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Gallery(2006年)




【レインボーブリッジ】

レインボーブリッジは東京都港区の芝浦と台場を結ぶ吊り橋。1987年着工、1993年竣工、同年8月26日開通。橋長798m。
「レインボーブリッジ」の名前は一般公募により決められたもので、正式名称は「首都高速道路11号台場線・東京港連絡橋(臨港道路)」である。名称のとおりの、美しいライトアップで有名。
有名なレインボーブリッジだが、意外と知られていないのが遊歩道の存在。南北の2つのルートに分かれていて、ノースルートからは都市の高層ビル群が、サウスルートからはお台場から富士山までを望むことができる。
周辺がライトアップされる夜の散歩もオススメだ。もちろん入場無料。自転車での通行は不可。
 


【本栖湖の日の出】

四季折々の自然とのシンフォニー、富士の眺めは見事ですが、5千円札裏面の富士山は本栖湖の北岸からのもの。お札をかざして実際の風景と比べてみてください。
その絵のようなすんだ湖面に映る逆さ富士は、冬の早朝によく見られる湖面美術といえましょう。
また龍が天に昇るという伝説のある竜ヶ岳が湖畔に接してそびえ、神秘的な雰囲気を醸し出しています。
初秋のフジアザミに彩られた湖畔の道も、本栖湖ご自慢の風物詩。
静かなたたずまいの中に、訪れるたびに新しい発見がありそうな情景が広がります。




【西湖いやしの里根場】

西湖根場はかつて富士を望むかぶと造りの茅葺き集落で、日本一美しいと言われてましたが、昭和41年の台風26号の甚大な被害を受けてほとんどが消失してしまいました。
平成15年町村合併を機に昔懐かしい茅葺き集落『西湖いやしの里根場』として甦りました。
霊峰富士と神秘の森青木ヶ原樹海を望む西湖の地に茅葺きの里が"いやしの里"として甦ります。
西湖いやしの里根場は西湖の最西端。根場地区にあります。
富士山が綺麗に見える傾斜地に日本の古民家が立ち並びます。


【大源太キャニオン】

魚野川支流の大源太川上流に大源太キャニオンと呼ばれるアウトドアスポットがあり、その中心である大源太湖には、湖畔を一周する約1.5kmの遊歩道が整備されています。途中、四十八滝や吊り橋などもあり、湖面に映る錦絵のような紅葉が楽しめます。
車を降り立つと、耳に響くのは、滝の音。ふと見上げれば、視界がいっぱいに広がる山々と緑、そして抜けるような青空。
それが、大源太キャニオン、湯沢の大きな自然をまるごと体感できます。
新鮮な空気に包まれてのキャンプは、まさに理想のアウトドアライフ。大源太湖へボートで漕ぎ出せば、聞こえてくるのは風の音と魚のはねる音だけ・・・。湖の周囲には1.5kmの遊歩道もありハイキングも楽しめます。体力づくりには大源太山の登山が最適です。




 


【奥只見湖】

奥只見は国定公園内にあります。
越後駒ケ岳、中ノ岳、八海山、荒沢岳といった2,000m級の山々が連なります。
さらに尾瀬の燧ケ岳や至仏山、平ケ岳といった百名山、二百名山が数多くあり、高山植物も見られます。
日本海側に広く分布するブナの木が奥只見の主要な樹木で、その保水力の高さから天然のダムとして、また近年森林浴による癒しの効果や自然保護の代表的な存在として注目されています。
江戸時代〜戦中にかなり伐採されましたが、樹齢200年を越える大木が数多く見られます。
ナラ、トチ、カエデなどの落葉広葉樹も多く、秋には美しい紅葉を見せてくれます。
ニホンカモシカやイヌワシなど貴重な野生動物の生息地にもなっています。
奥只見湖は昭和36年に完成した日本一の貯水量を誇る人造湖。
湖では遊覧船が運航しており、 新緑と残雪のコントラストが美しい5月下旬〜6月中旬(一番おすすめの時期です)から紅葉の10月中旬〜11月上旬まで、ファンタジアという300人乗りの外輪船が美しい風景の中に浮かんでいます。


 


