下谷七福神めぐり

平成14年1月3日 午後1時〜3時頃

(社) 東京都レクリェーション協会

○ 布袋尊(寿永寺)・・・・・・清廉度量の神

寿永寺は、寛永7年(1630)の開山です。寿永法尼という尼さんが、徳川二代将軍秀忠公の菩
提を葬うため、この地に庵室を営み現在に至るまで法灯が続いています。当山七世敬首和上
が、放生会という動物慰霊の文を発願しました。また、弥勒菩薩の化身といわれる布袋尊を崇
敬して、庶民の幸福を願いました。

布袋尊は中国に実在した高僧で、清廉度量の神として、我が国では七福神の一人に数えられ
ています。

○ きく恵比寿(正宝院飛不動尊)・・・・・・敬愛富財の神

10月は神無月の名のとおり、神様が男女の縁結びのため、出雲の国に出かけます。その留守
を預り私達を守って下さるのが恵比寿様です。10月10日願い事がよくキクように恵比寿様に菊
を供えておまいりすると、いつもの商売繁昌や縁結びに加え、すべての願事を叶えて下さると
いわれています。

○ 弁財天(弁天院)・・・・・・芸道富有の神

備中松山城主水谷伊勢守勝隆は寛永初年(1624年)不忍池に弁財天を建立すると同時にそ
の下屋敷であった水の谷の邸内の池にも弁財天をまつり姉妹弁財天として西方の不忍を夕
日、東方の水の谷を朝日弁財天と称した。弁財天は芸道富有結縁を授ける神として知られ
る。

尚、境内に聖観世音菩薩像建立さる。(平成元年)みなさまに親しまれています。

   大祭日1月13日 6月13日 9月13日

○ 毘沙門天(法昌寺)・・・・・・勇気授福の神

その昔、日蓮聖人が所願成就を祈願して開眼された毘沙門天のお堂のかたわらには、コメデ
ィアンたこ八郎改め、たこ地蔵が皆様の無病息災を祈願して合掌しております。人生に勝て!
 毘沙門天は必勝祈願の軍神です。

○ 三面大黒天(英信寺)・・・・・・有福蓄財の神

古くから、坂本大黒堂の英信寺と言われた当山に安置されている弘法大師御作と伝えられる
三面大黒天は、ほんとうの有福(心の豊かさ)を育ててくださる、あたたかい御尊体で、右に弁
財天、左に毘沙門天の三ツの顔を持つ大黒さまです。合掌をして、“オンマカキャラヤーソワ
カ”と、となえて、心を豊かにしていただき、出世・開運・商売繁昌等の手助けをしていただきま
す。大黒天・弁財天・毘沙門天は仏教の守り神(天)です。

○ 福禄寿(入谷鬼子母神)・・・・・・人望福徳の神

福禄寿は中国の道士(仙人)で、その姿は短身、長頭、多髪で杖に巻物を結び鶴を伴い三徳
具備の相を表しております。尚、当山には安産、子育の鬼子母尊神を勧請しております。又当
地は江戸末期より朝顔造りが盛んであったので朝顔市が毎年7月6〜8日とり行われます。

○ 寿老神(元三島神社)・・・・・・延命長寿の神

寿老神は延命長寿の神で中国道教の神、又老子の化身の神ともいわれています。寿老神は
杖を手にし、杖に結びつけられた軸物は人命の長寿をしるした巻物といわれ、伴っている鹿は
長寿をつかさどる神使とされています。元三島神社は弘安の役の析勇将河野通有、四国の大
山祇神社に必勝祈願、出陣をなし、神恩加護の下武功赫々として帰陣したところ夢中に神の
お告げを得て大山祇神を武蔵国は上野山中に鎮座申したことに始まったと伝わる。

一葉記念館と旧居跡

樋口一葉は明治26年7月20日本郷菊坂町より下谷竜泉寺368番地に移り住み、この界隈を背
景に「たけくらべ」を書いた。これを記念して記念公園・記念館が作られ、一葉宅の左隣り(6m
西)の酒屋の跡に旧居跡の碑が建てられました。

下谷坂本富士(小野照崎神社)

江戸庶民の信仰で、富士山を対象とした富士講という組織がありました。富士に登りに行けな
い人達のために居ながらにしてお参りできるようにした多くの模造富士があります。これらを富
士塚と呼び、ここのものは原形保存状態が良好で昭和54年国指定の重要有形民俗文化財に
なり直径16m、高さ5m。普段は門が閉じられていて6月30日と7月1日の山開きの日だけ公開
され、90歩で頂上まで登れました。