適応の可能性広がる皮膚表面接着剤
整容.コスト削減.患者満足度に貢献

メディカルトリビューン今週の話題より 2000.10.26
  現在の外科手術では,救命や横能回復など甲本来の目的に加えて整容面も重視されており,手術創をきれいに仕上げるための,安全で,十分な強度を持つ外科用皮膚接着剤の開発が待たれていた。今年初めから“DER−MABOND(ダーマボンド)”の名で販売されている接着剤を一般手術に使用している2人の医師に,その効果と適応の可能性を開いた。

登場待たれた信頼性高い接着剤
 エジプトのミイラの体内からは縫合糸が発見されており、古代インドの形成外科医は何匹ものアリを縫合部分にかみつかせ,胴体をねじ切って即席のステープラーとしていた。
外科手術の歴史が始まってから一貰して,術後の創は針または糸で縫合されてきたか,締め具合がきつすぎたり,長く残存したりすると縫合痕が残ってしまい,このためか,一般に手術創と言えばムカデの形をした古傷がイメージされることが多い。

 整容を重視した処置法として「皮膚表面を縫合ではなく接着する」という考えは早くからあり,外科用接着剤としては1950年代から欧州とカナダで,瞬間接着剤として知られるシアノアクリレート系(単鎖シアノアクリレート誘導体)接着剤が使用されてきたものの,毒性が認められたこと,柔軟性がなく組織保持力に乏しいこと,臨床結果にばらつきがあったことから,それほど普及してなかったのが実情だ。

 皮膚表面接着剤は,
@毒性がなく局所へも安全に使用できる
A素早く固まり十分な強度を保持する
B整美容的な効果が高い
ことが大前提であり,米国の創傷閉鎖関連製品メーカーのETHICON社は1998年にこれらを満たした新しいシアノアクリレート系(オクチルー2−シアノアクリレート)皮膚表面接着剤を欧米で発売。

米国内での毒性試験とアレルレギー試験で安全性が確認され,創緑の段差,創部の凹凸,創縁離間,創縁内反,過度の炎症,全体的な外見上の6項目について評価するHollander Cosmesis Scale(6項目のうち1項目でもN.G.〔no good〕であれば不可)に基づいて縫合処置例と比較した臨床試験の結果,同接着剤による処置は縫合やスキンステープラーと同等に仕上がり,手術創の不具合やケロイド,肥厚性癒痕は認められなかった。

米国で唯一の外科用皮膚表面接着剤として恵められているダーマボンドは今年初めにわが国でも発売され(世界で45か国目),形成外科領域をはじめとした外科医の注目を集めている。

 ダーマボンドの使い方は簡単で,まず術後に創傷部を消毒し,皮下縫合または真皮縫合を行う。次いで,プラスチック容器を指で押し音貴してなかのガラスアンプルを割り,先端のアプリケータチップから出てくる紫色の接着液を,創をコーティングする要領で数十秒おきに数回(通常3回)塗布すれば,十分な強度を持つ3層の透明な皮膜で覆われ,接着が完了する。

ガーゼを当てる必要がないので経過観察も容易で,入浴に耐える程度の耐水性もある。また,創が完全に閉鎖する5〜10日後にはコーティングは自然にはがれ落ち,跡も残らない。誤解してはならないのは,このこ接着剤は皮膚表面縫合の代用であり,皮下縫合や真皮縫合は必要である

術直後から入浴も可能
 大阪市立大学第一外科学教室の澤田鉄二氏は「今年2月から鼠径ヘルニア患者の日帰り手術に使い始めた」として,ガーゼ交換が不要で,創が鼠径部にあるだけに行動を制限せず,術後すぐにシャワーを浴びられる利点は大さいと述べる。

「1本で8〜10cmの創に対応できる。現在は適応を増やしており,乳癌や甲状腺癌などの患者にも使っている。甲状腺痛切除では襟元部分に手術創ができてしまい,そこから縫合糸やステープラーの針がのぞくのはあまりに生々しい。ダーマボンドならばきれいに仕上がり,これまでに創が開いたということはない。アイディア次第で適応はさらに広がるだろう」(澤田氏)

 旭川医科大学第二外科学教室の松田年氏は,腹部の手術にもこの皮膚表面接着剤を使用できないかと考え,今年3月から腹腔鏡下胆嚢摘出術や腹腔鏡補助下胃切除術など16例に使用し,良好な結果を得ている。

