ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」 〜次回(第58回)の演奏曲目に関して〜

2007年5月13日 とりあえず初版作成
2007年6月10日 すこし追加


 横浜フィルハーモニー管弦楽団の次回(第58回)定期演奏会で、ベートーヴェン作曲・交響曲第6番「田園」を取り上げます。この曲については、あまりに有名で、特にとりたてて書くこともありませんので、とるに足らないトリビアをいくつか。



1.使用楽譜はベーレンライター版

 配布されたパート譜を見たところベーレンライター版です。
 前回のブルックナーでハース版/ノーヴァク版について書いたので、今回はベーレンライター版について予習知識を少し。(たまたま、よく分かっていなかったので調べてみました。皆さんも、きっと同じ疑問や興味を持っているに違いない、と思うので、調べたことの受け売りをまとめてみました)

 まずは、ベーレンライター版の経緯に詳しいサイトを紹介します。(仙台フィルハーモニーというアマオケ団員の方のサイトです)
ベートーヴェンの交響曲の原典版:ベーレンライター版および他の原典版についての記事一覧
ベーレンライターのベートーヴェン交響曲全集:ベーレンライター版の紹介記事
「田園」の批判校訂:「田園」に関する楽譜の成立事情・出版譜の記事

 「ベーレンライター版」は、ブルックナーのときの「ハース」「ノーヴァク」が校訂責任者の個人名だったのに対し、出版社の名前です。(ちなみに、モーツアルトの最新の原典版楽譜が、国際モーツァルテウム財団から無償公開されていますが、この楽譜もベーレンライター版です)

 ベートーヴェンの交響曲の場合、校訂者は上のホームページ 「ベーレンライターのベートーヴェン交響曲全集」でも紹介されていますが、1951年生まれのイギリスの音楽学者ジョナサン・デル・マーです。(お父さんは、ノーマン・デル・マーという指揮者で、かの第1回ホフナング音楽祭の指揮者だそうです。1956年の、デニス・ブレインが「ゴムホース協奏曲」を吹いたときの)
 このベーレンライター版ベートーヴェン全集は、従来のブライトコップ旧全集(1862年)以来の大幅改訂なのだそうです。これは、1980年代からのピリオド楽器による演奏に呼応した動きだと思います。(ちなみに、このベーレンライター社の動きに触発されて、本家ブライトコップ社も1990年代からクライブ・ブラウン校訂の新全集を刊行しているようです。たしか、横フィルの1999年ベト8は、この新ブライトコップ版だったと記憶しています)

 ベーレンライター版のベートーヴェン新全集は、1997年〜2000年にかけて刊行された新しいものですが、既に1990年代から、デル・マー氏の校訂結果を取り入れた演奏というのが出回っていました。(マッケラス/ロイヤル・リヴァプール・フィル、ガーディナー/オルケストル・レヴォリューシオネル・エ・ロマンティーク、アバド/ベルリン・フィル、ラトル/ウィーン・フィル、ノリントン/シュトゥットガルトなど)。なお、一時期ベーレンライター版初録音と言われたジンマン/チューリヒ・トーンハレは、ベーレンライター版とはかなり違うようです。

 私は、ベーレンライター版として、マッケラスの全集盤を購入しました。オケはイギリスの地方オケで、現代楽器による演奏ですが、きびきびしてなかなか好演しています。

 なお、一時期話題になっていた「運命」3楽章のダカーポ有無(注)の問題については、ベーレンライター版はダカーポなしで出版されたようです。この点に関しては、ブライトコップ新版ではダカーポ付き(ただしアド・リブ:演奏者の選択)としているそうです。
 ちなみに、ベーレンライター版と謳っていても、ガーディナー盤はダカーポしているそうです。ジンマン盤は私も持っていますが、ダカーポしています。マッケラスはダカーポなしです。

