救急救命士による電気的除細動と今後の課題
平成8年中の全国救急救命士運用隊への調査より
日本医師会雑誌 124(2)257-263,2000
谷川攻一(たにがわ・こういち) 福岡大学病院救命救急センター講師.
         はじめに
 院外心停止症例において心室細動(ventricu1ar fibrillation,以下VF)による心停止患者の予後は,心静止や電導収縮解離症例に比べて良好であることは周知のことである.

 しかしながら,VF心停止患者の予後が比較的良好であるのは,その決定的治療法である電気的除細動が迅速に行われた場合に限られ,VF発生後時間経過とともに電気的除細動の効果が著明に低下することが報告されている.したがって,米国心臓協会(American Heart Association)や国際心肺蘇生法連絡協議会(International Liaison Committeeon Resuscltation)は,プレホスピタルにおけるVF心停止患者の予後を改善するために,救急隊貝のみならず,医療従事者以外による,より迅速な電気的除細動を行う必要があることを示唆している。

 さて,わが国のプレホスピタルにおいては,院外VF心停止症例に対する電気的除細動は救急救命士により行われている.平成3年に救急救命士法が成立して以来,救急救命士により行われる電気的除細動は毎年増加しており,平成10年中には2,995件となっている.
 一方,一刻を争う院外心停止症例への救命処置施行において,われわれは医師の具体的指示を必要とする現行制度の限界を指摘してきた.全国の救急救命士を対象とした調査では,平成7年中の救急救命士現場到着時VF心停止例の約30%において電気的除細動が行われておらず,その90%の症例において医師への指示要請のための時間的因子が障害となっていたことが明らかにされた.さらにVF診断から電気的除細勤まで最も時間を要する因子として,96%の救急救命士が医師への連絡や心電図伝送をあげていることも明らかとなった.しかしながら,現在までのところ,院外VF心停止症例に対して救急救命士による電気的除細動と患者予後についての全国的な報告はなく,今後,院外VF心停止症例の予後を改善するうえで,その調査分析が求められていた.

 そこで今回,全国の消防本部を対象として,救急救命士による電気的除細動の院外vF心停止症例の予後への効果と問題点についての調査検討を行ったので報告する.

      T.対象と方法

 救急救命士運用隊を擁する全国の311の消防本部を対象として,平成8年の1年間に一般送され,院外vF症例に関する26項目から構成された患者調査票を送付した(表1).調査票への回答は各救急隊救急救命士録および追跡調査票に基づいて行われた.調査期間は平成10年2月から4月までであった.期間中,救急救命士が使用した電気的除細動器はLifepak300(physio Control Co.,U.S.A.),TEC−2203(NihonKoden Co.,Japan),Heartstart3000QR(Laerdal Co.,Norway)であった.

 本調査は,自治省消防庁救急救助課と内協議のうえで行われた.統計学的検定はX2検定およびMann Whitney’s U testを用いて行い,p<0.05である場合に有意差があると判定した.
表1 院外心室細動心停止症例に関する患者調査項目
調査項目
1  事例発生日時
2  非外傷/外傷
3  性
4  年齢
5  目撃者の有無
6  パイスタンダーCPRの有無とその内容
7  推定された心停止時刻
8  救急隊通報時刻
9  現場到着時刻
10 傷病者接触時刻
11 最初に医師の指示を受けた時刻
12 病院到着時刻
13 モニター装着直後の心電図
14 1回目の電気的除細動時刻
15 1回目の電気的除細動直接の心電図所見
16 2回目の電気的除細動時刻
17 2回目の電気的除細動直径の心電図所見
18 3回目の電気的除細勤時刻
19 3回目の電気的除細動直後の心電図所見
20 救急搬送中電気的除細動回数
21 病院到着時心電図所見
22 生存入院の有無
23 1か月生存の有無
24 1か月以降の状況
25 推測または確定された心停止の原因
26 電気的除細動非施行例の理由

       U.結 果

 273の消防本部から調査票への回答が得られた.しかしながら,主要都市(東京都,大阪府,名古屋市など)からは調査票への協力は得られなかった.協力の得られなかった理由としては,この調査時期が年度末であったこともあり,膨大なデータを抱える大都市地域における調査協力への物理的な困難性があげられた.

 回答が寄せられた消防本部の管轄人口は最小人口が23,403人,最大人口で145万人,平均241,962人であった.このなかで,平成8年中に224の消防本部で合計824例の非外傷性vF心停止症例が救急救命士により搬送されていた.

