変言字在52−強制と自発と

『むすぶ 565』(2018年2月発行)より

 ネット上の報道メディア「ワセダクロニクル」(以下「ワセダ…」)をご存知の方はそう多くはないかも知れません。そのウェブページには以下のような自己紹介文があります。「早稲田大学ジャーナリズム研究所のプロジェクトとして、2017年2月1日に発足し、創刊特集『買われた記事』をリリースしました。発足1年を機に独立し、ジャーナリズムを掲げるジャーナリズムNGOとして新しい一歩を踏み出しました。引き続き、市民が支えるニュース組織を目指し、既成メディアではできないジャーナリズム活動を展開していきます」。

 日本の大手メディアが、国や行政などの公的機関や大企業が発する情報をただ伝えるだけの「発表ジャーナリズム」に堕しているという批判は以前からありました。私もいくつかの冤罪事件に関わるなかで、警察発表を何の検証もせずにそのまま垂れ流す犯罪報道のひどさを思い知らされてきました。いったん犯人と決めつけられるとメディアはその人物に対して猛烈なバッシングを繰り広げ、後にそれが誤りであったことが判明してもほとんどの場合、きちんと謝罪をすることはありません。「ワセダ…」はジャーナリズム本来の「調査報道」に立ち返ることで、そうしたメディア状況に一石を投じようとしています。

 最初の特集「買われた記事」は、大手広告代理店「電通」の子会社から共同通信の子会社にウラでお金が流れ、特定の医薬品を宣伝する記事が全国の地方紙に掲載された事実を暴露したものでした。大手メディアはいくつかの例外を除いてこの記事を無視しましたが、私はウェブでその事実を知ってショックを受けると同時に非営利の民間組織が確かな証拠をもとにそこまで踏み込んで報道したことにも驚かされました。

 その「ワセダ…」が今、特集「強制不妊」の連載を始めています。私の知る限り、この間もっとも早く障害者の強制不妊手術を報道したのは毎日新聞でした。昨年12月3日、「不妊手術『強制は違憲』−旧優生保護法 初の国賠提訴へ」という記事を1面トップで報じています。記事のリードには「ナチス・ドイツの『断種法』をモデルとした国民優生法を前身とする旧優生保護法(1948〜96年)の下で、国が知的障害などを理由に不妊手術を強制したのは個人の尊厳や幸福追求の権利を保障する憲法に違反するとして、当時10代だった宮城県内の60代女性が国を相手に国家賠償と謝罪を求めて来年1月にも仙台地裁へ提訴することが分かった」とあります。そして実際にその女性は今年の1月30日に慰謝料など1100万円を国に求めて提訴し、メディア各社もそれを報じました。

 「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護する」(第1条)ことを目的とした優生保護法は、96年にその前半を削って「母性の生命健康を保護すること」だけを目的とする母体保護法が施行されるまで有効な法律でした。つまり、つい20数年前まで優生思想は国のお墨付きを得て大手を振ってまかり通っていたわけです。その下で遺伝性疾患や知的障害、ハンセン氏病の人たちに対する強制不妊手術が行われ、先の毎日新聞記事によればその数は中絶手術5万9千件、不妊手術2万5千件(うち本人の同意がないもの1万6千500件)に及んでいます。

 47都道府県への情報公開請求や全国各地の公文書館、国立国会図書館などから文書を入手した「ワセダ…」は、2月13日からこの原稿を書いている2月15日まで連日この問題を報道しています。タイトルを順にあげると、「厚生省の要請で自治体が件数競い合い、最多の北海道は『千人突破記念誌』発行」(13日)、「『ナチス化』危惧の声、採択では『異議なし』」(14日)、「厚生省令で、家族・親族の病歴や犯歴調査を命令」(15日)となっています。内容をかいつまんで紹介します。56年に北海道の衛生部と優生保護審査会が作成した「記念誌」は「千件突破の実績を収め、優生保護法の面目を持し民族衛生の立場からも多大の意義をもたらした」と自賛しつつ、「母も妹も分裂病、弟は実妹殺し」(31才女性)、「社会の害毒やくざの例」(29才男性)、「精薄三代女の乱れた家庭」(年齢不詳女性)などの見出しをつけて「悲惨例」を列挙し、いかに強制不妊手術が重要かを強調しています。その背景には、当時の厚生省が「努力して成績向上を」と全国の自治体に手術件数を競わせていたという事実がありました。また国は、手術は厳格な手続きを経て実施されたものだという理由で手術を受けた被害者への補償を拒否していますが、その審査手続きはかなりずさんだったことも指摘しています。例えば福岡県では81年3月からの1年間で、優生保護審査会を開かず書類の持ち回り審査のみで強制不妊手術が決定された人が6人もいました。本人の意思を無視した不妊手術は、精神科医や裁判官、弁護士、自治体幹部たちによって戦後50年も続けられてきたのです。

 さらに2月12日の毎日新聞は、宮城県で62年、旧社会党系県議の求めに応じて強制不妊手術件数を急増させたことを報道しました。同県で強制手術を受けた人は全国で2番目に多い1406人ですが、63年以降の10年間で887人とその6割以上を占めています。そこに革新系議員が関わっていたという事実は、優生保護法制定に奔走し日本安楽死協会(現在の尊厳死協会)を設立した故・太田典礼もまた社会党の議員であったことを考えると重く受け止める必要があります。優生思想は時の権力者や保守勢力が独占していたわけではないのです。

 こうして一部メディアで過去の強制不妊手術の実態が明らかにされ始めるのと軌を一にして、「新型出生前診断拡大へ」(1月28日毎日新聞)、「新出生前診断拡大を検討」(2月14日朝日新聞)などという報道が続きました。毎日の記事には「妊婦の血液から胎児の病気の可能性を調べる新型出生前診断(NIPT)を巡り、日本産科婦人科学会(日産婦)が、倫理面から現在は臨床研究に限定している指針を見直し、本格実施に踏み切る方針を固めた」とあります。比較的手軽で精度が高い新型診断は13年から臨床研究が始まって、昨年9月までに5万1千人以上が受診しました。そのうち羊水検査で遺伝子異常が確認されたのは700人、うち654人が中絶をしています。単純計算では93%が中絶したことになりますが、700人のうち子宮内死亡の20人を除外するとほぼ96%が中絶を選んだことになります。ある産婦人科医は、生まれる前に子どもの病気が分かっていれば出産後の治療を早く開始できる、そのために出生前診断が必要だと語っていましたが、事実が決してそのように進行していないのは明らかです。

 一昨年7月の相模原障害者殺傷事件を産んだ人間観は、強制不妊手術の過去から新型出生前診断の現在まで脈々と受け継がれ一層その力を増しています。それがこの社会の偽らざる本心です。そこから自由な者は一人もいない。その自覚をもう一度、噛みしめたいと思います。