「文献は見当たらなかったものの,低侵襲である腹腔鏡手術の手術創は小さく,よしと判断して使用に踏み切った。Hollander Cosmesis Scaleに基づいての術後1週間の審査は全例とも合格。術後1か月に1例のみ創縁離開があったが,これは手技に起因してのもの。ダーマボンドでの処置が縫合処置より勝っていたという結果にはなっていないが,劣っているわけではないことは間違いなく,『同等以上』というのが私の印象」(松田氏)

 松田氏は腹部手術での使用の注意点として,縦切開創では皮膚表面の張力を維持するために,皮下縫合を丁寧かつ密に行わなければならないこと,汚染手術では時に創感染を起こすことがあり,使用してはならないことを付け加える。

経過観察期の手間を大幅削減
 松田氏の試算に基づき,ダーマボンド(1箱12本人り標準病院価格2万7,600円,1本2,300円)とステープラーでの処置の費用的・時間的コストを比較してみよう。腹腔鏡下胆嚢嫡出術における創閉鎖において,ステープラーでの処置に掛かった平均時間は4分12秒。一方,しっかりした真皮・皮下縫合を行ったうえで使用する皮膚表面接着剤では5分55秒とやや長いが,手術が40分〜1時間を要することを考えれば,その差は無視できる。ステープラーが5針で創を閉鎖するとして,1本91.4円の釘×5=457円でこれだけみるとステープラーのほうがはるかに安く上がるように見える。

 しかし,ステープラーでの処置の後にはガーゼ(6日分960円),消毒液(同234円),綿球(同6円),ステリストリップ(5本分281.5円)が必要だが,皮膚表面接着剤ではこれらはいっさい不要で,ステープラーとの差は361.5円にまで縮まる。また,接着剤は時間的コストの削減にこそ真価を発揮し,医師・患者はともにガーゼの取り替え,消毒液の塗り直し,そして抜針から解放される。患者は抜糸や抜針のために病院に足を運ぶ必要がなくなり,多くの患者を回診しなければならない医師には,これがどれだけ時間の節約になるかは説明するまでもないだろう。大学病院で1日15〜20例の患者を診ている松田氏は「実感として負担が大きく軽減した」と述べ,「接着剤は医療廃棄物の軽減にも一役買っている」と付け加える。

「最近のガーゼは1回使用量ごとにパックされており,一通り回診が終わった後のごみ箱は容器やビニール袋,そして汚れたガーゼなどの医療廃棄物の山だ。こんなことがいつまでも許されるはずはなく,接着剤はごみ減量化の点でも有効」(松田氏)

“縫合をより重視するように”
 澤田,松田両氏がともに,ダーマボンドを使い始めてから,あらためて患者の気持に思い至るようになったと述べていることは興味深い。ダーマボンドでは接着液が創に侵入しないように,丁寧な真皮・皮下縫合で創表面を完全に閉鎖しなければならず,松田氏は手術の仕上げである縫合をこれまで以上に重視するようになったと話す。

「患者は手術創と一生付き合わなければならない。しかし,残念ながら,一般に外科医は手術そのものに全精力を使い果たしてしまい,縫合にまで余力と余裕を残していないのが実情であり,この点は真撃に反省すべき」(松田氏)

 澤田氏も「手術経験患者に使ったところ,『今度は縫合しなくてよいのですか。有り難いものができましたね』と言われ,傷の仕上がりがきれいならば,患者は『さっと内部も丁寧にやってくれたのだろう』と医師を信頼してくれる」と述べる。また,両氏とも,これまで日常的に行っていた抜糸という行為が,患者に少なからず恐怖感を抱かせるものであったことを痛感したという。

「患者は刃物を当てられ る不安感のなかで,『抜いた途端に傷が開いてしまうのでは』という不安と闘っていることをあらためて思い知った。気が付かないうちに私たちは忘れてしまっていたんですね」(松田氏)

「小児は特に抜糸を怖がる。これまでは泣く子を数人掛かりで押さえ付けていたのだが,これでは失敗するばかりか病院恐怖を植え付けてしまう。抜糸不要の意味は大きい」(澤田氏)
 両氏の周囲でも皮膚表面接着剤の使用者は増えており,患者からも使用して欲しいとの声が開かれるという。“接着’’という処置法はこれまでになかった可能性を秘めている。

「アイデア次第で適応は広がる」との澤田氏の言葉通り,形成外科領域では接着剤とテープを相互に重ねてさらに強度を高める試みがなされているほか,スポーツ競技での使用も研究されている。


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