最近、国産の旅客機YS11が国内線から引退するというニュースがあった。確かに、それ以後の国産機は名前を聞かない。
車、電気製品、デジカメなどおよそあらゆる工業製品で世界を席巻しているメイドインジャパンが、旅客機にはなぜないのか、この疑問を長年飛行機作りに携わってきた著者が悲憤を込めて著したもの。
実は、日本の宇宙航空分野は、1兆円の売り上げがあるという。このなかには、もちろん、自衛隊機のライセンス生産なども含まれて入るが、確かにそれほどの規模の産業であるにもかかわらず、日本企業のブランドのついた旅客機は見当たらない。ボーイング、エアバスが二大メーカーで、日本のメーカーはその下請けに過ぎないからだ。
そうした態勢になぜなってしまったのか。
本書に沿って、順に簡単に整理してみる。
戦後まもなく、アメリカは敗戦国日本に対し非軍事化を推し進め、その一環として航空機生産を禁止。
7年後に解禁されるが、その後まもなくは、アメリカのジェット戦闘機F86,練習機T33をライセンス生産したにとどまった。
一方、当時の通産省は、ジェットエンジンの国産化を企て、富士重工など4社を集めて、昭和28年に日本ジェットエンジン?NJEを発足させたが、大蔵省から技術開発に関する国庫補助を得られずに変心して、業界を「見殺し」、困った業界は、自衛隊のジェット練習機T1のエンジンの国産化をめざす。
その後ジェットエンジンJ3を試作するもののトラブル続きで苦戦したが、最終的には60機のT1に搭載された。しかし以後国産ジェットエンジン開発は浮上しないままとなった。
その後は、対潜哨戒機PS1、輸送機C1、練習機T2,T4などを自主開発するが、主力戦闘機やエンジンそのものは、ライセンス生産となった。これはアメリカの圧力もあるが、武器の輸出が出来ない日本では、量産効果が出ず、単価の高いものになることも影響している。
さて、話題の国産旅客機 YS11であるが、本書の著者は、「YS11 国産旅客機を創った男たち」、「最後の国産旅客機YS11の悲劇」という本も著している。著者によれば、YS11は、当時の通産省航空機課長赤沢氏のリーダーシップの賜物と言う。
赤沢氏は、兵器生産の谷を埋めるものとして、YS11を企画、政府とメーカーが出資した特殊法人「日本航空機製造」を立ち上げ、合計182機を生産した。しかし、親方日の丸の高コスト構造、寄り合い所帯の経営責任不明確などがたたって、後継機は創られないまま、昭和46年度で会社は解散となった。
じつは、この一件が日本の航空機産業全体のトラウマになって、関係者が日本での旅客機製造に手を出さないのだという。
その背景には、航空機製造をめぐる通産省と運輸省との確執がある。航空機の認証・許可は両省にまたがる二重行政、しかも戦後まもなくからの根の深い話だという。これでは、航空機産業を国の将来を背負う戦略産業に育てるという国家としての意思はまとまらないわけである。
その後、三菱は独自に小型旅客機MU2、MU300を相次いで自力で開発するものの、バイアメリカンの壁もあって、事業的には失敗に帰した。
また、近年では、大型ジェット機の開発には巨額な資金がかかることもあって、ボーイング767、777では、国際共同開発方式が取られ、日本メーカーはそれぞれ15、20%を負担し、その後の製造にも深く関わっているが、所詮はボーイングの下請け的地位に甘んじている。
東西冷戦体制の終結によって、軍備縮小の流れが生まれ、これまでの兵器生産のサイクルが変わり始めた。各国は、軍用機を「大事に、長く」使い始めたのである。
一方、ステルス化やIT化の流れで軍用機の価格も急上昇、これにより新型機開発の間隔がこれまでより空くことになった。両者あいまって航空機会社は厳しい局面に置かれている。
この分野で日本が新たなステップに踏み出すとすれば、必要なのは、まず、リスクを恐れぬ企業家精神だという。
しかし、多額の開発費の負担に耐える企業家は今日の経済情勢のもとそうはいないだろうし、不良債権の増大を恐れる金融機関も資金調達に協力的とは考えられない。
つまり、なんらかの国のバックアップや環境整備が必要なわけだが、そういう情熱や執念をもった役人は先の赤沢氏以来現れず、政治家も票には結びつかないことから熱心ではないという。
数千億円ともいわれるジェット旅客機の開発は、後発のエアバスなどの例を見ても、国の戦略、国家としてのリーダーシップが不可欠であるといわれる。
筆者は、経済大国といわれるほどの国では、その国にとって不可欠な輸送手段は原則として国産または主導的開発を旨とするべきと主張している。
この考え方には、フルラインアップで臨むのではなくもっと得意分野に特化すべきとか、異論もあるではあろうが、確かに航空機などという将来の発展が約束されているハイテク分野で、日本が埒外になっているとしたら問題である。
この分野への国の支援については、まず明快な説明責任が果たされることが重要であろう。
技術立国日本にとって航空機産業はどういう重要性があるのか、日本製の飛行機という国家アイデンティティとの関わり、産業としての将来の発展性の見極め、アジアでの相互協力の可能性などである。こうした議論の積み重ねのうえで、国民的コンセンサスの醸成を図っていくことが不可欠であろう。