食べる癌予防薬
2000.10毎日新聞夕刊
 キノコの抗がん研究30年以上というキノコ博士がいる。金沢大元教授の池川哲郎さん(元国立がんセンター研究所研究員)だ。

 池川さんらは、がんセンター研究所長だった中原和郎博士(のちに、がんセンター総長)の指導で研究をスタート。当初、サルノコシカケ類などの硬いキノコを中心に実験を行い、カワラタケやメシマコアなどの抗がん活性を見つけ、キノコによる抗がん剤開発に道をひらいた。

最近「抗がんキノコ」として話題を集めている「アガリクス・アラゼイ・ムリル」(通称、アガリクス茸)の実験も行った。
ところが、抗がん活性は他のキノコに比べてかなり低く、その上、血液中の過酸化脂質が増える結果が出て「これは全く効かないな」と思ったそうだ。一方、前回紹介したように「抗がん活性」を示すマウス実験も報告されており、「アガリクス・アラゼイ」の抗がん研究はまだ発展途上の段階にある。

 さて、約100種類のキノコの抗がん活性を精力的に調べた池川さんがたどり着いたのが食用キノコだ。マツタケやシイタケの研究から、食用キノコの抗がん活性に気づき、その結果、安価で抗がん活性の強い「身近な抗がんキノコ」として、エノキタケとブナシメジを見いだした。

エノキタケの場合、熱水抽出物(煎じ汁)から得た分子量3万以下の低分子成分「EA8」に強力な抗がん活性がみられた。「サルコーマ180」というがん細胞を移植したマウスにEA6を経口で服用させたところ、何も投与しなかったマウスに比べ生存日数が約60杉延びたという。

 全国一のエノキタケ産地である長野県の疫学データも、エノキタケの抗がん効果を支持する。同県のエノキタケ生産農家のがん死亡率(1972〜86年)を調査したところ、長野県全体のがん死者が人口10万人当たり169人なのに対し、エノキタケ生産農家は同97人と約40%も低かった。生産農家は規格品外のエノキタケを日常的に多く食べている。昨年度からは、国立がんセンターなどが中心となり、さらに詳しい疫学調査が続けられている。

 ブナシメジも抗がん活性が強い。フナシメジの乾燥粉末が5%入ったえさを食べたマウスに発がん剤を注射したところ、フナシメジを混ぜなかったマウスに比べ、発がん率が7分の1に減少し、がん予防効果がうかがえた。こうした実験をもとに、エノキタケやブナシメジの熱水抽出物であるEEM(「食用キノコ抽出物」の英訳の頭文字)という健康補助食品が開発されている。

 池川さんは「キノコの持つ免疫賦活作用と抗酸化作用が、がん予防につながるようだ。栽培農家の食生活を分析すると、エノキタケを週3日以上、量にして4人家族で週1`、またフナシメジを4人家族で1日100グラム摂取すれば、がん予防に効果を発揮するといえる」とアドバイスしている。

 マウスと人間を単純に同一視することはできないし、マウス実験でがんが小さくなったからといって、重度のがん患者のがん組織をキノコ単独で縮小させられるとは考えにくい。ただ、一連のマウス実験はキノコをふんだんに使ったキノコ鍋やキノコご飯、キノコサラダなどを食べることが、立派ながん予防策になることを示唆している。夏冬を問わず、コンスタントに摂取することも重要だ。「キノコは食べるがん予防薬」と池川さん。

やはり、日々の食生活こそ健康維持の基本ということだろう。


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