(注)従来版では、「運命」の第3楽章は、「スケルツォ(繰返しなし)/トリオ/簡易的スケルツォとフィナーレへの連結部」となっており、何となくもの足りません。(ホルン吹きとしては、スケルツォ開始の不安さを吹き飛ばす、ホルンの力に満ちた主題が1度しか出てこないことが不満)
 形式的にも、「運命」前後の第4番、「田園」、第7番では、スケルツォ楽章が「5部形式」(スケルツォ/トリオ/スケルツォ/トリオ/スケルツォ)となっています(田園では、最後のスケルツォは第4楽章への連結部)。また、それ以外の「3部形式」(スケルツォ/トリオ/スケルツォ)の第3番、第8番、第九なども、ダカーポしたスケルツォはほぼ完全形です。つまり、「運命」のような「不完全3部形式」のスケルツォ楽章は、他には存在しません。
 これら事実から、運命のスケルツォも「5部形式」であってもよいのではないかと、昔から思っていました。確か、1970年代にブーレーズがニューヨーク・フィルの常任指揮者になって録音した「運命」が、第3楽章を「5部形式」で演奏し、評論家からは酷評されましたが、私としてはそれが正しいように思えました。
 事実関係としては、ベートーヴェンの自筆では繰返しがあり、初演では繰返して演奏されたものの、その後ベートーヴェン自身の意思で繰返しが削除された、という経緯があるようで、最終的な決着としては「繰返しが正しいとするには証拠不足」ということのようです。

HMVジャパン ←このHMVクラシック のサイトで、左下の「各種検索」で「作曲家→ へ →ベートーベン・全集」または「作曲家→ へ →ベートーベン・第6番”田園”」を選択すると、検索結果のCD/DVDが表示されます。(このサイトの検索機能は、なかなかのスグレモノです)

↓直接のリンクも作ってみました。

ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」(ワルター/コロンビア交響楽団)
 「田園」といえば、まずこれが「定盤」でしょう。古き佳き時代の名演。

ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」(ハンス・シュミット=イッセルシュテット/ウィーン・フィル)
 標準的な名演。ウィーン・フィルで聴きたい方はどうぞ。国内・廉価盤です。

ベートーヴェン/交響曲全集(ジンマン&チューリヒ・トーンハレ管) 5枚組 \1,959
 安いですが、これで全集です。ベーレンライター版の初録音と書いてありますが、ジンマンが相当にいじくっています。全曲にわたって装飾音符付けまくりです(田園も、1楽章の第2主題に変なトリルが入ります・・・)。ただし、モダン楽器によるベートーヴェン演奏に一石を投じたこと、「運命」3楽章は繰り返しているし、それなりに面白い演奏ではあるので、この値段なら持っていても損はないと思います。

ベートーヴェン/交響曲全集(マッケラス指揮ロイヤル・リヴァプール・フィル) 5枚組 \2,275
 ベーレンライター版が刊行される前の録音ですが、デル・マー氏の校訂結果を反映しているそうで、聴いた限りではベーレンライター版に沿った演奏です。解説をデル・マー氏が書いています。

ベートーヴェン/交響曲全集(ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク) 5枚組 \6,213
 残念ながら私は聴いていません。ペリオド楽器による演奏。これもベーレンライター版が刊行される前の録音ですが、デル・マー氏を含め、その時点の検証結果をガーディナー自身が取捨選択しているようです。「運命」はベーレンラーター版には従わずに、3楽章を繰り返しているそうです。「よい演奏には聴衆が必要」ということで、ライブ録音中心。

ベートーヴェン/交響曲全集(ラトル指揮ウィーン・フィル) 5枚組 \6,055
 ベーレンライター版の、最もメジャーな演奏。

ベートーヴェン/交響曲全集(アバド指揮ベルリン・フィル) 5枚組 \7,709
 ベーレンライター版の、これまた最もメジャーな演奏。

ベートーヴェン/交響曲全集(アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管) 5枚組 \3,142
 アーノンクール自身の時代考証によるものと思います。モダン楽器ですが、ナチュラル・トランペットなども取り入れているようです。

ベートーヴェン/交響曲全集(スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団) 6枚組 \4,165
 ベーレンライター版の新しい録音。

2.ベーレンライター版と従来版の相違点

 そうそう、田園でしたね。
 田園については、従来のブライトコップ旧版とベーレンライター版では、そう大きな違いはないようですが、マッケラスのCDにはデル・マー氏が解説を書いていて、田園については下記の2点を挙げていました。
(1)第2楽章のVn.は、独奏Vc.と同じく弱音器付き
(2)第5楽章のホルンの角笛コール3回目の最終音は、1・2回目と同じ「A」(記譜上「ミ」)

