迫りくる天体衝突

これは2011年7月19日に、NHK-BSプレミアムが「コズミック・フロント」シリーズの一編として放映した「IMPACT 迫りくる天体衝突」から抜粋したものです。
1908年6月30日シベリア・ツングース、ここで大事件が起こりました。巨大な爆発です。調査に入ったロシア科学アカデミーは驚くべき光景を目にします。全ての木が同じ向きに倒れていました。被害の範囲はおよそ2000平方キロメートル東京都と同じ面積ぐらいにおよんでいました。
しかも倒れているいる木の方向はある地点を中心に放射状になっていました。このことから爆発の原因は小惑星の衝突だと推定されました。しかし謎が残りました。衝突した小惑星の破片が1つとして見つからなかったのです。
20年にわたり現地調査を行ってきたイタリア人物理学者のジュゼッペ・ロンゴさんとルカ・ガスペリーニさん、最初の調査は1991年、2人はツングースカに入り、探索を始めました。天体衝突の証拠となる小惑星の破片を見つけ出すため、調査隊は4−5人のチームにわかれて爆発の中心近くを調べました。小惑星の破片を求めて土も採取しました。持ち帰ったサンプルはボローニアの倉庫に保管されています。
91年と99年の二回の調査で延べ300ヶ所の土のサンプルを採取しました。この日に見せてくれたのは96年99年の調査の時に採集した土です。この堆積物を調べるうちに我々はある異状に気づきました。明らかに異なる二つの部分にわかれているのです。放射性同位体による分析で、爆発時残った1908年の地層が特定できました。
その部分をエックス線で見ると、新たな事実が判明しました。ここから80センチを超えて下に行くと、堆積物の密度がずっと高くなります。これはエックス線写真からもわかるのですが、白い密度の高い部分があるというのは、堆積物が上からの強い力で押し固められた証拠です。しかも地層の方向が上の方と全く違います。このようにしま模様が傾いています。地層を傾けるにはものすごいエネルギーが必要です。
通常この地域では腐葉土等が水平な地層を作ります。 しかし爆発により瞬間的に強い力が加わったため、その部分が圧縮され、さらに地層のしま模様が傾いたというのです。しかし天体衝突の直接の証拠となる小惑星の破片を見つけることはできませんでした。
何とか破片を見つけ出したい2人は3回目の調査を計画します。今度は爆発の中心から北へ800メートルも離れた小さな湖に目をつけました。これはツングースカの地図です。面積約2000平方キロメートルの森林で人里離れた場所です。その中にチェコ湖があります。 爆心から約8キロの距離です。しかし小惑星が侵入した方向をこちらだと仮定するとそのまま延長して行けばチェコ湖にぶつかります。その方向は軌道とピタリと一致します。南東の方向から進入してきた小惑星の一部が一旦爆発し、そのあと8km 先の大地をえぐり、湖を作ったと2人は推測しました。
2008年3回目の調査に入ります。チェコ湖の水深を測り湖底の土を調べました。その結果湖の底は深く鋭角にえぐられた様になっていることがわかりました。近くにある他の湖と比較すると特別なでき方をしていることがわかりました。
アメリカ・ニューメキシコ州にあるサンディエゴ研究所で巨大な爆発現象を研究している物理学者のマーク・ボスロウさんです。何故ツングースカで小惑星の破片が見つからないのか。その謎の解明にスーパーコンピューターを使って、実際の爆発現象の規模から小惑星の大きさを逆算しました。数ヶ月に及ぶ計算の結果ボスロウさんはツングースカの爆発は直径50メートルの小惑星が引き起こしたものだと結論づけました。
これはツングースカの大爆発をボスロウさんがスーパーコンピューターを使って再現したものです。およそ50m 18階建てのビルほどの小惑星が秒速15km の猛スピードで大気に突入します。
小惑星は上空8500メートルで爆発、
その際中心部は摂氏2万4700度の高温になり、破片は一瞬で蒸発しました。爆発のエネルギーは衝撃波となって地面に向かって広がり木々をなぎ倒しまし、地上に大被害をもたらしました。つまり小惑星は上空で爆発し、破片が蒸発したため、地上には何も残らなかったと考えられるのです。