【八海山】

八海山は六日町盆地の東にどっしりと聳え立つ立派な山。
標高 1,778mの勇姿を誇る八海山は、中の岳や越後駒ケ岳とともに越後三山としてその名が知られ新潟県を代表する名山に数えられています。
山頂部の八ツ峰は鋸状の岩峰で八海山の象徴となっています。
この八ツ峰の断崖絶壁にかかるスリリングな19ケ所の鎖場は、手練れの登山者には人気となっております。
八海山というお酒も知られている。
 


【中禅寺湖】

周囲約25キロ、最大水深163メートルの中禅寺湖は、日光を代表する湖である。 水面の海抜高度1269メートルは、日本一の高さを誇る(ただし、人工湖を除く面積4平方キロ以上の湖のなかで)。約2万年もの昔、男体山-なんたいさん-の噴火による溶岩で渓谷がせき止められ、原形ができたといわれる。
発見されたのは天応-てんおう-2(782)年。日光開山の祖、勝道上人-しょうどうしょうにん-が男体山の登頂に成功したとき、山の上から湖の存在を見つけた。
2年後には勝道上人一行が、湖畔に堂を造り神宮寺-じんぐうじ-が建立-こんりゅう-された。以来、山岳信仰の修験者たちが訪れ、船禅頂-ふなぜんじょう-(湖に船を浮かべて読誦-どしょう-し湖畔-こはん-の社堂を巡る)もおこなわれるようになった。そして中世から近世にかけては修験道が隆盛し、男体禅頂-なんたいぜんじょう-も盛んに繰り返された
しかし豊臣秀吉の日光山領没収によって、日光は一時衰微する。再び活性化されるのは、天海大僧正-てんかいだいそうじょう-の来晃-らいこう-(晃=日光の略)と東照宮造替の後だ。
寛保-かんぽう-元(1741)年に行人-ぎょうにん-(禅頂をする人)利用のための茶屋の営業が許可され、文化元(1804)年には湖畔に六軒茶屋ができた。ただし、このころは人が住んでいたのは春から秋まで、冬には下山していた。
大きな変革が訪れるのは、明治5(1872)年に女人牛馬禁制-にょにんぎゅうばきんせい-が解かれてからである。さっそく女性が、中禅寺湖畔や男体山へと登った。明治に入るまで女性がいなかったため、中禅寺で出産が初めて記録されているのは、じつに明治17(1884)年だった。この間、明治9(1876)年に明治天皇が来晃され、中禅寺湖を“幸の湖-さちのうみ-”と名づけている。




【奥日光 湯ノ湖】

湯ノ湖は、三岳-みつだけ-が噴火したときに流れ出た三岳溶岩流によって、湯川がせき止められ形成された。標高1478メートルにできた、せき止め湖である。
周囲が3キロあり、約1時間で一周できる。
湖の周囲には、ノリウツギ、オオカメノキ、ウダイカンバなどの広葉樹と、コメツガ、ウラジロモミなどの針葉樹の原生林があり、変化に富んだ手つかずの自然を満喫できる。
南岸の湯滝のそばには、アズマシャクナゲの群落があり、5〜6月に花を楽しむことができる。
また、東岸には兎島-うさぎじま-と呼ばれる半島が突き出て、小さな湿原があり、ワタスゲ、ツルコケモモなどが生育している。
湯ノ湖周辺は野鳥も多く、冬は湖面にマガモ、キンクロハジロ、ミコアイサ、ヒドリガモなどの姿が見られる。


【奥日光 湯滝から湯ノ湖入り口】

日本百名山のひとつ日光白根山の麓にある湯の湖から流れ落ちる。
湯ノ湖の南端にある高さ75メートル、幅は最大で25メートルの滝。
真っ白に流れる姿が湯に見える事から湯滝と付けられた。
湯の湖のほとりには日光湯元温泉があり、湯の湖一帯もあちこちから湯が湧いているが、滝を流れ落ちるのは湯ではなく水である。
湯滝を流れ落ちた水は日本有数の高層湿原『戦場ヶ原』を流れる湯川となり、竜頭の滝を下って中禅寺湖へ流入する。


【日光 龍頭の滝】

龍頭の滝は、湯滝を経て奥日光戦場ヶ原を流れてきた湯川が中禅寺湖に注ぐ手前にある滝で、幅は10m、長さは210mにも及ぶ。
この滝が流れている岩壁は、男体山の火山活動の末期に噴出した石英安山岩質の軽石流が形成したもので、そもそもこの軽石流は、昔巨大な湖だった戦場ヶ原を一気に埋め尽くしたものがここまで流れを下ってきたのである。
その軽石層を、時に深く、時に浅く穿ちながら、まるで大岩を噛むように豪快に流れ下るさまから、竜の頭に例えてこの名前が付けられたといわれている。


