医療従事者向け禁煙指導講習会 まとめ
特集 平成15年度 健康教育講習会
大阪府医師会報Vol333 平成16年7月号

演者)大阪府立健康科学センター健康生活推進部長 中村正和             
    大阪府茨木保険所地域保健課長 森山和郎
・・・前略、以下必要部分抜粋
●ニコチン代替療法剤の比較
 ニコチン代替療法剤としては5種類剤型があり、全体をメタアナリシスした結果で言うと、プラセボに比べて1.7倍禁煙率が高まります。剤型別に見ても2倍前後の数字になっています (注7)。
(注7)ニコチン代替療法のメ有効性に関するメタアナリシス
種類(試験数)
禁煙率のオッズ比(95%信頼区間)
ガム(48)
1.63(1.49〜1.79)
パッチ(31)
1.75(1.57〜1.94)
鼻腔スプレー(4)
2.27(1.61〜3.20)
インへラー(4)
2.08(1.43〜3.04)
舌下錠(2)
1.73(1.07〜2.80)
全体
1.71(1.60〜1.83)
(Lancaster,2003)
喫煙者を無作為に4群に割り付けて、ニコチンガム、ニコチンバッチ、鼻腔スプレー、インヘーラー、それぞれの薬の効果をプラセボなしで実薬だけで比較すると、大きな差はないというのがこのRCTの結論です。ただ、追跡期間が12週間と、比較的短期の効果です。

 ただ、ニコチンガムは 「15回かんで1分間置く、これを30分から1時間繰り返す」というのが正しいかみ方ですが、実際にはうまくいってないケースが多いです。1日31本以上吸っているような高依存度群ですと、禁煙して1カ月以内は平均10個前後かまなくてはいけません。つまり起きている間ずっとガムをかんでいなければなりません。仕事柄かめない、のどが痛くなったり、あごがだるくなったりする、歯や胃の調子が悪くなるなどの問題があり、ヘビースモーカーの方はニコチンガムだけで禁煙するのはなかなか難しいです。

 そういう意味ではニコチンバッチの方が使いやすいです。朝1回張るだけで勝手に血中濃度が上がりますりただ、血中濃度が上がってくるのに3〜4時間掛かり、ピークは大体7時間後です。夜寝る前に張り替えると夜中にピークになり、不眠の症状が出るということで、朝に1回張り替えます。

24時間パッチが日本のノバルティスから出されています。外国では18時間パッチとか、入っているニコチンの含有量や放出量が違うものが数品開発されていますけれども、日本では今のところノバルティスのニコチンパッチ、ニコチネルTTSという商品名で、大・中・小、30・20・10という形で、4週・2週・2週の合計8週間が標準コースです。もちろん早くやめて禁煙が出来る方もいますが、早くやめる人に限って体重増加の問題があるので、出来るだけこの期間は少なくとも使うよう説明しています。

ニコチンパッチの初期投与量は、本数が少ない方では、真ん中のサイズか小さいサイズから始めます。また尿中のニコチン濃度を調べる試験紙「ニコチェック」を用いて、たばこをやめてニコチンパッチだけを張った場合、どれぐらいのニコチンが補充出来るかということをあらかじめ調べたデータがあります。

初診でこのニコチェックレベルが1、2という低いレベルではニコチネルTTSの一番小さいサイズ、逆に7以上の方では一番大きなサイズで、必要であればニコチンガムを併用します。

5、6ぐらいが一番大きいサイズでニコチン補充をして尿に出てくるレベルです。3、4であれば中のサイズが合っています。これらをひとつの目安にして初期の投与量を設定しておりますが、忙しい外来ではそのような検査はなかなか出来ませんので、本数の目安で、普通は一番大きいサイズから本数が少ない方には小さめのサイズ (目安として喫煙本数が10〜15本/日では中サイズ、5本以下では小サイズ) から始める方が、ニコチンの過量症状を防ぐという点からも重要かと思います。

 大阪府立健康科学センターの禁煙外来では、医師とカウンセラーがペアで行うのが特徴です。初診で大体1時間から1時間半、再診で大体30〜40分、精神科の患者さんであれば再診でも1時間くらいかけています。もし先生方のところでなかなか禁煉が難しいという方がいらっしゃったら、ご紹介頂ければと思います。

●その他の内服薬
 海外ではこのニコチン代替療法以外に内服薬としてププロピオン (商品名ザイバン) という薬があります。これはもともと抗うつ剤として開発されましたが、その後ニコチンの離脱症状の緩和効果が認められ、97年からアメリカでは処方箋薬として使えるようになっています。ドーパミン系とノルアドレナリン系と2つの脳内のニューロンに効くことが分かっており、それぞれニコチンの摂取欲求、ニコチンの離脱症状に関係していると言われるものに効くことが分かっています。

