そこまでやるか
われは紫煙のシェフ 松原幸三(49歳)
 毎日新聞2004.10.22
 気むずかしそうに紫煙をくゆらせるのはこれが仕事の合間の一服ではなく、仕事だからだ。JTのたばこの味を決めるブレンダーになって二十二年、松原幸三は毎日せっせと吸い続ける。

 「製品開発統括部次長」の肩書だが、いろいろな味の葉を組み合わせて一つのメニューを編み出す厨房の責任シェフといった方が話は早い。JTの商品群のなかでも売れ筋の「マイルドセブン」ファミリー(全十九銘柄)を率いる。

一口にたばこといっても黄色葉、バーレー葉、オリエント葉など品種がある。一本の幹に二十三、四枚の葉がつき、日本の場合、まず葉の大きさや乾燥状態により、十五種程度に分けられる。

 さらに海外調達分も含めて細かく分別し、ブレンダーに託されるときは三百種に膨らむ。この気の遠くなるような選別と選択の過程の最後の仕上げがその腕にかかっている。辛さや濃厚さ、煙の 上がり方さえ異なる葉を組み合わせる作業は無数のピースのパズルを組み立てるに等しい。

  「とにかく吸わないと話にならない」といい、片時もたばこを手放さない。当然ながら、調合用の葉を載せた小皿に「健康を損なうおそれがあるため吸いすぎに注意しましょう」の添え書きはない。

 愛煙家の目にも骨身を削る仕事にみえるが、意に介さない。健康管理を尋ねると「洒はあまり飲みません。会社の健康診断はきっちり受けていますけれど」。

 頭のなかは葉の配合の黄金探しでいっぱいだ。大学時代は機械工学を学び、製造装置開発の技術者として入社した。しかし各職種を目の当たりにし「会社を支えているのはこの部門だ」とブレンダーを志した。上司への働きかけなど、五年かけてかなえた天職だ。嫌なことは何もない。

 喫煙への逆風ばそのままブレンダーに吹き付けてくる。管理部門は低コストでうまいものを、と要求する。

(※私見 もし肺ガンになったら労災は適用されるのか・・・・?)
ここまでやった
■魯山人、寄生虫も何のその
 「積年の過労といかもの喰(ぐ)いは、頑丈な(北大路)魯山人のからだを後々に蝕(むしば)み・・…」 (『魯山人味道』平野雅章編)。

 食の達人はヒキガエルやタニシも好み寄生虫に侵されていた、とも。し好も仕事も冒険を避けては極められない。

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