 これに限らず、ベーレンライター版と従来版とで、どこが違うか調べてみました。従来版としては、旧ブライトコップ版と比較したいのですが、手元にないので、ほぼこれと等しいと考えられる音友版スコアと比較してみます。(見つけられたところを表にしてみました。これ以外に違いを見つけたら一方下さい。)

第1楽章
小節数ベーレンライター版:1998
旧版(音友版:1948)
備考
71st Vn.前小節からのスラーなし
2nd Vn. 1拍表からスラー
1st Vn.前小節からスラーあり
2nd Vn. 1拍裏からスラー
 
611st Vn. 4分音符1st Vn. 8分音符 
405Hr.は前小節と同じ対旋律Hr.は8分音符のみ 

第2楽章
小節数ベーレンライター版:1998
旧版(音友版:1948)
備考
11st/2nd Vn.は弱音器付き
1st/2nd Vn.は弱音器なし
(独奏Vc.のみ弱音器付き)
 

第3楽章
小節数ベーレンライター版:1998
旧版(音友版:1948)
備考
76〜78
80〜82
84、86
Hr. に sf なしHr. に sf あり 
280〜282
284〜286
288、290
Hr.に sf なしHr.に sf あり音友版では繰返し記号で楽章頭に戻るので、上記76小節目からに同じ
462〜464
466〜468
Hr. に sf なしHr. に sf あり音友版では258〜260、262〜264小節目

第4楽章
小節数ベーレンライター版:1998
旧版(音友版:1948)
備考
    

第5楽章
小節数ベーレンライター版:1998
旧版(音友版:1948)
備考
202nd Hr. 6つ目はG(記譜上「レ」)2nd Hr. 6つ目はF(記譜上「ド」)128小節目の同じパターンは旧版もG(記譜上「レ」)
113Fl. はC
(114小節目で音が変わる)
Fl. はE
(114小節目にタイでつながる)
ベーレンライター版では Fl. のみ114小節で音が変わる
1171st Hr. はA(記譜上「ミ」)1st Hr. はF(記譜上「ド」) 
1672nd Vn. 1、2拍間スラー
168小節との間にタイなし
2nd Vn. 1、2拍間スラーなし
168小節との間にタイあり
 
211Hr. はスラーなしHr. にもスラーあり315小節はベーレンライター版にもスラーあり

3.スコア上の疑問点

 「田園」のスコアを見ていると、ベーレンライター版と従来版とも同じではあるものの、ちょっと疑問な点に気付きました。この辺について、どのように解釈すべきなのでしょうか。指揮者に確認する必要がありそうです。

各章小節数疑問点備考
T(提示部)54, 58, 62, 64
(再現部)329, 333, 337, 339, 441
木管・Hr. は、提示部では8分音符、
再現部では4分音符
 
X32 Trb. は4分音符
(他のパートは8分音符)
 
X542拍目が Trb. は4分音符
(他のパートは8分音符)
55小節目は Trb. も8分音符
X107、1082拍目が Cla.、Trb. は4分音符
(他のパートは8分音符)
 
X140Trb. は4分音符
(他のパートは8分音符)
 
X162、1632拍目が Trb. は4分音符
(他のパートは8分音符)
 
X164Trb. は4分音符
(他の管楽器は8分音符)
2nd Vn., Cb. も4分音符
X228Trp. のみ8分休符あり 

4.「田園」にまつわるちょっとしたお話

(1)5楽章最後の角笛の響き
 5楽章の最後、すなわち全曲の最後に、ホルンによる角笛が鳴り渡りますが、5楽章の始めと違って「con sordino」(弱音器付き)となっています。この「弱音器」とは何を指すのか、横フィルホルンセクション内でも話題になっていました。ベートーヴェンの時代に、ホルンの「ミュート」などがあったのか。それとも、右手でベルを塞ぐ「ゲシュトップ」(これだと音程が半音高くなってしまう)、あるいは右手をベルに軽く入れた「ハーフ・ミュート」(これだと逆に音程が半音低くなってしまう)なのか?
 そんな中、「田園」トップ奏者の山■氏が、ネット上でググっていたらこの解題話が載っているブログを発見したそうです。もっとも、このブログの著者が解明したというよりは、そもそもは「名曲の「常識」「非常識」―オーケストラのなかの管楽器考現学」という本がタネ本らしいのです。Amazonで調べてみましたが、この本は残念ながら現在絶版です。
 ここに書いてあることには、ベートーヴェンの時代、ウィーンでは「塔の音楽家たちが夜を告げるためにミュートをつけたホルンを吹いていた」ということだそうです。そして、「つまり、ミュートつきのホルンの音は、当時夜が来るたびにヴィーンの街中に響いていた音であり、ベートーヴェンは『田園交響曲』の最後、日没を表現するためにそれを模したのだろう……という推論が成り立つ」と書かれています。
 なるほど、そう言われてみると、「田園」の最後は、田園の地平線に沈んでいく太陽、そして迫り来る宵闇、という情景なのですね・・・。

