朝8時ちょっと過ぎ電話が鳴った。この時間帯に来る電話は、何かの連絡か急ぎの用件か・・・・・・。
「もしもし」
「・・・・・・あ、ぼく、風邪ひいちゃって。今一人で寝てるんだ」
「風邪? それで熱はあるの?」
「熱はないけど、喉が痛くて」
「薬はあるの? 何か食べるものはある?」
私の頭の中で次男の顔が点滅する。一昨年女房を亡くし、今栃木のマンションで一人暮らしをしている。たとえ高熱を出していても、すぐに行ける距離ではない。困ったなあと一瞬考え込んだ。
「それで、みんなは?」
「うつると困るから、一人で寝てる」
2人の子どもは、近くに住む母方の妹の所でみてもらい、土日は父親と暮らしている。
「何だか最近眠れないんだよね。いらいらして。これも風邪の原因かなあ」。
そりゃあ、心配事が山のようにあるだろう。仕事のこと、子育てのこと、暮らし向きのことなどなど。
「いらいらするって、どんな事で?」
「そんなの言えないよ」
まあ、お袋に弱音を吐く年でもなかろう。子どものことかな、体調が悪いのかなと気になるので、
「どんな事か言ってくれなきゃ、分からないじゃない」
と尋ねた。
「だって、お父さんに言うでしょ」
あれっ! お父さん? 8年前に天国行った?
そのとたん、私の頭の中の次男像は、瞬時に横浜の孫とすり替わった。受験を控え、彼はいらいらもするだろうし、父親の存在がうるさい年代だ。
「言わないから、理由を教えてくれなくちゃ」
「恥ずかしくって言えないよ」
ええっ? もしかして、これってエッチな電話?
そこで初めて冷静になった私。
「あのさあ、初めに自分の名前いいなさいよ」
「あ、ぼくのこと信用してないんだ!」
「信用するもしないも、礼儀でしょ」
「信用してないんなら、いいよ、切るから」
それで電話が切れた。
これってもしかしたら「振り込めサギ」に発展する可能性もありかなと、おかしいと思いつつも、息子と孫にメールを打った。勿論違っていた。
いつも、「振り込めサギ」にあうなんて何でだろう。私なら絶対に騙されたりしないと思っていたのに、その私が電話に出るなり相手を息子と思ってしまったのだ。
確かに気がかりなことがあった。その盲点をついてこられたということ。でも何で私が・・・・・・。自分に腹が立ったけど、あの瞬間息子の顔が貼り付いてしまったのだ。
それにもう一つ。
最初に、相手がどっちの息子か(2人居るので)どの孫か(声変わりしている男の孫が4人いる)分からなかった。
のっけから「あなた誰?」って聞くのは、なんとも自分が情けない気がする。声や話し方で、わが子やわが孫が分からないなんて、おばあさん失格って感じがする。それで話しながら相手を判断しようとしていた。
その迷いが、相手に息子の名前を言わなかったという結果につながった。もし「太郎?」なんて言ってたら、完全に相手は太郎に成りすましたことだろう。
「ぼくは、そんな電話はいたしません」と息子のメール。
「おばあちゃん、サギにかからなくて、よかった、よかった」と孫からのメール。
サギだったのかどうかは今もって分からないが、この話をすると、みんなが笑う。
笑う気持ちの中には「私なら絶対に騙されない」という確信があるからだと思う。
「笑ってるけど、そんな人に限って引っかかるんだよ」
まじめな顔でそう言うと、みんな黙ってしまう。本当は自分が悔しくて、ちょっと脅してみてるだけなんだけど。
以来私は電話に出る時、最初に自分の名前を言わないことにしている。
それがつい先日のこと、やはり朝8時過ぎに電話が鳴った。また来たか! と、構えて受話器をとる。
「もしもし」
男の声。
「市警察の○○と申しますが、松浦信子さんですね」
そら、来たっ! 私は思い切り怖い声で答える。
「はい、そうですが、何の御用でしょう」
「××さんという大工さん、ご存じないですか」
「いえ、存じません。うちは決まった方がいますので」
「そうですか。どうも失礼しました」
ちょっと、待った! どうしたことなのか、私だって知りたい。聞かせてくれたっていいじゃない!
要するに、昨夜泥酔して保護された人が、朝になってもまだ酔っ払い状態で、お引取り願いたくも話にならない。それで手帳を見たところ「松浦信子」という名前があった。ところが住所も電話番号も書いてないので、市内の同姓同名の人に聞いているところだという。
「それで、同姓同名の方何人おいでです?」
「3名です」
「それはどうもご苦労様なことです」
3名と聞いて、何だか嬉しいような恥ずかしいような気がした。
「あんたんちは、いろんな電話来るねえ」
友だちがあきれ顔で言う。何か良い報せは来ないものかと切実に思うのだが。
もしどなたか電話を下さった時、無愛想な声で出てきたら、このような経緯があったという事でお許しを頂きたい。
( まつうらのぶこ/『そよ風のように街に出よう』に創作童話を連載中 ) |