【木曽駒ケ岳 日暮の滝】

木曽駒が岳のしらび平ロープウェイ乗場から山道を歩くこと20分程に、日暮の滝と言うところがある。
駒ケ岳の雨、雪解け水が流れて岩の間を流れてここへ出てくる。
この滝を見るためには、人一人が登れる、細い鉄のハシゴを登らないと見れない。
岩の上の方に滝が見えると思うが、これが日暮の滝である。
周りは紅葉が始まり綺麗な場所である。
滝まで行くには、本格的なザイル等がなければ登れない。
 


【鳴門海峡大橋】

橋長は1,629m、中央径間は876m、幅は25m、主塔の高さは144.3m。橋は上下2層式となっており、上部は片側2車線の道路、下部は将来的に鉄道 (四国新幹線)を通すことが出来る構造となっているが、明石海峡大橋が道路単独橋で建設されたので、神戸からの鉄道が大鳴門橋に通じる可能性はなくなってしまった。
なお、紀淡海峡に鉄道を通し、和歌山から鳴門に至る鉄道について、大鳴門橋を活用しようとする模索は続けられているものの、徳島県では開通時期の目処が立たない鉄道に見切りをつけ、橋の鉄道空間に徳島県立渦の道を建設。
鳴門公園の新たな観光スポットとして人気を集めている。

鳴門市孫崎と淡路島との間の鳴門海峡には、大小無数の渦が巻きます
潮の干満によって生ずるこの渦は春と秋の大潮時に最大になり、潮流時速20km、最大直径20mにも及ぶものがあります。百雷のごとくすさまじい轟音を立てて渦潮が交錯しながら流れていくさまは壮観です。
一般的に、満潮と干潮は1日2回ずつあります。鳴門海峡では、この満潮時と干潮時に渦潮が発生します。また、満潮時と干潮時の前後1時間半が見ごろといわれています。


 


【長瀞 岩畳】

長瀞の岩畳は、荒川の流れ約5キロに渡って展開する日本有数の名勝で地質学の宝庫として知られ、約800mにもわたる岩畳は国の名勝・天然記念物に指定されています。
自然が生み出した見事なデザインとも言えるこれら結晶片岩の岩石群は、長い年月をかけて隆起したもの。それが河川の侵食によってダイナミックな岩畳となったのです。
岩畳を歩くと大小様々な穴があいていますが、これは、ポットホールと呼ばれるもので、岩がまだ河床だった頃、水の渦巻運動によって長い年月かけて摩耗され丸い穴になったものです。
長瀞町を流れる荒川が作り出した、河岸段丘の奇岩群。 長瀞町は年間200万人以上が訪れる埼玉県を代表する観光地。 その代表的なスポットの一つが秩父赤壁と、この岩畳です。荒川の流れに沿って長瀞町内約5kmにわたって展開されています。
地下深くで高い圧力をかけられてできた結晶片岩が、長い年月をかけて隆起、それがさらに河岸の浸食によりつくられたものがこのダイナミックな景観です。
またこの岩畳のある長瀞は地質学的にも大変貴重な土地であることから、日本地質学発祥の地とも言われています。
岩畳は、大昔の海底につもった砂や泥などでつくられた結晶片岩が長い年月をかけて隆起し、荒川の浸食によってみごとな造形として創造されたものだそうでこの岩畳の上には大小さまざまな穴 が見られますが、これは河床だった頃、水に摩耗されてできた甌穴(おうけつ)で、日本一大きいといわれるもので直径1.8m、深さ4.7mにもなります。






