私のこだわり


「朝食」

 私の場合の「こだわり」は、むしろ病的な「こだわり行動」と呼ぶべきであることが多い。それは朝から発現する。
 我が家は夫婦と息子の三人家族だが、朝食の用意は私の役目だ。材料を買いそろえておくところから、調理、セッティング、片付けまでを全部やる。メニューはパン、ミルク、卵料理またはソーセージ、蒸し野菜、トマト、コーヒーで、ほぼ決まっている。というか、このパターンでないと、どうにも気が収まらない。
 さらにパンは基本的にベーカリーで買う菓子パンだ。ただしチョコレートを使っているものと、クリームなどを「サンド」してあるパンは避けている。べつにそれらが嫌いなわけではなく、強いて言えばチョコレートは「あまりにお菓子すぎるから」だし、クリームは使っていること自体が問題なのではなく、ただパンを切ってそこにサンドしただけというのが、どうも手抜きのような気がして好きになれない、という理由なのだ。いつから、そういう基準を設けたのか定かではないが、たぶん、ここ一五年くらいはそれでやっている。
 また卵料理は基本的に目玉焼き、ゆで卵、オムレツ、スクランブルエッグのどれかで、必ず連続しないように回している。寒い時はスープに入れたポーチドエッグもつくる。蒸し野菜はブロッコリーがほとんどで、季節によってはスナップエンドウとかアスパラガスにしたりもする。トマトは切るのが面倒なので、ミニトマトにすることが多い。コーヒーはホットの場合はドリップ、アイスの場合は水出ししておいたものを使う。
 こういうメニューを毎朝続けるための買い出しも、けっこう大変なのだが、材料は欠かさないようにしている。特にパンは、常に冷凍庫の引き出し一杯に買い溜めていないと不安になる。こんなことでは長生きできないよな、と毎朝思う。

「酒屋」

 むろん酒にも私なりのこだわりがある。でも「酒にこだわっている」と言うのは何となく気恥ずかしいし、実際、グラスや盃を片手に胸を張ってそう口にできるほど酒を知っているわけでもない。
 なので酒屋、である。
 我が家から車で五分ほどのところに、その酒屋はある。住宅地の一隅にあって、とくに目立つ店構えでもない。今時そんなところで、よく商売を続けていられるなあ、と勝手に心配したくなるようなたたずまいだ。しかし中に入ってみると、すごい。ちゃんと温度管理されたワインセラーみたいな部屋と冷蔵庫に、ずらりと地酒が並んでいる。しかも、それらの中に「田○」「越乃○梅」「久○田」といった有名で高い酒というのは、ほとんど見当たらない。だいたいが小さな酒蔵の無名に近い酒である。
 店の主人は、時間を見つけては自分の足で、各地の酒蔵や品評会などを回っている。そして「これは」という酒を見つけると、直接、買いつけてくるのだ。とくに気に入った酒は、つい仕入れ過ぎて売るのに難儀することも多いという。「高くて美味いのは当たり前。半分の値段でも、品質は『田○』に勝るとも劣らないという酒は、全国にいくらでもある」と言って、掘り出し物を見つけてくるのが好きらしい。そのくせ自分は酒があまり飲めないという、実に商売っ気のない、こだわりの人である。私はそんな人に弱い。すぐ「信者」になってしまう。
 もともと酒はたしなむ程度だった私が、毎日のように晩酌するようになってしまったのは、この酒屋のせいである。こんな奇特な店が潰れてしまっては困ると思い、焼酎やワインも含めてビール以外の酒は全てそこで買うようにしている。こだわりの酒屋にこだわっているのだ。おかげで台所は酒瓶だらけ――。こんなことでは長生きできないよな、と毎晩思う。

「旅」

 金はないけど時間だけは腐るほどあった学生時代には、鈍行列車にこだわっていた。かなり遠いところでも、なるべく特急や急行は使わずに行く。硬いシートに長時間座って尻や背中が痛くなっても、ごとごと揺られながら窓の景色を楽しんだり、小さな田舎駅のたたずまいを眺めたりするのが好きだった。
 今も金があるわけではないけど、そういう旅行をする精神的な余裕はなくなってしまった。単なる気晴らしや、あてどない旅みたいなのも、しなくなった。取材とか家族サービスとか、いつも具体的な目的が伴う。そういう旅行を鈍行列車だけで、というのはなかなか難しい。
 そのような、ある種の堕落に対するせめてもの歯止めとして、ホテルへの宿泊は避けるようにしている。なるべく小さな旅館か民宿に泊まるのだ。とくに行く機会の多い奄美や沖縄方面では、ほとんど民宿である。それも一泊二食付きで五〇〇〇円以下というような安宿が多い。
 そういうところに泊まると、想い出がいっぱいできる。雨漏りするなんていうのは普通だし、畳がダニだらけで、ちょっと寝転んでいたら全身がブツブツだらけになったとか、なぜか宿の主人の腰や肩を揉まされる羽目になったとか、色々だ。また小さな宿だと、往々にして地元の人や他の泊まり客とのコミュニケーションも濃くなる。基本的に私は人付き合いが苦手で、行くまでは気が重かったりもするのだが、飛びこんでしまえば何とか慣れる。結果的には「ああ、面白かったな」と思うことが、ほとんどだ。
 先般、泊まった宿では何気なく「ヤシガニ食いたいなあ」と言ったら、いきなりヤシガニ獲りの名人という人を呼んできてくれた。夜中に街灯もない山道を一緒に車で探しまわり、途中で岩に激突しそうになったりもしたが、何とか大きなのを二匹捕まえた。こだわり万歳である。(「本の旅人」2010年12月号)
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