うっ血性心不全とチェーン・ストークス呼吸
持続陽圧呼吸による治療の試み
国立療養所鈴鹿病院内科 安間文彦医長
Medical Tribune [2000年7月27日 (VOL.33 NO.30) p.44]
 心不全や神経疾患の患者で睡眠中に低換気・過換気の時相が交互に生じ,呼吸の強さが徐々に増大,次いで減少するパターンを示す例があることが明らかになっている。重症例では目覚めているときにも生じると言われ,この特異な呼吸パターンは,チェーン・ストークス呼吸と呼ばれる。

チェーン・ストークス呼吸はうっ血性心不全の3割から6割に合併し,予後不良のサインとも指摘されている。近年,チェーン・ストークス呼吸が生じるメカニズムも徐々に明らかになってきており,海外では持続陽圧呼吸による治療も試みられるようになった。早くから心不全の呼吸異常に注目してきたに尋ねた。

うっ血性心不全の3割から6割が合併
 米国睡眠医学アカデミーが1999年に提唱した診断基準によると,チェーン・スト−クス呼吸(Cheyne-Stokes respiration: CS呼吸)と診断されるには,心不全か脳神経疾患が存在すること,かつ呼吸モニターで呼吸の漸増・漸減(Crescendo & Decrescendo)が 3 サイクル(サイクルの長さは通常60秒くらい)以上あること,また 1 時間の睡眠
中に 5 回以上の中枢型無呼吸か低換気が起きるか,呼吸の漸増・漸減のサイクルが10分以上続くことが必要とされる。

 従来の報告では,うっ血性心不全の33〜67%にCS呼吸が認められ,女性より男性に多い傾向が見られる。安間医長は名古屋大学医学部附属病院に心臓外科医として勤務していた1980年代のはじめ,心不全患者では呼吸状態の悪い患者が多いことに注目していた。その後,安定した心臓弁膜症によるうっ血性心不全患者11例中(男性 6 例,女性 5 例)男性患者のみ 4 例にCS呼吸が認められたことを調査し,1989年にJapanese Circulation Journalに報告した。

 ところで,安間医長は,1988年から,トロント大学呼吸器内科に留学,呼吸生理学の立場から呼吸と循環の関連に注目していたDouglas Bradley博士(現トロント大学内科学教授)と偶然同じ研究室で仕事をするようになったという。

Bradley博士らもまたうっ血性心不全のCS呼吸に注目しており,当時,持続陽圧呼吸(Continuous positive airwaypressure:CPAP)によって,CS呼吸の治療を試みているところであった。

CPAPでうっ血性心不全が著明に改善
 CPAPは自発呼吸下に鼻マスクを通じて気道に陽圧を加える治療法で,既に1980年代初頭から閉塞性睡眠時無呼吸症候群の治療に用いられており,現在ではその第 1 選択の治療法になっている。しかし1989年当時,うっ血性心不全のCS呼吸に用いられた例はなく,Bradley博士らのアプローチはきわめて先駆的な試みだった。

 次の 1 症例は,トロント大学での留学から帰国後に安間医長が遭遇し,CPAPが著効を奏したうっ血性心不全のCS呼吸合併例(79歳男性)である(図に胸部X線による経過を示す)。

 患者は17年前に急性心筋梗塞を発症,冠動脈造影では左前下行枝中枢部は完全に閉塞していた。以後,内科的治療を受けていたが,7 年前から心不全による入退院を繰り返し,起坐呼吸,労作時息切れが増悪して再度入院。虚血性拡張型心筋症,うっ血性心不全と診断された。約 1 か月後自宅療養となったが,睡眠中息苦しさでしばしば目覚めるようになった。パルスオキシメータで周期性の低酸素血症が認められ,1 時間当たりの低酸素血症回数は22回,夜間の平均動脈血酸素飽和度は91.5%だった。

 終夜睡眠ポリグラフィによりうっ血性心不全のCS呼吸と診断され,在宅で夜間CPAPを開始。その結果,6 か月後には周期性低酸素血症はほとんど消失し,心拡大所見,労作性息切れなどの自覚症状のいずれも著明に改善した。

CPAP使用以前は 1 日 2 〜 3 回頓服していたニトログリセリンもCPAP使用後は全く必要なくなり,夜間の息苦しさに目覚めることもなく,80歳の現在も良好な状態を持続しており,生活の質も高いレベルにあるという。

