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父のこと


 父は昭和49年9月5日に自宅が火事になり、焼死した。若い頃に肺結核になり、中年の頃に片方の肺の半分を取り、その後は身体障害者としての生活を送っていた。私達姉妹4人が結婚して家を出てからは母と二人で、母が働き父は家で主夫としての生活だった。

 二人は、私達子どもが小さい頃はあんまり仲の良い夫婦ではなかったが、二人になってからはお互い諦めたのか悟ったのか、まあまあ仲良くやっていたようだった。

 そんなある日父は風呂を炊いていて炊き口から炎か煙りかが吹き出して、それを吸い込んだようだった。もともと肺が弱く窒息してしまったようで、風呂の前で焼死体で見つかった。自宅は全焼し、父の遺体は炭のように真っ黒だった。

 その上、その後の検死の為に口を無理矢理開けたようで、その口が開いているのが余計苦しそうに見えた。開いている口に白い綿が詰められていた。お棺の中の父を見た時、正直言ってゾッとした。母が「全身真っ黒で、お腹の辺りがちょっとだけ白い部分があった」と言っていた。

 本当にその時は父が可哀相とか不憫とか言う前に、とにかく人間の死に方で焼死と言うのはこんな酷いものなのか!と言う思いで一杯だった。病気で亡くなった時は、顔を撫でたり体に手を当てたりも出来るが、父の遺体には誰も触れるものはいなかった。もちろん私も父の体に触れることが出来なかった。そして、お葬式の当日こそ雨が降らなかったが、その翌日から3日間ずっと雨が降った。父の涙のような気がした。

 私は中学時代「家庭内暴力」のようなイライラを、身体の弱い父に向けて爆発させていて、結婚して家を出てからも父との関係はうまくいっていなかった。だから、父がこんな死に方をしたと思うだけで罪悪感があった。そしてもう一つおまけがあり、私は父のお骨拾いに行けなかった。(つづく)

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