安全のコスト(2013年1月28日)

1.設備の老朽化

 2012年12月中央道の「笹山トンネル」で天井板が数枚繋がって落下し9人の死者が出た。 トンネルの上部に溜まる車の排気ガスを取り除く為、トンネルの上部を仕切って換気をするダクト用天井板の支持ボルト数本が、それらを固定していた糊剤の経年腐食で接着強度が劣化し、抜け落ちたのが原因と判明した。
40−50年前、戦後の高度成長期に高速道路、新幹線、化学プラントなど多くの構造物が日本中に建設された。 建設に携わった人たちの話を聞くと、当時の設備設計には、安全確保の為の日常的経年劣化対策は殆ど設計に織り込まれていなかったと言う。 お座なりの点検は保守マニュアルによって成されていたが、定期点検では見付からない想定外の劣化が進行し、今回の様な事故が発生した。
 安倍自民党政権は、デフレ脱却、財政再建、成長戦略の3本の施策を立て、新内閣をスタートさせたが、旧来の轍を踏む公共投資に重点的に投資しようとした為、その実効性を批判されていた。 そこに上記の「「笹山トンネル」事故がタイミングよく発生し、高度成長期に集中して建設された膨大な設備の修復や補強などの保守作業が一種の公共投資として緊急を要すると言う論調に変わり、その実効性が世論の賛同を得る事態となって来た。 老朽化した設備の安全点検や修復には案外多額のコストが掛る事がやっと分かってきた。 勿論、一昨年の東日本大地震と津波災害の復興にも多大な安全の為のコストが公共投資として必要となる。
 
2.福島原発事故の反省

 日本の電力産業は地域独占産業の形態を採っており、諸外国に比べ電力エネルギーのコストは非常に割高である。 また東西で交流周波数が異なり、電力需要のピーク時に地域間で電力の相互融通がやりにくい。 また、ほとんど停止している原発の再稼働の是非で国民の意見が大きく2分している。 ドイツなどでは太陽光発電、風力発電などに先行投資し、現存する原発は将来全面廃止する事が決まった。 世界最大の地震国である日本では何故か原発存続論が払拭されることなく、経済界が原発の安全性を担保して、再生エネルギーを主体とする電力を指向する国民世論に抵抗している。

 今回の原爆事故は、その導入段階での安全規制委員会を弱体化した事に隠された重大な原因がある。 (通産省内に安全規制委員会を設置し、国民を納得させる為の安全神話を捏造し、システム全体で充分な安全コストを掛けている様に思わせる風潮を作った。 これは当時の自民党政権の犯した政治的重大責任である。現在の自民党後継者はその事を反省し国民に対し少なくとも初期原発政策の誤りを陳謝すべきである!)
 各種発電方式のコスト比較が尤もらしくなされ、今回の事故で日本製の原発の安全性が大きく飛躍したとして、多くの発展途上国が原発の新規導入を計画しようとしている。 一方、日本の新規安全規制委員会は今度こそ万全な安全基準を作ろうと真剣に取り組んでおり、原発を終息させる方向に動いている。

 寺田虎彦が「災害は忘れた頃にやって来る」と言う名言を吐いているが、日本の大地震や大津波の痕跡はちゃんと残っており、それらを考古学的に精査すれば、今までの様な「忘却」による見落しは無くなるだろう。 今回の歴史的大災害の記憶が薄れない内に、今度こそ真に実効性のある安全基準を新規に作成しなければならない。

しかし、地震や津波の発生メカニズムの研究は遅々として進まず、地震発生の年単位の予測も出来ないのが現状である。 
自然現象の複雑性・多様性・偶発性などは人智を超えるレベルに有り、私は人間が自然界を完全に理解し、その変化を正確に予測する時代は永久に来ないと確信している。 46億年の歴史を持つ地球の自然を、生まれて10数万年の人類が理解する事は絶対に不可能であると思う。 時間のスケールが桁外れに違う。 我々は自然災害に対し、もっと畏怖の念を持つべきである。

3. 再生可能エネルギーの安全コスト

 再生エネルギーは主として太陽から届けられる。 だから、発電に必要な「燃料費」はタダである。 エネルギーの元は水素の核融合であるから「原発と同じ位危険なエネルギー」である。 しかし、遠く離れた宇宙空間を伝搬して来るので、最も安全なエネルギーでもある。 従って、本質的に最も優れたエネルギー特性を持っていると言える。 

 再生可能エネルギーの欠点は、季節や天候に左右され、量的な時間変化が大きい事である。 また、太陽光発電などは光から電気への変換効率が10%前後と非常に低い欠点がある。  この様な欠点が再生可能エネルギーを一気に選択できないネックとなっている。
 しかし、人間の英知は必ず大幅な太陽光変換効率の改善を達成するだろう。 これは近い将来の「ノーベル賞」の第1候補である。 火力発電や原発には必ず燃料費が掛り、その埋蔵量は有限で有る為その経年的コスト上昇は避けられない。 要するに長期スパンで考えると最も経済的で安全な電力は再生可能エネルギーから得られる。 まず、この厳然たる事実を直視すべきである。 すなわち、コストミニマムなエネルギーの最終形態は、地球誕生の時から明確に決まっているのである。 現在議論されているのは、そこに至る短期の道筋に色々なオプションがあると言うだけの事である。 その様な経過処置はどうでも良い。 我々は、マクロな視点でエネルギーの最終形態を見て、それに向かって直進して行くべきである。 こんな簡単な解があるのに反対したりする輩は、短期的視点にこだわり過ぎているのだ。

 再生可能エネルギーはもう一つの特徴を持っている。  それは、従来の集中型設備に対し、分散型である点に有る。 大企業の独占体制も自然と解消するし、個人個人の家庭で自家発電できる。 電力買い取り制度を利用すれば、電気料を払うのではなく、自家発電で所得を得る事も出来る。 確かに電力料金は一時上昇し、経済界は損失を蒙るが、そこは技術革新で解決すれば良い。 

いま、マスメディアを騒がしている議論は、あくまでも短期的な「ベストミックス」は何かであり、我々はそんな事に時間と金を掛けるべきではない。 最終ゴールを見定め、出来るだけ回り道をしないで一直線に目標に向かって突進する。 その為に一番大切なのは、やはり太陽光発電効率を大幅に改善する事ではないだろうか。  しかし、世の中の動きをみると、私の意見に賛成し、懸命に開発努力をしている研究者や企業はあまり見当たらない。  確かに、人工衛星で用いられている太陽光パネルは電力の変換効率が高いが、パネルの材料にイリジウムなど使っているのでコストも高い。 

そこをブレークスルーするのがこれからの最大の課題である。