■ 変言字在73−「死刑のハンコ」に教わったこと『むすぶ 623』(2022年12月発行)より |
期せずして「昼のニュースのトップ」になりました。周知のように11月9日、葉梨康弘法務大臣(当時)は同じ宏池会(岸田派)の武井副外相のパーティーで次のように語って、2日後に大臣を更迭される結果を招いてしまいました。 「だいたい法相というのは、朝、死刑のハンコを押しまして、それで昼のニュースのトップになるというのはそういう時だけ、という地味な役職なんですが、今回はなぜか旧統一教会の問題に抱きつかれてしまいました。ただ抱きつかれたというよりは、一生懸命その問題解決に取り組まないといけないということで、私の顔もいくらかテレビに出るようになったということでございます」。 ここにはやや事実誤認があって、朝「はんこを押し」てその日の「昼のニュースのトップになる」ということはまずありません。刑事訴訟法476条で「法務大臣が死刑の執行を命じたときは、5日以内にその執行をしなければならない」と定められ、現場で準備する時間が必要ですから、たいてい期限ぎりぎりの執行になります。法相がそんなことも知らないのかと暗然たる思いがしますが、おそらく彼にとっては、その場の聴衆に受けさえすれば、そんな“細かな”ことはどうでもよかったのでしょう。
“受け”と言えば、葉梨氏は法相就任以来、地元の会合や他の議員の政治資金パーティーで何度も同じ話をしたということなので、ふと口が滑ったというレベルではなく、「死刑のハンコ」をいわば鉄板ネタとして使っていたわけです。ということはつまり、話を聞いていた地元後援会の人や議員たちのうち誰一人、その発言がはらむ問題について彼に苦言を呈することがなかった。いや、それどころか、彼が「法相になってもカネも票も集まらない」と嘆き、「死刑のハンコ…」と語り出すと、会場が笑いの渦(少し控え目だったかも知れませんが)に包まれたのではないでしょうか。そうやって“受け”たからこそ何度も同じ話を繰り返した。葉梨氏がまったく軽率で想像力を欠き、法相として留まることは犯罪的ですらあるのはもちろんですが、その背後で今回の騒動を他人事のように見つめる聴衆たちのことを考えると、何とも寒々しい思いがします。
岸田首相だけが問題だと言うのではありません。安倍晋三内閣で何度も法相を務めた上川陽子氏のことは今でも苦々しく思い出します。4年前の夏の夜、彼女は毎年恒例の自民党議員たちの大宴会(通称「赤坂自民亭」)を盛り上げるべく奮闘していました。20年以上この宴会を取り仕切ってきた彼女は、自民亭の女将として万歳の音頭を取るなど大はしゃぎだったそうです。そして翌日、一転神妙な面持ちをした彼女が「昼のニュースのトップ」でテレビに登場しました。その日の朝、松本智津夫死刑囚をはじめとするオウム真理教の幹部7人の死刑が同時に執行されたのです。宴会の2日前に彼女が「ハンコを押し」ていたのを後で知って、私はそのあまりの軽さ、無神経さに言葉を失いました。 「日蝕」で芥川賞を受賞した平野啓一郎氏は現在は死刑廃止を訴えていますが、その著書『死刑について』(2022年岩波書店)で、死刑を支持していた当時の彼が死刑廃止を訴える女性と議論したことを振り返りながらこう書いています。 「彼女が人権などの抽象的な概念に基づきながら、死刑がなぜ間違っているのかを主張するのですが、どこまでいっても、死を〈赤の他人の死〉としてしか捉えていないのではないか。殺された人たちの死を、自分のことのように受け止めて心を痛めるということがまるでなく、あくまで勉強した通りの抽象的な意見を繰り返しているように思われました。」(14頁)
ここには私と同様の問題意識が綴られていると思います。私はプラトンのように、理性が感情という暴れ馬の手綱を引かねばならないとは思いません。理性と感情は互いに影響を及ぼし合っていて、その二つの間に優劣はありません。死刑制度の存廃議論に必要なのは、システムとして粛々と人を殺害する権力行為についての想像力を発動し、その上で自分の感情を意識化することです。葉梨氏にも上川氏にも、そのような苦心や葛藤がもっとも必要とされる地位にありながら、それらがまったく欠如していたと言うしかありません。それがこの国の不幸です。個人の生命が国家や民族や有象無象の集団の目的のために供される時代であるからこそ、あらためて死刑という刑罰をわが身に引き付けて考えたいと思います。 |