うっ血性心不全でCS呼吸が起こるのはなぜか
 うっ血性心不全のCS呼吸発生には,多くの要因が関与すると考えられている。例えば,心拍出量の低下は,循環時間の延長を生じる。このため,肺胞でのガス交換から化学受容器で血液ガス濃度が感知されるまでに時間のずれが生じ,呼吸中枢によって換気が過矯正されてCS呼吸が起こる。

 また,うっ血性心不全では肺うっ血を来しやすく,慢性的な低酸素血症を認めることが多い。これは,血液ガスのわずかな変動に対する呼吸中枢の過剰反応を誘発し,1 回換気量や呼吸数を大きく変えて過換気や低炭酸ガス血症を生じる原因となる。

過換気の後は無呼吸が生じるため,呼吸のピークで苦しくなって目覚め,呼吸を正常に戻そうとするため,呼吸が過剰に矯正される結果,過換気が起こったり,呼吸が停止したりする。CS呼吸は,この繰り返しの結果と言えるだろう。

とりわけ,覚醒時PaCO2の低下することの多いうっ血性心不全患者の入眠期には,睡眠中と覚醒時の安定した状態でのPaCO2の差が大きくなるため,呼吸調節系が大きくゆらぎ,無呼吸と過換気のサイクルが繰り返されやすい。

 そのほかにも,CS呼吸の発生メカニズムに関連する因子はある。通常,肺の酸素・炭酸ガス蓄積量が大であれば,換気量の変化に対する血液ガス分圧の時間変化は緩やかになる。この作用は肺のダンピング効果と呼ばれるが,心容量が増大して肺が圧迫されると肺気量が減少し,酸素・炭酸ガスの貯蔵は減少する。うっ血性心不全患者は,こうした背景から血液ガス分圧の変化を緩衝する肺のダンピング効果が減弱しており,CS呼吸を増悪させる要因になっていると考えられる。

CPAPはうっ血性心不全のCS呼吸になぜ有効か
 一方,CPAPによるうっ血性心不全のCS呼吸改善のメカニズムの 1 つとして,CPAPによる循環補助効果が指摘されている。自然呼吸下の胸腔内圧は,吸気では大気圧より−5〜−10cmH2O程度低下し,呼気では大気圧とほぼ同等になるが,CPAP下の胸腔内圧は吸気・呼気ともに大気圧より 5 〜15cmH2O程度高く,肺気量も大であるという。

したがって,CPAP装着下では左心室は胸腔内の陽圧に沿って諸臓器を灌流すればよく,左心室の仕事量は胸腔内圧の差分だけ軽減されることになる。同様に,右心系でも自然呼吸下での吸気陰圧による静脈血の胸腔内灌流は妨げられることになるだろう。

これは肺のうっ血を軽減させるため,心不全患者の息切れ,起座呼吸,呼吸困難などの呼吸症状を軽快させるのに役立つ。こうした前負荷・後負荷の軽減は,肺うっ血や呼吸状態を改善させるだけでなく,心機能も改善させ,心容量も低下させると考えられている。
 さらに,CPAPにより肺気量が増加するため,肺ダンピング効果が増強され,血液ガス分圧が変化しにくくなる。その結果,呼吸は安定し,低酸素血症,低炭酸ガス血症が改善され,CS呼吸は生じにくくなる。

海外では大規模スタディも進行
 現在,カナダでは,Bradley教授らを中心に,うっ血性心不全に対するCPAPの効果を検討する大規模スタディが進行中である。この臨床試験は,うっ血性心不全の患者をCPAP群と非CPAP群に無作為に割り付けて,症状改善度やQOLの改善度,予後や心移植率を比較するものである。

CS呼吸を合併するうっ血性心不全例のみならず,CS呼吸を認めない心不全例でもCPAPにより心機能が改善するかどうかも検討される。同様のスタディが米国でも進行中という。安間医長は「心不全のCS呼吸に対するCPAP治療は世界に広がりつつあり,今回の大規模スタディでその治療効果が確認されれば,CPAP治療にさらに弾みが付くのではないか」と話している。

 一般に循環器領域では,循環動態のみに目を奪われがちであるため,特に,患者の睡眠中の呼吸に注目する臨床医は少ないのではないだろうか。循環器系疾患の呼吸異常のメカニズムはきわめて複雑であり,しかも循環と呼吸の生理学の接点でもある。いまだに不明な点も多いのであるが,循環器病患者の全身的管理の新たなかつ重要なアプローチとして,この領域の展開が注目される。


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