鳥にしあらねば 112

 

『殺したんじゃねえもの 373』(2018年9月発行)より

 どちらも私には選挙権がない二つの選挙が現在進行中だ。一つは9月20日投開票の自民党総裁選、もう一つは9月30日投開票の沖縄県知事選である。総裁選には安倍晋三首相と石破茂元防衛相が出馬しているが、安倍勝利は確実で極右と軍事オタクによる出来レースとも言えるから、実質的な次期首相を選ぶ選挙の割には世間の関心も薄いようだ。

 しかし争点がないわけではない。アベノミクスの評価や政治のあり方、改憲などをめぐってテレビ番組や街頭演説で舌戦が続いている。中でも改憲の具体的な中身や進め方の違いには注意が必要である。安倍首相は憲法9条をそのまま残し、自衛隊の存在を追記する案を今秋の臨時国会にも提出したい考えだ。国民の支持を得やすいところから改憲に着手しようとするもので、蛙を熱湯に入れるとすぐに飛び出すが、少しずつ水温を高くするとそれに気づかず()で上がってしまう(これはウソだが)という「茹でガエル」路線である。

 それに対して石破氏は、もっと党内議論を重ねて国民に丁寧に説明すべきだと安倍氏の拙速を批判している。石破氏は戦力を保持せず国の交戦権も認めないと定めた9条2項を改め、「日本と世界の平和と安定のために陸海空自衛隊を保持する」と明記した改正私案を既に公表している。そして9条改変よりも、参院選の合区解消や緊急事態条項の新設を急ぐべきだとも語っている。安倍氏がセコいなら石破氏はコワい。どっちに転んでもこの国の将来はアヤうい。

 もう一つの沖縄県知事選は注目に値する。名護市辺野古の埋め立て承認を任期中に撤回すると公言してきた翁長雄志知事が、任期を4か月残して急死したのを受けた選挙である。立候補したのは佐喜真淳前宜野湾市長、玉城デニー前衆院議員、渡口初美元那覇市議、兼島俊元会社員の4人。琉球新報や沖縄タイムスによると、元「日本会議」メンバーで安倍首相に近い佐喜真氏と翁長氏の後継候補とされる玉城氏が選挙戦序盤から接戦を繰り広げている。

 争点が普天間飛行場の辺野古への移設の是非であるのは言うまでもない。佐喜真氏は普天間飛行場の早期返還を主張する一方で辺野古移設への賛意は明示していないが、安倍政権と一体であるのは誰の目にも明らかだ。対して玉城氏は埋め立て承認の撤回を支持し、移設に反対する姿勢を前面に押し出している。この選挙の結果は辺野古だけでなく、沖縄の米軍基地の今後のあり方にも大きな影響を及ぼすだろう。

 この二つの選挙は根元でつながっている。戦後日本が基軸としてきた日米安保体制である。改憲を党是とする自民党は、GHQ(連合国軍総司令部)の占領下で憲法が公布されたという歴史的事実に対する怨恨と屈辱感とを今日までずっと引きずってきた。その後の安保体制のもとで、日本は米国の核の傘に守られながら平和憲法を維持するという離れ業を演じてきた。日本の戦後民主主義はそのような根本的な矛盾の上に築かれてきたと言える。そのツケが現在の安倍政権による戦争法の制定や改憲の動きとして現れているのだ。

 そして沖縄は日米安保の最前線と言っていい。日本全体の0・6%の面積しかない所に米軍専用基地の75%が集中している。沖縄県基地対策課の資料によれば、米軍関係の事故は年平均41件、犯罪は同150件発生しているが、日米地位協定によって日本の捜査権や裁判権は大きな制限を受けている。まさに米国への「異様なる隷属」(白井聡『国体論―菊と星条旗』)が沖縄を犠牲にしながら続いている。二つの選挙は、米国と日本と沖縄という差別・支配の三層構造を私たちに見せてくれる絶好の機会なのかも知れない。