわかってきたよ。
彼らは演奏も歌も上手い。 特に春畑道哉のギターは本当に上手いよ。 彼が楽曲のほとんどを作っているのだね。
しかも昨今のJ−POPよりよっぽどしっかりした音楽作りをしていることが遅まきながら解ってきた。

・吉田拓郎&BIG GROUP by SEO: 癌からの生還した彼の10月からのツアー(東京国際フォーラムA)
元々は7月に行うはずだった拓郎のライブ。 突然の肺腫瘍の摘出手術の為、10月に延期。
肺を(5分の1だったかな)とってしまった、拓郎の声量、肺活量は・・?
これが、凄かった。 とても伸びやかな歌声だった。 あいかわらずの健在な拓郎節を聴かせてくれた。
名曲「どうしてこんなに悲しいんだろう」には、思わず涙したぞ! 
バックは大所帯の瀬尾一三率いるブラスセッションバンド。 そのサウンドはぶ厚く、名盤LIVE73を彷彿させるようなアレンジで「落陽」を聴けたのは感動。
担当医と看護婦が会場で見守る中、1日2回のステージ(合計4時間)を歌い切った拓郎。 凄い。 拍手。

・ニールヤング&クレイジーホース来日ツアー(日本武道館・2日間連続(11/14、15))
ニールヤング緊急来日のニュースが飛び込んできたのが8月の後半。 フジロックからわずか1年半余りだったので、本当にビックリした。
今回は、それ自体が一つのストーリーとなっているNEWアルバム『グリーンデイル』からの全曲をミュージカル仕立てで演奏した前半部と、従来の名曲(涙、また涙)で構成されるの後半部という二部仕立ての構成。
一言。泣いたよ。 初日にニールが出てきた時は、案の定目頭が熱くなったよ。 もう感情の昂りがどうしても抑えられない。 こればっかりは冷静ではいられない。
そして、何よりも音質が最高に良かった。 ここに掲げて他のすべてのライブの中でも、やはり群を抜いて良かったと思う。 クレイジーホースも本当に年季の入った素晴らしいサウンドを生み出すバンドだなぁと、改めて認識してしまった。
まさに ROCK’ROLL IS NEVER DIE! である。

・知人の友人バンド・レベッカのコピーバンドのライブ(秋葉原)
楽しかった。 レベッカの曲を生演奏で聴く機会というのは、これが始めて。
今聞いても古いとは思わない。 やはり当時からレベッカの楽曲というものは、かなり斬新なものだったのだなぁ〜と思ってしまった。
歌っていた娘も可愛くて、好感が持てたぞ。

・布袋寅泰のツアー(11月下旬)(市原市市民会館)
コレは、予想外の参加。 『ドーベルマン』というNEWアルバムのライブツアーなのだけど、このアルバム曲が結構重々しい。 最初、なんかのミサかよ!ってノリだった。
「世界一のロックコンサートへようこそ」だの、「金も女も名誉も手に入れた俺だぜぇ〜」だの、彼のナルシストぶりに苦笑。
懐かしの『さらば青春の光』をやったのは、良かった。

・12月、チューブの『冬でごめんねツアー』(東京国際フォーラムA)
夏のイメージしかないTUBEの屋内ライブを観に連れて行かされたのは、これが初めて。 バラードが中心のこのライブ。 これがかなり良かったのだ。 上手さに感心させられた。 なかなか盛り上げどころにも壷を得ている。
ファンではないのにも関わらず、今回行ったコンサートの中では、素晴らしい内容だったと自信を持っていえよう。

・1月2日早々、女子十二楽坊来日ツアー(日本武道館)
新年早々、行って参りました。 この手のサウンドはCD買って聴いていれば、それで満たされると思っていたので、当初あまり行くのを乗り気ではなかったのだが、いやいやどうして! 生で聴くと迫力があって凄かった。
兎に角、彼女達はうまい。 そして、琵琶担当の子の笑顔が可愛い。
日本のカバー曲も多かったので飽きずに本当に楽しませてもらった。
個人的には、JAZZのカバー『TAKE FIVE』は素晴らしい。
しかし彼女ら13人だったとはな。。驚きだぜ。

・1月24日 ハロープロジェクト・コンサート(モーニング娘。他  なっち卒業記念(横浜アリーナ))
いやいや、いくらなんだって、もうあたしゃ、アイドルなんかとっくに卒業してますよ。
がしかし、訳あって、このライブを行くことになってしまった。
生ヨッシィー(気に入っているのね。)も観れるし、生あややも観れる。 プチっと楽しみだったわけよ。
で、実際行ってみるに、会場を埋め尽くす観客のペンライトが場内に色とりどりに輝きまくり本当に綺麗だったなー。 びくーり、したよー。
内容も中々楽しかったぞ。 いったい何種類のグループ、ソロがあったことか。。
途中で、マット体操のコーナーやら、ドリフの8時だよ全員集合を彷彿させて面白かった。
で、実は今回でなっちは卒業なのね。 会場のなっちコールは凄まじく、また、それに応える彼女の笑顔は素晴らしいかった。
あの笑顔は、ホント人を魅了するぜ。 人を癒すぜ。

さらに、来月2月は待望! クリッシーハインド率いる英国ロックバンド「プリテンダーズ」のライブを行く予定だ。 また詳細は、UPするぜ。

しかし我ながらに、恐れ入ったぜ。(というか呆れてしまったぜ。)
さらに、その合間に昨年は自己のバンドのライブを3月と9月、ソロライブを6月、7月と計4回もやってしまった。
まさに音楽漬けの日々だったわけである。


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