(2)曲の最後は「でぇん、え〜ん」
 5楽章の最後、すなわち全曲の最後、ホルンによる角笛の最後に重ねて、テュッティで2つの音が鳴り響きます。
 これは、通称「でん、え〜ん」なのですが、指揮者・下野竜也氏のブログには、これは「でぇん、え〜ん」ではなく「Oh, Gott!」だと書いてあります。
(下野先生には、第30会定期(1993年5月)と、その前後の「南区はみ出しコンサート」やら「音楽教室」も振っていただきました。)

(3)2楽章最後の鳥の鳴き声
 2楽章の最後に、鳥の鳴き声を模した部分があります。「絵画ではなく感情の表現」とベートーヴェンは言ったそうですが、この部分は「どこが感情?」と突っ込みを入れたくなるほどモロ描写そのものです。
 フルートは「Nachtigall:ナイチンゲール、夜うぐいす」、オーボエは「Wachtel:うずら」、クラリネットは「Kuckuck:カッコウ」ですね。このうち、私が実際に聞いたことがあるのは、「カッコー」だけです・・・。「Nachtigall」や「Wachtel」は、本物がどんな風に鳴くのか、聴いてみたいものです。どこかに音源はないものでしょうか。
 これらの鳥の鳴き声は、楽譜どおりではなく、適当にルバートしたりアッチェルランドしたりしてそれらしく聴かせるのが普通だと思います。これを楽譜どおりきっちりインテンポで演奏すると、どんな風に聴こえるのでしょうか。聴いてみたいものです。

 鳥の鳴き声を音楽にするということでは、20世紀の代表的な作曲家オリヴィエ・メシアン(1908〜1992)が有名です。初期の代表作「時の終わりのための四重奏曲」(第2次大戦中の捕虜収容所で作曲・初演)、代表作「トゥランガリラ交響曲」にも鳥の鳴き声が登場します。それ以外にも、メシアンが1962年に来日した折、日本の印象を「7つの俳諧」("Sept Haikai")というピアノとオーケストラの曲にまとめたものがあります。この第6曲目に「軽井沢の鳥たち」というのがあり、ご存知「ホーホケキョ」が音楽になっています。(ちなみに、この曲は「1.導入部」「2.奈良公園と石灯籠」「3.山中湖−カデンツァ」「4.雅楽」「5.宮島と海中の鳥居」「6.軽井沢の鳥たち」「7.コーダ」の7曲からなっています)

5.おまけ

 「田園」というと、ディズニーの「ファンタジア」を思い出します。有名な、ミッキーマウスの「魔法使いの弟子」が出てくるやつですね。その中に、ギリシャ神話のオリンポス山とケンタウロス(半馬人)の登場する「田園」も出てきます。かなり省略されていますが、一応全楽章が登場します。特に、第4楽章の嵐は、まさにアニメにぴったり。演奏は、ストコフスキー指揮のフィラデルフィア管弦楽団ですが、オーケストラのシルエットに「スーザホン」があるのは笑えます。ミッキーが「ミスター・ストコフスキー!」と呼びかける声が聴けます。ただし、演奏そのものは相当にアクのある「ストコフスキー節」ですので、エンターテインメントとして割り切りましょう。
 「田園」の他に、看板演目の「魔法使いの弟子」、幻想的な「くるみ割り人形」、恐竜の「春の祭典」、カバさんの「時の踊り」など、1940年の作品ながら今でも大人も子供も楽しめます。
 「ファンタジア」は、昔我が家で初めて買ったレーザーディスクです。今は、DVDで出ていますね。

「ファンタジア」(HMV)¥500
 こんなに安くなったのは、著作権が切れたからなのでしょうか?


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