かせ薬とアセトアミノフェン中毒
          大久保 昭行 財務省印刷局東京病院長
日本医師会雑誌 125(2):193−、2001
はじめに
1999年,埼玉県本庄市で,飲食店主が,保険金を受け取る目的で,高額の生命保険に加入させた客に,かぜ薬を栄養剤と偽って飲ませて死亡させた疑いがあるとして逮捕されたことは,まだ記憶に新しい.
 この事件は,かぜ薬の主要成分であるアセトアミノフェンを大量に拐取すると死ぬことがあることを知っていた飲食店主が,保険金目当てに知人にかぜ薬を飲ませて殺したと考えられている.
 欧米ではアセトアミノフェンはしばしば自殺に利用されていて,多数のアセトアミノフェン中毒例が報告されている.わが国でも,多くはないが,アセトアミノフェン中毒による死亡例がある.
 T.アセトアミノフェンの薬理作用
 アセトアミノフェンは,アニリン系の解熱鎮痛薬で,視床下部の体温調節中枢に作用して皮膚の血管を拡張し,熱の放散を増やして発熱状態の体温を下降させる.また視床と大脳皮質の痛覚の閥値を高めて鎮痛効果を現す.解熱作用の強さはアスピリンに匹敵するが,炎症を抑える作用はない.アスピリンなどの抗炎症薬とは違い,消化管出血を起こさず,毒性の少ない安全な解熱鎮痛薬と考えられている.
 鎮痛薬の配合成分として利用されているフェナセチンは,体内で加水分解されてアセトアミノフェンとなり効果を現す.しかしアセトアミノフェンと違い,しばしば腎障害,溶血性貧血,メトヘモグロビン血症などの重篤な副作用が出現する.そのため,アメリカ,カナダ,スコットランド,フィンランドなどでは,フェナセチンの使用は禁止されている.わが国では,まだサリドンやセデスGなど医家向けの鎮痛解熱薬の配合成分として使用されているので,鎮痛解熱薬を処方される場合には注意が必要である.
  U.かぜ薬の有効成分としてのアセトアミノフェノン
 わが国では,市販されているかぜ薬に配合できる有効成分は法律で規定されていて,アスピリンアスピリンアルミニウムアセトアミノフェンエテンザミド,サザピリン,サリチルアミド,ラクチルフェネチジンの7種類のなかの1〜3種類を必ず配合しなければならない.
また鎮痛解熱薬も,これら7種類にサリチル酸ナトリウムを加えた8種類の成分・のなかの1〜3種類を配合するよう規定されている.

 かぜ薬では,1回服用量中に,アセトアミノフェンを最大300mgまで,1日量としては最大1gまで,使用が許可されている.アセトアミノフェンの常用量では,ごくまれにアレルギー反応が起こるが,毒性は通常みられない.したがって,かぜ薬に対してアレルギー反応を起こしたという既往のある人,妊婦,高齢者,虚弱者などを除けば,アセトアミノフェンは安全な薬であると考えられていて,市販の数百種類のかぜ薬や解熱鎮痛薬の大部分にアセトアミノフェンが配合されている.
 V.アセトアミノフェンの毒性
 体内に摂取されたアセトアミノフェンの約5%は変化を受けずに尿中に排泄されるが,大部分は肝臓でグルクロン酸あるいは硫酸と抱合して,無毒の化合物となり尿中に排泄される.一部が,肝細胞のミクロソームに存在する薬物代謝酵素シトクロムP450の作用を受けて,毒性の強いN一アセチル−p−ペンゾキノンに変換される.生成したN−アセチル-p-ペンゾキノンは直ちにグルタチオンと抱合して,無毒のメルカプツール酸になって尿中に排泄される.
 アセトアミノフェンを,肝のグルクロン酸および硫酸抱合の処理能力を超えるほど大量に摂取すると,シトクロムP450の代謝産物N−アセチル-p-ペンゾキノンが増加し,肝細胞内のグルタチオンは抱合反応により完全に消費されてしまう.グルタチオンが払底してしまうとN−アセチル-p-ペンゾキノンが肝細胞内の蛋白質や核酸と結合するため肝細胞が障害される.したがって,アセトアミノフェンを大量に摂取した場合は,肝に小葉中心性の壊死が起こり,急性肝不全となり死亡する.腎でも毒性代謝物N一アセチル-p-ペンゾキノンが産生されるため,急性腎尿細管壊死が起こる.
 欧米の報告によると,アセトアミノフェンを体重1kg当たり140mg以上,あるいは10g以上内服すると中毒になり,15g以上摂取すると死亡する例がみられるとされる.しかし,@肝のグルクロン酸抱合能が低下している場合,A常習の飲酒者あるいはフェノバルビタールなどの薬物を服用しているためにシトクロムP450の活性が上昇している場合,B低栄養状態あるいはアセトアミノフェンを常用しているために肝細胞内のグルタチオンが欠乏している場合には,アセトアミノフェンの接取量が少なくても中毒になる.

