いのちと出会う 福本 千夏大切な人が伝えたかったこと―歌劇派芸人 趙博さんに学ぶ私がパギやんこと、趙 博(ちょうぱく)さんに、はじめて出会った時、東北大震災は起きていなかった。みな阪神淡路大震災も忘れかけていたころだった。ほそぼそ、ながながと災害にあった障害者のことを考え、支え続けようとするゆめ風基金。このゆめ風イベントも、去年はちらほら空席があった。 「忘れることは、人間の得意とすることなんですが……」と、司会のパギやんは、キレある毒舌を連発させた。かと思えば、そのあと、世の中のすべてのものを包みそうな大きな体で、繊細な歌を歌った。不思議な人やなー。と、そのあとすぐ、スクリーンのない映画館で、一人で映画を語るという彼の一人芝居をみた。芝居の基の『ホタル』というこの映画は、特攻隊で逝かされた者、残された者、見送らざるをえなかった者の姿を描いている。そのさまざまな命と向き合い、役者たちの特徴をまね、老若男女、一人ですべての役を演じきった役者パギやんに、私は魅了された。 夏には毎年、釜ヶ崎でのライブで、力強く労働者の応援歌を歌うパギやんの姿がある。「あー。いつか、この人と話してみたい」といつも思うのだが が、私は、あまりにも無知である。在日のことを、差別のことを、戦争責任のことを、社会のしくみをもう少し知ってからでないと取材なんて……と思っていた。結局、数か月後、私は無知で差別者の日本人のまま、念願のパギやんを目の前にするのであるが。 理解力と想像力 大阪のなつかしい匂いがする街並みの中。黄色いひらひらとしたビニールの看板が、風で揺れている。青い秋空を見上げながら「風まかせ人まかせ」と、書かれた看板をくぐる。店の奥の席に着くと「今日は、待ち合わせ?」と、髪を後ろに束ねたマスターが聞く。「はい」と、私は少し緊張した面持ちで返事する。「あっコーヒーと、こないだ食べ損ねたアップルバイは、ありますか」「あるよ」午後2時、店内にコーヒーの香りとゆったりとした時間が流れる。しばらくすると、自転車が止まる音がして、少し地の厚い作務衣姿のパギやんが現れる。 「今日は時間をお取りいただいて、ありがとうございます」と、私は座りなおす。 「いえいえ、こちらこそ、こないだはライブに来てもらって……あっ」数日前、じゃんけんで負けて、食べられなかったアップルパイを指さして笑う。 「ここ、ライブの時の夜の料理もおいしかったけど、パイもおいしい。あっ私の言うことわかりますか?」と、パイの最後の一口をあわてて頬張る。(以下、本文へ)
●趙 博(ちょうぱく)さんのプロフィール 1956年大阪市西成区生まれ。「浪速の歌う巨人・パギやん」の異名をとるシンガーソングライター&歌劇派芸人。20年の教師生活の後、プロに転身。コンサートはもちろん、語り芸「歌うキネマ&声体文藝館」シリーズも全国で公演。代表作は『ホタル』『砂の器』『青春の門・筑豊編』『泥の河』『パッチギ!』『キクとイサム』『風の丘を超えて/西便制』『神様こんにちわ』など。
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