これらを救急救命士により電気的除細動が行われた群(DC群:614例)と,行われなかった群(非DC群:210例)に分けて比較検討した.対象の背景については,性比,平均年齢,目撃者の有無,パイスタンダーCPR(一般市民により行われる心肺蘇生術)の有無において両群間に統計学的有意差は認められなかった(表2).
一方,推定された心停止時刻から救急隊通報までの時間は非DC群で遅延傾向がみられたが,有意差は認められなかった.また,救急隊通報から救急隊現場到着までの時間,患者接触までの時間,病院到着までの時間についても両群間に有意差は認められなかった.
表2 非外傷性VF心停止824例の患者背景

DC群
非DC群
総数
 614
210
性(M/F)
456/158
151/59
平均年齢(歳)
61.9±15.7
62.6±19.8
目撃者の有/無/不明
476/118/20
158/49/3
パイスタンダーCPRの有/無
 人工呼吸/心マッサージ両方
 人工呼吸のみ
 心マッサージのみ
 CPRされるも詳細不明
 CPR施行されず
 CPRの有無については不明
 その他
182/432
111
12
51
8
414
6
12
61/149
31
9
16
5
145
1
3
推定された心停止時刻から救急隊
通報時刻までの時間(分)
5.16±6.76.82±9.73
救急隊通報から現場到着までの時間(分)6.00±3.596.11±3.95
救急隊通報から患者接触までの時間(分)7.54±4.147.69±5.58
救急隊通報から医師の指示を受ける
までの時間(分)**
15・42±6・8416・8±10・04
救急隊通報から病院到着までの時間(分)28.87±10.326.9±10.7
*:心停止時刻が推定された症例のみ
**:非DC群は医師との連絡が得られた症例のみ年齢,時間は平均±S.D.を示す
  
 DC群においセ,救急隊通報から救急隊による患者接触までの平均時間は7.54±4.14分,医師の指示を受けるまでの平均時間は15.42±6.84分であった.また,最初の電気的除細動が行われるまでの平均時間は救急隊通報から18.3±7.94分であり,その回数は1回のみ291例,2回のみ164例,3回以上159例であった.

それぞれの電気的除細動施行回数における生存退院者数は,1回のみ19例,2回のみ12例,3回以上10例であった.病院到着時心電図は,pulse generating rhythm(脈拍の触れる心電図所見)であった者がDC群において有意に多く認められているものの,それ以外の症例では心静止となっている者が最も多かった(表3).

表3 病院到着時心電図所見

DC群
非DC群
脈拍の触れる心電図所見
139(22.6%)
12(5.7%)
心室細動
158(25.7%)
53(25.2%)
心室頻拍
16(2.6%)
1(0.5%)
電導収縮解離
33(5.4%)
5(2.4%)
心静止
231(37.6%)
95(45.2%)
上記以外の心電図所見
12(2.0%)
   0
不明
25〈4.1%)
44(21.0%)
*p<0.0001VS非DC群

 推測または確定された心停止の原因としては,両群とも心疾患が大多数を占めていた(表4).
 表4 推測または確定された心停止の原因

DC群
非DC群
心疾患    436(71.1%)146(69.5%〉 
呼吸器疾患15(2.4%)5 〈2.4%)
脳神経疾患28(4.6%)15(7.1%)
不明101(16.4%)17(8.1%)
その他34〈5.5%)27(12.9%)


患者予後に関しては,生存入院,1か月生存,自宅退院,いずれもDC群が非DC群に比較して有意に多かった.自宅退院した者は全員1か月以上入院していた.また,今回の対象を,目撃された非外傷性心室細動に限った場合,DC群の1か月生存率,1か月以上生存率はそれぞれ16.1%,14.3%であったのに対して,非DC群はそれぞれ9.1%,5.6%であり,有意差が認められた(p<0.01).

さらに,救急隊通報より8分以内に除細動が行われた場合,18%の院外VF心停止症例が生存退院していた.しかしながら,救急隊通報から8分以内に電気的除細動が行われたのは全症例のわずか6.5%であり,78%のVF症例においては電気的除細動施行まで13分以上経過していた.

救急隊通報から患者接触までの時間および救急隊通報から医師の指示を受けるまでの時間は,8分以内に電気的除細動が行われた症例ではそれぞれ4.56±2.66分,7.29±5.47分であったのに対して,除細動まで13分以上経過していた症例では8.09±4.06分および17.24±6.71分であった.

 非DC群では電気的除細動が行われなかった理由として,心電図変化63例,除細動器の作動に関するもの17例,医師の指示が得られなかったもの71例,その他50例であった.心電図変化としては医師への連絡中にVFから心静止など,ほかの心電図所見となったものであり,除細動器の作動に関してはfine VFを除細動器が認識しなかったものが8例,電波障害4例,機器の不良(チャージせず)2例であった.