【乗鞍高原】

乗鞍岳の東山麓に広がる標高1200m〜1800mにかけて一帯が乗鞍高原
広大な一の瀬園地、自然園の原生林、牛留池等の湖や湿原、個性的な滝、お花畑、牧場など変化に富んだ自然ゾーンと、サイクリングロード、レクリエーションランドなどのプレイゾーンが調和する、明るくのびやかな高原リゾート
【乗鞍高原の観光スポット】
【一ノ瀬園地】乗鞍高原の中心的スポット小川の流れる牧歌的な場所です
【三大滝】三本滝 善五郎の滝 番所大滝とそれぞれ全く違った魅力があります
【牛留め池】原生林の中の神秘的な池です、湖面に映る逆さ乗鞍は必見です
【いがやレクリエーションランド・スイスの森】アルプススライダーやパターゴルフなどファミリーで楽しめます
【白樺峠】穂高連峰から乗鞍高原の全景まで見渡せます
【乗鞍エコーライン】シャトルバスへ乗り換えて行く、標高2700メートル抜群の展望ロードです
【大雪渓】春スキー〜夏スキーまでフリークの聖地
【畳平】エコーラインとスカイラインの合流地点、7月〜8月のお花畑は必見です
【乗鞍岳】北アルプスの最南端、標高3026mの山頂までは畳平から約1時間30分
【乗鞍高原温泉スキー場】さらっさらの極上パウダーが魅力
【おすすめのトレッキングコース】ファミリーでも気軽に出かけられるコース

        
      乗鞍岳最高峰 剣ケ峰 3026m


    乗鞍高原〜乗鞍畳平 見どころマップ


     スライドショウの写真名

@ ユニークな木        A 牛留池

B 牛留池への小道      C 善五郎ノ滝

D 善五郎ノ滝         E 番所大滝 

F 恵比寿岳          G 剣ケ峰

H 山上湖            I 山上湖

J 剣ケ峰山頂への道のり  K乗鞍エコーライン



【桂浜】

高知県を代表する名勝桂浜は、高知市の南、太平洋に面した浦戸にある。
一帯は公園として整備されていて、見どころも多い。
大駐車場近くには、土産、物産の販売所、 世界の珍しい貝を展示するシェルパレス、土佐犬の格闘技を見る土佐闘犬センターがある。
闘犬センター脇の石段を登ると坂本龍馬像が建つ竜頭岬。
岬の先端の石段を下ると、箱庭のような桂浜の風景が目の前に広がる。砂浜に整備された遊歩道をゆくと、大町桂月記念碑や、クジラが泳ぐ水族館として知られる桂浜水族館がある。
黒潮躍る太平洋に面したこの浜は、月の名所として名高く、歌人吉井勇に歌われ、文豪大町桂月にその雅号を与えた。




【足摺岬】

足摺岬は、足摺半島の突端にある四国最南端の岬。
標高433mの白皇山を中心とする花崗岩大地が沈隆と隆起をくりかえし、 長い歳月をかけてできたものです。岸壁には、荒波さかまく黒潮が絶えまなくうちよせます。
その岸壁にたてば、ゆるやかに弧を描く太平洋はかぎりなく美しく、高さ80mにもおよぶ断崖絶壁は思わずのみこまれそうに なるほどの迫力。
豪快にしてダイナミック。熱い国・土佐ならではの自然の雄大さを、心底実感してしまいます。
1914年に点灯されて以来、足摺岬沖を行き交う船の安全を守り続けている。光度200万カンデラ光は38km先まで届く。




【道後温泉(千と千尋の神隠しで舞台となったお風呂場)】

道後温泉のシンボル、道後温泉本館は、明治27年に建築された三層楼のどっしりしたもので、近代的なホテルや商店街の中にあってひときわ風格ある姿を誇っています。
平成6年12月には、近代和風建築としてのすばらしさと保存状態のよさから、国の重要文化財に指定されています。
浴場は二種類あり、1階の大浴場を神の湯、小さい方を霊の湯といい、浴槽は花崗岩でできています。
泉質は、アルカリ性単純泉で、日本人の肌に合うなめらかなお湯。湯治や美容に、多くの人々から親しまれ、明治以来の伝統として暖かい落ち着いた感じを保持しています。
この道後温泉のいいところは、道後に泊まらなくても外湯を楽しめること。もちろん道後の主な旅館やホテルには引湯をしていますが、手ぬぐい片手にわざわざここまで来る人も少なくありません。ここには毎朝一番風呂に入ろうと、時を告げる太鼓の音を待ち構えている「朝湯会」のお年寄りや市民たちがいますが、長い間道後のお湯で肌を磨いてきたせいか、つやつやと顔色もよく元気そうです。こうした地元の人の伊予なまりを聞きながらのんびりお湯に浸るのも、また旅情が感じられていいものです。
2階には、霊の湯のほかに、神の湯を利用する人のための広間(脱衣場)があります。湯玉印のゆかたを貸してくれ、湯上がりには、炭火で沸かしたお茶が、天目茶碗に入れられて出てきます。
また、「又新殿」をはじめ、夏目漱石ゆかりの「坊っちゃんの間」、俳人・河東碧梧桐の書軸などをおさめた「展示資料室」があり、観光客の人気を集めています。




