動物的人生論(02/6/9)

1 生きる目的

人生の目的は何か。 現代人にとってその答えは明解である。 それは子孫を残し、遠い過去から連綿と継続してきた生命の火を消さない事だ。 

現代生物学の進歩により生命の神秘が解き明かされ、生き続ける事自体があらゆる生物の「生きる目的」であることが分かって来た。

ところが、世の中には色々な人生論の残滓がある。 それらは現代生物学の洗礼を受ける前の人間が勝手に考え出したものだ。 進化や遺伝のメカニズムを知るまで、人間は自由に空想し人生論を展開できた。 しかし、生命の神秘を知った今、それを無視した理論は空論に過ぎない。 勿論、社会的に受け入れられる限り我々には自由に生きる権利があるので、個人個人が、それぞれ目的や目標を設けて生きるのはその人の勝手である。  しかし、現代生物学が明らかにした本来の目的だけは忘れないで欲しい。 その上に立って自由な人生論を展開して貰いたい。 また、自分が勝手に考えた人生論が本質的であり、普遍性のあるものだと言って他人に押し付けるのだけは止めて欲しい。

2 神の教え

我々の祖先は、厳しい自然環境の下で生き延びる内、自分達が如何にか弱い存在であるかを知り精神的に強靭なものに縋ろうとした。 また、自然界を支配する何かが存在すると直感した。  そうして、それを神と名付け畏敬した。 原始的な宗教の始まりである。 現在のキリスト教、イスラム教、仏教などのルーツはそこに在る。

文明が発達するに連れ人間の精神生活も豊かになり、新しい宗教を求める様になった。 これらの宗教は正義と愛に生きるのが人間の本来在るべき姿であると説く。 つまり、人生の目的は愛情を持って正しく生きる事であると言う。

これらは、社会生活を円滑にする為人間が編み出した知恵の産物であり、人間は神の教えを信じる事によって心の平静を保ち得た。 生物学を知らなかった時代に生きた人間はそうするしかなかったと考えられる。

3 現在生物学の成果

生物学の急速な進歩は遺伝子の構造解析によって加速された。 遺伝子の構造とその機能が解明されるにつれ、生物の進化を定量的に把握できる様になった。 異なる種の間で遺伝子を比較し、類似性の程度によってそれらの種が分化した年代を推定する手法が開発され、共通の祖先から種が分化する過程を描くことが可能になった。

それと同時にバクテリアから人間まで遺伝子(正確にはDNA)の基本的構成が同一である事も判明した。  突然変異の積み重ねによって種が分化し進化する事も分子レベルで解明されてきた。 自然環境に適応し種の保存に成功した生物のみが生存している事も分かって来た。 適応できず、化石を残して絶滅した種も数多く存在する。

4 生殖機能

生存の為の必要最小条件は生殖によって種を維持できるかどうかに掛かっている。

そして生物に寿命がある限り、生きている内に子孫を残さねばならない。この条件さえ満たせばその生物は継続して生存できる。

生物の一生はその為の絶え間ない生存競争である。 生きる為の資源が有限な為お互いに競争せざるを得ない。

無機物は増殖しない代わりに寿命が半永久的である。 その無機物からある時有機物が合成され、その中に増殖作用を持つ物が偶然に現れた。 増殖によりその有機物はどんどん増えて行った。 増殖とはコピーを作る事であるが、その機能が不完全な為、部分的なコピーエラーが時々発生し、それらが積み重なって新種の有機物へと変化して行った。 何億年も掛けてそれらの物質から原始的なバクテリアが発生し、さらに30億年掛けて知能を持った人間にまで進化した。 生物発生の初期段階では色々なコピー方式が存在したが、エラーの少ないDNAによるコピー方式が生き残って、現存する生物の増殖機能を担う様になった。

5 生き方は自由

人生の究極の目的は子孫を残すことであるが、長い人生それだけを目標にする必要は勿論無い。 重要なことは究極の目的を理解した上で、自分の人生を自由にエンジョイする事である。 人間には性欲、食欲、征服欲など本能的欲望の他に、社会性や発達した脳が求める知識欲、名誉欲、正義感などがあり、それらの欲望を満たす事で幸福感を感じる。 個人個人は自分の欲望に従って自由に生きて良い。 子供を残す以外に本質的な制約は何も無い。