       V.考 察
 この研究は後ろ向き調査であり,また医師による指示体制の整った東京や大阪などの主要大都市のデータが含まれていない.しかしながら,医師による指示体制が十分とはいえない中小都市を対象とした今回の調査は,院外vF心停止患者に対するわが国のプレホスピタルケアの成果と問題点を明確に示していると考える.

 まず第1に注目すべき点は,救急救命士による電気的除細動が院外vF心停止患者の予後を確実に改善しているということである.すでに,Eisenbergらはプレホスピタルにおいて除細動が行われなかった時期の7%という生存退院率と比較して,Defibrillation Technicianによる早期電気的除細動プログラムの導入によりvF心停止患者の生存退院率が26%へと著明に改善することを明らかにした.その後,より迅速な電気的除細動の必要性が唱えられ,現在では警察官による体外式全自動除細動器による救命効果も報告されている.こうしたなかで米国心臓協会はpublic Access De凸brillation programを提唱し,一定の訓練を受けた者に体外式全自動除細動器の使用を認め,より迅速な電気的除細動が行えるよう整備を進めている.

 このように,VF心停止への早期電気的除細動は,今や最も確立された決定的治療法といっても過言ではない.そしてわが国においても院外VF心停止症例において救急救命士制度導入の効果が明確に現れていることが今回の調査から明らかとなった.
 一方,わが国における電気的除細動をめぐるプレホスピタルケアの問題点としては,除細動施行までの時間的遅れ,および救急救命士により治療されない潜在的vF心停止患者の存在の2点があげられる.

 電気的除細動が行われるまでの時間的遅れについては,傷病者発生から救急隊通報まで,および救急隊通報から救急救命士による電気的除細勤までの時間的因子に分けられる.

 まず第1に,今回の調査から傷病者発生から救急隊通報まで5分以上経過していることが明らかにされた.この時間を短縮するには一般市民へのより一層の教育啓蒙活動が必要である.1992年,米国心臓協会による一次救命処置ガイドラインが改訂されたが,その要点として意識のない傷病者発見後,直ちに救急隊通報を行うことをあげている.それ以前のアメリカ心臓協会ガイドラインは救急隊通報前に1分間のCPRを行うことを推奨していた.しかし,早期電気的除細動の有効性が認識されると同時に,通報前1分間のCPRを推奨することにより逆に救急隊通報を遅らせるという結果が報告され,1992年ガイドライン改訂において傷病者発見後,直ちに救急隊に連絡するよう変更されたのである.わが国においても一次救命処置講習において迅速な救急隊通報の重要性を強調するべきであると同時に,地方自治体や民間諸団体を通じて,広く一般市民への啓蒙活動が必要である.

 第2に,今回の調査では救急救命士による電気的除細動が行われるまで救急隊通報から平均18分以上も経過しており,さらに8分以内に除細動が行われたのは全体のわずか7%以下の症例に限られていたことが明らかとなった.救急隊通報から救急隊貝による患者接触までの時間は平均7分であるにもかかわらず,医師の指示を受けるまで約15分も経過していることから,心電図伝送や医師の指示を受けるために必要とされた時間が電気的除細動の遅れの要因となっていることが示唆された.そして,医師への連絡や指示待ちの間にVFから心静止などの心電図へ変化し,除細動のタイミングを逸している症例も少なからず認められていた.

 平成3年に救急救命士法が制定され,わが国でも医師以外のものによる早期電気的除細動が行えるようになったにもかかわらず,現実には早期電気的除細動の利点を十分に生かし切れていないといわざるをえない.これは救急救命士が電気的除細動を施行するために医師への心電図伝送あるいは医師からの電話による口頭指示を必要とする現行法の規定によるものと考えられる.

 米国King CountyにおけるEisenbergらの調査では,Collapse timeから電気的除細動までの平均時間は6.4分であり,26%の社会復帰率を達成している.スウェーデンのゴーテブルグ市においてはcollaps etimeから電気的除細勤までの平均時間は9分であり,16%の院外vF心停止患者が生存退院している.Valenzuelaらは米国のTucsonとKing Countyの臨床データからcollapse timeから電気的除細動までの時間と生存退院予測曲線を作成しているが,5分以内にパイスタンダーCPRが行われ,かつ10分以内に電気的除細動が行われた場合には院外w心停止症例の20%以上が生存退院可能であるとしている.

