週間読書日記


11月×日 文部科学省の補助金で開かれた「動物の形作り―その最前線と新展開」という公開シンポジウムを聞きに行く。現在、構想中の小説に必要な知識を得るためだが、それはそれとして生物の形がどのようにできるのかには昔から興味があった。

趣味の一つがスキューバダイビングで、海に潜るたび魚や無脊椎動物の多様な形と模様に驚かされる。サンゴ礁の華やかさなどは誰もが知るところであろう。あの風景を描いたのは、いったい何者か?当の魚や無脊椎動物だとしたら天才的だが、彼らの小さな脳に、あまり多くは期待できそうにない。すると、やはり神様が、それぞれの遺伝子に細かく筆を入れたのだろうか。コンピュータ・グラフィックスのデータ量から想像するに、それだと形や模様をつくるだけで、遺伝子というメモリーのほとんどが食われてしまう気がする。

そんな疑問を抱えているうちに、発生生物学の方で革命が起きているという話が聞こえてきた。遺伝学や分子生物学、複雑系の科学などを取りこんで、生物の体がどのようにできあがり、また進化していくかを新しい手法で解き明かしつつあるというのだ。ジョン・メイナード=スミス著『生物は体のかたちを自分で決める』(新潮社 850円)は、そんな状況を短く、かつ興味深くまとめている。原著は四年前に出ているが、先のシンポジウムの内容に照らしても、さほど古くなってはいない。むしろ本書で著者が示した方向性で、今の研究が進められているという印象を受けた。例えばタテジマキンチャクダイという熱帯魚の模様のでき方などは、著者が示唆したことを日本の研究者が見事に証明している。

専門用語も比較的少なく、一、二時間で読めてしまうが、必ずしも全ての論旨が明確ではない。しかし全体として言いたいことはわかる。先の私の疑問に対する本書の答えは、訳書のタイトルとは異なり「生物は体のかたちを神様と一緒につくる」になりそうなのだが、いかがだろうか。(2002年11月28日付「日刊ゲンダイ」)


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