 本庄市の保険金殺人事件では,常習の飲酒者にかぜ薬を連日大量に飲ませていたので,アセトアミノフェン中毒になっても不思議はない.
 わが国の報告には,アセトアミノフェンを2.4g摂取しただけで死亡した例がある.この量は,かぜ薬の1回の服用分に含まれているアセトアミノフェン量の8倍にすぎない.わが国には,欧米の報告と比べて,明らかに少ないアセトアミノフェンの朽収量で死亡している例がほかにもみられる.その理由として,@肝臓の薬物代謝酵素活性の人種差,Aかぜ薬に含まれている他の成分(エテンザミドやブロムワレリル尿素など)の作用,B解毒に用いたアセチルシステインの量が不十分であった,などの点が考えられる.

 W.アセトアミノフェン中毒の症状
 アセトアミノフェンを服用すると,消化管からすみやかに吸収され,服用後30〜60分で血中濃度が最高になる.治療量を拐取したときのアセトアミノフェンの血中半減期は2〜3時間で,腎機能の影響はほとんどみられない.しかし大量に服用した場合や肝障害がある場合には,薬物の血中i農度がピークに達する時間は遅くなり,半減期も2倍以上に延びる.半減期が4時間以上に延びている場合には肝障害が発生する.
 アセトアミノフェンを中毒量内服した場合,服用後24時間以内に吐き気,嘔吐,下痢,腹痛,発汗などの症状が現れる.肝機能検査異常は,服用後12時間以上たってから認められるようになる.まずAST,ALTが上昇し,続いてビリルビンが上昇し,プロトロンビン時間が延長する.血清トランスアミナーゼ活性の上昇だけで,どリルビン値が高くならない場合は,薬の服用をやめれば肝障害は自然に回復する.

 肝障害は薬を服用してから3日日ないし4日日にピークに達し,嘔吐,黄疸,右季肋部痛,意識障害などの症状が出現する.重症の中毒では腎障害もみられる.腎障害は薬物摂取後24〜72時間に出現し,腰背部痛,血尿,蛋白尿が認められるが,腎不全となることはほとんどない.まれに肝障害がなく腎障害だけが出現する場合もある.薬を服用してから5日目以降は回復に向かう.

 アセトアミノフェン中毒で,総ビリルビン値が4mg/dl以下,プロトロンビン時間が24秒以内の場合は,予後は良好である.治療開始前から5日日までは肝障害の程度を評価するために肝機能検査を行う.

 X.アセトアミノフェン中毒の治療法
 アセトアミノフェンを大量に摂取したことが確実の場合は,まず吐かせてから胃洗浄を行う.

