池袋駅の南側に「びっくりガード」というアンダーパスがある。
現在は、車道4車線の立派な地下道だが、改修前のガードは狭く、暗かった。その昔、荷車を引く馬は、電車が上を通ると驚いてあばれるため、そう呼ばれるようになったという。
今のようにトラックのない時代、流通は水運、のちには鉄道輸送が幹線の輸送を受け持ち、その端末は馬力が主に担っていた。
びっくりガードのある池袋駅の西口では、戦前、国鉄(かつては省線)や東武、西武で池袋貨物駅に到着した消費財、すなわち木炭、石炭、小麦粉、米、薪、紙などの生活を支える物資は、荷馬車に積み替えられ、需要家へと運ばれたのである。
首都近郊に育った私の記憶をたどっても、昭和30年代初めころの、ゆっくりと歩を進める荷馬車の姿が記憶の彼方に浮かんでくる。 荷はおおかた「金肥」だったような気がするが・・・
大正12年の関東大震災の復興の際には、馬力が大きな役割を果たした。この年、東京では、トラック4459両に対し、荷馬車は1万6376両に上ったとされる。
太平洋戦争の戦時輸送、そして再度の東京の復興の際にも、「日本に乏しいガソリンを食わない、そして鉄も必要としない」(当時の運輸官僚の談)馬力輸送は脚光を浴びた。
しかし、やがて、利便性や効率、そして馬匹から生ずる衛生上の問題などから、物資の流通は、自動車輸送に傾斜し、馬力を駆逐し、現代のトラック全盛の時代をむかえることとなる。
この本は、かつて日本の輸送史に大きな足跡を残した馬力輸送を掘り起こし、欠落した史実を明らかにしようとしたものである。
著者の石井氏は明治大学で交通論を専攻した学者であるが、生家は、戦前池袋で馬力運送を経営していたという。
その生活実感からくる本書の語り口は、馬に対する愛情に満ちあふれている。トラック輸送の前史を飾り、かつての日本の建設に大きな役割を果たした馬力の歴史を少しでも発掘し、後の世に残していきたいという意気込みにエールを送りたい。
この本は、トラック業界の実力者、浅井時郎東京都トラック協会会長から頂いた。
同協会では、「東ト協ブックス」を発刊し、社会・文化と密接な関わりを持つ物流のあり方を広く世に問うことを目指している。
業界の意欲的な取り組みに敬意を表するものである。