動物的文明論(02/7/26)

人類が類人猿から進化して数十万年が経過した。 遺伝子の変化速度は非常に遅いので、初期の人類と現代人を比較した場合、遺伝子的な進化は殆ど無いだろう。

しかし、その間に人類が構築した文明は着実に次世代に引き継がれ、農業技術や文字・印刷技術の発明、科学研究、産業革命、トランジスターやコンピュータの発明を経て飛躍的に進歩した。 文明社会に生きた人間の知能はそれ相応に発達する。 しかし、その資質は子供には遺伝しない。 一方、文明がもたらす新しい情報は、記録されて確実に次世代に引き継がれ、その総量は指数関数的に増殖し進化する。 こうして遺伝子と文明の進化の乖離は加速度的に増大して行く。

変化速度の遅いのは遺伝子だけではない。 地球環境の変遷も数十万年のペースでゆっくりと進行する。 遺伝子を含めた自然環境に対する人類文明が累積した情報量の加速度的な乖離がもたらす問題は、これからますます深刻になって行くだろう。

人類の頭脳の進化は累積的に肥大化する文明の進歩に付いて行けず、自分達の生み出した文明を自己規制できないジレンマに陥っている。 地球温暖化、人口爆発、資源の浪費と枯渇、教育の破綻、異文化間衝突、遺伝子組み換え問題などの根底には、自然と人工的文明との加速度的な乖離が根本的な原因として大きく横たわっている。

  1. 地球温暖化対策

    文明が進むにつれエネルギー消費量が増える。 地球のエネルギー源は太陽光であるが、人類は毎日地球に降り注ぐ太陽エネルギーの1%も利用していない。 石油・石炭など、動植物が過去に蓄積した太陽エネルギーを化石燃料の形で消費している。 これらはクリーンなエネルギーではなく、大量の炭酸ガスを排出して地球温暖化の大きな原因となっている。 クリーンな太陽光エネルギーを効率良く利用する体制に移行しないと人類の生き残る道は無い。 進化しない頭脳が適切な対策を採れず、対策が後手後手となって危機を招いている。

  2. 人口爆発

    知能の発達した人類は豊富な食料を生産する術と医療技術を考案し、その結果人間の人口と平均寿命は飛躍的に増大した。 人口は地球が支え得る上限に迫ろうとしている。 種の増殖はあらゆる生命体の生きる目的であり、人間も例外ではない。 人口爆発は起るべくして起きた現象に過ぎない。

    しかし、「地球号」に定員がある限り、増殖を自己規制する以外に対策は無い。 人口増加率を極力抑え、少子高齢化社会に移行する道を模索するしか有るまい。

    ここでも、進化しない頭脳がその対応を迫られて試行錯誤を繰り返している。

  3. 資源枯渇対策

    現代文明社会は資源の浪費の上に成立している。 人口爆発以前には天然資源が有限だと言う認識は無かった。 やっと今になって、地球は小さな惑星であり、無限に増殖する生命体を抱擁する容量は無い事に気付いた。 容量一杯の人口を抱えながら快適な生活を送るには、資源の再利用以外に道は無い。 リサイクルのコストを出来るだけ抑制できる資源再利用技術の開発が急務である。 進化していない頭脳が試されている。

    資源を無駄に使わない事も対策の一つとして重要である。 現代は誇大宣伝の時代であり、情報の伝達に無駄な宣伝費と紙資源の浪費と言う大きな過ちを犯している。 宣伝しなくても良い物は自然に売れる。 宣伝費を掛けて誇大宣伝をし、消費者を騙す。 そう云う商売が多過ぎる。

    実際に使って見た人の評価情報をインターネットに記載し、消費者はその情報を基に買うかどうか決める。 その様なシステムが普及すれば、無駄な紙資源の節約にもなり、コストアップに繋がる宣伝費の目に余る高騰を避ける事も出来る。

    消費者が情報を発信する時代の到来が待たれる。

  4. 学級崩壊

    昔の学校では子供達は和気藹々として、のんびりと勉強していた。 今は虐めが横行し、落ちこぼれ問題、登校拒否が日常茶飯事となっている。

    何故そうなったか。  私は、その遠因は、上述した様に文明と遺伝子の乖離にあると思う。 学問が進歩し、学校で学ぶべき知識の量は加速度的に増大する。 一方、人間の知能は遺伝子によって制御されており、基本的な知能レベルの向上は無い。 昔は大学生が勉強していた事を、今では小学生が学ばねばならない。 コンピュータの普及、科学技術の発達が教育内容を高度化し、理解出来ない子供達は落ちこぼれて行く。

