一発芸


 それは、向坂環が生まれ故郷に戻ってくる半年ほど前の事だった。

     ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 グラウンド脇の特設リングで開催されている校内格闘技トーナメント。今日はその決勝戦。

 決勝戦に進んだのはエクストリーム日本チャンピオンの主将・松原葵が率いる、裏山神社で細々と始まった格闘技同好会からたった2年で校内最大の運動部に上り詰めたエクストリーム部。まぁ、これは大方の予想通りだったが、その対戦相手は....、かつて女子最強と言われた坂下好恵が所属していた空手部代表をたった2分でKOした、....なんと、生徒会だった。

 試合が始まって僅か30秒。対戦相手に生徒手帳に入っていた写真、それは卒業した藤田浩之ものだったが、それをバラされて頭に血が上った松原葵は、リングの外に逃げた相手を追ってリング外に飛び降りていた。とは言うものの、場外乱闘に成った瞬間にその相手に隙を突かれて足払いを受け、もんどりうって見事なまでの顔面コケでダウンしていた。葵は、相手の名前を呪うように言いながら、ゆらぁりと立ち上がった。

「あ〜さ〜ぎ〜り〜!」

 当の相手、下手をすると中学生に見える少女は、左手に持った生徒手帳をヒラヒラさせながら平然としている。

「“あさぎり”じゃなくて、まーりゃん!」

 後に河野貴明や久寿川ささらをさんざん振り回すことになる、あ、ささらはすでに振り回されているか、とにかく、まーりゃんこと朝霧真亜子は葵の目線に向かってびしっと右手の人差し指を向けてそう言い放った。

−ま、まっずーい、葵、本気で怒ってる。

 サイキック能力で人とは違うモノも見える姫川琴音は心の中でそう呟いた。葵の親友でエクストリーム部の部長としてマネジメントを担当する彼女の目には葵のオーラが真っ赤に燃え上がって....ホントはガスバーナー高温トーチのような青白い色なのだが....いるのがはっきり見えていた。琴音はせっかくのお祭り騒ぎなのだからと自ら進んでセコンドについていたが、内心かなり後悔していた。

「朝霧! 逃げて! 殺されるわよ!」

 本気の葵は屈強な男でも一撃で半殺しにできる。琴音は慌てて真亜子に言い放った。

「こ〜と〜ね〜、わたしが公式戦以外で朝霧に怪我なんかさせたら、りーっぱな傷害事件よ。そのくらいの分別は、“まだ”あるわ」

 ぞ、ぞくう。幽鬼のような葵の表情を見た琴音は背中に冷や汗が走るのを感じていた。二人は以前、お互いちゃん付けで呼んでいたが、さすがに3年になり、おまけに部長と主将の立場では恥ずかしいからと、普通に名前だけで呼び合うようになっていた。

「さーりゃん、ぱーすぅ」

 真亜子はそう言って、左手に持っていた葵の生徒手帳を呆然としている生徒会副会長の久寿川ささらに放った。

「えっ、えっ、ええっ?!」

 ささらは事態が飲み込めず、あたふたしている。

「久寿川さん、ごめんね!」

 そういうなり、琴音はささらをカッと見つめた。そのとたん、ささらの身体が金縛りにあったように動かなくなる。琴音最大の武器、テレキネシスだ。この状況なら如何にでもごまかせると悟った琴音は最後の手段に出たのだ。

「こーとりゃん、反則はなしーだよん」

 彼女は琴音のサイキック能力を知っているようだ。そう言いながら真亜子は琴音の背中にアックスボンバーを放つ。充分に小型軽量の真亜子でもそこそこ華奢な琴音には結構威力がある。

「きゃん!」

 琴音は健全な男子なら思わず抱きしめてしまいたくなるような可愛い悲鳴を上げて、ぺたんと座り込んでしまった。そして真っ赤になって胸元を押さえている。どうやら真亜子の瞬間芸でブラジャーを外されてしまったようだ。

「そーれっと」

 真亜子はそのままささらに突進し、惚けている彼女から生徒手帳を奪うと、あっという間にリングに駆け上った。

 その瞬間、試合終了を告げるゴングが鳴り響いた。

「格闘技部主将、松原葵、リングアウトです。この試合、生徒会の勝ち!」

 マイクを持ったアナウンサーがそう告げる。

「1分30秒。見事だわ、ゴッデス・オヴ卑怯の一発芸には、さすがの日本チャンピオンの松原葵も敵わずかぁ」

 事の成り行きを見ていた新聞部部長で琴音のクラスメイトの森本沙也加はそう呟いた。

 かくして、お祭り生徒会主催の格闘技大会は主催者の生徒会の勝利で幕を閉じた。


 同じ頃、2回戦不戦敗の帰宅部(ちなみに『帰宅部』の名前はしっかりトーナメント表の右端、しかもシード枠にでかでかと書かれていた)一年生の河野貴明と向坂雄二はすでに学校前の坂道を下っていた。


つづかない。

作者後書き:
 えー、ささらシナリオにしっかり書かれている校内イヴェント。ひょっとしたらこうだったんじゃないかと、思い立ったら吉日で、一気に書いてしまいました。あっはっは。
 ちなみに、琴音が小さな悲鳴をあげて座り込むのは、昔....いや、大昔だなぁ....かの松田聖子が歌番組の本番中に似たような状態になって、舞台裏に隠れたのを、ふと、思い出したためです。
 松田聖子は歌手デビュー前にラジオのパーソナリティをやってた頃から知ってますが、歌手デビューが決まったとたんにしゃべり方が豹変したのにびっくりした事も思い出しました(^^;。

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