7週間の投与期間で徐々に量を増やしていきます。軽い副作用に口内乾燥、不眠があります。また、推奨容量を超えた場合、てんかん様の発作があり、出現率が1千人に1人です。過去にけいれんの既往のある方については禁忌です。しかしこの副作用は過去の既往をきちんと聞けば、予防することがかなり可能です。

今、五十数カ国で処方箋薬として使われています。また、ニコチンパッチと比較する臨床試験でもこちらの方が禁煙率が高いという結果が得られており、アメリカのAHRQの禁煙治療ガイドラインでもニコチン代替療法と並んで第1選択薬となっています。メイヨー・クリニックなどにもニコチン・ディペンデンス・センターがありますが、依存度の高いアメリカは、やめにくい方が残っていますから、ほとんどのケースで伴用療法です。

ブプロピオンとニコチンパッチとか、更にインヘーラーを組み合わせるというように、コンビネーションのセラピーで禁煙治療をしているのが実態です。

 先ほどのブプロピオンはもともと抗うつ剤で、たまたま禁煙に効くということで禁煙の適用がとられたものですが、新しい薬バレニクリンは禁煙のために開発されたものですから、メカニズムに基づいて開発されています。ニコチンが脳のニコチン受容体、α4β2に選択的に作用するのですが、このバレニクリンは軽いアゴニスト、またアンタゴニストの両方の作用を持っています。ですから、ニコチンのレセブターにくつついてニコチン様の軽い作用を起こしますから離脱症状を緩和します。一方、ニコチンがくっつけないようにするため、喫煙によって出るドーパミンのレベルを低下させ、喫煙による満足感を阻害しながら、禁断症状があまり出ないようにして禁煙が続けられるようにする作用機序があります。

メカニズム的には比較的ブプロピオンとは似ていますが、作用する場所が違います。海外では3相試験が実施されており、2相試験でもいい結果が出ています。日本でも04年から第2相試験が始まるということですので、今後、特に禁煙困難例にはニコチン代替療法との組み合わせ療法も含めて見通しがあるのではと考えています。

●質疑応答(1)
■司会  それでは、いったんここでご質問を受け付けます。
■会場  本来は自費診療になりますが、先生方のところでは1回の診察でどれぐらいの値段を設定されていますか。
■中村  値段は禁燵外来によってまちまちです。以前調査したのでは初診で大体2千円、再診が1†円でしたが、私たちの施設では、保険点数をベースに計算して、初診が7500円程度です。再診が4500円程度。この料金にはたばこ検査ニコチェック、呼気一酸化炭素濃度の測定、肺機能の測定 (初診のみ)、診察・カウンセリング料が含まれています。これ以外に別途、薬剤費は本人負担で掛かります。

■会場  全館禁煙になってしまいますとたばこが吸えない、または雨が降ったときなどに吸う場所がない、ということでどうしても禁煙を誘導していくことになると思うのですが、当然、保険で人院されておられますので、パッチを自費で処方することになると、混合診療をすることになり悩みます。現在、全館禁煙されている病院等ではどうされているのでしょうか。
■中村  私の方では情報を持っていないです。むしろ本日来られている方で何かご存じの方いらっしやいますか。外来であれば時間を変えて禁煙外来と一般診療と分けておられる先生が多いと思いますが、少なくともカルテは分けておかないとだめですね。入院患者さんについては、いったん退院して頂くわけにもいかないし、そのあたりはどこまで許されるのでしょうか。
■森山  外向けにはオープンな形になっていませんが、羽曳野病院では、入院患者に対してバッチの処方をする際には、やはり混合診療になりますので料金は取れないということで、禁煙指導のカルテは間に紙を挟んで、保険診療外と分かるように分けてとじています。その部分に診察内容を書いて、パッチの処方箋、記録を残して、ご自分で買って頂くという形をとっていると聞いています。
■中村  パッチはその院内で処方するんですか、院外処方箋を発行するのですか。
■森山  院外処方箋を発行します。
■中村  院外処方箋を発行しても、院外処方箋料を徴収せずに、カルテを分けた形で医療行為として記録を残しているというのが羽曳野病院でのやり方ですね。費用は全く取らずに、ボランティアでやって頂いているということです。

