第10話 先生のいないミニ・コンサート |
皆様、お待たせしました。2月17日の「楽しいクラシックの会 ミニ・コンサート」のご報告をさせていただきます。
この日、私は、先生のお迎えには加わらず、準備のため一足先に会場に入っていました。他の会員と一緒に会場を整えてお客様をお迎えし、なかなかいらっしゃらない先生を待ちました。開演時間になろうとしている時、控え室に呼ばれたので行ってみると、出演者のお二人と渡辺会長が暗い顔で私を見ます。そして渡辺会長から事故の話しを告げられ、「鈴木さん、先生の代わりに司会をしてください。」とのこと。突然のショックな出来事と、急に降りかかってきた責任の重さで、頭の中はパニックです。「先生自ら電話をかけてきたということは先生は大丈夫なのかしら?でも同乗の2人は?バスと衝突なら大事故では?司会???」同乗者は私の大切な友人でもあり、心配で心配で心臓のドキドキがなかなか収まりません。でも、会場は既に満席。グズグズしている時間もありません。「何の準備もなく、いきなり司会なんて、できるわけないじゃない」という言葉を飲み込むのが精一杯。私は、混乱したまま席に着きました。
こうして、「先生のいないミニコンサート」が始まりました。まず、渡辺会長がごあいさつ。状況を説明。「先生のお迎えの車が交通事故に・・・でも、怪我はたいしたこともなく・・・司会を鈴木さんに・・・」。当然ですが、お客様は驚かれた様子。会場の空気は一変して重いものとなりました。
ピアノの宮下ゆかりさんは、これまで2回のi教授の家「記念コンサート」で主に伴奏でご活躍された方。私とも仲良しです。最初の曲はシューマンの「幻想曲」1楽章。彼女も突然のアクシデントで動揺しているに違いありません。ところが演奏が始まると、なんと、すごい集中力で聴き手を引き込んでいきます。静かな音のフレーズの中に切なさを感じるところもありました。宮下さんは強い精神力で、先生を心配する「思い」を、ピアノの音に込めて演奏したのでしょう。私は、宮下さんの感動的な演奏に勇気を得て、皆さんの前に立ちました。ライトが眩しく、くじけそうになりましたが、客席の皆さんは、とても優しく見守ってくださっています。たのくらの会員の方々、「i教授の家」でおなじみの方々の暖かい視線を感じました。
宮下さんとのトークは、お互いお友達感覚を引きずって、ちょっと、どたばた気味で始まりましたが、ちゃんと曲の解説もありましたよ。ベートーヴェンの記念碑を建立する時、シューマンが楽譜の売上金を寄付する目的で作曲したピアノソナタが、最終的に「幻想曲」として出版されたとか。そして「遥かなる恋人に寄す」の中のモチーフが曲の中に使われていることを、宮下さんは実際にピアノで弾いて説明してくださいました。「では、そのモチーフがどこに出てくるか探してくださいね」ということで、山下浩司さん(バス・バリトン)に登場していただきました。
今度は宮下さんは伴奏で私は譜めくり。曲はそのベートーヴェンの「遥かなる恋人に寄す」。山下さんの美声は、宮下さんが「ヘルマンプライのよう」と言うくらい素晴らしく、客席の皆さんは、本当にうっとりと聴いていらっしゃいました。歌はもちろんですが、私は山下さんのお人柄にも感激しました。予めの打ち合わせもなかったので、私の質問を唐突に思われた場面もありましたが、ある時はユーモアで会場を湧かせてくださり、ある時はとても優しい笑顔で誠実に応えてくださいました。
ここで5分間の休憩。控え室で、時間配分など初めて打ち合わせらしいことをしました。始める時はそんなことすらも思いつかないほど動揺していたわけですね。いや、したかもしれないが覚えていない。
後半は宮下さんの30番のピアノソナタの後、アンコールに山下さんのフィガロ、そして、もう一度「遥かなる恋人に寄す」を聴きたいというお客様のリクエストに応えて、歌曲の最後の「さあ、これらの歌を受け取ってください」を歌ってくださいました。そのおかげで、このコンサートの中心は「ベートーヴェン」だったという印象が残り、良かったと思います。最後に会場からの質問コーナーで皆さんとのお話を楽しみました。次々と手を挙げて質問してくださるのも、私を助けてくださっているようで、うれしかったです。
私の司会は、最初の重い空気を何とかしなければと、明るく軽い乗りを意識したのですが、上っ調子になってしまったかもしれません。でも最後は渡辺会長の落ち着いた挨拶でしっかり締めて頂きました。一時はどうなることかと思いましたが、宮下さん、山下さんの素晴らしい演奏と素敵な笑顔、寛大なお客様のおかげで、とても暖かいコンサートになりました。本当にありがとうございました。
渡辺会長のご挨拶にもありましたが、会始まって以来最大の危機を乗り切るために、会員の気持ちがひとつに向かったという連帯感を感じたのと同時に、たのくらの最初の頃の内輪の素朴なミニコンサートを思い出して、ちょっと懐かしく、しみじみしてしまいました。
最後に、同乗していた二人の怪我も軽傷だったとのこと、今日は滝さんの元気な声も聞けて何よりでした。