小惑星はなぜ地球に接近してくるのでしょうか。火星と木星の軌道の間、そこは小惑星帯(メインベルト)と呼ばれています。ここを漂う小惑星の数は、数十万個から数百万個あると考えられます。
しかしその多くは、地球の外側の軌道にあり、地球に近づくことはありません。ところが中には木星や火星等の重力の影響で、軌道が変わり、太陽系の内側に向かっていくものがあります。この地球に接近する軌道をとる小惑星こそが衝突する可能性の高い危険な天体です。
実際にかって小惑星が地球に衝突した痕跡が地表に刻まれています。オーストラリアの中央部にある。ゴスズ・ブラック・クレーター、直径はおよそ22km あります。このクレーターが造られたのは、およそ1億4000年前、天体衝突により作られたと考えられています。
現在地球上で確認されているだけでクレーターの数は176に上っています。
中でも最大の被害をもたらした小惑星の衝突が、メキシコ・ユカタン半島で起こりました。 
その地下には直径およそ170km の巨大クレーターが埋まっています。天体衝突が起こったのは今から6550万年前白亜紀で、恐竜全盛の時代でした。直径およそ10km の小惑星が地球に衝突しました。巨大な爆発、そして炎が恐竜を襲いました。さらに巻き上げられ塵により太陽の光が遮られ寒冷化、恐竜は絶滅しました。
このような地球規模の生物の大絶滅を引き起こす10km サイズの天体の衝突は1億年に一度あると見積もられています。
その十分の1直径1km の天体が衝突すれば、全面核戦争に匹敵する被害をもたらし、文明は危機に晒されます。その頻度は数十万年に一度と言われています。
さらに小さな100メートル程の天体の衝突でも大都市が消滅する程の大惨事を引き起こします。その頻度は数百年に一度と科学者は推測しています。
2004年クリスマス驚くべきニュースが世界を駆けめぐりました。 NASA アメリカ航空宇宙局は23日直径およそ400メートルの小惑星が25年後の2029年4月13日に地球と衝突する確率が300分の1あると発表しました。
その危険な小惑星を発見した人物を訪ねました。ハワイ大学の天文学者デビッド・ソーレンさんです。これまで実に、1000個以上の新たな小惑星を発見しています。
2004年6月19日ソーレンさんはある小惑星を発見しました。 これがその小惑星の写真です。 時間をおいて撮影する事により、小惑星(アポシスと命名)の軌道を推定し、地球との衝突の確率を計算しました。
私たちは地球と衝突する可能性のある小惑星を探し続けていたのです。直径およそ400m 重さ7200万トンと推定される小惑星アポシス、その日から世界中の天文学者がこの小惑星の観測を開始しました。世界中の望遠鏡がアポシスに向けられ正確な軌道が分かってきました。その結果、クリスマスイブから3日後の27日,衝突の確率は37分の1にまで上昇したのです。地球に小惑星が衝突し多くの被害を及ぼす恐れが、現実味を帯びてきました。
本当にアポシスがニューヨークのマンハッタン島に落ちたら街が消滅してしまうでしょう。もしこの小惑星が落ちたら、直径4km のクレーターが出来ます。さらに衝撃により数千 km の範囲が壊滅状態になります。それはマンハッタンを中心とするニューヨーク全域に及びます。
天体衝突を研究している東京大学教授の杉田精司さんです。特殊な装置の中でアポシスに見立てた特殊な弾丸を発射させる実験をおこないました。
砂地に直径8mm の弾丸を時速1200km で発射衝突させました。
大気がない状態で発射した場合塵はきれいな円錐形で立ち上がります。次は地球のように大気のある星の場合です。塵は円錐形ではなく、渦を巻きながら舞い上がっていきます。さらに詳しく見ると、塵の舞う時間に大きな違いがあります。今回の実験では大気のない左側の塵はわずか0.03秒で地上に落ちてしまいました。しかし大気のある右側では塵ははるかに長い時間漂い続けていました。実際に地球サイズの星では塵の舞う時間は大気のない場合のおよそ10万倍にもなるとと杉田さんは言います