【来島海峡大橋】

来島海峡をまたぎ四国・今治から大島へと渡るこの橋は世界初の3連吊橋で、完成までに約9年の歳月がかかりました。
総延長4kmの三つの橋の雄大さには圧倒されます。第3大橋、第2大橋は世界第14位と15位で、日本国内では明石海峡大橋(世界1位)、南備讃瀬戸大橋(世界10位)に次いで3位、4位の長さです。
海の難所として知られる来島海峡は海の銀座といわれるほど多くの船舶が絶えず行き来し、また橋の上からは渦潮を見ることができます。途中の馬島(有人島)には路線バスのバスストップがあり、エレベーターで島に下りることができます。
来島海峡大橋を満喫できるおすすめの観光ルートは、今治駅・今治港から大三島行きバスに乗り馬島で下車、来島海峡第二・第一大橋を歩いて渡り、橋を下りてすぐの大島・下田水港よりフェリーで今治へ帰ります。
橋の上からのしまなみの風景と、船上から見上げるしまなみの中の壮大な大橋を一度に楽しむことができ、しかも歩く距離が少なくてすむという贅沢なコースです。
車があるなら、今治・糸山展望台と大島・亀老山展望台ははずせない絶景スポット。


【伊予かすり会館】

松山出身の鍵谷カナという娘さんによって始めて作られた伊予絣は、久留米絣、備後絣と並んで日本三大絣の一つに数えられています。
90年以上の歴史を持つ伝統工芸品、その伊予絣の製造工程が見学できるのが、民芸伊予かすり会館です。意図から反物になるまでの工程を間近に見ることができ、その緻密さや複雑さは思わずため息が出るほどです。昔ながらの足踏み式の手織り機の実演も見学できます。




【河口湖天上山 あじさい】

河口湖と富士山の眺望を楽しむなら、天上山公園カチカチ山ロープーウェイがおすすめ!
河口湖を眼下に、正面に富士の雄姿が迫り、さらに、天上山に広がる美しいあじさいの群生の眺め、夏の天上山をあじさいが淡い紫色に染め上げます
ナカバ平にある文豪「太宰治」の碑も必見
7月中旬から8月下旬にはあじさいの花が見頃になります
河口湖天上山のアジサイ公園には色とりどりのアジサイが10万本
アジサイは梅雨時から夏にかけて咲くほどにその色を変化させて咲き乱れます
日本の梅雨の風景として好まれています
土壌の性質によりその色がかわり、酸性の場合は青く、アルカリ性の場合は赤くなります
最近ではガクアジサイ、西洋アジサイの品種も加わり、さらに変化を楽しむことが出来るようになりました




【多摩川台公園の紫陽花】

多摩川を見下ろす田園調布の山の斜面に位置する多摩川台公園です
多摩川台公園は川に沿って伸びる丘陵地に約750mにわたって展開しています
面積が66,661m2と広大なうえ自然林の道、古墳、展望台、水生植物園、四季の野草園、あじさい園、山野草のみち、そしてふたつの広場をそなえるなど見所は豊富です
その中心はなんといっても自然林の道です
起伏に富む園地の多くはアカマツ、ケヤキ、ナラ、クヌギなどの武蔵野の面影をとどめる自然林に覆われています
樹々は年月を経て高々と繁り、その下を幾筋もの小径が走っています
管理事務所の隣にうず高く盛り上がっているところがあります
それは「亀甲山古墳」で、都立芝公園のある丸山古墳と並んで都内では最もよく知られた古墳です
また、多摩川台公園の最高地には、この地域で最古の前方後円墳である宝莢山古墳があります
この二つの前方後円墳は向き合う位置に造られ、その間には小円墳が8個連なっていて、多摩川台古墳群と呼ばれています
管理事務所には、全国でも珍しい「古墳展示室」が併設されており、散歩がてら古代へのタイムスリップが楽しめます




