鳥にしあらねば 106

 

『殺したんじゃねえもの 367』(2018年3月発行)より

 前回、40年前に強制不妊手術を受けた宮城県内の知的障害の女性が、1月末に国家賠償請求訴訟を起こしたことに触れた。日弁連によれば、旧優生保護法(1948年〜96年)下での不妊手術は少なくとも2万5千件実施され、うち本人の同意がなかった人が1万6475人に上るという。もっともこれは『衛生年報』などの公的文書に記載された件数であり、氷山の一角に過ぎない。例えば北海道が記念誌『優生手術(強制)千件突破を顧りみて』を作成し「優生保護法の面目を持し民族衛生の立場からも多大の意義をもたらした」と誇らしげに語ったのは56年である。優生保護法施行からわずか8年で千件を突破したのだから、その後同法が廃止される96年までの40年間にどれだけの“実績”を積み上げたのかは、推して知るべしだろう。

 早稲田大学ジャーナリズム研究所のプロジェクトとして17年に活動を始め、現在はNGOとして独立した「ワセダクロニクル」は、今年2月中旬から3月中旬まで12回にわたって特集「シリーズ・強制不妊」を組み、ネット上で公開している。早大はマスコミに多数のOB、OGを輩出しているから、仮にそのネットワークを利用しているのだとしても、本テーマに限ればその調査報道力は巨大メディアに引けを取らない。

 そのシリーズは現在、宮城県知事や東北電力社長など県内の有力者を総動員した過去の優生手術徹底運動をレポートし、そこに権力の暴走の歯止めとなるべきマスメディアの幹部も加わっていた問題を追及している。この間、メディアは他人事のように強制不妊問題を報じているが、自らのこととしてしっかり検証してもらいたいと思う。

 そのメディアの問題も重要だが、ここで紹介したいのは「厚生省令で、家族・親族の病歴や犯歴調査を命令」というタイトルのシリーズ第3回である。優生保護法の施行と並行して、当時の林譲治厚生大臣は省令を発し同法の施行規則を定めている。その中の、強制不妊手術の対象者を医師が申請する時に提出する「遺伝調査書」の「記載上の注意」では、「本人の血族中…遺伝病にかかった者は勿論自殺者、行方不明者、犯罪者、酒乱者等についても氏名、年齢、続柄を記入し罹病者については、その病名…を」書くよう指示している。

 この省令を受けて都道府県の優生保護審査会に提出された調査書の一例(福岡県)を紹介しよう。39歳の知的障害の女性は80年、県立病院の医師から手術を申請された。調査書には「気分が不安定で社会生活で適切な判断ができず、申請医の病院に入院中」と本人について説明があり、「家系の状況」には、「本人の末妹は本人と同じく精神薄弱であり精神病院に長期間の入院歴がある」、「母方の従兄(父(ママ)の弟の子供)に累犯者があり、現在服役中である」とある。そして以上から3人とも遺伝性障害の疑いが強いとされ、女性は強制手術の対象となった。これは特殊な例ではない。先の北海道の千件突破記念誌にも、「母も妹も分裂病、弟は実妹殺し」(31才女性)、「社会の害毒やくざの例」(29才男性)、「精薄三代女の乱れた家庭」(年齢不詳女性)などの見出しで強制不妊手術が実施された例が列挙されている。

 これらの「調査」に直接携わった精神科医たちがどのような目線を障害者たちに向けていたのか、改めて指摘するまでもない。もちろん手術の責任を彼らだけに負わせることはできない。しかし私の知る限り、メディアに登場して人権蹂躙に手を貸したことへの反省の弁を述べたのは、島田事件の赤堀政夫さんの支援に関わり野田事件にも関心を寄せてくれている岡田靖雄医師ただ一人だった(1月27日毎日、31日朝日新聞)。他の多くの精神科医たちは今どこで何を思うのか。それを知りたい。