●質疑応答(2)
■司会  それではここでご質問を受け させて頂きます。
 一会場  間接喫煙で小児に中耳炎が多い理由は、風邪を引きやすくなるから中耳炎が多いということでしょうか、それともたばこに特異的に中耳炎を起こすものがあるのでしょうか。
■中村  恐らく、両者が関係していると思います。喫煙者本人や非喫煙者が受動喫煙で感染症にかかやりすいのは免疫機能を介してのことだと思います。例えば喫煙者は、非喫煙者に比べてナチユラルキラー細胞の活性がかなり下がるということが分かっています。普段たばこの煙を吸わされていない非喫煙者だと喫煙の影響をより受けやすいので、受動喫煙でも免疫機能が下がりやすくなると考えられます。
■会場  妊娠中に喫煙していた母親から生まれた子どもは知能障害や暴力犯罪を引き起こしやすいということですが、例えば同一の母親が、先の子どもの場合は喫煙して、後の子どもの場合には喫煙をやめていれば差が出てきますか。
■森山  そこまで詳しいデータはありませんが、酸化炭素が胎児まで酸素を運ぶのを邪魔する、ニコチンによって血管が収縮して胎児に行く血流が少なくなる、という両方が相まって胎児の脳を含めて成長を阻害し知能低下が起こってくるのではないかと推察されます。
■会場  その影響は、妊娠初期と中後期のどちらがどの程度に影響が強いんでしょうか。
■森山  体重については、妊娠後期の方が体重増加が激しいので、影響が強そうだなと推察されますが、知能低下については今後、研究していく必要がある分野ではないかと思われます。
■中村 例えば第一子と第二子で喫煙状況が変わった場合にどうなのかといった細かい分析はされていないので、発表している研究者にそのようなデータの解析が出来るかを尋ねて、結果の違いがあるか見る必要があると思います。ただ、一般論としては、妊娠してもたばこをずっと吸って、途中はやめても産まれた後に再喫煙するというパターンの中で、将来その子どもの追跡をすると、知能が低く、暴力犯罪率が高いということです。
妊娠中の器官形成期の影響がメカニズム的には推察されますが、実際には産まれた後も受動喫煙に曝露することが多いわけです。その影響も否定出来ません。そのあたりもう少し細かくデータを見て、より妥当な結果なのかどうかは吟味してみる必要があると思います。
■会場  たばこを吸っている両親の子どもは、成人になってからたばこを吸いやすいというお話でしたが、これは親の行為を見習うということでしょうか、それとも遺伝的な素因が共通しているという意味でしょうか。もし見習うんだったら学校の教師がたばこを吸う影響も非常に大きいと思いますが、どうでしょうか。
■中村  私自身は、周りで吸っている人がいるという環境が大きな要因だと思います。ただ、お酒と一緒で、たばこを吸えるタイプと吸えないタイプニコチンの代謝酵素の違いで、東洋人にはちょっと吸っただけで血中濃度が上がってしまって気分が悪くなる遺伝子体型の人が白人に比べて多いと言われています。
たばこを吸える親から産まれた子どもは、恐らく遺伝子的にはたばこを吸えるタイプなので、周りのまねをするということに加えて遺伝的なものも関係しているとは思いますが、そちらがメーンではないと考えています。
■会場  教師の禁煙も大事ですね。
■中村  学校ももちろん子どもにとって非常に身近な、しかも重要な環境です
ので、学校関係者、特に担任の先生等の禁煙を訴えていかなければいけないと思います。大阪府医師会学校医部会として、ぜひ学校の敷地内禁煙と学校の先生方の禁煙を推進して頂きたいと考えます。禁煙治療の受け皿については医師会の会員の先生方にお手伝いをして頂いたり、私どもの施設等の禁煙外来をご紹介して頂ければと思います。
■会場  空気清浄機はあまり効果がないようですが、たばこの煙のどの成分に対して効果がないんでしょうか。
■中村  ガス状の成分はフィルターでは一切取れません。たばこの煙は、粒子成分とガス状成分に分かれますが、大半がガス状成分に含まれていますので、ほとんど素通りしてしまいます。しかも、フィルターを交換する時期が遅れてきますと、ちょっと取れていた部分も取れなくなって、有毒ガスを扇風機で拡散しているのと変わらない代物になってしまうことが分かっています。
■会場  禁煙すると体重増加がよく見られますが、それはただ口が寂しいからカロリーの多いものを食べるということでしょうか。それとも、たばこの中に体重を減少させる成分があるのでしょう
■中村  口寂しいから食べるという部分もありますし、体調が戻る、特に胃の調子が良くなるので食欲が亢進します。
しかし、重要なのは、ニコチンが分泌を高めている脳内のドーパミンなどの神経伝達物質は実は食欲抑制にかかわっているということです。たばこをやめてニコチンをとらなくなると、脳内の食欲抑制にかかわっていた脳内の神経伝達物質の分泌が一時的に悪くなり、禁断症状のひとつとして食欲亢進が出て、それが2カ月以上続くのです。
 ただ、データを見ると平均2〜3キロぐらいの体重増加で、極端に増える人は数パーセントです。また、ニコチン代替療法は体重増加の抑制効果があることも分かっています。また、たとえ太っても徐々に体重を減らしていけばいいので、まずは禁煙に集中するよう支援して頂ければと思います。糖尿病の患者さんも、たばこをやめるとインシュリンの抵抗性が改善することが最近のデータで分かっていますし、たばこは糖尿病の発症因子であることも分かっています。禁煙すれば糖尿病のコントロールを良くする因子にもなりますので、そういう意味でも体重が増えること自体は後で対処出来るし、禁煙の効果の方がはるかに大きいですから、まず禁煙に取り組んで頂くことが重要ではないかと思います。
■司会  ありがとうございました。

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