変言字在32−死刑廃止論のためのノート (5)

『むすぶ 521』(2014年6月発行)より

 私は、「死」が経験不能であることの意味という幾分奇妙なところから死刑制度の存廃問題についてのノートをスタートさせました。そしてこれまで、仮出所の可能性がある無期刑と死刑とをわかつ厳密な基準は存在しないこと、仮出所のない絶対的終身刑の導入は検討する価値があること、そして憲法は死刑を許容しているというのが学説の主流だが、憲法が禁じる「残虐な刑罰」に当たるという解釈の変更(深化)は可能だということを述べてきました。

 今回は、死刑存廃について論じる時にしばしば引き合いに出される世論調査の結果について考えてみたいと思います。

内閣府世論調査は何を語っているか

 「全国犯罪被害者の会(あすの会)」幹事で精神科医の高橋幸夫さんは、「死刑廃止に向けて社会的な議論を呼びかける」という宣言を発した日本弁護士連合会の死刑廃止検討委員会に対して、昨年5月、次のように反論しています。

――日本では、ここ54年間にわたり9回も繰り返し世論調査をしています。世論調査の度ごとに、死刑制度存続の世論は増え続け、平成21年度には85・6%が賛成しています。日本国民は、すでに死刑制度の維持を決めているのです。「人民の人民による人民のための政治」が、民主主義の基本であります。そのような人民の意志を無視するのですか。――

 高橋さんが根拠にしているのは「基本的法制度に関する内閣府世論調査」です。新聞も「死刑制度の存続は『やむを得ない』との回答が85・6%に上り、1994年の同調査開始以来、過去最高になった」(10年2月6日共同通信)などと調査結果を報道しています。この数字はどのようにしてはじき出されたものなのか、内閣府世論調査の中身を具体的に見てみようと思います。最も新しい09年11月の調査(20歳以上の男女3千人に個別面接、有効回収数1944人)では次のような結果が示されています。

――死刑制度に関して、このような意見がありますが、あなたはどちらの意見に賛成ですか。
(ア)どんな場合でも死刑は廃止すべきである 111人( 5・7%)
(イ)場合によっては死刑もやむを得ない
   1665人(85・6%)
  わからない・一概に言えない
   168人( 8・6%)――

 この調査結果を根拠として高橋さんは「死刑制度に85・6%が賛成」と言うわけです。この(ア)と(イ)の設問内容が問題を含むことは、これまで多くの人が指摘しています。死刑廃止については「どんな場合でも」という言い方で例外を認めないのに対して、死刑執行については「場合によっては」として例外性を強調します。(イ)を選択する幅が拡げられているのです。そして「場合によっては」と問いかけることで、過去に発生した凶悪事件を回答者に連想させようとしているように見えます。

 それだけではありません。(ア)の設問中の「死刑」は死刑制度を意味するのに対して(イ)の「死刑」は個々の死刑執行を意味しています。「死刑」という同じ言葉ですが、意味する内容が異なっているのです。制度という硬質で安定的ものと、実際の行為という柔軟で個別的なものを同列に置いて比較させることで、回答を(イ)に流れやすくしているのは明らかです。この内閣府調査は死刑制度を存置するという目的のためにかなり露骨な誘導質問を行っていて、その信頼性は低いと言わざるを得ません。

 参考までに、私が某大学で担当している講義の受講生を対象としたアンケート結果を紹介しておきます。選択肢は、
(1)どんな場合でも死刑は存置すべきである
(2)場合によっては死刑をすべきではない
(3)わからない・一概に言えない

の3つです。言うまでもありませんが、(1)(2)は内閣府調査の(ア)(イ)の質問内容を逆転させ、いわば逆方向に誘導しようとしたものです。結果は2013年(有効回収数75人)が(1)25・3%、(2)44・0%、(3)30・7%でした。ちなみに12年(同178人)は(1)34・3%、(2)29・3%、(3)34・8%でした。学生の回答は3つの選択肢のいずれにも大きく偏ることはなく、内閣府調査の結果とははっきり違うものでした。念のために付言しておきますと、私は授業の中で死刑制度存廃問題を取り上げるのですが、このアンケートは毎年その講義を行う前に実施しています。ですから、私からの情報提供に影響された結果ではありません。

 参考までに他の世論調査の例をあげると、NHKが10年8月に行った調査(有効回収数1068人)では、「死刑制度を存続させることに賛成か反対か」というシンプルな質問に対して、「賛成」と答えた人は57%、「反対」が8%、「どちらともいえない」が29%でした。ちなみにフランスのミッテラン大統領(当時)が死刑制度を廃止した1981年、世論調査では62%が存置に賛成していました。この数字は現在の日本とそれほど大きく違っていないように思います。確かに過半数が存置に賛成しているけれども、何としても廃止したいという政治家の熱意が、結局はフランス国民に受け入れられたのです。もちろん世論を無視してよいということではありませんが、死刑制度存廃問題は、私たちがどのような社会を目指すのかという価値観と密接に関わっています。そして、その価値観こそが個々の政治家の姿勢を支えているはずです。都合の良い時だけ世論を振りかざすのではなく、政治家としてあるべき社会に向けての構想を人々(世論)に訴えかけることも重要だと私は思っています。

 少し話がそれてしまいました。内閣府世論調査に話を戻しますと、その信頼性はかなり低いと言わざるを得ません。ただし、その調査結果には見過ごせないところもあります。最初のところで紹介した文章の中で「世論調査の度ごとに、死刑制度存続の世論は増え続け」ていると高橋さんが指摘する問題です。確かに調査結果の推移を見ると、「場合によっては死刑もやむを得ない」と回答した人の割合は、80年の62・3%から89年66・5%、94年73・8%、99年79・3%、04年81・4%と調査をするたびに増え続け、09年の85・6%に至っています。この数字が相当かさ上げされたものだとしても、死刑存置やむなしとする人の割合が次第に増加している事実は否定できません。

 なぜ、増加しているのでしょうか。この間、社会の治安が悪化しているわけではありません。殺人認知件数は、75年の2098件から09年の1094件へとゆるやかに減少しています。増加の背景には、体感治安の悪化や犯罪被害者(遺族)の権利意識の高まりに起因する全体的な厳罰化傾向があるようです。そしてさらにその背後には経済格差の拡大や個人間の競争の激化があり、そこから噴き出す不満を吸収するための国家主義の拡がりがあるように感じます。内閣府世論調査が重要だとしたら、それは「85・6%」という数字にではなく、この危険な流れを示していることにあるのではないかと私は思います。   つづく