 今回のわれわれの調査でも,電気的除細動が救急隊通報から8分以内に行われた患者の生存退院率は18%となっており,諸外国の報告と比較しても全く遜色はないと考える.現在,救急隊通報から救急隊現場到着までの全国平均時間は約6分であり,除細勤まで8分以内という時間の壁を克服するためには救急救命士が独自の判断でVF心停止症例に対して迅速に電気的除細動が行えるように法整備を行うべきであると考える.

 わが国における救急救命士運用隊は全救急隊の44.8%であり,過半数の救急隊管轄地域では院外vF心停止症例に対する早期電気的除細動が行えていないのが現状である.救急救命士運用隊数は毎年約300隊ずつ増加しているが,すべての救急隊が救急救命士運用隊となるにはまだまだ時間が必要である.一方,medical technologyの発達はより正確なVF検出を可能としており,体外式全自動除緬動器を使用した安全な除細動が行えるようになっている.Weaverらは消防隊員に体外式全自動除細動器を使用させることにより,院外VF心停止症例に対してより迅速な除細動を行うことが可能となり,結果的に生存退院率が30%まで改善することを報告している. 

 わが国でも一般救急隊貝または消防隊員による体外式全自動除細動器を用いた,より迅速な除細動が可能となるならば,より多くの院外vF心停止患者の救命が期待できると考える.ちなみに私の試算では,全院外心停止患者中のVF症例を7%とし,これらすべての症例に対して救急隊通報から8分以内に電気的除細動が行われたとすると,年間で1,008名にのぼる院外vF心停止症例の生存退院が可能となる.

 また,今回対象となった院外vF心停止症例においてパイスタンダーCPR施行率は29.5%であり,平成8年中全国平均(15.1%)の2倍近くに及んでおり,パイスタンダーCPRによりVF症例が増加する可能性を示唆している.

したがって,今後パイスタンダーCPRが普及し,院外VF症例数が増加した場合,早期電気的除細動によりさらに多くの患者の救命が期待できると考える.

 一方,このようなプレホスピタルケアの発展には医師による,より厳密な医療内容の質の管理が前提となることはいうまでもない.これは現在わが国でも話遺となっているmedical controlという概念であるが,米国では医師以外の者に救急医療行為を行わせる場合には,州の規定にてmedical control systemを定め,医師による救急医療の質の管理が適切に行われるよう義務付けられている.

 medical controlにはさまざまな形態があるが,基本的には救急隊医療業務監督(medical director , off-line control) ,救急医療直接指導(on-line medical control) ,救急業務管理(EMSadministrative management) ,そして救急隊貝(prehospital care provider)の4つの要素から構成される.

 off line controlとは,救急医療の質を保証するために救急監督医による地域救急医療計画の作成からその実施と評価,そして救急医療スタッフの教育など救急医療システム全般にわたる指導体制をいう.on−1ine medical controlとは,電話や無線などを使用した医師による救急隊貝への直接指導を意味する.救急業務管理とは,救急医療計画の実施およびその管理を行うものであり,救急医療計画に関するアドバイスを医師から受けると同時に,種々の医療計画実務を担当する.米国では薬物の投与や気管挿管など高度な救命処置がパラメデイックなどの救急隊貝により行われているが,彼らにより行われる医療内容の質の管理を行うためにmedical controlというシステムが機能していることを忘れてはならない.

 これに対して,わが国では横浜市などごく一部の地域を除いてこのように系統立てられたmedicalcontrolは残念ながら存在しない.救急救命士の特定行為(心肺停止患者への器具を用いた気道確保,VFへの電気的除細動そして静脈路確保)のための医師による指示体制は狭い意味でのmedical controlといえるが,自治省消防庁の全国調査によると,心肺停止患者に対して特定行為の指示要請後1分以内に医師による指示が受けることのできる消防本部は全体の59%であり,東京や大阪などの大都市を除くと47%にとどまっているのが現状である.さらに地域救急医療体制の整備において,今後重要な役割を果たすと考えられている救急医療対策協議会についても,全国消防本部の37%にしか整備されていない.

 このような状況を踏まえた場合,院外VF心停止患者に限らず,より多くの院外重症救急患者を救命するためには,わが国でもmedical controlの充実が急務である.

       W.結 論
 今回の調査は,院外VF心停止症例の予後が救急救命士の行う電気的除細動により著しく改善していることを明らかにした.今後はより多くの院外VF心停止症例において,より迅速に電気的除細動が行えるように制度の改善を早急に行っていくべきであり,一般市民への教育啓蒙活動の強化およびmedical controlの整備とともに,将来的には,一般救急隊員や消防隊員による体外式全自動除細動器の導入も積極的に考慮していくべきである.
私見)『救命救急士』の映画のようにすぐならないが、日本でもこの方向に向かっているようである。

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