大気のおかげで空中に対流を起こしてしまうということが起こります。すると大気の中に微粒子がずっと漂い空から射してくる太陽光を遮るので、かなり長期間に亘って気候変動を起こします。数ヶ月から半年単位で起こる可能性があります。今回の実験から、もしアポシスが地球に衝突すれば、最大で30億トンの塵が成層圏まで舞い上げられ、その一部は3ヶ月間大気中を漂い、太陽光を遮り地球を寒冷化させる。杉田さんはそう予測しています。
実際成層圏に塵が舞上がり気温が下がったことがあります。1991年に起こったピナツボ火山の噴火では、およそ3億トンの塵が成層圏に巻き上げられました。その結果、地表に達する太陽光は5%減少し、北半球の平均気温は0.6度下がりました。もしこの小惑星が衝突すれば、ピナツボ火山の時の20倍以上の塵が成層圏にまで舞上がります。その被害は計り知れません。
こちらは全世界で発見された小惑星のすべての情報が集まるマイナープラネットセンターです。
200,000個以上の小惑星のデータを管理するガレス・ウィリアムズさんです。 各国の天文台が観測したアポシスのデータは、続々とこのセンターに送られてきます。それらのデータをまとめた上で全世界の研究者に公開し、共有するのがウィリアムズさんの仕事です。アポシスの第1報が入ったその日からマイナープラネットセンターは、世界中の天文台に追跡観測を要請しました。衝突するか否かを判定するには極めて高い精度の軌道データが必要となるからです。
各国の天文学者たちの観測データをもとに、正確な軌道計算が行われました。その結果はアポシスは地球の3万2500km 上空をかすめて通過することがわかりました。これは静止衛星より地球に近い軌道です。間一髪地球は天体衝突の危機を免れたのです。
地球に迫り来る小惑星はアポシスだけではありません。小惑星の軌道を研究している吉川真さんです。小惑星は遠からず地球に脅威をもたらすと警鐘を鳴らしています。吉川さんは地球の周囲を巡る小惑星の軌道を正確に計算しました。その結果は次の様なものでした。
黄色い線が地球の軌道、その周りにある点が5,700個の小惑星です。それぞれを観測からわかった正確な軌道に沿って動かします。
赤く光っている所は地球と小惑星の軌道が交差するところです。吉川さんの計算では地球に接近する小惑星のうち、衝突する可能性のあるものは、わかっているだけで205個、未知の小惑星を考えれば、いつ衝突してもおかしくないのです。
地球に衝突する可能性のある小惑星を発見するために、イタリアで或る国際機関が設立されました。スペースガード財団です。日本を初め、アメリカ・イギリス・オーストラリア等世界7か国の天文台が参加しました。
日本で観測しているのが美星スペース・ガードセンターです。2台の望遠鏡を使って地球に迫ってくる小惑星を探索しその姿を撮影しています。観測は6人の交代制です。背景の星に対して怪しく動く星はないか探しています。一晩の間に撮影する写真の枚数は300枚から400枚、これまで1,000個以上の小惑星を発見するという成果をあげています。
アポロ9号に乗り天体衝突の危機を肌で感じたシュワイカートさん、小惑星の衝突が明らかになる中、シュワイカートさんも動き出しました。
そしてB 612財団を設立しました。 B 612とは小説星の王子様に出てくる小惑星の名前です。将来必ず地球への小惑星の衝突が起こる。しかし人類が力は合わせれば防ぐ事が出来る等を訴え続けました。2008年シュワイカートさんは、国連の宇宙空間平和利用委員会に出席、天体衝突の危機を訴えました。さらにアメリカ議会の公聴会等でも発言を続けました。国連が天体衝突への対策についてまとめた報告書です。シュウワイカートさんの呼びかけに日本をはじめ世界の科学者が賛同し作成したものです。問題は次の世代の事をどれほど心配するかです。孫の世代を守るために私たちは今すぐアクションを起こすべきです。
