未曾有の震災、とまどう報道、悲観的な人、楽観的な人

これからを想像もできない人、なくなった人、なくなった人を悲しむ人様々いるなかで

何を書いていいかわかりませんが、



このサイトを閉鎖してからの私は、今現在、私は千葉にいます。

2008年、精神的な病を患っていた父はついに死に、、、

2008年に年上で当時18歳だった子どもを抱えた女性と結婚し日々の生活に悩みながらも

今まで生きてきました。

このサイトを閉鎖した後も、資格をとりつづけ、転職をし37歳でありながら、

組織の末端で、いわゆる全くの肩書きのない平社員をしています。

でも、転職には夢を抱き、上を見ながらできることを懸命にやって今を生きてきました。

転職も、結婚も、一緒に暮らす子どもとの生活も、想像以上に大変ではあったけれども、

それ以上に大変な人が当たり前に、この数週間で溢れ返っています。



TVの画面は自粛した放送で、死体の山を写すこともなく、支援物資が届くことを待たずに

餓死した子どもを写すわけでもなく、オブラートにつつんだ放送になっています。

CMも自粛の嵐で、AC(旧公共広告機構)のCMが暗記されるほど流されている異常な雰囲気

になっています。そのACに抗議をいれる方もいます。


原発の危険性はずっと言われてきたけど、一向に予断を許さない状態で、

多分あと、3年から5年は使用済み核燃料を冷やし続ける必要があると思いますが、

その未来を考える間もなく、命をかけて注水し、今を生きている人がいます。




今日と同じ明日はこない



それを痛感した1週間でありながら、鬱々と仕事も家族ともまともに向き合えない私がいます。

そんなどうしょうもない一小市民な私です。


多分、私と同じような人が、今の日本には殆どだと思います。

気安く頑張ろうとか、人にも言えませんし、大それた何かを私自身ができるわけではありません。


ただ、一小市民としての、かつて、このサイトを利用して、十数万人の方がきてくれた当時のような

「なんでもない、何か」をここに再度書いてみようと思います。

何か、こんな私がここにいるということを残す場所を再度作りたくなりました。


偽善めいたことをかくつもりもありませんし、何かの批判をするつもりもなく

ただ、自分の存在をここに書きたくなりました。


自分の自我のためだろ、と非難する方もいるかもしれません。確かにそういう面が少なからずあることはは否定できません。

ただ、このサイトを閉鎖してから、いろいろなネットを見てきて

ネットの技術と流通性はとてつもなく進んできましたが、意外と、一人称で語られる文章は増えず、

むしろ減ってきたように思います。


そこに、何かしらのニーズがあるように思えるのです。


だから、何かしらを書き連ねて、なんか意味があるのか無いのかわかりませんが

とりあえず書いていきたいと思います。


それが、、誰かの共感や鼓舞につながれば幸いですし、批判の対象になればなったで

それはそれとして、、と考えています。


何がいいたいが文章が曖昧ですが、


以上、

Yukito. 2011/3/20 
メールアドレス:sugiyuki@ hi-ho.ne.jp