『そよ風のように街に出よう』から
 『季刊 しずく』へ、少し肩の力を抜いて

                            小林 敏昭 (前 『そよ風のように街に出よう』 副編集長)

  1979年に創刊した障害者問題総合誌『そよ風のように街に出よう』の最終号(91号)を世に送り出してから、あっという間に1年が過ぎました。3年ほど前に終刊を公表して以後、読者はもとよりマスメディアを含めて各方面から想像していた以上の反響があり、河野秀忠編集長の闘病と死という事態も重なって、あわただしく時間が過ぎていくばかりでした。そのため38年間『そよ風…』を支えていただいた皆さんに感謝の気持ちを伝えることも十分にできないままでした。読み手として書き手として、取材の協力者として、貴重な情報の提供者として、周りの人たちに『そよ風…』を手渡す取次者として、数知れない人たちが『そよ風…』に思いを寄せてくださいました。その中にはすでに亡くなった方もたくさんいらっしゃいます。声の届く方にもそうでない方にも、あらためて感謝いたします。ありがとうございました。

 私たち編集部が 「廃刊」ではなく「終刊」という言葉を使ったのは、たくさんの人たちの協力を得ながら『そよ風…』はそれなりに奮闘し、その役割を終えたという自負があったからでした。『そよ風…』は障害者に地域で生きるための情報を届けることと、障害者の思いや生活を社会に届けることの2つを目的として発刊されました。創刊当初、「地域で共に生きる」を旗印にしてそのような役割を担う媒体は皆無でした。しかしこの40年の間に状況は大きく変わりました。都会と田舎、それぞれの自治体によって状況は異なりますが、街のバリアフリー化や介護制度の拡充が一定程度進みました。そして何より障害者自身が「私たち抜きに私たちのことを決めるな」というスローガンのもとに集い、社会的な発言力を強めました。もちろん障害者は圧倒的な少数派ですし、まだまだその力は十分とは言えません。でも編集部には、当初の2つの役割は障害者自身が十分に担いはじめているという判断がありました。読者数の減少も、客観的な現実として冷静にそれを教えてくれていたのです。

 しかし2016年7月26日に相模原事件が起きました。46人という被害者の数においても、重度の知的障害者が「生きる価値がない」として一人の民間人に殺傷されたという中身においても、戦後最悪の事件でした。私たちは2011年3月11日の前に戻ることができないのと同じように、この事件の前にも決して戻ることはできない。社会の一員として事件を引き受けないといけない。その思いは私の中でも強まりました。

 その一方で、ご存知のように染色体異常を発見する精度が高い新型出生前診断に妊婦たちが殺到しています。2013年4月から4年半の間に5万人あまりが診断を受け、「異常あり」とされた700人のうち94%にあたる654人が中絶を選択しました。700人中20人は胎児が子宮内で死亡したなどのケースですから、それを除くと中絶比率は96%になります。そして今、日本産科婦人科学会は、臨床研究段階のこの診断をさらに拡大する方針を示しています。

 またこの間、旧優生保護法下での障害者に対する強制不妊手術が大きな社会問題になっています。日本弁護士連合会の調査では、優生手術は少なくとも25000件実施され、うち本人の同意がなかった人が16475人に上るということです。「不良な子孫の出生を防止する」ことを謳った法律が20数年前まで日本に存在し、そして今もいわば個人の選択としてその思想は脈々と受け継がれているということができます。

 『そよ風…』最終号の発行に前後して、何人もの読者から編集部にカンパが届きました。振込用紙にはたいていこれまでの『そよ風…』発行をねぎらってくれる短い言葉が添えられていましたが、中に「今後も何らかの形で発信を続けてほしい」という言葉が添えられたものもありました。そういう人たちの脳裏に相模原事件があり、優生思想の拡がりに対する危惧があるのは明らかでした。私自身も、長年障害者問題に関わってきた者の一人として、そして未だ差別に色濃く染まった“健常者中心社会”を支える者の一人として、『そよ風…』とは違った形での情報発信と意見交換の場を考え始めました。

  『そよ風…』ほどお金をかけず、肩ひじ張らず、編集同人というお互いに対等な関係で小冊子を発行できないだろうか。しばらく考えた末に、「ええい、ままよ!」と友人たちにEメールを発信しました。皆それぞれのスタイルで分断や排除が進む今の社会を変えたいと願い、変えられると信じて、ものを書くことにこだわっている友人たちです。と言っても私の交友範囲はそれほど広くないし、かえって迷惑かも知れないと考えて声をかけるのを遠慮した人もいました。

 悩んだ末に「私には荷が重い」と返事をくれた一人を除いた全員が、一緒にやろうと手をあげてくれました。そして総勢10人の同人が『季刊 しずく―だれ一人しめ出さない社会へ』の船出を共にすることになりました。同人一覧をご覧いただけば、障害者問題を核(立脚点、切り口、参考)にしながら、それぞれに個性的な生き方と硬軟多様な文体を持ち、広く社会問題にコミットできるメンバーが集まったことがお分かりいただけると思います。

 タイトルの「しずく」は、水面に波紋をひろげる水滴、炎天下の乾いたのどを潤す水、永い年月をかけてついに石を砕く雨だれなどをイメージしました。年4回発行で、B5版24ページから32ページ。各同人が特集テーマとそれぞれの関心に沿った原稿を書く責任を負い、議論しながら誌面を共同制作していきます。今年7月、「相模原事件から2年」を特集テーマとして、創刊号を発行しようと準備を進めています。「少し肩の力を抜いて」といくかどうか大いに疑問ではありますが、ぜひ皆さん、買って、読んで、そして投稿してください!  (2018年5月記)

 

 

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