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今シーズンの広島カープはなかなか頑張っている。育ててきた4番バッターが次々と獲られ、エースも抜けてしまった広島カープ…資金も無いし、大幅な戦力ダウンで最下位予想の中、いい戦い方、魅力ある試合をしているのがすごいと思う。どんなに負けても負けても、僕は赤ヘル大好きなのだ。広島市民球場(新球場ができるので今年で最後)のライトスタンドで大声を張り上げ、共に闘うのだ! 地味で愚直でも、いつも全力で走る選手が多く、いつもドロドロに汚れたユニフォームはファンの誇りだ。僕のヘモグロビンは、きっと赤ヘルでできている。 広島人には「わしらには市民球団のカープがあるんじゃ! 熱い気持ちはどこにも負けんでぇ!」という誇りがある。原爆で焼け野が原になったヒロシマの希望を支えるように、復興の象徴となって市民を励ましてきたのがカープだからだ。だからカープは広島をしょって(背負って)いる。廃墟から共に立ち上がった“絆”が、僕らカープファンのDNAなのだ。 そんな僕の子どもの頃の草野球の思い出…。 僕の草野球のポジションは、センター後の草むらの中だった。病気がちで身体が小さく、いろんなことがみんなより遅れ、で 時々ころがってくるボールに「おい! いったどぉ!」と怒鳴られ、慌てて草むらの中を探した。ごそごそ這いつくばって探しているといろんなものが見つかったりする。真っ黒にカビてひび割れたボール、折れたバット、捨てられたラジオ、何か分からない不思議な部品、へこんだヤカンや鍋、雨にふやけた雑誌、割れたビン、サビサビになった缶カン、靴や手袋もあったなぁ。捨てられたマネキンを見つけた時は、ホントびっくりして飛び上がった。 本当はグランドの中にポジションがほしかったのだけど、無理だった。仕方なく、草むらの中が僕のポジションだった。ぴょんぴょん跳ねながら、広い外野の端から端まで、大きく転がったボールを追いかけて走り回った。もしかすると、この頃の経験が僕の足を速くしたのかも? ジャンプ力もついたみたいだし…。学生時代はチビながら垂直跳びが90cmを超えていたので、体育科の先輩の卒論の実験台になったほどだ。やはり人生にはムダはないなぁ…。 その頃、おじいちゃんちの倉庫から、古〜いグローブが出てきた。友だちみんなが新しいグローブを買ってもらっている中で、僕だけ持っていなかったので大喜び! ただし皮がかた〜く固まっていてカチカチ、なかなか開かないほどだった。勝手に下駄箱にあった靴用の油(?)を塗ってほぐしてまた塗って…を繰り返していると、何とか使えるようになった。だいぶ大きくてブカブカだったけど、嬉しくて仕方なかった。草むらの中の球拾いは変わらなかったけど、マイグローブをはめ、ポンポンとたたいたりして一人でにやけていた。ちょっとイヤだったのは、草とこすれるからか大切なマイグローブに緑色がつくこと。毎日磨いてきれいにした。古いグローブなので使い込んだ感じが好きだった。その後も大切にして、中学校の頃まで使っていた。今でも実家のどこかにあるはずだ。 何度かバッターボックスに立ったことがあるけど、バットは振らせてもらえなかった。ホームベースの前にバットを置かされ、ピッチャーがボールを転がす。置いたバットに当たった瞬間に走るのだが、すぐに捕られて1塁へ…。いつも当たり前にアウトになった。 でもカープが大好きで、よく市民球場に応援に行っていた僕は、本当はボールを捕ったり投げたり、打って走ってカッコよく野球がしたかったのだ。そう思いつつ、夕方遅くまで、よく一人で壁を相手に練習した。そのうち何だか、友だちみたいに(もっとうまく)ボールを捕ったり投げたりできる気がしてきた。そして、公園の草むらの中でも、バッターが打った瞬間に走り出し、ボールの飛ぶあたりまで先回りができるようになった。誰も友だちは誉めてくれなかったけど、自分自身では足の速さと共にちょっぴり自慢だった。 ある日、奇跡が起きた。カキーン!という音がしてボールがライト方向にぐんぐん伸びてくる。いつものようにセンターあたりにいた僕は、とっさに草を飛び越え、ボールを追って走った。全力で走りながら思い切り伸ばしたグローブに、すっぽりボールが入ったのだ。みんなが驚く一瞬の静けさのあとに、わーぁっ!という歓声が響いた。ちょうどこのアウトでゲームセットだったので、この日僕は初めてヒーローになった。みんなが誉めてくれるのがとっても恥ずかしかった。 でも、奇跡の1回ではポジションは変わらなかった。その代わり、足の速さだけは認められて、みんなの「代理ランナー」として攻撃にも参加できるようになった。友だちが打った瞬間、1塁に走るのだ。ちょっとのゴロなら、けっこうセーフになるくらい速く走って、初めてみんなに認められた。他のプレーはあいかわらずダメだったけど…。 そんな僕の小学生の頃の野球だった。ちょっぴりツンとくるような悲しさと辛さが入り混じった、でもいろんな思い出が詰まった草野球だ。その後、僕は持病の喘息がひどくなって学校に行けなくなるので、草野球も中断。だから僕が野球を大好きなのは、あのころの「あこがれ」かもしれない。応援していたカープの選手たちと、草むらの中から見た友だちのプレーと…。 あの頃のカープは弱くて、いつも最下位だったけど大好きだった。5月の鯉のぼりの季節まではわりと勝っているのだけど、ゴールデンウィークが終わると負け続けた。でも、かつて一人で強い相手に三振を取りまくった小さな大投手の長谷川良平さんが監督! 古葉選手のファインプレーと盗塁王! 外木場投手や金城投手の最多勝! 強くはなかったけど、みんなの心意気と夢がいっぱいだった!…そして1975年! ジョン・ルーツ監督から引き継いだ古葉監督で初優勝! 首位打者は山本浩二選手、盗塁王は大下剛史選手、最優秀投手(最多勝&奪三振王)が外木場義郎投手と、完璧な内容での優勝! あの感動と涙を流しての大喜びは、今も鮮明に覚えている! 優勝で沸き返る本通り(広島市中心の商店街)に友だちと繰り出した。大人に混じって差し出した手にもらった樽酒! 一気に飲んで生まれて初めて酔っ払ったのが13歳。懐かしいなぁ… ちょうどカープの初優勝への軌跡と共に、僕もだんだん強くなり、自分に自信をつけることができた気がする。結局、自分では陸上競技、ラグビー…と野球ではなかったけど、小学生の頃のあの草野球の経験と、大好きな広島カープが、僕をしっかり鍛えてくれ、僕のこだわりや頑張れるエネルギーになっていると思うのだ。 さぁ今シーズンも後半戦へ…がんばれ僕らのカープ! 3位目指して(優勝目指して…と言えないところが弱気というか実力だけど)がんばるんでぇ! わしらもついとるけぇの〜!(ふくばせいじ/『そよ風のように街に出よう』に「ふくちゃんの広島焼き」を連載中) |