多くの人生論は、種の保存ではなくその他の二次的領域での人生論を展開している。 それはそれで容認できる。 しかし、その領域はあくまでも二次的な領域であり、そこに人生の真の目的があると考えるのは間違っている。 

6 視点が変わる

動物的人生論の立場に立つと世の中の見方が変わって来る。

地球温暖化、人口暴発、オゾン層破壊、エイズ蔓延、核の廃絶など人類の存続を脅かす諸問題の解決が急務であり、生物全体では環境汚染、環境ホルモン、絶滅に瀕する生物の保護などが重要課題となる。

グローバリゼーション、貧富の格差是正、不良債権、景気回復などは二次的な問題に属すると言える。 

7 動物的人生論の問題点

動物的人生論にも問題がある。 子孫を残すとは子供をたくさん作る事であり、人口暴発を誘発する。 また、生殖能力を失った老人は生き延びる意味が無いとも言える。

知能に優れた人類は農業を発明し、医療法を開発して、人口増加と寿命の延長に成功して来た。 その結果が新たな問題を提起する。

自然環境下ではこれらの問題は適切に処理され、絶妙なバランスが保たれて来た。 しかし、自然淘汰をある程度制御できる様になった人間は自分でこれらの問題を解決して行かなければならない。 動物的人生論にも限界がある。 

8 自然淘汰が不完全な人間社会

自然淘汰に逆らって人間は生きようとする。知識の蓄積により人間の生き方も次第に巧妙になってきた。しかし有限な資源しかない地球に住む限り、自由気侭な生活は出来ない。 それに気が付いた人類は自己規制なくして人類の将来は無い事に気付き始めている。 自然淘汰に代わって人為的な規制がこれからの重要課題になる。 

9 遺伝子操作

自然は何十億年も掛けて遺伝子操作を行い生物の進化をもたらした。 それを一瞬の内に試験管の中で実現する方法を人間は手に入れ様としている。無限の試行錯誤とアセスメントを繰り返し、膨大な時間を掛けて行われたプロセスをいとも簡単に試行できる。 その結果が吉と出るか凶と出るかは、気の遠くなる様な時間を掛けて始めて検証できる。 そこに遺伝子操作の難しさがある。 遺伝病の治療や不妊治療など限られた分野に限定するのが、現時点では賢明な次善の策であろう。

人類にとって取り返しの付かない失敗を犯さないと言う保証は今の知能レベルでは無いと思う。

10 結婚しない症候群

最近の若者には結婚したいと言う欲求の減退が見られる。彼等にとって人生の目的は自由気侭に生きることであり、結婚して子供を作り面倒な子育てをするのを敬遠している。 「動物的人生論」が指摘する人間の根源的な生きる目的を理解していない。  確かに今の世の中、人間が溢れ返っており、家の建築費や子供の養育費が高過ぎる。 本来の目的の為に自分の個人的な生活を犠牲にしたくないと思う人が多くなっている。こう言う人は、初心に帰り人生の真の目的は何かをもう一度考え直してもらいたい。

一方、シングルマザーが最近の話題になっている。 これは一般的な動物の生態であり、結婚しない症候群にとっての一つの対処法かも知れない。 

11 動物的人生論のメリット

色々な形で人間の生き方を説く人はいるが、それらは社会的な生活を送る為に人間が考え出した知恵やノウハウであり、根源的な「生きる目的」を明確に意識したものではない。 人間の生きる目的は各個人の体内に本能的に刷り込まれており、自覚しなくてもほぼ達成出来る。 それを、頭でっかちな人間が勝手に歪曲しているに過ぎない。

年を取って自分の人生を振り返り、失敗だったと悔しがる人は案外多いだろう。 それは、自分が人生の目的だと思い込んでいた事を十分に達成できなかったと感じるからである。 しかし、真の目的は立派な子孫を育てる事だと思い直せば、今まで灰色に見えた人生が急にバラ色に変わる人がかなり多いのではないかと思う。 そう云うメリットがこの人生論にはある。 しかも、それが真の目的であると科学的に証明出来るのであるから、こんな心強い事は無い。 「動物的人生論」こそ、どんな宗教的な信心よりも我々凡人にとって心の救いになるのではなかろうか。