■ 鳥にしあらねば 96
『殺したんじゃねえもの 357』(2017年5月発行)より |
この1、2年、タリオン錠のお世話になっている。花粉症の人たちによく知られた薬だが、私は時々皮膚にじんましん症状が出るようになり皮膚科で処方されて服用するようになった。この薬の働きはシンプルだ。アレルギーはヒスタミンという体内物質がH1受容体(ヒスタミン受容体)と結合することで発症する。タリオンやアレグラなどの抗ヒスタミン薬は、ヒスタミンが結合するより早くこのH1受容体と結合してアレルギー反応が起きるのを防ぐ。要するにH1受容体にヒスタミンだと勘違いさせ、取り込み口を塞いでしまうのだ。受容体には申し訳ないが、私をはじめそのおかげを蒙(こうむ)っている人は数多い。
このところ安倍晋三首相が苦闘しているのは、日本人に根強い改憲アレルギーを撲滅する薬の開発である。天皇を元首とする強権国家を再興するという自民党の悲願を達成するためには、何としてもこの国民的アレルギーを抑える必要がある。そこで盟友の読売新聞社の協力を得て、抗改憲アレルギー薬の開発に取りかかった。憲法記念日の5月3日、読売新聞トップを飾った安倍首相のインタビュー記事は開発途上の薬の治験のようなものだ。薬効のほどは定かではない。アレルギー症状をどの程度抑えられるか、とくと観察して薬の完成を目指さなければならない。
その記事中に「インタビューのポイント」が要領よくまとめられている。
憲法9条の1項と2項に手をつけずに自衛隊の存在を明記すること(そんなことが可能なのか!)と高等教育の無償化が、今回の治験で試される抗アレルギー薬だ。自分の本意ではないが、この2つなら国民も受け入れやすいと踏んだに違いない。高等教育の無償化のために改憲が必要だとはとても思えなが、改憲の発議に必要な衆参両院議員の3分の2を確保するために、そして今、国会で紛糾している共謀罪を成立させるために、維新の会に揉(も)み手をしてすり寄る必要があったのだろう。本来の目的のためには譲歩を厭(いと)わない。そんなスタンスは次のような記事の問答にも現れている。
ここには現実主義に一層重心を移した首相の計算がある。「(改憲を)発議する上で何をテーブルの上に上げていくか、柔軟に考えるべきだ」と語っているのも同様だ。あらかじめ国民のヒスタミン受容体を塞いでおいて、次に党の改憲案を実現させるという魂胆なのは誰の目にも明らかだ。しかしそもそも、改憲への抵抗を単なるアレルギー反応だと思い込んでいるところに彼の悲しい勘違いがあると思うのだが、どうか。 |