アメリカ政府も国を挙げて天体衝突を回避する対策に乗り出しています。ハワイにある標高3055m のハレヤカ、2008年アメリカ政府はこの山頂に新たに天文台を建設しました。パンスターズ天文台です。
パンスターズ望遠鏡は小惑星観測のために特別に設計されたものです。この望遠鏡を使えば、一度に満月36個分という空の広い範囲を観測できます。そのため、わずか1週間でここから見える空のすべてを観測することが可能です。この望遠鏡は見た目は小さいですが、ある意味では世界最大の望遠鏡です。そういうのもおよそ40センチもある巨大なCCD を用いたカメラが取付けられているからです。この CCD カメラによりアポシスを発見した望遠鏡より100倍も暗い天体までとらえることができます。この天文台ではこの数年間の間に破滅的な被害をもたらす未知の小惑星のほとんどを見つけ出すことを狙っています。これから3年半の間に数十万個の新たな小惑星を発見することを目標にしています。
では実際に地球に近づいてくる小惑星が発見されたとき、どう対応するのか。アメリカでは対応策も立て始められています。
NASAジェット推進研究所のドン・ヨーマンズさんです。 彼は小惑星の衝突から地球を守ることを研究しています。「対応策の一つを私たちは、ディープインパクト計画で実証しました。
2005年夏 NASAが行った壮大な宇宙実験・ディープインパクト計画、それは秒速10km と言う猛スピードで動く彗星に向けて探査機からインパクターと呼ばれる弾丸をぶつけるものでした。
超高速で動く天体に、88万キロメートル離れたインパクターを発射し命中させるという、極めてむつかしい計画です。しかも標的の彗星は地球から1億3000万 km も離れています。電波でも片道7分以上を要します。地球からの遠隔操作はできません。
はるか遠くで標的に命中させるため、インパクトはカメラで目標の天体をとらえ自ら判断して飛行します。衝突の2時間前この時点からインパクターは地球からの指示を一斉受けることなく、目標を目指します。
インパクターは自ら判断して軌道修正し、3回に及ぶ軌道修正をおこない、見事目標に命中しました。はるか遠くにある超高速で動く小天体にインパクターを当てる事が可能だと実証したのです。
見事命中した瞬間です。
数十年後に地球に衝突するとわかったら、インパクターをぶつけて速度を落とし、軌道を変える時間的な余裕があれば天体衝突は回避できます。2006年ヨーマンズさんたちが中心となって作成した NASAの天体衝突に関するレポートです。そこには小惑星の軌道を変えるための具体的な方法が記されています。
重さ15トンのこの宇宙船は太陽光をエネルギー源にしたプラズマ・エンジンを搭載しています。小惑星を長時間押し続けることによって、軌道をずらし地球への衝突を回避するという計画です。十分な時間さえあれば、このようにして小惑星の衝突から地球を守ることが可能だと考えています。
アメリカ政府は、総額1億ドルを掛けて今後さらに観測のシステムを拡充していく計画です。こちらがハワイ・パンスサーズ天文台の総責任者、ケン・チャンバースさんです。 チャンバースさんは言います。  このドーム内に二つ目の望遠鏡を設置することを計画しています。2014年までにもう一基望遠鏡を設置します。その後さらに3号機4号機の建設計画が決まっています。
仮に地球に衝突する小惑星を見つけたとしましょう。100年後に衝突する小惑星ならそれまでに有効な手だてを講じることができます。もし10年後に衝突すると予測されたとしても、対策は可能なはずです。全世界で一丸となって立ち向かえば、きっと解決できるでしょう。望遠鏡を4台に増やすことで観測スピードが格段に向上し、より早期に危険な天体をとらえることができる様になります。宇宙の中に地球がある限り、避けることのできない天体衝突、ひとたび衝突すれば、私たちの文明そのものが消滅するかもしれません。しかし今人類はその危険な天体をあらかじめ見つけ、さらに回避する手段を手に入りつつあります。天体衝突を避けるために世界中の天文台で星空を見つめる努力が今夜も続けられています。
        
           (終わり