鳥にしあらねば 110

 

『殺したんじゃねえもの 371』(2018年7月発行)より

 「赤坂自民亭」という名の料亭があるわけではない。忖度や根回し、裏取引が日常茶飯の党ゆえ、実際に存在していても不思議はないが、東京・赤坂の衆議院議員宿舎で毎年開かれる懇談会の通称である。プレジデントオンライン(7月14日)によれば、今年も「自民党議員がそれぞれ郷土料理や地酒を持ち寄って酒盛りを行った。…今回は午後8時半ごろ安倍晋三首相が姿を現したこともあり、いつもより多い50人程度の議員が集まった。…現職首相の出席は初めてだったという。出席者の話によると、それぞれが持ち込んだ酒を飲み比べながらお国自慢をし、安倍首相とツーショットの写真を撮り…といった具合で誰が何を話しているか聞き取れないほどの盛り上がりだった」らしい。

 問題はそれが7月5日の夜だったことである。その数日前から北海道では大雨の影響で河川の氾濫やがけ崩れが相次いでいたし、5日には西日本の11府県で豪雨のため70万人近くに避難指示や勧告が出されている。同日午後には気象庁が会見を開いて「記録的な大雨になるおそれがある」と警告を発した。大雨を警告するために気象庁が会見を開くのは異例だ。その時点では未曽有の豪雨災害は発生していないが、その危険は差し迫っていた。まさにその時、首相をはじめ岸田文雄政調会長、小野寺五典防衛相などの与党幹部がこぞって賑やかに酒盛りをしていたわけだ。疑惑や不祥事にまみれながら野党の弱腰にも助けられて安倍一強体制が続き、9月総裁選での3選が現実味を帯びてきた。この時期、首相にとって何より大事なのは総裁選の選挙権を持つ国会議員であり党員であって、市民に迫った危機など関心の外だったのかも知れない。

 それだけでも大問題である。しかし「自民亭」問題はそこで終わらない。先のプレジデント記事には「乾杯のあいさつは竹下亘総務会長が務め、『自民亭の女将』でもある上川陽子法相の発声で『万歳』をした」とある。IWJ(Independent Web Journal)の記事(7月10日)によると上川法相は過去27回にわたってこの宴を取り仕切っていて、まさに「自民亭の女将」と呼ぶにふさわしい。場を盛り上げるべく大いに奮闘しただろうことは想像に難くない。

 そしてその翌日、一転して神妙な面持ちで記者会見に臨む上川法相の姿をテレビでご覧になった方は多いはずだ。その日の朝、オウム真理教の代表だった松本智津夫死刑囚をはじめ、早川紀代秀死刑囚、井上嘉浩死刑囚など教団幹部7人の死刑が執行された。戦後に限れば、1948年12月23日に東條英機元首相などA級戦犯7人が絞首刑に処されて以来の大量執行だ。

 刑事訴訟法476条が「法務大臣が死刑の執行を命じたときは,5日以内にその執行をしなければならない」と定めているのはご存知の通りである。上川法相は同じ記者会見で、死刑執行命令書に押印したのは7月3日だったと言明している。その日は火曜日、そして「赤坂自民亭」での宴は木曜日の夜だ。土日や休日には死刑は執行されないから、翌6日の金曜日に執行される確率はかなり高い。そのことを法相は重々承知していたはずだ(安倍首相ともども、事前に執行日を知らされていた可能性は否定できない)。

 法相は会見で「鏡を磨いて、磨いて、磨いて、磨き切る気持ちで判断した」と「磨く」を何度も繰り返した。その判断の背後には法務官僚や政権中枢の執拗な圧力があっただろう。7人の生命を強引に奪うという行為の残忍さを想像してみるだけでも、そこに深刻な葛藤が生じない方がおかしい。しかし、宴席で万歳の音頭をとる「女将」の姿からはその片りんすらうかがうことができない。余りに軽い。それは安倍政権そのものが持つ軽さなのだと言ってしまえばそれまでなのだが。