【加茂花菖蒲園】

加茂花菖蒲園は、静岡県掛川市にあり、緑深い杉の山と、江戸時代に建てられた庄屋屋敷の門前に広がる、全国に知られる花菖蒲園
江戸時代中期に建てられた庄屋屋敷「加茂荘」の門前に広がる園は、広さ約1ヘクタールの規模があります
昔から変わらぬ山里の風景が広がり、色とりどりに咲く花菖蒲が、きわめて日本的な風情を醸し出しています

庄屋屋敷加茂荘は、桃山時代からの庄屋であった、当園の主、加茂家の屋敷です
江戸時代中期の安永2年(1773)に建てられた長屋門、どっしりとした木組みが特徴の、庄屋屋敷の土間、座敷明治時代に建てられた土蔵などが見られます
また、庄屋時代からの伝統料理の数々も、当時の製法そのままに、「染め飯」(そめいい)と呼ばれる、くちなしの実で染めた黄色いおこわ、手作りの味噌しょうゆの実、近隣の野山で採取した山菜など、昔ながらの味が好評




【佐原市立水生植物園】

佐原市立水生植物園では毎年あやめが咲くこの時期に嫁入船が人気を読んでいます
佐原市立水生植物園は、昭和44年に開園し水郷筑波国定公園の表玄関として水と緑を生かした観光レクリエーション施設です
約6ヘクタールの園内には伊勢系・肥後系・江戸系など 400品種 150万本の花菖蒲と 300品種以上(品種数日本一)の花ハスを中心に水辺の植物を栽培・展示しています
あやめ祭り期間中には、園内で栽培される 400品種 150万本の花菖蒲が一斉に咲き乱れ、紫・白・ピンク・青など色とりどりの花をつけます
また、園内の水路をサッパ舟と呼ばれる小舟に乗って巡ることもできます。水上からの花菖蒲もまた格別の美しさです





【山のホテル つつじ】

箱根芦ノ湖畔に佇む随一の眺望と庭園からの富士
旧岩崎男爵の別邸跡に建つクラシカルなリゾートホテルです
45,000坪の庭園には、30種・3,000株のツツジ、しゃくなげ、バラが四季折々に咲き競う
美しい眺めと風が爽やかなテラス席のある、芦ノ湖を一望するレストラン
箱根外輪山のパノラマが広がり、手入れの行き届いた庭園に囲まれて、まるでイタリア・コモ湖畔のヴィラのような贅沢な雰囲気


【みさと 芝桜公園】

榛名山の麓、箕郷町に「みさと芝桜公園」がある
ここには26万株の芝桜が植えられており、「織姫が置き忘れた桃色のはごろも」をイメージしたデザインになっているそうです
赤や白、ピンクの芝桜は見た目にもとてもきれいですが、花の香りも楽しむことができます


【聖路加展望室からの隅田川と高層ビル群】

隅田川の名前は地域によって、時代によってそれぞれに名前がつけられ呼ばれていたようです
細かく言うときりがないくらい呼び方があったようですが、要約すると古くは「宮古川」「住田河」、あるいは[澄] [墨] [角]の字が当てられてもいました
江戸時代ころには吾妻橋近辺までの下流は「大川」 浅草近辺は「浅草川」 「隅田川」、上流は「荒川」「宮古川」というのが大まかな経過のようです
明治43年の水害を機に荒川放水路が作られ、後昭和40年放水路の方を荒川、岩淵の水門から下流東京湾までの23Kmを正式に隅田川という名称にしました