アセトアミノフェンはすみやかに吸収されるため,胃洗浄は薬を服用後30分以内に行うことが望ましい.しかし,他の薬,たとえば抗コリン薬や中枢神経抑制薬を服用している場合には,薬の吸収が遅れるため,服用後6時間たっていても胃洗浄の効果を期待できるので,胃洗浄を行う.

 アセトアミノフェン服用後,すぐに胃洗浄が行えた場合は,消化管内に残っているアセトアミノフェンを吸着除去するために,活性炭を飲ませる.しかし,服用後1時間以上たっている場合は,アセトアミノフェンの吸収がすみやかであるため,活性炭の効果をあまり期待できないうえに,経口的に投与する解毒薬を吸着して働きを阻害するので,活性炭は使用しない.

 アセトアミノフェン中毒は,肝細胞内のグルタチオンが消費されて洞渇してしまうために,代謝産物の毒性が出現する.しかしグルタチオンを投与しても,グルタチオンは肝細胞内に取り込まれないために効果がない.そのため解毒には,グルタチオンの前駆物質であるアセチルシステインを使用する.

 アセチルシステインはアセトアミノフェン服用後8時間以内に投与する必要がある.8時間以内なら,4時間以内に投与しても4時間以降に投与しても,肝障害の発生率に差がないと報告されている.アセトアミノフェン服用後16時間以上たってからアセチルシステインを投与しても,肝障害を抑制する効果はない.しかし24時間以内に使用するなら肝性昏睡の程度を減弱し,生命予後を改善する可能性があるので投与する.

 欧米では,アセトアミノフェン中寺が予想される場合は,服用後4時間以降の血中のアセトアミノフェン濃度を測定し,モノグラフを用いて,血中濃度が肝障害発生濃度域にあることを確認してからアセチルシステインを投与するように勧めている(図).しかし,モノグラフに示されているアセトアミノフェンの血中濃度と中毒発現域との関係はアセトアミノフェンを単独に服用した場合に認められるものである.

 わが国ではアセトアミノフェンの単剤を使用することはなく,かぜ薬や鎮痛解熱粟として服用しているため,これらの薬に配合されている他の成分の作用が加わり,アセトアミノフェンの血中濃度が低くても中毒になる.また配合薬の作用により意識障害が出現する場合もある.
その場合には呼吸管理が必要である. アセトアミノフェン単剤の中毒では,血漿交換は効果がないので行わない.しかし,配合薬の作用が予想される場合,アセトアミノフェンの血中濃度が1,000μg/ml以上と極端に高い場合,急性肝不全の場合などには血黎交換を試みる.腎不全があれば血液透析も行う.

Y.解毒薬アセチルシステインの使い方
 アセトアミノフェン中毒の解毒薬アセチルシステインは,去痰のための吸入薬として,その20%溶液がアセティン液、,A.R.B.,ムコフイリン液などの名前で市販されている.

 アセトアミノフェン中毒の場合は,アセチルシステインを4倍に薄めた5%溶液にして,体重1kg当たり140mgを経口的にあるいは胃管を使って投与する.その後4時間ごとに5%溶液を初回投与量の半分ずつ,72時間まで投与を続ける.

 この薬は濃度が高いと嘔吐を誘発し飲みにくいので,オレンジジュースやコーラで4倍くらいに希釈して飲ませてもよい.投与後1時間以内に嘔吐した場合には,繰り返し投与する.嘔吐が強いときは,30分から60分ぐらいの時間をかけてゆっくり飲ませるか,胃管を十二指腸内まで進めて薬を注入し,制吐薬を筋注あるいは静注して嘔吐を抑える

 なおアセトアミノフェン中毒の場合は,抗生物質がアセチルシステインを不活化するので,同時には使用しない.

おわりに
 アセトアミノフェンは市販のかぜ薬や解熱鎮痛薬の有効成分として広く使用されている.通常の服用量では安全であるが,連日服用している場合や他の薬物を使用している場合には,それほど大量でなくても中毒になる.中毒が予想される場合は,すみやかに適切に治療することが大切である.

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