    ストレスが溜り、その掃け口を虐めや登校拒否に求める。

    人間の頭脳は鍛えればある程度後天的に進化するが、その資質は子供には遺伝しない。 人工的に頭脳を進化させるには「人工知能」の構築しかない。 コンピュータ技術を使って高度な知識やノウハウをデータベース化し、誰でも簡単にアクセスして活用できるシステムを構築し、進化しない頭脳の機能を外部から補強する事を考えねばこの問題は解決しない。 又、高度な文明に付いていけない人は自分の個性に合った分野に生き甲斐を見出すしかあるまい。 個人個人によってゆとり教育と高度教育を使い分ける必要がある。

  5. 異文化間衝突

    イデオロギーの対立の時代は過ぎたが、民族間の異文化衝突が痕を絶たない。

    テロの問題もこの中に含まれる。 仲良く共存する事は出来ないのか。 ここにも進化しない頭脳に組み込まれている人間の闘争心が見え隠れする。 理性が本能に勝てない人間の根源的不完全さがなせる業であろう。 昔は食料を巡って部族間の闘争が絶えなかったが、今では争点が混迷化している。 歴史的軋轢の累積、民族の独立分離、宗教的対立など複雑な要因が絡み合っている。 人間の歴史は戦争の歴史であり、これは国際紛争を回避するレベルに人間の頭脳はまだ到達していない事を物語っている。 根源的要因にメスを入れないで強大な軍事力に頼る対症療法的なテロ対策では、異文化衝突の問題は解決しない。 

  6. 遺伝子組み換え操作

    自然は何十億年も掛けて遺伝子操作の試行錯誤を繰り返し、生物の進化と多様化をもたらした。 それを一瞬の内に試験管の中で実現する方法を人間は手に入れ様としている。 「気狂いに刃物」ではないが、これは非常に危険な事態である。 この技法を使いこなすには神に近い知能を要する。 しかし、人類の知能は、残念ながら遥か下のレベルに留まっている。 だがこの世の中では起りうべき事は必ず起る。 クローン人間を作る輩は必ず現れる。 遺伝子操作によって天才を大量生産する事も、近い将来起りえないとは限らない。 人類の進化を人類が自由に操作する。 これが如何に危険な賭けか、おぼろげながらみんな気が付いている。 と言うか、本心はどうしていいか分からない。

    今、多様性の意義が改めて問い直されている。 ランダムな遺伝子操作によって多様性を維持している生物の生殖作用、生存競争による自然淘汰で生き残れる種を決める厖大な時間の掛かるアセスメント、自然が行って来たこの手法の有効性は数十億年を掛けて証明されている。 時間は掛かるが失敗は無かった。 

    リスクを犯して進化速度を速めるか。それは人類滅亡への早道かも知れないし、人類進化への近道かも知れない。

    それを判断するまでに人類の知能が発達していない事だけは確かである。

    性悪説(蛇足)

    世の中には性善説と性悪説がある。 私も若い頃は性善説を信じていたが、今は完全に性悪説に傾いている。 しかし、冷静に世の中を見ると、どちらの説も正しくない。 良い奴と悪い奴が混ざり合っているのが世の中であり、一人の人間の中にも善玉と悪玉が同居している。 食物連鎖に見る様に、生きる為には他の生物を犠牲にしなければならない。 人間同士も、理性によってある程度のコントロールは出来るが、生きる為に色々な手練手管を使っている。 

    この世の中では、起こりうべき事は全て発生する。 「事実は小説より奇なり」と言う言葉があるが、自由奔放な小説家の頭でも創造出来ない事態が幾らでも発生する様に出来ている。 因を正せば、親の遺伝子が子供に引き継がれる際、ランダムな組み合わせ工程があり、出現可能な組み合わせの中から大きな自由度をもって子供の遺伝子構成が選ばれる。 こうして多様性に富んだ子供が生れ、それぞれ異なった環境下で育てられ、変化の幅は更に拡大される。 時系列的なプロセスはさらに複雑な様相を呈する。 善悪織り交ぜて非常に多様性に富んだ人間が常に再生産されている。

    毎日の新聞を見ればいい。 政治家は利権を貪り、詐欺師は法の目を掻い潜って新しいネズミ講を興し善良な市民から金を巻き上げる。 幾ら法律で縛っても次から次へと抜け道を探す。 生来の遺伝子と後天的な社会通念によって行動を規制されている人間のレベルはその程度のものであり、我々は色々な欠陥を内包して生きている一動物に過ぎない。 

    百年、2百年後の社会はどう変化するか。 政治や経済はもう少しまともな仕組みになる事が期待できるが、動物的本能に起因する愛憎の世界は相変わらず繰り返されて行くだろう。 浮気、不倫は一夫一婦制が続く限り跡を絶つことは無い。 勿論、善悪取り混ぜて相変わらずゴタゴタの絶えない世の中が続いている事だろう。