【住吉ざくら 二ヶ領用水】

総延長32キロ。二ヶ領用水は、川崎市のほぼ全域を流れる、神奈川県下でもっとも古い人工用水です
二ヶ領とは、この用水が江戸時代、川崎領と稲毛領にまたがっていたことに由来します
徳川家康から治水と新田開発を命じられて、代官小泉治太夫が用水の建設を始めたのは、1597年(慶長2年)のことでした
工事は困難を極め、ね多数の農民たちが動員されました
工事の志気を高めるため女性も労役に参加させたことから、この用水を「女堀」とも呼んでいいます
流路の決定に当たっては、できるだけ自然条件に逆らわず、古い流路や蛇行の跡を利用し、夜になるとかがり火をたいて用水の高低を測るなど多くの苦心がはらわれました
こうして、実に14年という長い年月を経て1611年(慶長16年)の完成により、米の収穫量は飛躍的に伸びました
その後、100年あまり経た頃には、至る所で欠損し、かなり荒廃した状況になりましたが、「川崎宿中興の祖」といわれた田中休愚によって本格的改良工事が行われ、死に瀕していた用水をよみがえらせました
明治以後は、二ヶ領用水から取水する横浜水道が開設(1973年、明治8年)されたり、工業用水として利用されました
それ以後も、1941年(昭和16年)の円筒分水の完成など、江戸時代から現代に至るまで、農民たちは川崎の農業のため二ヶ領用水を守り続けてきたのです





【身延山 久遠時のしだれ桜】

日蓮宗の総本山
今から750年前日蓮大聖人が晩年を過ごされた霊山です
子供が遊ぶところはないのですが、「菩提梯」と呼ばれる287段、高さ107mの石段やロープウェイなどは子供が喜びます
駐車場はロープウェイに乗るだけなら、ロープウェイの側にありますが(有料)、石段を登って参拝するなら、門前町にある町営駐車場があります
あまり知られていませんが、無料駐車場もありますが、置ける台数は少なめなのでシーズンは早朝でないと置けません
この無料駐車場は裏道を行かないと行けないので、地図を見たほうがいいです
久遠寺から奥之院までは表参道(5km)と裏参道(6km)があります
しかし、片道2時間半かかるので、観光目的の人は迷わずロープウェイを(途中にあるお堂には寄れませんが)
久遠寺は【しだれ桜 樹齢400年で、全国しだれ桜10選】で有名で観光バスが押し寄せます
見るなら朝7時前!また、身延山はほとんどが杉なので、花粉症の人は用心してください





【熱海梅園】

熱海梅園は、市街地西側のゆるやかな山間に位置し、三方を熱函道路などの主要道路に囲まれた34,394平方メートルの都市公園であり、園の歴史は古く横浜の豪商茂木惣兵衛が、明治19年(1886年)に2.5ha開いたのが始まりで100年以上の歴史を持っています
開設2年後の明治21年に皇室に献納され皇室財産となり、熱海第二御料地・第三御料地に編入されるなどの変遷を経て、昭和22年(1947年)に宮内省から皇室財産税として物納され国有財産となりました
市(当時は町)では、この園を昭和6年から昭和35年まで約29年間直接管理しその保護に努めてきました
その間の昭和29年にこの園を風致公園として都市計画決定し、国に払下げの申請をし、昭和35年10月に熱海国際観光温泉文化都市建設法(昭和25年8月公布)により、大蔵省より熱海市に無償で払下げられました
それ以後園内整備をおこない昭和41年4月1日に開設し、日本一早咲きの梅、日本一遅い紅葉の名所としても全国にその名を知られています
平成12年9月23日、当時の森善朗内閣総理大臣と大韓民国の金大中大統領の日韓首脳会談が熱海で行われ、翌日、両首脳が梅園内を散策し歓談された
それを記念し、平成14年8月29日大韓民国の伝統的様式と手法を取り入れた庭園が完成しました





【忍野八海の富士山】

霊峰富士の胎内より湧き出でる八つの泉は、昔から「神の泉」と崇められ、いくつもの「伝説」が語り継がれている
忍野八海は八つの湧水池から成っている
その昔、忍野村は「宇津湖」という湖だったそうですが、延暦に富士山が大噴火し、そのとき流れた溶岩流によって、湖は山中湖と忍野湖に分かれてしまいました
忍野湖は富士五湖と関連する一つでしたが、川の浸食や掘削排水のため枯れてしまいました
忍野八海は、その時残った富士山の伏流水の湧出口の池として、今日存在しています
富士山に降り積もる雪解け水が、地下の不透水槽という溶岩の間で、約80年の歳月をかけてろ過された澄みきった水
美しく神秘的であり、移り変わる四季に彩られた富士を水面に映し込んだ姿は、訪れた人々に、水本来の姿と護るべき美しさをそっと訴えているようにも感じられます
水質・水量・保全状況・景観の良さから、昭和60年に、全国名水百選に選定されています
また、新富岳百景選定地でもあり、国の天然記念物にも指定されています






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