DNA解読とその効用(2009年9月8日)

人間のDNAはA,T,C,Gの4つの塩基の組み合わせから構成され、その長さは30億対に達する。 これらは2重螺旋構造を取り、AはTと、CはGと結合して対構造をしている。 人ゲノム計画によって、30億個のDNA配列はすべて解読された。ここでは、解読技術の驚異的な進歩の足跡を辿り、解明されたDNA配列が人間の病気予防や治療にどのように生かされているかを述べる。

左の写真は抗癌剤の治療効果と、特定の癌遺伝子の特定の塩基配列がGであるかどうかの関係を図示したものである。 一個の塩基が異なるだけで薬の効き方が大きく変わる事例である。

1985年当時用いられていた初期の「電気泳動器」では一人1日当たりの配列解読数はせいぜい1000個であった。
このペースで計算すると人間にゲノム30億対を全て解読するには8000年の歳月が掛る計算になる。
そこで、実際のヒトゲノム計画では、1解析器当たり96レーンを持つ高速な機種が使われ、一日の解読数は92万個まで高速化された。 これを用いると全ゲノム解読に要する期間は9年となる。 世界中の研究所が分担して約2年で全ゲノムを解析できた。

左に示す写真が実際にヒトゲノム計画に使われたDNA配列シーケンサーである。
その心臓部で、96本のガラス製レーンに各断片の移動量を正確に読み取るレーザーケーブルが一本ずつ接続され、パソコンで各レーンの移動量を順次読み取りながら塩基配列を決定して行く。


2.ヒトゲノム配列の活用法


次世代の解析技術は塩基配列を直接読み解く方向に進んでいる。 試験対象の塩基に結合する塩基は決まっているので、それらの塩基に発光分子を特異的に結合し、結合後に各塩基の発光分子にレーザー光を当て、色の相違で結合している塩基を決定する。

3.次世代解析技術の動向

大阪大学で研究されている方法は、走口トンネル顕微鏡を用い、上記写真(中央)のような分子より微少なプローブを使って、塩基配列している分子の形をなぞり、直接塩基分子の種類を決定する方法である。 左図はこの様にしてDNA連鎖分子の形状を捉え、その内のG(グアニン)だけを光で識別したものである。 これら直接読み取り方式はDNA解析の速度を飛躍的に向上させる技術として期待されている。

アメリカには、すでに「DNA解読企業」が設立され、新規企業として活動を開始している。
しかし、個人のDNA情報は個人情報保護の見地からその活用については厳しく規制する必要がある。

医療などへの応用と同時に、個人情報ほどのルールを早急に確立する必要がある。

この記事はNHKの「サイエンスZERO」で放送された「DNA解読新時代」を参考にまとめたものです。


以上述べたように、1985年から20年の間にDNAの解読速度は飛躍的に高速化した。 その模様を下図に示す。この結果、解読に要する費用も急速に減少し、1985年−7億円、2005年−4000万円、となり、これから実用化される新技術を用いると、2009年−300万円、2013/15年-10万円まで下がると予想されている。


ここで、一つ質問がある。 30億個のDNA配列は塩基数10-数100個の断片として解読されるが、それらからどの様にして30億個繋がった長大な塩基配列を決定できるのか? それぞれの断片には他の断片との共通部分配列が含まれているので、試行錯誤でそれらの共通部分が合う様に断片を繋いで行けば、30億個の配列を完成できる。 勿論、パソコンの力を借りなければ実効は不可能である。

1.DNA配列の解読法

ヒトゲノム計画で解明された30億個の塩基配列はどの様に活用されているのだろうか。 左の写真は抗癌剤として有名な「イレッサ」である。 この薬は非常に良く効く人と全然効かない人にはっきりと分かれる。 そこで、患者の癌遺伝子を採取して、関連を調べてみると遺伝子配列の内の特定な1塩基がGであるか無いかで、この薬の効果が大きく違う事が分かった。 この事例以外にも、特定遺伝子の塩基配列と病気発症頻度の関係、などが、同様な相関分析で分かってきた。 特定遺伝子の塩基配列は数分で解明できるので、その患者に効く治療薬の決定等直ぐでき、また、将来発症する確率の高い病気の予測なども簡単に出来るようになった。

DNAの配列を解析するには「電気泳動法」が使用される。 4種の塩基にはそれぞれその塩基の所で配列を分断する「分離酵素」が存在する。 これらの酵素を使って分断されたDNA断片は一般に塩基配列の長さが異なる。 それらを寒天で作られたレーンの出発点に並べ、レーンに電圧を掛けると、DNA断片は帯電しているのでレーン上をゆっくりと移動する。 その時に移動距離は塩基配列の長さによって変化する。 上の右図は、実際に長さの異なるDNA断片を「電気泳動法」によって移動させたものである。左右両端のレーンは長さが既知のDNA断片を移動させたもので、未知の断片の長さを計測するスケールの働きをする。 中央の6レーンの内、左の2レーンにはより短いDNA断片の移動結果が表示されており、スケールからその長さを計測できる。 中央右側の4レーンには断片長のより長いものが移動した様子が見て取れる。 左上の写真は初期の配列解析器である。

DNAの塩基配列は図に示すようにA(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)G(グアニン)の4種類の塩基の不規則な配置からなり、3つの塩基配列が一組となって特定のアミノ酸を指定する。 4x4x4=64個の異なる組み合わせが出来るが、これらが蛋白質を構成する21種のアミノ酸と対応しており、塩基配列の変化に対応してアミノ酸の配列が異なる蛋白質が合成される。 蛋白質の構造はアミノ酸の異なる配列によりその3次元構造が一義的に決定され、その構造により各蛋白質の機能や性質が決まる。 我々の身体には数万種類の蛋白質が存在し、生体の活動に使用されている。

「電気泳動法」を使ってDNA塩基配列を読むにはどうすれば良いか? 上の3つの写真で説明しよう。 検査するDNA断片の塩基配列は、AGTACGである。 この試料断片をまずAの分離酵素で分断する。 そうすると、2つの断片、(A, AGTA)が生じる。 これらを「電気泳動器」のAレーンにセットする。 次にTの分離酵素で元の断片を切断すると1つの断片(AGT)が生じる。 これをTレーンにセットする。 同様にして、G分離酵素で切断すると、2つの断片(AG,AGTACG)が生じる。 これらをGレーンにセットする。 最後に、C分離酵素で切断すると、1つの断片(AGTAC)が生じる。 これをCレーンにセットする。 電気泳動を掛けた結果は上の右図の様になる。 これらを各レーンの一番下のものから順番に読んで行くと、試料のDNA配列はAGTACGであった事が分かる。 この様な操作を30億個のDNA断片につき順次行う。


下に示す写真は、2005年に開発されたシーケンサーで、手の平サイズの板に直径40マイクロメーターのレーンが300万個開けられており、一日で7億個の配列を読む能力がある。 これを使えば、人間の30億個のゲノムをわずか5日間で解読できる。